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しおりを挟む新たな援軍が派遣される事になり、加えて、物資も運ばれる事になった。
騎士団や衛兵だけではなく、後方支援でも人員を集めていた。
それを知り、僕も行く事を決めた。
「僕も後方支援に参加しようと思います」
だが、ステファニーは反対した。
「駄目よ、危険だわ、あなたに何かあれば、ランベールが正気を失うわよ」
確かに、そうかもしれないが、僕は本当のクリストフではない。
僕に何かあったとしても、クリストフが無事ならば、何も問題は無かった。
「十分に気を付けます、もう、決めた事ですから」
僕はキッパリと言うと、ステファニーは大きく嘆息した。
「あーあ、男っていいわよね!
私なんてここに閉じ込められて、助けを待つだけよ…」
「でも、あなたが居るから、ザカリーも、
無事に帰って来ようと思われるのではないですか?」
「ランベールも同じよ、やっぱり、あなたはここに居て、ランベールを待つべきよ!」
「それは…ごめんなさい」
「どうしても行きたいのね?
ランベールの無事を、その目で確かめたいのでしょう?」
ステファニーには、僕の心が見える様だ。
手伝いたい、後方支援なら出来るかも…
そんな風に言ってみても、その実、僕はランベールに会いたいだけなのだ。
ランベールがどうしているか、気になって仕方がない。
一目でいいから、顔が見たかった。
「分かったわ、だけど、今度はちゃんと護衛を連れて行くのよ!
私が城で一番屈強な護衛を、あなたに付けてあげるわ!」
◇◇
僕は第三王子の身分を隠し、臨むつもりでいた。
だが、そういう訳にもいかない様で、正式に許可を取り、第三王子として行く事となった。
その為、後方支援だというのに、僕だけが高官待遇となってしまった。
皆とは馬車が別で、一際立派な馬車には、カーテンが掛けられていた。
侍女や使用人が付く事になったが、それは断っておいた。
ステファニーが付けてくれた、護衛のマックスのみだ。
周囲からは、「何しに行くんだ」「遊びに行くんじゃないんだぞ」と、
白い目で見られていたが、それも仕方が無い。
現地へ着いてから巻き返すしかないと、僕は出来るだけ質素倹約で過ごす事にした。
護衛のマックスは、巨体で、身長は僕よりも三十センチは高く、
僕の三倍は体重がありそうだった。
年は三十代後半だろうか、黒い顎鬚は濃く、眉も太い。
それに、鋭い目をしていて、口は一文字に結ばれていて、滅多に開く事が無い。
成程、居るだけで、人は怖がり寄り付かない。
僕にとっては、有難い存在だった。
下手に親しくし、第三王子クリストフではないと気付かれては困る。
マックスは無口で、普段は寝ているか、食べているかだ。
僕は静かな馬車の中、落ち着いて読書が出来た。
持って来ているのは、ゾスター部族の事が書かれた文献だ。
情報を得る為に、さっと読んだだけだったので、じっくりと読む事にしたのだ。
後方支援ではあるが、何か役立つ事があるかもしれない。
◇◇
王城を立って、十日目、北部の国境に着いた。
国境を越えた先はゾスター部族の土地になる。
だが、僕たちはこの場で足止めされた。
現在、サンセット王国からの攻撃は断続的で落ち着いていたが、
病が流行り始めているという事で、国境の外で待機し、
物資を運び入れるにも、人員はなるべく抑えられた。
「病が…?」
サンセット王国の前王の掛かった病と同じなのだろうか?
《コスタリコ》で効く病なのか…
「王太子はご無事ですか!?
