上 下
2 / 12

しおりを挟む

『身に着けているものが安っぽい』

ロアナが言っていた事は、強ち間違いではない。
ジュールは完璧な人だが、装いに関しては少し問題があった。

顔を顰める程では無いにしても、全体的に少し安っぽく、流行遅れで、
彼の魅力を引き立てるものでは無い。

『贈り物も期待出来ないわね』

贈り物は一度、
両親に会いに来る時に花束を貰ったが、確かに目を見張る物ではなかった。
渡された婚約指輪は古い物で、「祖母から受け継いだもの」と言っていたが、価値としては然程ない。

「裕福だとは思わないけど…《貧乏貴族》は言い過ぎよ!」

それに、少し貧しい位は、わたしの持参金でどうにでもなる。
なので、それは結婚に不安を抱かせるものでは無かった。

「だけど、ジュール様が恥ずかしい思いをするのは、良く無いわよね?」

ロアナの様に、装いで判断する者もいるだろう。
だけど、そんな事でジュールが周囲から軽く見られるなんて、耐えられない!

「ジュール様は立派な方だもの!」

わたしにとって、彼は最高の男性だ。
この世界の何処を探しても、ジュール以上に素敵な人はいないだろう!

「決めたわ!わたしがジュール様を、《完璧な男性》にしてみせる!」

今こそ、婚約者の出番だ!



わたしは自分の考えを両親に話し、協力をして貰う事にした。

「ジュール様は装いにあまり関心が無いみたいだから、こちらで揃えて差し上げたいの!」
「良い考えね、私も少し気になっていたの、勿論、協力するわ」
「おまえも婚約者らしくなってきたな、アリス」

両親も賛成してくれ、わたしは早速、ジュールから寸法を聞き出し、仕立て屋と相談した。
まずは、上等の生地で、スタンダードなタキシード一式を作らせた。
それから、黒光りする上等の靴も。

贈り物をするには、口実が必要だ。
下手に財力の話になっては、ジュールを傷つけるかもしれない。
わたしは一昼夜悩み、そして、それを見つけた。

「ジュール様と出会って、100日目の記念の贈り物です」

変に思われるかと緊張したが、ジュールは疑う事なく、喜んでくれた。

「ありがとう!うれしいよ!だけど、僕は何も用意していないんだ…
君との大事な日なのに、ごめんよ、アリス…」

情けなく項垂れるジュールに、わたしは慌てた。

「そんな!謝らないで下さい!わたしが贈り物をしたかっただけですから…
ジュール様は傍にいて一緒にお祝して下さるだけで十分です、わたしは幸せですから…」

「アリス、君はなんて優しい人なんだろう!
こんなにも愛されて、僕は幸せだよ、君と出会えて良かった…」

甘いチョコレート色の目に見つめられ、わたしはうっとりとした。

ああ、わたしも幸せよ!
あなたに出会えて良かった!


それからは、贈り物をする頻度も増えた。
勿論、装いだけでない。
ジュールの館に行き、安いワインが並べられているのを見ると、高価なワインを贈り、
カーテンが安物であれば、上等のカーテンを贈った。

「見掛けた時、ジュール様に似合うと思ったんです」
「出掛けたので、お土産です」
「これは、両親から___」

口実は次第に適当になっていったが、幸い、ジュールは気にしていない様だった。
ジュールはいつも贈り物を快く受け取ってくれ、次に会う時には必ず身に着けて来てくれたし、
ワインも喜んで飲んでくれ、カーテンも使ってくれた。
そして、いつも大仰な程、感謝してくれた。

「ありがとう、アリス、僕もお返ししたいんだけど…」

「そんな、わたしが好きでしているのですから、ジュール様は気になさらないで下さい」

「せめてと思って、君の為に花を摘んだよ…」

ジュールは庭園の花を摘み、花束にして贈ってくれた。

ああ!なんて素敵な方なの!

こんな事をしてくれた男性は初めてで、わたしは感激した。
野性的な花たちは、素朴で愛らしい。
わたしは花の匂いを深く吸い込んだ。

ああ、本当に、夢みたい___!


