15 / 15
番外編
アロイスの回想録
しおりを挟むアロイス=クレール
魔法学園卒業後、俺は冒険者になるつもりでいた。
代々魔術師家系で、魔力も強く、学園では他に首席を譲った事は無い。
将来を有望視されていたが、兄たちや親戚連中と同じ道…
王宮勤めではつまらないと思っていた。
もっと、広い世界が見たい___
元々旅好きだった事もあり、衝動が抑えられなかった。
幸い、家族は皆、品行方正で、働き者なので、一人位食み出しても気にしなかった。
「おまえの好きにしろ、おまえの人生だ」
父のその言葉に後押しされ、俺は準備を進めていた。
そんな折り、学園で噂を聞いた。
学園一、目立ちたがりで人気もある、騎士爵の息子ジェローム=ボネが、
卒業後は冒険者になるらしいと。
ジェロームとは同じAクラスだったが、
彼は魔術よりも剣が得意で、剣術が苦手な者を軽く見る傾向がある。
そして、明るく饒舌で目立ちたがり…
自分とは共通点が無く、馬が合うとも思えず、ほぼ話した事は無かった。
「何だよ!一緒に冒険者やるって言ってただろ!ダニエル!」
「悪い!親のコネで良い就職先がみつかったんだよ、
おまえも冒険者とか止めて、まともに働いた方がいいぜ」
「ふざけんな!絶対、冒険者のがいいだろ!」
ジェロームは一緒にパーティを組む筈だったダニエルと決裂したらしい。
自分には関係無いが、「気の毒に」と少しだけ同情した。
だが、一人で冒険者になるという手もあるし、
ギルドで他のパーティに入れて貰うという手もある。
然程気にしていなかった。
だが、何処からか聞き付けたのか、ジェロームが俺を誘って来た。
「おまえさー、冒険者になるんだろ?
俺も冒険者しよーかなって思ってんだ、一緒に組まないか?」
相棒に断られた話は、学園の誰もが知っている事だが、
ジェロームはそんな事は無かったかの様に話す。
きっと、プライドが高いんだろう…
俺はそれを指摘しては傷付けると思い、知らぬフリをし、
「いいけど」と良く考えずに承諾していた。
つまり俺は、相棒に振られた、この目立ちたがり屋のプライドの高い男に、同情したのだ。
これで少しは面子も立つだろう___
俺は愚かにも、人助けをした気でいた。
ジェロームがどんな男か、俺は冒険者になり、パーティを組んでから知る事となった。
ジェローム=ボネは、言って見れば、単純、迂闊、馬鹿で目立ちたがり、
口が上手いというよりも、自分を大きく見せようと虚言を吐く、嘘吐きだ。
我儘で、自分本位で、面倒臭がりで、守銭奴で、女好きで…
声が無駄に大きい…
「良い所が無い」
程無く、俺はジェロームとパーティを組んだ事を後悔し始めたが、
それでも、この馬鹿を見捨てる気にはなれなかった。
一度関わってしまった手前、面倒見なければいけない…気がする。
根が真面目な自分を呪った。
パーティの他の仲間も、ジェロームを苦手としていたが、剣士としての腕は立つので、
皆一様に我慢していた。だが、やはり、抜けて行く者もあり…
その折り、新しく加入したのが、回復系魔法の使い手のリアナ=ロベールだった。
「クレール…あのクレール家の息子!?有名な魔術師の家系でしょう!?
こんな所で出会えるなんて思わなかったわ!ああ、きっと、これは運命だわ!
あなたは何て魅力のある人なの、アロイス…あなた以上に素晴らしい男はいないわ!」
リアナに熱烈に迫られ、俺は正直、浮かれ…流されるまま恋人関係になっていた。
一年位だろうか、結婚の話も出る様になっていて、
付き合いは上手くいっていた…筈だった。
ある日、もう一人の仲間である剣士のポールに、ジェロームとリアナが怪しいと聞かされた。
俺は信じていなかったが、疑いを解く事も出来ず…
そうこうしている内に、俺は二人の情事を目撃してしまった。
俺に気付いたジェロームは、慌てる所かニヤリと笑い、得意気に行為を見せつけた。
そして、リアナもそれに逆らう事無く、情事に耽っていた。
吐き気がした___
俺はそのまま消えようとしたが、思い止まった。
二人が謝って来るかもしれないと思ったのだ。
過ちを犯す事も時にはあるだろう、誠心誠意謝るのならば、許しても良い…
恐らく許せる…かもしれない。
だが、二人が謝る事は無かった。
ジェロームは「あの後、燃えただろ?」と下品にからかって来た上、
「まーいい女だよな、体だけは!」と抜かす。ニヤニヤとしたその顔からは、
関係を止める気は無いのだと伺えた。
リアナの方も「刺激が欲しくなるのよ、あなた単調過ぎるから」と悪びれずに言った。
唖然とした。
俺は、こんな女と付き合っていたのか?
