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『もう一度、恋をして貰う』

どういう事か分からないながらも、時間を稼げた事に、僕は安堵していた。
だが、気を抜くのは早かった。
ランベールという男は、餌をぶらさげ、獲物が掛かるのを大人しく待つような男…では無かった。
非常に、積極的、能動的である…

「それじゃ、クリス、デートに行こうか!」

「デート?」

修道士には縁の無い事、恐らく罪であろう淫らな誘いに、思わず嫌な顔をしてしまった。
だが、ランベールは全く気にせず、当然とばかりに笑顔で言った。

「そう、恋を始めるには、沢山デートをするんだよ。
さぁ、着替えよう、服は私が選んであげるよ!」

ランベールは僕の手を引き、パーラーを出て、螺旋階段を上がって行く。
元来、受動的である僕は、この展開の速さに茫然としていて、
全く付いていけていなかった。流されるままだ。

ランベールはクローゼットを開くと、勝手に服を物色し、次々と選んで行く。
ベージュのシャツ、暗いオリーブ色のズボン、同色のフード付きマント…
飾りの少ないものばかりだ。
僕が着替えている間に、ランベールも階下の部屋に着替えに行った。

ランベールも暗い色のフード付きマントの姿だった。
僕の装いを見たランベールは満足そうに頷き、僕の頭に黒色の鬘を乗せた。

「金髪は目立つからね」

変装の様だ。
ランベール自身も、焦げ茶色の鬘を被っている。
王太子が気軽に出歩く事など、許されないだろう…が、
それにしても、ランベールは慣れている様に見える。

むむむ…
気品高く見えて、実は相当、遊んでいるのかな?

「さぁ、行こうか」

ランベールが僕の手を引き、向かったのは、玄関ではなく…
地下だった。
地下は小さな貯蔵庫となっていたが、その奥の壁を押すと、
ギギ…と回転し、通路が現れた。隠し通路、抜け道だ!

いつも、ここを通って、王城を抜け出していた??

「勝手に抜け出していいんですか?」

「自分の身に責任が持てる者ならね、
だから、おまえは私と一緒でなくては、出てはいけないよ、クリス」

ランベールには余裕が見える。
文武両道と聞くので、自信もあるだろう。
だけど…

「兄さんだって、危険です、その自信が油断を呼ぶのです!」

何と言っても、ランベールは周囲から期待されている《王太子》なのだ。
ほいほい出歩いて、何かあっては困る。
つい、説教臭くなってしまったが、ランベールは嫌な顔など見せず…
いや、寧ろ笑顔になった。

「心配してくれて、ありがとう」

ちゅっと、盗み取る様なキスを頬にされ、僕は慌てて頬を手で擦った。

「こういう事はしないって約束…!」

「そんな約束はしていないけど?
でも、嫌われたくないから、なるべく我慢するね、ふふ」

一生我慢していて下さい!

僕は唇を尖らせ頬を膨らませたが、
ランベールは何が面白いのか、いつまでも「ふふふ」と笑っていた。


隠し通路を歩き、出た所は、王城の外、近くの礼拝堂の地下だった。
僕たちはフードを深く被り、祈りを捧げに来た信徒の様な面持ちで、礼拝堂を出た。
何と罰当たりなのか…
心の中で神に懺悔しておいた。

礼拝堂から下り、王都の通りに入った。
通りの先まで店が並び、大勢の人たちが行き交い、実に賑やかだ。

「逸れない様にね、クリス」

ランベールが、ギュっと僕の手を強く握る。
頼もしく優しい兄だ。
恋人でさえなければ、本当に良い兄なのに…
行き過ぎた弟愛で、近親相姦に走ってしまったのだろうか?
誰もが恋をする様な人なのに、男色だし…悲劇だ。

ランベールは王都に詳しく、案内してくれた。

「良く来ているんですか?」
「時々だよ、町の事も知っておく必要があるからね」

成程…
視察の意味もあったのか…
遊び歩いているとばかり思っていた僕は、少し…いや、かなり見直していた。
尤も、本来は凄い人なのだけど、一緒に居るとそんな風には見えず、
つい、忘れてしまう。

「クリス、ここに並ぶよ」

ランベールが長い列の後ろに付いた。
何かのお店らしい。

「今、王都で流行っている《クレープ》の店だよ」
「クレープ?」
「そう、普通は折りたたんで食べる物だけど、ここのは、持ち歩きが出来るんだよ」
「へー、便利ですね」
「うん、それに、とっても美味しいよ♪」