思えば、この時が、幸せの絶頂だったに違いない。

それから一月も経たず、わたしの幸せを脅かす者が現れた。


◇◇


その日、何の前触れもなく、ブーランジェ伯爵家に一台の馬車が着いた。

わたしは最初、ジュールが訪ねて来たのだと期待したのだが、馬車を見て直ぐに違うと分かった。
派手さはないが、見るからに立派な馬と馬車は、訪問者が只者ではない事を告げている。
執事が急いで迎え、館内は急に慌ただしくなった。

「きっと、お父様のお客様ね」と、わたしは傍観していたのだが、メイドがわたしの元に飛んで来た。

「アリス様!御客様です、御支度をお手伝い致します」
「わたしにお客様?相手はどなたなの?」
「デュランド伯爵です」

デュランド伯爵?
全く聞き覚えが無い。

「知らないわ、一体、何の用かしら?」
「それは、お会いしてからになさって下さい、まずは、御支度を___」

わたしは部屋に引っ張られ、手伝って貰いながら支度をした。
相手が伯爵では、変な恰好は出来ない。
メイドたちの気合も十分で、わたしはまるでこれからパーティに行くかの様な姿になっていた。

ドレスのスカートはふんわりとし、リボンとフリルが多いもので、
赤毛の髪はカールされ、小さな花の飾りピンを至る処に刺している。

「大袈裟じゃない?」
「アリス様はブーランジェ伯爵家のご令嬢です、軽んじられてはいけないと、旦那様からのご指示です」

メイドにキッパリと言われ、わたしは諦めて、デュランド伯爵が待つパーラーへと急いだ。
開かれた扉から中に入ると、ソファから黒髪の男性が立ち上がった。
背が高く、立派な体躯の持ち主だ。
眉は太く、灰色の目は鋭い。何が不満なのか、不機嫌そうな口元をしている。
年は三十歳位だろうか?

「君が、アリスか?」

僅かに彼が顔を顰めた。
わたしは内心、『ムッ』としたが、表には出さずに挨拶をした。

「はい、ブーランジェ伯爵の娘、アリスです。
初めて御目に掛かりますが、どなたかとお間違いではありませんか?」

「いや、君だろう、だが、まさかこんな小娘とは思っていなかった…」

その物言いに、わたしは唖然とした。

小娘ですって?
伯爵の癖に、何て無作法なの!
お父様の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ!

「ご用件をお話し頂けますか?デュランド伯爵」

わたしは向かいのソファに腰を下ろし、促した。
伯爵は思い直したのか、腰を下ろし、腕組みをした。

「これから君にとって辛い現実を突き付けるが、悲鳴を上げたり、卒倒したりはしないでくれ」

わたしが悲鳴を上げて卒倒する様に見えるのかしら?
笑ってしまいたくなったが、わたしは平静を装い、促した。

「努力致します」

「いいだろう」

偉そうな男だ。
伯爵だから威張っているのかしら?
やっぱり、お父様の爪の垢を煎じて飲ませるべきね!それも、二杯は確実に!
そんな事を想像していた為、すっかり油断していた。

「私の妻が、君の婚約者と不貞を働いている」

は?

「二人の付き合いは三年近くになるが、今も続行中だ。
彼が婚約をしたと聞き、騙されたまま結婚するのも気の毒だと思い、忠告に来た」

「やっぱり、どなたかとお間違えではありませんか?
わたしの婚約者は、真面目で優しく、誠実な人です。
人の道に反する様な真似は、絶対に致しません!」

わたしはキッパリと言い放った。
だが、伯爵は声を上げて笑った。

「成程、どうしてこんな小娘を引っ掛けたのかと思ったが、小娘ならば騙し易いという訳か!」

「失礼だわ!わたしを侮辱する事は、我がブーランジェ伯爵家を侮辱する事よ!」

「侮辱ではない、事実だ」

スッと、伯爵の目が冷たくなった。

「君は婚約者の裏の顔に気付いていない。忠告しても見ようともしない。
このまま世間知らずの小娘でいれば、一年後には墓石の下だぞ」

「墓石の下?」

なんて物騒な事を言うのだろう!本当に嫌な人!!
わたしは睨み見たが、伯爵は欠片も動揺を見せなかった。

「君の婚約者、ジュール=ボワレー男爵は、二年前に結婚し、
その一年後に妻を転落事故で亡くしている」

ジュールが結婚していて、一年前に妻を亡くしていたなんて…
彼がそんな話をした事は無かった。

「嘘…」

膝の上で握り込んだ手が、ぶるぶると震える。
伯爵は容赦なく告げた。

「嘘ではない、二人の結婚証明、事故記録、死亡証明書、
妻の遺産全てがジュールに渡ったという記録もある。
転落事故には不審な点があり、ジュールが関与していたとも噂されている」

わたしはカッとなった。

「そんなの嘘よ!誰かが彼を陥れようとして、噂を撒いたんだわ!
わたしは信じないから!!」

目の前の男を捻り潰してやりたい気持ちだった。
だが、彼は「フン」と鼻で笑った。

「君にとって、あの男は聖人らしいな。
それならそれでいい、知っていて黙っていると寝覚めが悪いから話したまでだ、信じる信じないは好きにしてくれ。
だが、この先何が起ころうと、《自己責任》だぞ。
ああ、私は折を見て二人に報復するつもりなので、くれぐれもこちらの邪魔はするな」

