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ランベールの指示で、食事は大幅に変更、改善された。
まずは量が半分以下に減った事、そして、肉や魚はすり潰され、形を変えて出された。
団子になっていたり、パテになっていたり、野菜に詰められていたり、
スープやサラダに紛れ込んでいたり…
見た目の主張が無くなった分、気持ちも楽になり、食べ易くなった。
以降、あの時の様に、お腹を壊す事は無かった。

あの時の事を思い出す度、僕は羞恥に穴を掘り潜りたくなる。

「あんなの!まるで、子供だ…」

みっともない姿を誰かに見られるなど、それだけでも死んでしまいたいが…
ランベールは気にしていない様だった。
それに、言ってくれた。

『そんな事を言っては駄目だ』

僕の生死を気にする者など、これまで、ただ一人も居なかった。
望んで貰える、気に掛けて貰える…
それが、どれだけうれしい事か…
きっと、ランベールは知らないだろう。

「望まれている、気に掛けて貰えているのは、僕ではなく、クリストフだけど…」

それに思い至ると、急に虚しさに襲われた。

「忘れるな、僕はクリストフじゃない、影武者だ」

僕は鏡に向かい、目の前に映る姿に言い聞かせた。

期待なんて、しては駄目だ。
そんなのは、自分が傷つくだけだ。

僕はシャツの胸元を握り締めた。


◇◇


ランベールは三日に一度、必ず離宮を訪ねてくれた。

僕は書斎に入る許しを貰い、読書に没頭する日々を送っていたが、
ランベールが来た時だけは別だった。

「なるべく庭に出て散歩をするんだよ、陽を浴びて、風に当たるだけでもいい。
それから、私が来た時には、本を読むのは禁止だよ。
それが守れないなら、書斎の鍵は返して貰う」

ランベールは物腰が柔らかいからだろうか、
脅して従わせようとするクリストフやバースと似てはいるが、受ける印象は全く違う。
悪感情や恐怖を与えず、それでいて、相手に「はい」と頷かせてしまうのだ。

チリンチリン…

ランベールの来訪を知らせるベルが鳴り、僕は読んでいた本に、短冊形の紙を挟んだ。
栞の代わりに使っている。
それを机に置くと、急いで書斎を出て、螺旋階段を駆け下りた。
そして、パーラーへ向かう___

そこには、長ソファに悠々と腰かけた、ランベールの姿があった。

「兄さん、お待たせしました」

僕は息を整えつつ、挨拶をした。
ランベールは優しい笑みを浮かべ、「クリス、おいで」と僕を呼んだ。
僕は「はい」と、ランベールの隣に座る。

この一連が、いつの間にか、習慣になっていた。

最初は遠慮もあり、少し離れて座っていたが、
そうすると、ランベールが僕の腰に手を回し、引き寄せるのだ。
それで、いつの間にか、触れるか触れないかの位置に座る様になった。
それでも、ランベールは僕の方に寄って来て、ピタリと腰を引っ付ける。

兄弟って、こういうものなのかな…

兄弟がどういうものかを知らないので、最初はそう納得していたのだが、
最近では、ただ、ランベールがスキンシップを好きなだけではないか?と思えてきていた。

今日も僕の腰に手を回して、ピタリと腰を引っ付けてきた。
足を閉じていなければ、足まで触れてしまうので、僕はしっかりと膝をくっつけるしかない。

「クリス、窮屈じゃない?いつも通りにしていいんだよ?」

クリストフの様に尊大な態度でいた方が、影武者らしいのだが…
元来の性格や遠慮もあり、やはり難しかった。

「足を鍛えている所なので、気にしないで下さい」

苦しい言い訳だが、ランベールは「そう、偉いね」と褒めてくれた。

ランベールは賢く優秀だという話だったが、少し抜けているのかもしれない。
だが、そのお陰もあってか、今の処、正体は疑われていない。

「クリスにお土産を持って来たよ」

ランベールはテーブルに置いていた、赤色の薄い小さな箱を取り、僕に渡してくれた。
ランベールは来る度に、何かしらの《お土産》を持って来てくれる。

何も持ってこなくてもいいのに…

「ありがとうございます、開けてもいいですか?」

ランベールは、僕が開ける事を望んでいるのだが、一応、礼儀として聞いている。
ランベールは僕に優しい微笑みを向けたまま、「いいよ」と促した。
僕は赤色の蓋を開いた。
中は金色の箱で、ショコラが9粒並んでいた。
ナッツや金箔の乗った四角形のボンボンショコラに囲まれ、
真ん中には赤色の艶のあるハート型のショコラが鎮座している。
こんなショコラは初めて見る。美しく、見惚れてしまいそうだ。

「クリスはどれが食べたい?」
「食べるなんて、勿体ないです…」

こんな美しいショコラを食べるなんて、罪に思える。
僕が頭を振ると、ランベールは笑いを零した。

「目で楽しんだ後は、舌で楽しむんだよ。
楽しんで貰えて、体に溶け込めば、このショコラたちも満足するよ」

確かに、食べる為に作られたものだから、食べて貰えなければ、
役目を果たせず、昇華されないだろう。
僕は納得して、角のショコラに手を伸ばした。
だが、一瞬早く、ランベールの指がそれを攫っていった。

「クリス、駄目だよ、食べさせるのは兄の役目だからね」

ランベールが微笑みと共に、ショコラを僕に向けている。

あああ…もう…

僕は顔を赤くし、膝の上の箱を手で握った。

ランベールは自分の手から、僕に食べさせたがる。
親鳥が雛を育てるかの様に。
僕としては、気恥ずかしいので、止めて欲しいのだけど…
ランベールは意外と頑固で、聞いて貰えた事が無い。

