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アンドレとの事があり、ランベールは益々、僕を側に置く様になっていた。
ランベールが居ない時には、必ずマックスを付けている。

あれから、アンドレは接触をして来なかった。
時々、遠くから睨み付けているが、近くを通る時には、
『顔を見るのも嫌だ』と言わんばかりに、避けている。
余程、男色家が嫌いなのだろう。

ショックはあった。

男色は《隠すもの》だという事を、僕は忘れていた。
ランベールがあまりに自然で、堂々としていたから。

真直ぐに向けられる愛。
それは、男女の仲であっても、男同士であっても、同じく崇高なものではないのか…

それを、汚いものの様に見られ、穢されるのが悲しく、そして、怖いと思った。

傷付きたくない、それに、彼を傷付けないで欲しい…

だから、隠すのだ。


◇◇


情報作戦は順調に進んだ。

サンセット王国の兵士たちの間では、もう知らぬ者はいなかった。
サンセット王国の民も、信じる様になり、あちこちで噂をした。
ゾスター部族を擁護する者たちが増え、
オディロン王に対しては釈明を求める動きが起こった。
オディロン王は噂を否定したが、話せば話す程に矛盾が出てきて、
遂には誰も信じなくなった。

ゾスター部族の方にも、真実が伝えられた。
オディロン王の策略に嵌められたと知り、皆が憤った。
だが、程なくして、オディロン王が失脚し、怒りの矛先を失った。
サンセット王国は王位継承を巡る争いへと向かっている。
ゾスター部族としては、その終着を待つしかなかった___


オディロン王の失脚と共に、サンセット王国は兵を引き上げた。
そして、同じくして、ゾスター部族の兵やグランボワ王国からの援軍も引き上げる事となった。
紛争は完全に終息したのだ。


僕は来た時とは違い、ランベールの馬車に乗せて貰い、帰路に着いた。
ザカリーとマックスは後ろの馬車だ。

アンドレが何と思うか…
それに、他にも、気付いている者はいないだろうか?
考えると頭が痛く、気持ちも沈んだが、
やはり、ランベールのうれしそうな顔には敵わなかった。

ランベールは十分に余裕のある馬車内で、僕の腰を抱き、体を寄せる。

「窮屈ではありませんか?疲れますよ?」
「私は逆に疲れが取れるよ、クリスの傍は落ち着く…」

そんな風に言い、ランベールは瞼を閉じる。
本当に安らいでいる様だ。

「でも、クリスが嫌なら、我慢するよ」

そんな風に言うのは狡い。

「嫌ではありません…」

ランベールは「ふふふ」と笑い、僕の頭に頬を摺り寄せた。
大きな猫か犬みたいだ。
そう考えると、可愛いとも思える。
僕は気にしない事にして、読み掛けの本を開いた。

「クリス、来てくれて、本当にありがとう」

不意に言われ、ドキリとした。

そして、『来て良かった』と、喜びが湧いた。
くすぐったく、僕は口元が緩んだ。

「そう、言って頂けると、うれしいです…」

僕はずっと、ランベールの力になりたかったから…


◇◇


日中は常時、僕を離さないランベールだが、
夜はやはり、僕に背を向けて眠っている。

何か意味があるのだろうか?
近付いて欲しくないという事は分かるが…
経験が乏しい僕には、察する事など難しい。
分からなくてモヤモヤとする。
いっそ、言葉にして欲しい。

言わないのは、僕が傷付くから?