どういう病か聞いていますか?症状を詳しく教えて下さい」
僕は伝達に来た者に訊いた。
「はい、王太子はご健在です。
兵士たちは病に掛かっていませんが、集落の一部で流行っていて、隔離されています。
病状としましては、体に赤い斑点が出て、高熱が続き…
血を吐く者や、命を落とす者も出ています」
赤い斑点と高熱、喀血…
その症状に覚えがあった。
何処かで見たか、それとも、何かで読んだか…
僕は記憶を辿る。
「ああ!」
僕は以前ランベールに買って貰った、古い歴史書の中に、
それと似た病状の流行り病が書かれていたのを思い出した。
僕は本を入れていた箱を開け、それを取り出した。
今から約千年前に、大陸の東部の国で起こった病だ。
この病により、多くの民が命を落とし、病が広がらない様、その遺体や町は焼かれたという。
その時、救世主が現れ、民に授けたとされるのが、《ピヨン》という植物の根だ。
後の視点から考察されているが、《ピヨン》の根には強い解毒効果があり、
流行り病とされているが、その原因は、口にしたものに含まれる《毒》にあるという。
「毒…」
ならば、《コスタリコ》では効かないだろう。
《ピヨン》という植物は聞いた事が無いが、東部の国に行けば手に入るだろうか?
だが、そんな時間の余裕があるかどうか…
「王太子に会いに行きます!」
ランベールは博識だ、《ピヨン》に代わる毒消しを知っているかもしれない。
僕は宣言し、国境を通す様に迫った。
僕が第三王子クリストフでなければ、叶わなかっただろう。
国境を護っている兵たちは渋々だが、馬車を通してくれた。
◇
馬車が陣営に入ると、騎士団員が馬車を停めた。
「第三王子クリストフだ、王太子に至急伝えたい事があり参った、案内せよ!」
僕が威厳を放って言うと、騎士団員は驚き、敬礼をした。
「王太子は只今、ゾスター部族の族長と会談中であります!
ここにはおりません___」
ゾスター部族も陣を張っているが、攻撃が落ち着いているからか、
半数は集落に戻っていた。
ランベールと族長は集落で会っているという事で、案内して貰った。
陣から離れ、砂埃の舞う荒れた地を進んで行く。
人より少し背の高い緑色の植物が生えている場所が見えてきた。
そして、その向こうに、ゾスター部族たちの住む集落があった。
ゾスター部族たちの建物は、グランボワ王国のものとはまるで違い、
土から出来ていて、ドーム型であり、一見、家に見えない程、土地に馴染んだ景観をしていた。
「初めて見た…」
興味を惹かれたが、今はそんな場合ではない。
僕は気を引き締めた。
族長の家の前で馬車が停まる。
会談が終わるまで待っているつもりでいたが、伝えてくれたのだろう、
ドーム型の建物の小さな入口から、他でもない、ランベールが出て来た。
「!!」
目映い金色の長めの髪、彫りの深い整った顔、鍛えられスラリとした体躯…
その姿を目にし、僕は咄嗟に馬車の扉を開き、飛び降りていた。
「兄さん!」
「クリス!」
ランベールの薄い青色の目が驚きに見開かれた。
「兄さん、何も変わりはありませんか?ご無事でしたか?」
「ああ…私は大丈夫だよ」
ランベールは喜んでくれ、抱擁してくれると思っていたが、
実際は、僕の前で足を止め、困った様な、咎める様な表情で見下ろした。
「だけど、どうして…
おまえはこんな危険な場所に来てはいけないよ、クリス」
「すみません、話を聞き、僕にも何か出来ないかと…
後方支援に志願しました」
「クリス、このまま直ぐに、王都に帰りなさい」
来た事を喜んで貰えず、『帰れ』とまで言われ、僕は酷く気落ちした。
「余計な事をして、申し訳ございませんでした…
ですが、病の症状を聞き、少し思い当たる事があって…
僕の考えですが、どうか、これだけは聞いて下さい」
僕が祈る様に見ると、ランベールは眉を寄せ、そして、嘆息した。
「分かったよ、話を聞こう、中に来て」
ランベールが踵を返し、僕は本を抱え、その背を追った。
