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しおりを挟む『身に着けているものが安っぽい』
ロアナが言っていた事は、強ち間違いではない。
ジュールは完璧な人だが、装いに関しては少し問題があった。
顔を顰める程では無いにしても、全体的に少し安っぽく、流行遅れで、
彼の魅力を引き立てるものでは無い。
『贈り物も期待出来ないわね』
贈り物は一度、
両親に会いに来る時に花束を貰ったが、確かに目を見張る物ではなかった。
渡された婚約指輪は古い物で、「祖母から受け継いだもの」と言っていたが、価値としては然程ない。
「裕福だとは思わないけど…《貧乏貴族》は言い過ぎよ!」
それに、少し貧しい位は、わたしの持参金でどうにでもなる。
なので、それは結婚に不安を抱かせるものでは無かった。
「だけど、ジュール様が恥ずかしい思いをするのは、良く無いわよね?」
ロアナの様に、装いで判断する者もいるだろう。
だけど、そんな事でジュールが周囲から軽く見られるなんて、耐えられない!
「ジュール様は立派な方だもの!」
わたしにとって、彼は最高の男性だ。
この世界の何処を探しても、ジュール以上に素敵な人はいないだろう!
「決めたわ!わたしがジュール様を、《完璧な男性》にしてみせる!」
今こそ、婚約者の出番だ!
わたしは自分の考えを両親に話し、協力をして貰う事にした。
「ジュール様は装いにあまり関心が無いみたいだから、こちらで揃えて差し上げたいの!」
「良い考えね、私も少し気になっていたの、勿論、協力するわ」
「おまえも婚約者らしくなってきたな、アリス」
両親も賛成してくれ、わたしは早速、ジュールから寸法を聞き出し、仕立て屋と相談した。
まずは、上等の生地で、スタンダードなタキシード一式を作らせた。
それから、黒光りする上等の靴も。
贈り物をするには、口実が必要だ。
下手に財力の話になっては、ジュールを傷つけるかもしれない。
わたしは一昼夜悩み、そして、それを見つけた。
「ジュール様と出会って、100日目の記念の贈り物です」
変に思われるかと緊張したが、ジュールは疑う事なく、喜んでくれた。
「ありがとう!うれしいよ!だけど、僕は何も用意していないんだ…
君との大事な日なのに、ごめんよ、アリス…」
情けなく項垂れるジュールに、わたしは慌てた。
「そんな!謝らないで下さい!わたしが贈り物をしたかっただけですから…
ジュール様は傍にいて一緒にお祝して下さるだけで十分です、わたしは幸せですから…」
「アリス、君はなんて優しい人なんだろう!
こんなにも愛されて、僕は幸せだよ、君と出会えて良かった…」
甘いチョコレート色の目に見つめられ、わたしはうっとりとした。
ああ、わたしも幸せよ!
あなたに出会えて良かった!
それからは、贈り物をする頻度も増えた。
勿論、装いだけでない。
ジュールの館に行き、安いワインが並べられているのを見ると、高価なワインを贈り、
カーテンが安物であれば、上等のカーテンを贈った。
「見掛けた時、ジュール様に似合うと思ったんです」
「出掛けたので、お土産です」
「これは、両親から___」
口実は次第に適当になっていったが、幸い、ジュールは気にしていない様だった。
ジュールはいつも贈り物を快く受け取ってくれ、次に会う時には必ず身に着けて来てくれたし、
ワインも喜んで飲んでくれ、カーテンも使ってくれた。
そして、いつも大仰な程、感謝してくれた。
「ありがとう、アリス、僕もお返ししたいんだけど…」
「そんな、わたしが好きでしているのですから、ジュール様は気になさらないで下さい」
「せめてと思って、君の為に花を摘んだよ…」
ジュールは庭園の花を摘み、花束にして贈ってくれた。
ああ!なんて素敵な方なの!
こんな事をしてくれた男性は初めてで、わたしは感激した。
野性的な花たちは、素朴で愛らしい。
わたしは花の匂いを深く吸い込んだ。
ああ、本当に、夢みたい___!
思えば、この時が、幸せの絶頂だったに違いない。
それから一月も経たず、わたしの幸せを脅かす者が現れた。
◇◇
その日、何の前触れもなく、ブーランジェ伯爵家に一台の馬車が着いた。
わたしは最初、ジュールが訪ねて来たのだと期待したのだが、馬車を見て直ぐに違うと分かった。
派手さはないが、見るからに立派な馬と馬車は、訪問者が只者ではない事を告げている。
執事が急いで迎え、館内は急に慌ただしくなった。
「きっと、お父様のお客様ね」と、わたしは傍観していたのだが、メイドがわたしの元に飛んで来た。
「アリス様!御客様です、御支度をお手伝い致します」
「わたしにお客様?相手はどなたなの?」
「デュランド伯爵です」
デュランド伯爵?