ランベールが『美味しい』というものは、大抵、菓子や甘い物だという事を、
最近僕は気付いた。
きっと、《クレープ》というものも甘いのだろう。

「兄さんは甘い物が好きですよね」

何気に言うと、ランベールはその薄い青色の目を丸くして僕を見た。

「よく気付いたね!私が部類の甘党だと知る者は、ステファニー位だよ」

逆に、ステファニー様だけ、という事に驚きます。

「隠している様には見えませんけど…」

「注意して見ていなければ気付かないよ、
そんなに私の事を想ってくれていたなんて、うれしいよ、クリス」

ああ、藪蛇だ。
だが、強く否定しても変なので、
僕はご機嫌なランベールに、微妙に引き攣った笑みを返したのだった。

「クリスはどれが食べたい?」

店が近くなり、ランベールがメニューの書かれた板を指差した。
色々と種類がある。
僕は何かを選ぶ事が苦手だった。
孤児院でも修道院でも、ほとんどの事は決められていたからだ。

「兄さんと一緒でいいです」

我ながら、良い逃げを思いついた。
僕は満足していたのだが、ランベールは顎に指をやり、唸った。

「それだと面白くないから、私が決めていいかな?」

それでも構わなかったので、僕は「はい、お願いします」と丸投げした。
ランベールは慣れた調子で注文をしていたが…

「果実の盛り合わせデラックスクレープ、クリーム増しましで。
ショコラクレープ、ブラウニー乗せ、ナッツとソース多めで。
飲み物はカフェオレと紅茶___」

耳にした僕は、任せた事を少しだけ後悔した。

「クリスはショコラだよ、ショコラ好きだよね?」

ランベールがウインクをし、コーン型の紙に巻かれたそれを、僕に渡してくれた。
ショコラ色の生地に、ショコラ色のホイップ、小さなブラウニーが乗り、
ナッツが散らされ、ショコラソースが掛かっている。
思っていた以上に大きく、ズシリと重い。
だが、ランベールの手には更に大きなクレープがあった。
白いクリームと果実が高く山の様に盛られている。
見ているだけで胸やけがし、お腹を壊しそうだが、当のランベールは大変にご機嫌だった。

「クリス、こっちだよ___」

店の近くには、小さなテーブルと椅子、ベンチ等が置かれ、
沢山の人たちが座り、クレープを食べていた。
ランベールは空いているテーブルに、飲み物のカップを置くと、僕に椅子を引いてくれた。

「あ、ありがとうございます…」

自然にこういう事をしてくれるのは、育ちが良いからだろう。
きっと、習慣になっているんだろう。
だが、そんな習慣の無い僕は、畏まってしまう。

「クリス、食べてみて」

催促され、僕は「ああ、はい」と、一口齧った。
うん、凄いクリームだ。
驚きつつも、ショコラの濃厚な味のクリームは美味しく、僕の脳を揺さぶった。

「お、美味しいです」
「そう、良かった!」

ランベールは僕の反応を確認してから、自分のクレープを食べた。
山盛りのクリームと果実をどうやって食べるのか…
目を見張っていたが、ランベールは実に器用に、大きな口でバクバクと食べていった。

すごい…

食べ方もだが、この量のクリームを平然と食べている所が…凄い。

「クリス、食べられなかったら、私が食べてあげるから、無理しなくていいよ」

まだ食べられるのですか!?

ランベールは僕よりも体格が良いから、きっと、胃袋も大きいのだろう。
そう納得する事にし、僕は乗っていたブラウニーを口に入れた。

うん、美味しい。

「クリス、私のクレープも食べてごらん」

途中で、ランベールがそれを向けて来た。
白いクリームと沢山の果実…
美味しそうというより、胸やけがしそうだが、
ランベールが食べて欲しそうなので、「一口だけ…」と身を乗り出し、齧った。

「どう?美味しい?」

ランベールが薄い青色の目をキラキラとさせている。
この人は、時々子供っぽい。

「ん、はい、美味しいです、多くは食べられませんけど…」
「クリスのも貰っていいかい?」
「はい、どうぞ」

僕がそれを差し出すと、ランベールが身を乗り出し、それに齧りついた。
一瞬、ランベールの唇が指に触れ、ドキリとし、顔が熱くなった。
こんなの、意識するなんて、変だけど…
前に、指を舐められた事を思い出してしまった。
気まずく、緊張している僕とは違い、ランベールは屈託のない笑みを見せた。

「ん!クリスのも美味しいね」

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