言うだけ言うと、伯爵は席を立ち、パーラーを出て行った。
わたしは見送る事も出来ず、その場で固まっていた。


その後、両親はデュランド伯爵の用件を聞き違ったが、わたしは誤魔化した。

「誰かと間違えていたみたい、少し話して誤解が解けたわ」
「まぁ、そんな事もあるのね~」
「だが、デュランド伯爵と知り合えて良かったじゃないか、噂では医学の心得があるらしい」

医学?
伯爵だというのに、医学まで勉強したのだろうか?
医学的に見て、ジュールの前の奥さんは、事故じゃなかったのかしら?
そんな事を考えてしまい、わたしは慌てて頭を振った。

「馬鹿な事を考えちゃ駄目よ!」

ジュール様が、そんな非道な事をする筈はないわ!

事故を装い、妻を殺すなんて…

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に嫌われた伯爵令嬢は努力を怠らなかった

有川カナデ
恋愛
オリヴィア・ブレイジャー伯爵令嬢は、未来の公爵夫人を夢見て日々努力を重ねていた。その努力の方向が若干捻れていた頃、最愛の婚約者の口から拒絶の言葉を聞く。 何もかもが無駄だったと嘆く彼女の前に現れた、平民のルーカス。彼の助言のもと、彼女は変わる決意をする。 諸々ご都合主義、気軽に読んでください。数話で完結予定です。

逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます

黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。 ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。 目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが…… つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも? 短いお話を三話に分割してお届けします。 この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。

私、悪役令嬢ですが聖女に婚約者を取られそうなので自らを殺すことにしました

蓮恭
恋愛
 私カトリーヌは、周囲が言うには所謂悪役令嬢というものらしいです。  私の実家は新興貴族で、元はただの商家でした。    私が発案し開発した独創的な商品が当たりに当たった結果、国王陛下から子爵の位を賜ったと同時に王子殿下との婚約を打診されました。  この国の第二王子であり、名誉ある王国騎士団を率いる騎士団長ダミアン様が私の婚約者です。  それなのに、先般異世界から召喚してきた聖女麻里《まり》はその立場を利用して、ダミアン様を籠絡しようとしています。  ダミアン様は私の最も愛する方。    麻里を討ち果たし、婚約者の心を自分のものにすることにします。 *初めての読み切り短編です❀.(*´◡`*)❀. 『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも掲載中です。

逆行転生した悪役令嬢だそうですけれど、反省なんてしてやりませんわ!

九重
恋愛
我儘で自分勝手な生き方をして処刑されたアマーリアは、時を遡り、幼い自分に逆行転生した。 しかし、彼女は、ここで反省できるような性格ではなかった。 アマーリアは、破滅を回避するために、自分を処刑した王子や聖女たちの方を変えてやろうと決意する。 これは、逆行転生した悪役令嬢が、まったく反省せずに、やりたい放題好き勝手に生きる物語。 ツイッターで先行して呟いています。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。

ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。 なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。 妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。 しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。 この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。 *小説家になろう様からの転載です。

一体だれが悪いのか?それはわたしと言いました

LIN
恋愛
ある日、国民を苦しめて来たという悪女が処刑された。身分を笠に着て、好き勝手にしてきた第一王子の婚約者だった。理不尽に虐げられることもなくなり、ようやく平和が戻ったのだと、人々は喜んだ。 その後、第一王子は自分を支えてくれる優しい聖女と呼ばれる女性と結ばれ、国王になった。二人の優秀な側近に支えられて、三人の子供達にも恵まれ、幸せしか無いはずだった。 しかし、息子である第一王子が嘗ての悪女のように不正に金を使って豪遊していると報告を受けた国王は、王族からの追放を決めた。命を取らない事が温情だった。 追放されて何もかもを失った元第一王子は、王都から離れた。そして、その時の出会いが、彼の人生を大きく変えていくことになる… ※いきなり処刑から始まりますのでご注意ください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど『相手の悪意が分かる』から死亡エンドは迎えない

七星点灯
恋愛
絶対にハッピーエンドを迎えたい! かつて心理学者だった私は、気がついたら悪役令嬢に転生していた。 『相手の嘘』に気付けるという前世の記憶を駆使して、張り巡らされる死亡フラグをくぐり抜けるが...... どうやら私は恋愛がド下手らしい。 *この作品は小説家になろう様にも掲載しています

処理中です...