全く聞き覚えが無い。
「知らないわ、一体、何の用かしら?」
「それは、お会いしてからになさって下さい、まずは、御支度を___」
わたしは部屋に引っ張られ、手伝って貰いながら支度をした。
相手が伯爵では、変な恰好は出来ない。
メイドたちの気合も十分で、わたしはまるでこれからパーティに行くかの様な姿になっていた。
ドレスのスカートはふんわりとし、リボンとフリルが多いもので、
赤毛の髪はカールされ、小さな花の飾りピンを至る処に刺している。
「大袈裟じゃない?」
「アリス様はブーランジェ伯爵家のご令嬢です、軽んじられてはいけないと、旦那様からのご指示です」
メイドにキッパリと言われ、わたしは諦めて、デュランド伯爵が待つパーラーへと急いだ。
開かれた扉から中に入ると、ソファから黒髪の男性が立ち上がった。
背が高く、立派な体躯の持ち主だ。
眉は太く、灰色の目は鋭い。何が不満なのか、不機嫌そうな口元をしている。
年は三十歳位だろうか?
「君が、アリスか?」
僅かに彼が顔を顰めた。
わたしは内心、『ムッ』としたが、表には出さずに挨拶をした。
「はい、ブーランジェ伯爵の娘、アリスです。
初めて御目に掛かりますが、どなたかとお間違いではありませんか?」
「いや、君だろう、だが、まさかこんな小娘とは思っていなかった…」
その物言いに、わたしは唖然とした。
小娘ですって?
伯爵の癖に、何て無作法なの!
お父様の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ!
「ご用件をお話し頂けますか?デュランド伯爵」
わたしは向かいのソファに腰を下ろし、促した。
伯爵は思い直したのか、腰を下ろし、腕組みをした。
「これから君にとって辛い現実を突き付けるが、悲鳴を上げたり、卒倒したりはしないでくれ」
わたしが悲鳴を上げて卒倒する様に見えるのかしら?
笑ってしまいたくなったが、わたしは平静を装い、促した。
「努力致します」
「いいだろう」
偉そうな男だ。
伯爵だから威張っているのかしら?
やっぱり、お父様の爪の垢を煎じて飲ませるべきね!それも、二杯は確実に!
そんな事を想像していた為、すっかり油断していた。
「私の妻が、君の婚約者と不貞を働いている」
は?
「二人の付き合いは三年近くになるが、今も続行中だ。
彼が婚約をしたと聞き、騙されたまま結婚するのも気の毒だと思い、忠告に来た」
「やっぱり、どなたかとお間違えではありませんか?
わたしの婚約者は、真面目で優しく、誠実な人です。
人の道に反する様な真似は、絶対に致しません!」
わたしはキッパリと言い放った。
だが、伯爵は声を上げて笑った。
「成程、どうしてこんな小娘を引っ掛けたのかと思ったが、小娘ならば騙し易いという訳か!」
「失礼だわ!わたしを侮辱する事は、我がブーランジェ伯爵家を侮辱する事よ!」
「侮辱ではない、事実だ」
スッと、伯爵の目が冷たくなった。
「君は婚約者の裏の顔に気付いていない。忠告しても見ようともしない。
このまま世間知らずの小娘でいれば、一年後には墓石の下だぞ」
「墓石の下?」
なんて物騒な事を言うのだろう!本当に嫌な人!!
わたしは睨み見たが、伯爵は欠片も動揺を見せなかった。
「君の婚約者、ジュール=ボワレー男爵は、二年前に結婚し、
その一年後に妻を転落事故で亡くしている」
ジュールが結婚していて、一年前に妻を亡くしていたなんて…
彼がそんな話をした事は無かった。
「嘘…」
膝の上で握り込んだ手が、ぶるぶると震える。
伯爵は容赦なく告げた。
「嘘ではない、二人の結婚証明、事故記録、死亡証明書、
妻の遺産全てがジュールに渡ったという記録もある。
転落事故には不審な点があり、ジュールが関与していたとも噂されている」
わたしはカッとなった。
「そんなの嘘よ!誰かが彼を陥れようとして、噂を撒いたんだわ!
わたしは信じないから!!」
目の前の男を捻り潰してやりたい気持ちだった。
だが、彼は「フン」と鼻で笑った。
「君にとって、あの男は聖人らしいな。
それならそれでいい、知っていて黙っていると寝覚めが悪いから話したまでだ、信じる信じないは好きにしてくれ。
だが、この先何が起ころうと、《自己責任》だぞ。
ああ、私は折を見て二人に報復するつもりなので、くれぐれもこちらの邪魔はするな」
言うだけ言うと、伯爵は席を立ち、パーラーを出て行った。
わたしは見送る事も出来ず、その場で固まっていた。
その後、両親はデュランド伯爵の用件を聞き違ったが、わたしは誤魔化した。
「誰かと間違えていたみたい、少し話して誤解が解けたわ」
「まぁ、そんな事もあるのね~」
「だが、デュランド伯爵と知り合えて良かったじゃないか、噂では医学の心得があるらしい」
医学?
伯爵だというのに、医学まで勉強したのだろうか?
医学的に見て、ジュールの前の奥さんは、事故じゃなかったのかしら?
そんな事を考えてしまい、わたしは慌てて頭を振った。
「馬鹿な事を考えちゃ駄目よ!」
ジュール様が、そんな非道な事をする筈はないわ!
事故を装い、妻を殺すなんて…
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