【完結】騙され令嬢は泣き寝入りしない!

白雨 音

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「ジュール様と結婚した後は、この館に住む事になるのですよね?」

わたしは案内されたパーラーで、意味深に周囲を眺めつつ聞いた。
わたしたちは婚約をしているものの、暗黙の了解もあり、結婚後の具体的な話はしていなかった。
ジュールも承知していて、甘い笑みを浮かべた。

「そうだよ、ここが、君と僕の愛の巣になるんだ」

「素敵な館ですね、でも、少し手を加えるともっと素敵になる気がします」

「君の望む様にしていいよ」

「本当ですか!?うれしいわ!家具を変えるのはいかがですか?」

「いいよ、古い物ばかりだから、君には似合わないよね」

ジュールは乗り気で、わたしは大仰に喜んで見せた。

それから、わたしは数日の内に、行動を開始した。
人を雇い、目ぼしい家具を運び出し、代わりに頼んでおいた家具を入れた。

「テーブルはそこね、ソファはこっちよ!」

「あ、アリス?これは、その…本当に君が選んだの?」

戸口に立つジュールの顔が引き攣っている。
それもそうだろう、これらは木を伐り、組んだだけの物体だ。
使う分には問題ないが、見るからに質素でみすぼらしく、部屋の雰囲気にそぐわない所か、破壊している。

「はい、でも、壁紙に合わないかしら…」

「僕もそう思うよ!」

ジュールが勢い良く賛成するので、笑ってしまいそうになった。

「そうだわ!壁紙を剥がしましょう!
木目の見える壁にしたら、きっと素敵だわ!いっそ、木の家にするのはどうかしら?」

「い、いや、木はどうかなぁ…」

「ジュール様は反対ですか?わたしとは価値観が合わないでしょうか?」

わたしが悲しそうにして見せると、ジュールは慌て出した。

「いや、そういう事じゃないよ!
そうだ、この館はこのままにして…敷地内に、君の望む館を建てるのはどうかな?」

「まぁ!素敵!」

「取り敢えず、この家具はその館用にして、前の家具を戻してはどうかな?」

「分かりました、ですが、少し時間が掛かるかもしれません」

こうなる事は想像出来ていたので、元の家具を積み込んだ馬車には、すぐさま館を出て貰っていた。
それをおくびにも出さずに、わたしは「困ったわ…」と零した。

ジュールはご機嫌で、「いいよ、いいよ、急いではないから!」と言った。
話が纏まり、すっかり安心している様だ。

ふふ、甘いわね!
勿論、直ぐに家具を戻すつもりなどない。
なるべく引き延ばしてやらなきゃ!


わたしは館に帰ると、売れない画家を呼び、絵を見せて貰った。
どれも金を払って買うような絵ではないが、わたしはその中から更に価値が低いと思われる物を、五点選んで買った。

「こちらを頂くわ、お代は御幾らかしら?」
「ええ!?本当に、買って頂けるのですか!?お代まで!?」

売れない画家は、あまりに売れていない所為か、絵が売れた事に驚き、値段を付けるのに困っていた。
貧しい生活をしている割に、破格の値を言い出さない所は好感が持てたので、
わたしは相場よりも少し上乗せして、金を払った。

「あなたの絵は素敵よ、自信を持って下さい」
「あ、ありがとうございます!」

売れない画家は金の入った小袋を受け取ると、何度も会釈をして帰って行った。
両親は「アリス、どうしてそんな絵を買ったんだ?」と驚いていたが、
弟のライアンは「いい絵だね!」と興味津々で見ていた。

「気に入ったのなら、一枚あげてもいいけど?」

本気とは思えず、半信半疑で言ってみたが、
ライアンは「本人から買うよ!」と画家の名と住まいを聞いてきた。

わたしは自分の部屋に絵を並べ、眺めてみたが、やはり、買う程良い絵には見えなかった。
どれも、絵具を塗りたくっているだけだし、何を描いているのかも分からない。

「ライアンには絵を買わせない方がいいわね…」

わたしは弟の将来を危惧しつつ、一点を紙に包んだ。


◇◇


わたしは三日後、再び、ジュールの館を訪ねた。
ジュールは「待ってました!」とばかりにわたしを迎えたが、わたしは素知らぬ振りで、贈り物を差し出した。

「パーラーが寂しい様なので、絵をお持ちしました」
「そ、それはうれしいなー、けど、アリス、それより僕の家具はどうなったのかな?」
「申し訳ありません、何か行き違いがあった様で…もう少し待って頂けますか?」
「ああ、それなら仕方ないよね…」

ジュールは見るからにガッカリしていた。

「こちらに飾ってもよろしいですか?」

わたしはパーラーの一番目立つ、暖炉の上の壁を指した。

ジュールは無意識にだろう、「ああ、勿論」と答えたが、包みを開き、絵をみた途端に、固まった。

「こ、この絵は、どういう絵かな?」

大きなキャンバスの中央に描かれた、赤い円。
それは、林檎の様でもあり、毛糸玉の様でもあるが、画家曰く、燃える闘魂とかなんとか…

「最近、注目の新鋭画家の絵です、きっと、この先、凄い価値になりますわ!」

「そ、それは楽しみだねー…」

「飾って頂けますか?」

「あ、ああ…」

ジュールはわたしからの御願いを断れず、渋々、絵を暖炉の上の壁に飾ったのだった。

ジュールは目が肥えている。
館の家具や調度品は、古めかしくはあるが、それなりに価値のある物ばかりだった。
安物のワインを並べていても、ワインの棚自体は良い物だった。
この館では安物のワインしか置いておらず、出される食事も質素だが、
外で食事をする時には、やたら高級品を選ぶし、饒舌に褒めていた。
その癖、「僕はあまり良く知らないし、興味が無いから」と枕詞を付ける…