僕は半ば諦めの境地で、覚悟を決めて兄の方に顔を向けた。

「兄さん、ショコラを食べさせて下さい」

お願いをして口を開くと、「よく出来たね」と、口の中にショコラを入れてくれた。

世の中の兄弟は皆こんな風なのだろうか?
恥ずかしいと思うのは、僕だけだろうか?
兄弟って、奥が深いんだな…
僕には付いていけそうにない。
だが、ショコラは美味しく、僕を満足させた。

「クリス、美味しい?」
「はい、甘くて、口の中で蕩けて…美味しいです」
「クリス、指に付いたから、舐めてね」

ランベールが長い指を見せる。
確かに、一指し指の先にはショコラが付いているが…

舐める?僕が??

思わず、ランベールの彫りの深い美しい顔を、二度見してしまった。
だが、ランベールには少しの迷いも無く…

「いつもしてくれるよね?」

その言葉を出されると、影武者の僕は、拒否出来なくなる。
クリストフではない事がバレてはいけない。
クリストフのする様にしなければ…

「う、うん、久しぶりだから…」

誤魔化しつつ、及び腰ではあるが、その手を両手で掴み、顔を伏せる様にして舌を伸ばした。
恐る恐る舌を付ける。

「口の中に入れて、舌で舐めるんだよ」

僕は赤面しつつ、ランベールの指示通りに、その指を口に入れ、
唇で挟み舌を這わせた。
変な感じだ。
人の指を舐めるなどする機会は無かったし、こんな習慣がある事も知らなかった。
ショコラが付いていたのは少しだけで、これ位で良いだろうと、僕は口から指を抜く。

ちゅぽっ。

無意識に唇を窄めていた。
変な事をしてしまったのでは…と不安に上目で伺ったが、
ランベールは変わらず、にこやかだった。

「うん、綺麗になったよ、ありがとう、次はどれを食べる?」

ええ…
また指を舐めさせられるのかと思うと、変な汗が出てきて、僕は蓋を閉めた。

「お腹いっぱいだから、後で食べます!」

「それなら、私に一つくれるかい?」

「あ、はい、どうぞ」

自分だけ食べてしまった。
僕は内心で謝罪しつつ、蓋を開けた。
ランベールは長い指で一つを指差した。

「クリス、これをくれる?」

「はい、どうぞ」

促す様に見ると、にこやかなランベールの笑みと出会った。
何故か、圧を感じる。
もしかして、ですが…

「兄さんも、食べさせて欲しいんですか?」

「良く分かったね、クリス」

ランベールは満足そうに言い、その口を開けた。
仕方の無い人だな…と、内心で嘆息するも、
僕に《従わない》という選択肢は無かった。

スキンシップが多いのは、人寂しからだろうか?
でも、結婚してるのに…

僕は不思議に思いながらも、ショコラを取り、口に入れてあげた。
確かに、動物に餌をやるみたいで、少し癒されるかも…

「うん、美味しいね」

ランベールは満足そうだ。
僕も笑みを返した。
だが、油断していた___
ランベールの大きな手が、僕の手を掴んだ時、それに気付いた。

「クリスの指も舐めてあげるね」

止める間もなく、僕の指はランベールの口に飲み込まれ、舐められた。
唇と歯で甘噛みされ、その舌で舐められる。
口の中は温かく、変な感触で、体がぞくりとした。

ちゅぽんっ

指が抜かれ、僕は何故だか気まずくなり、いそいそと箱に蓋をし、テーブルに戻した。

「こ、紅茶!淹れますね…」

僕はソファから立ち上がり、二人分の紅茶をカップに注いだ。

「クリス」

名を呼ばれて振り返ると、ランベールに唇を舐められた。

「!??」

ギョッとし、固まる僕に、ランベールはにこやかに言った。

「唇にも付いてたよ」

僕は慌てて手で唇を擦った。

「そんなに擦らなくても、私がいつでも取ってあげるよ」

それが困るから、擦っているんです!!

「クリス、少し冷たくなったね…やっぱり、怒っているのかな?」

不意に言われ、僕はビクリとした。
冷たくなった?
クリストフは喜んでしていたのだろうか?
あのクリストフからは、想像も出来ないが…
僕が知っているクリストフは使用人に対しての顔で、
兄に対しての顔ではない。兄に対しては、特別なのだろうか…

息を詰め、次の言葉を待っていると、ランベールは笑みを潜め、悲し気な表情を見せた。

「冷たかったのは私だな…
務めばかりで、おまえとの事を疎かにしていたからね…
私に愛想を尽かしても仕方が無いとは思っているよ」

「そんな事…」

そんな事は無いと思うんだけど…?
嬉々として旅立って行ったクリストフを思い出し、僕は内心で頭を捻った。

「だけど、もう一度、私に機会を与えて欲しい。
私がどれだけおまえを愛しているか、おまえに知って貰いたい」

それは、もう、十分に分かっていますけど?

だが、ランベールは僕の手を握り、真剣な目をして告げた。

「関係を修復するのに、まだ遅くは無いよね、クリス」

「は、はい…」

「ありがとう、これからはもっと良い恋人になるよ、クリス___」

え?

僕の疑問は、ランベールの唇によって、封じ込められた。

んんんーーー!??

僕、今、キスされてる!??

それに、《恋人》って、どういう事ですかーーー!??


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