部屋の中には、織物が敷かれ、その上に平たいクッションの様な物が置かれ、
座る様になっていた。
中央には、年老いた白髪で白髭男…ゾスター部族の長が、部族衣装を纏い、座っていた。
ランベールはその斜めに座り、僕を目で促した。
僕はランベールの隣に座る。
「私の弟、第三王子クリストフです、病の事で話したいというので、
連れて来ましたが、よろしいでしょうか」
年老いた男は頷いた。
「クリス、おまえが気付いた事を話して」
「はい…」
僕は、本を開き、それを話した。
話を聞き終え、ランベールは「成程」と頷いた。
「病が《毒》による症状であるなら、《コスタリコ》が効かない事にも納得がいく。
問題は、《ピヨン》に匹敵する毒消しを手に入れる事、
そして、何に毒が入っていたか、若しくは、毒を入れられたか…」
ランベールは僕の方に顔を向けた。
「クリス、最初から話すよ。
今回の紛争は、サンセット王国の前王が病に掛かったのが始まりでね…
サンセット王国の使者が、直々に族長を介し、《コスタリコ》から作られた薬を購入していった。
だが、薬を飲んだ途端、前王の病状は悪化し、三日後には血を吐き亡くなった。
現王オディロンは、ゾスター部族が毒を盛ったのだと言い、報復を掲げて戦を起こした。
そして、二週間前になるが、『我らが手を下さずとも、ゾスター部族は前王の呪いで
滅亡するだろう』と宣言し、兵を引いた。
その三日後、集落の一部の者たちに症状が出始め、今も徐々に広がっている…」
話を聞き、色々なものが合致していった。
皆が紛争に引付けられている間に、何者かが、何かに《毒》を仕込んだのだろう。
「一部というのは、家族ですか?」
「周辺の家、家族だよ、だから皆、流行り病だと思い、隔離をしたんだ」
「だけど、広がっているんですよね?」
「そう、クリスの仮説が正しければ、呪いに見立て、誰かが毒を仕込んで回っている。
共同で口にするものだ…至急、調査したいのですが、お許しを頂けますか?」
ランベールが族長に訊く。
族長はしわがれた顔に更に皺を深くし、「お願いする」と頷いた。
「この地で使っている、毒消しは何ですか?」
「聖なる地である、毒に侵される事は無い。
だが、邪悪なるものたちが、結界を侵してきた時には…」
族長は側近を呼び、何かを囁いた。
側近は出て行くと、幾らかして、小さな壺を手に戻って来た。
「これで退けよ」
族長が壺の蓋を開く。
そこには、すり潰された白い粉が入っていた。
何かを乾燥させすり潰したのだろう。
「これで、効くでしょうか?」
「試してみる価値はあるね、取り敢えず、薬はこれしかないのだから…
飲んで害の無いものでしたら、直ぐにこれを飲ませてあげて下さい」
ランベールが言うと、族長は頷き、側近に指示を出していた。
「それでは、私たちは調査に参りますので、失礼させて頂きます」
ランベールに促され、僕は礼をすると、外に出た。
「クリス、ありがとう、助かったよ」
ランベールがいつも通りの優しい顔で言ってくれ、僕は泣きそうになった。
「お役に立てて、良かったです…」
「うん、だけど、危険だから、ここには居て欲しく無いんだよ、
おまえを愛しているから…」
ランベールの大きな手が、そっと、僕の頬を撫でる。
僕はその手を両手で掴んだ。
逃さない様に___
「僕も!僕も、愛しているから、傍に居たいんです…!
僕の知らない処で、怪我したり、病に掛かったりしたら…
もう、会えなかったらって思ったら、怖くて…!」
ギュっと、抱きしめられた。
「ああ、もう!そんな事を言われたら、おまえを離せなくなるよ、クリス…」
「離さないで下さい、どんな所にだって、一緒に行きますから…」
「ありがとう、愛しているよ、クリス…」
ランベールは僕に覆い被さる様にして、キスをした。
熱く、絡み合う舌…
お互い、全てを忘れ、求め合っていた。
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