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白金色の豊かな髪、明るい緑色の大きな瞳、小さなふっくらとした赤い唇、
それに白い肌。

「まぁ!何て可愛らしいのかしら!」
「お人形の様だわ!」
「まるで天使だ!」
「将来はきっと、高位貴族に見初められますぞ!」

溢れんばかりの称賛が、小さなこの身に降り注ぐ。
両親は満面の笑みで、わたしを抱き締め、こう言った。

「あなたは、私たちの自慢の娘よ、ブランシュ!」


これは、遠い日の、甘く優しい記憶___


あの幸せな日々は、わたしが十四歳、病に掛かった時に、突如終わりを告げた。

わたしは病の所為か、それとも服用した薬の所為なのか…
一週間、熱に浮かされ、意識を取り戻した時には、
右頬から胸の辺りに掛け、皮膚が赤く爛れ、見るも恐ろしい姿となっていた。

わたしは当然ショックを受けたが、わたしよりも周囲の方がそれは大きく、
両親に至っては非では無かった様だ。

「ああ!ブランシュはもう、終わりよ!」
「あの子はもう駄目だ!あんなに醜くなってしまっては、結婚など望めない!」
「ブランシュなら、高位貴族、いいえ、王族にだって見初められたのに…」
「おまえが気を付けていなかったからだぞ!」
「私の所為になさるおつもり!?そもそも、あなたの血筋の病でしょう!」

絶望を叫び、互いに罵り合った。
わたしは恐ろしく、耳を塞ぎ、布団に潜り込んだ。


三日と経たず、わたしは仏頂面のメイドに引き立てられ、館の離れに移された。
その際、両親と六歳年上の兄ダニエルは顔も見せなかった。
二歳年下の妹アンリエットは、いつも『姉ばかり贔屓する!』とわたしを妬んでいたので、
わたしの不幸を誰よりも喜んだ様だ。
離れた所から覗き、「化け物!気持ち悪い!死んじゃえ!」と叫び、面白そうに大きな声で笑った。

「他の者に病が移るといけませんので、ブランシュ様は暫くここでお過ごし下さいとの事です。
決して部屋からは出ない様になさって下さい」

部屋の扉には鍵が掛けられ、食事を運んで来る時、
用事や世話をする時にしか、それは開かれなかった。

世話をしてくれるメイドは限られており、彼女たちはいつも仏頂面で、
話し掛けても碌に答えてもくれなかったし、わたしに触れる事を恐れていた。
これまで付けてくれていた家庭教師も来なくなった。
わたしは誰とも、話す事も触れ合う事も許されず、孤独に苛まれていった。

最初の数ヶ月は、自分の不幸を呪い、泣いて過ごしていた様に思う。
やがて、諦めの境地に至り、読書や刺繍、編み物に慰めを求めた。
それでも時間を持て余してしまうので、掃除や部屋の飾り付けに精を出した。
衣服は滅多に新しい物を貰えず、届けられるのはどれも古着だった。
野暮ったく、汚れもある。
それを切り刻み、わたしは新しい服を作った。

『暫く』と言っていたが、それは気が遠くなる程、長い時間だった。

気付けば、わたしは二十歳を迎えていた。

その間、両親、兄妹は、一度もわたしに会いに来てはくれなかった。
それを思うと悲しみに飲み込まれそうになるので、考えない様にしていた。

「来てはくれないけど、忘れられてはいないもの…」

食事は毎日運ばれるし、裁縫の道具や生地等も、頼めば届けられる。

「ただ、会いに来られないだけ…」

わたしの病が移るといけないから…

「でも、病は治ったわ」

病痕は広がる事は無く、赤味も引いていた。
茶色に変化し、ゴツゴツとしていて、誰が見ても「醜い」「おぞましい」と感じるに違いないが、
それでも《移る》とは考え難い。
医者も来なければ、薬も調合されていない。

「お願い、早く、わたしを呼び戻して…」

わたしは再び家族で過ごせる日が来る事を、毎夜、神に祈った。


◇◇


「ブランシュ様、よろしいでしょうか」

その日、わたしはいつも通りに掃除を終え、本を持ってソファに座り、一息吐いていた。
扉を叩かれた時には、てっきり食事の時間かと思ったが、違っていた様だ。
入って来た仏頂面のメイドは、料理のワゴンを従えてはいなかった。
彼女は前で手を重ね、厳かに言った。

「ブランシュ様、旦那様がお呼びです___」

この言葉に、わたしの頭は一瞬、真っ白になった。
この六年近く、両親から呼ばれた事は一度も無く、半ば諦め掛けていた。
それが、突然、叶ったのだ!
それを理解するや否や、胸に歓喜が沸き上がった。

「は、はい、それでは、急いで支度を致します!」

わたしは答えたものの、何から始めたら良いか分からなかった。
一番良いドレスに着替えて、髪を梳かして…
ワタワタとしていると、メイドが冷たく遮った。

「そのままで結構です、それより、早くなさって下さい、旦那様に叱られます」

「分かりました、直ぐに参ります」

わたしは諦め、質素なワンピースの皺を手で伸ばしつつ、部屋を出た。


六年ぶりに両親に会うのだ!