つい、悪い方に考え、独りで気落ちしていた。


だが、王城に着くという時になり、ランベールが僕に囁いた。

「今夜、遅くなるかもしれないけど、寝ないで待っていてね」

その甘い囁きに、ドキリとした。

「あの、どうして?」

「おまえを抱きたいから」

「!!」

直接的な言葉に、僕は息を飲んだ。

「クリスが嫌なら、一緒に寝るだけにするよ」

カッと赤くなる。
体が震え出す。

「だけど、今まで、避けてたのに…どうして、急に?」

「避けてた?」

ランベールが薄い青色の目を丸くした。
全く分かっていない様で、僕は困惑した。

「兄さん、夜は、いつも僕に背を向けて、寝てたでしょう?
触っても来なかったし…」

「ああ!」

漸く思い当たったのか、ランベールは声を上げ、
それから、笑いを零した。

「違うんだよ、クリス、尤も、避けていたのは事実だけど…」

やっぱり!
僕は全身から血の気が引いたが、当のランベールは、いたって楽しそうに見えた。
僕を抱きしめ、額にキスを落とす。

「軍を率いる指揮官としては、率先して秩序を乱す事は出来ない。
なのに、おまえは可愛いし、傍に居るだけで、その存在を感じるだけで、
私は欲望の塊となる」

熱っぽい目で見つめられ、僕は息を詰めた。

「手を出さないでいるのに、苦労したよ…」

「それなら、そうと、言って下されば良かったのに…」

僕がどれだけ悩んだ事か…
つい、恨みがましくなってしまった所為だろうか、

「私がおまえに飽きたと思ったの?」

見事に言い当てられ、僕は赤くなる顔を本で隠した。

「それは…だって…」

あの夜の事を思えば、僕は酷い態度だったし、ランベールが満足したとも思えなかった。
随分、冷たい恋人だと思われた筈だ。
だが、ランベールは優しく、僕の体を擦った。

「不安にさせて、ごめんね、クリス。
言葉にするだけでも、おまえの事で頭がいっぱいになり、我慢出来なくなるから…
それに、おまえが意識して、眠れなくなったら、可哀想だしね?」

「別のテントを使ったのに…」

「それが嫌だから、耐えたんだよ」

お仕置きとばかりに、熱く唇を奪われた。

「ん!は、はぁ…キスは、良いのですか?」

「ん…馬車の中では、流石に無理だからね」

僕は追及するのは止め、本を手に取り、ランベールを避けた。

「続きは、夜にして下さい」

「そうだね、これ以上は、我慢出来なくなりそうだよ」

ランベールは僕の頭の上にキスを落とし、大人しく引き下がった。

触れている場所が、酷く熱く感じる。
体の火照りが収まらない。

ああ、今夜、僕はどうなってしまうのかな…

想像が付かない。
緊張するし、怖いと思う。
だけど、ほんの少し、それを望む自分が居た___





王城に着くと、ランベールは馬車の中とは別人の風格で、
団長、副団長たちを率いて、颯爽と城に入って行った。

「恰好良いなぁ…」

思わず見惚れてしまう程だ。

騎士団員たちは、宿舎のある砦に向かって行った。
傭兵や志願兵、後方支援の者たちは王城まで来る事は無く、既にその姿は無かった。

僕が帰るのはランベールの離宮だ。

帰る場所がある…
それは、僕にとっては、少し気恥ずかしく、そして、うれしい事だった。

孤児院は家とは呼べない、ただ、身を置くだけの場所だった。
修道院は孤児院よりは良かったが、やはり、そこに温かみは無かった。
ランベールの離宮は、尤も、家に近いのでは、と思える。
いや、ランベールが来てくれると分かっているから、それが生まれるのだろう…

離宮までは、マックスが付き添ってくれた。
お茶でも出して労うべきかと思ったが、マックスは、元々はステファニーの
護衛なので、直ぐに彼女の元に戻るらしく、短い挨拶を残して去って行った。


僕は二階の小さな湯船に浸かり、旅の疲れを落とした。
綺麗な衣服に着替えると、更にサッパリとした。

ランベールは夜遅くなると言っていた。

『今夜、遅くなるかもしれないけど、寝ないで待っていてね』
『おまえを抱きたいから』

ランベールの声が蘇り、僕の体が熱を帯びる。

「ああ、どうしよう…!」

夜が近付く程に、僕はそわそわとし、落ち着かなくなった。

よくよく考えてみたら、今の僕はクリストフの影武者だが、本来は修道士の身だ。
淫行などして良い筈がない___

だけど、クリストフの振りをしなければ…
クリストフはランベールの恋人なのだから…

それに、自分でも、そうしたいと思ってしまっている…

『修道院を出た者は世間の毒に侵される』というが、それは正しかった。
修道院では欲は無かった。
沸き上がるものなど何も無い場所で、それを何とも思わなかった。
情欲に溺れる世の人たちを、憐れにさえ思っていた。

今の僕は、あの頃の僕では無いみたいだ…

醜い嫉妬をし、欲にまみれている。
いけないと思いながらも、振り払えない___

僕は首に掛かる金色の細いネックレスに触れた。
幸運をもたらすという花…

「神様、罰は後で幾らでも受けます、
だから、このネックレスを着けている間だけ、
ランベール様のものでいさせて下さい___」

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