思い返してみれば、何処か、変だ___

「すみません、お花摘みに…」

わたしは口実を付けて、パーラーを出た。
急いで二階に上がり、開いている部屋に入り、クローゼットを見た。
凄い数の服が並んでいる。
わたしが贈った物以外にも、上等の服は幾らでもあった___

わざと野暮ったい服装で現れて、わたしに貢がせ様としたの?
わたしを金蔓だと思っていたみたいだし…
わたしは思う壺だったのね___!

わたしは怒りを抑え、クローゼットの扉を閉め、部屋を出た。

「地下を探せば、高級ワインが見つかるかもね!」

勿論、そこまでするつもりは無く、わたしは何食わぬ顔でジュールの元に戻り、愛想を振り撒いたのだった。


それから、三日後置きに、わたしは絵を持ち、ジュールの館を訪ねた。
家具を気にしているジュールを、何だかんだと言い含め、持って来た絵を飾らせた。
パーラーだけでなく、回廊や玄関ホール…客の目に留まる場所を選んだ。
きっと、この館を訪れた客は、センスの無さに失笑するだろう。
勿論、わたしは真逆の事を口にする…

「この館を訪れる方たちは、きっとこの絵に勇気付けられるでしょうね、素敵だわ!」

「そ、そうだといいね…でも、絵はもう十分かな」

「他に何か必要な物はありませんか?何でもおっしゃって下さい!
わたし、ジュール様の為なら、何でもして差し上げたいわ!」

「ありがとう、アリス、君は最高の婚約者だよ…
少し考えていたんだけど、ベッドを新調するのはどうかな?
結婚したら、二人で使える大きなベッドが必要だよね?」

「ベッドですね!分かりました!」

「ああ、でも、どんな物になるか、前もって見せて貰えるかな?」

家具の事で痛い目を見たジュールは、慎重だった。
わたしは内心でニマニマと笑いつつ、笑顔を向けた。

「前もって知っていたら、驚きがありませんわ!
大丈夫です、きっと、ジュール様のお気に召すベッドをご用意しますわ!」

心なしかジュールの顔は青く見えた。


ああ!駄目だわ!楽し過ぎる!!

「楽しんでは駄目かしら?」

最初こそ、報復に燃えていたが、それとは関係無く、楽しんでいる自分に気付いてしまった。
このままでは、自分が意地悪な娘になってしまいそうだ。

「まぁ、ジュールが金銭的に損害を被る事は無いから、いいわよね?」

わたしが勝手に不要な物を貢いでいるのだ___


わたしはこれらのジュールへの仕返しを、事細かく書き、セヴランに送っていた。
楽しさに、筆が進み、文字が躍る。

セヴランからも、妻への報復を綴った手紙が届いた。

【私も君に習い、妻に嫌がらせをしてみる事にした】

「嫌がらせじゃなく、報復と言って欲しいわ!」

【最近、妻はほとんど帰って来ないので、彼女が嫌いな犬を飼ってやった。
毛の長い大きな犬で、名はミニョンだ。
お気に入りは妻の部屋で、妻のベッドやソファが遊び場だ。
この間、久しぶりに帰って来た妻が、ミニョンを見て悲鳴を上げて卒倒した。
スリッパを手にして、金切り声を上げて追い出そうとしたが、ミニョンは《遊び》と思い、飛び掛かった。
見物だったよ___】

わたしは想像して、吹き出した。

【妻は怒り心頭でね、犬を追い出さなければ、自分が出て行くと言った。
私としては願ったり叶ったりだが…

「君は一月に数日しかいないだろう、それに引き換え、ミニョンはもう家族だ。
この館を出て行ったりはしない、私は寂しいんだよ」

私が泣き落としをするなど、滑稽だろう?君は笑ってもいい。
だが、演技だと思えば、案外容易いものだな。
妻は悍ましいものを見る目をしたが、必死で取り繕っていた。

「私だって、あなたと一緒にいたいわ!だけど、私には療養が必要なのよ。
あなたが嫌いで離れているのではないのよ、分かって下さるでしょう?
犬がいたら、益々具合が悪くなるわ」

「私の主治医が言っていたが、犬は心を落ち着かせてくれるらしい、君にも良い筈だ」

彼女が何を言おうと無視し、その分、ミニョンを可愛がってやった。
翌朝、妻は盛大な嫌味を吐き、館を出て行ったよ___】

「やるじゃない!デュランド伯爵!」

わたしは拍手喝采した。

【アリス、提案だが、そろそろ次の段階に進まないか?】

わたしはその提案に目を通し、頷いた。

「ふぅん、面白そうね!」

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