わたしの心はふわふわと舞い上がった。
これからは、以前の様に皆で暮らせるのだろうか?
ああ、どれだけこの時を待っていたか___!

「旦那様、ブランシュ様をお連れ致しました」

「入れ」と返事があり、メイドが扉を開いた。
わたしは緊張と喜びに震えつつ、インクの匂いのする部屋に足を踏み入れた。
そこには、父だけでなく、母の姿もあった___

「お父様、お母様…」

感激し、わたしの声は途切れた。
だが、父も母も無表情で、わたしから目を反らしている事に気付いた。
ソファから立ち上がり、わたしを抱擁しに来る気配はない。
重々しい空気に困惑していると、「こっちへ来て座りなさい」と冷たく指示された。

わたしはおずおずと、両親の向かいにあるソファに座った。
父は漸くわたしを見てくれたが、その顔には嫌悪感が見えた。

「少しは良くなったかと期待したが、やはり、駄目だったか…」

憎々し気な言葉に、わたしの中にあった喜びは消え、胸に重い物が落ちた。
震える指で長く伸びた白金色の髪を引き、病痕を隠した。

父は重々しく息を吐き、淡々と言った。

「ブランシュ、おまえに縁談の打診が来ている」

縁談!?

突然の事で、わたしはポカンとしてしまった。
まさか、こんな話で呼ばれるとは思ってもみなかった。

「お相手は、ジェルマン=フォーレ卿、二十六歳、資産家だ。
おまえの話を聞き、憐れんで下さった様だ。
運が良かったな、ブランシュ」

頭が付いていかない。
相手はわたしを憐れんで結婚してくれるというのか?
自分が惨めに思え、愕然とした。
気乗りしない事が伝わったのか、父は厳しい口調で続けた。

「もし、この話を断るなら、おまえには修道院に行って貰う。
私たちもいつまでもおまえの面倒は見られんからな。
これまで置いてやったのだ、もう十分だろう」

母も当然の様に父に加勢した。

「男爵家はダニエルが継ぐし、そうなれば、ダニエルはあなたを追い出すでしょう。
あなたが片付けば、アンリエットも心置きなく結婚出来るの、いいわね、ブランシュ」

両親、兄妹がそんな風に考えていたとは思いもしなかった。
わたしはこれまで、『いつか家族で過ごせる』と疑っていなかった。
だが、それは間違いだった___

わたしだけが十四歳のままで、両親、兄妹は変わってしまったのだ。
とっくに、わたしは家族から切り捨てられていたのだ。
血の気が引き、体が小刻みに震えた。

皆、わたしを愛してなんていなかった___!

胸が押しつぶされる気がした。
呼吸が苦しくなる中、わたしは何とか、「はい」と返事をした。
両親は途端に機嫌を良くし、その顔には笑みが浮かんだ。
それは一層、わたしを悲しい気持ちにさせた。

「話は進めておく、おまえは部屋に戻りなさい」

両親は『話しは終わった』とばかりに、わたしを部屋から追い出した。


わたしはメイドに連れられ、離れの部屋に戻った。
わたしが入ると、その扉には再び鍵が掛けられた。

しん、と静まり返る。
いつもと同じ筈なのに、いつもより、ずっと、寒々しい。

わたしはフラフラとベッドへ向かい、倒れ込む様にうつ伏せた。
そして、声を殺して泣いた。


◇◇


両親はわたしを愛していない。

だが、結婚に向けての準備は十分にしてくれた。
仕立て屋を呼び、新しい衣服を作らせ、
レディースメイドを雇い、全身をピカピカに磨かせ、髪のカット、化粧をさせた。

仕立て屋もレディースメイドも、わたしの変色しゴツゴツとした肌を見てギョっとしていた。
彼女等の手は小刻みに震え、その顔は引き攣り、恐怖が見えた。
わたしは自分自身に落胆した。

「本当に、結婚なんて出来るのかしら…」

わたしはこれまで、『結婚など出来ないだろう』と思っていた。
顔に大きな痣のある女を、妻にしたいと思う男性はいない___
だから、話を聞いた時には驚いたし、今も半信半疑だった。

ジェルマン=フォーレ卿は、事情を知っている様だが、話を聞くのと、
実際に見るのとでは大きく違うだろう。
わたしを見て、恐れを成して逃げるのではないか…
わたしは不安になっていた。

縁談を聞いた時には、正直、乗り気ではなかった。
承諾したのは、これ以上、両親、兄妹に疎まれたくなかったからだ。
だが、結婚に向けての準備が進められる内に、次第に前向きになっていた。

新しい家族が、わたしを愛してくれるのではないか…

幾ら望んでも、両親、兄妹からの愛は得られない。
だが、結婚すれば、新しく《家族》が出来るのだ___

「ああ、どうか、ジェルマン様が、わたしを好きになって下さいますように…」

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