真剣だったのは、俺だけなのか?
リアナが囁いた愛の言葉は、本心からのものでは無かったのか?
ジェロームにしても、リアナにしても…あいつらにとって、俺は『何』なのだ?
騙しても良い、踏み付けても良い存在なのか___?
ダンジョン攻略の仕事に向かい、俺は怒りに任せ、魔力を暴発させ、
瞬く間にドラゴンを倒した。
「おい、アロイス!俺の出番も残してくれよー」
ジェロームは不満気に文句を言った。
どうせ、おまえにドラゴンは倒せないだろ。
そうだ、ジェロームがドラゴンに食われるのを待っていれば良かった___
そんな風に考えてしまう自分が嫌だった。
「これが最後の仕事だ、俺は抜ける」
「はぁ?何言ってんの、おまえ」と、例に寄って、ジェロームは本気にしていない。
もう、うんざりだ___!
「後の事はおまえたちで好きにしろ、ここでお別れだ」
俺はそれだけ言うと、踵を返し、ダンジョンを出た。
追って来たとしても、俺には追い付けなかっただろうが…
追って来る者はいなかった。
俺はギルドには顔を出さず、そのまま放浪の旅に出た。
ギルドに顔を出せば、ヤツ等に知られる___
それが嫌だった。全て断ち切りたかったのだ。
そんな訳で、預けている金を下ろす事は出来ず、手持ちの金だけでの放浪だったが、
構わなかった。自棄になっていたのだ。自分を痛め付け、忘れようとした。
だが、忘れたくても忘れられず…
闇市で記憶を消す薬を買い、飲んでみたが、記憶は直ぐに戻った。
死のうとしても、寸前で、出来なかった。
そうして、放浪を続け、半年…
手持ちの金も尽き、食い物さえも買えなくなった頃…
俺は、少女に拾われた。
◇
「お嬢ちゃん、一緒に来て貰おうか」
「痛い目見たくないだろう?」
「お父さんが金を払ってくれさえすれば、すぐに帰してあげるよ~」
森の中で、果実や木の実を探していた時だ。
かどわかしだろう、そんな声が聞こえてきた。
「助けたら、謝礼位貰えるか…」
それを期待し、俺は声の方へと急いだ。
ならず者三人が、一人の少女を囲んでいた。
俺は助けに入るつもりで踏み出したのだが…
少女の動きの方が早かった。
少女は素早い動きで、ならず者の手を蹴り上げ、持っていた短剣を奪い取った。
そして、直ぐ様一人の手を斬り付け、残りの二人を威嚇した。
「うわああ!斬られたぁぁぁ!!」
ならず者が手首を押さえ慌てふためく姿は、滑稽だ。
「一緒に行ってあげたいけど、家族を心配させたくないの、ごめんなさいね!」
とても、少女の言葉とは思え無かった。
堂に入った態度、言葉…
少女は、ならず者たちよりも自分の方が強い事を知っているのだ。
こんな小さな娘が…?
男子ならばまだ分かる。
親が剣を教えるかもしれない。
だが、彼女は何処からどう見ても、十歳位の普通の小娘なのだ。
少し、変な髪形をしているが…
俺は助けに入るのも忘れ、唖然とし、動向を見守っていた。
だが、決着は直ぐに着いた。
少女が短剣を機用に回して見せたかと思うと、素早く剣を振りおろし、
ならず者たちのベルトを切っていった。
ならず者たちは、「きゃー!」と情けない声を上げ、ズボンを押さえて逃げて行った。
なんとも情けない…
少女も同じ事を思った様で、呆れた声を洩らした。
「全く、手応えの無い連中ね!」
それから少女は、クルリと向きを変え、その短剣の先を俺に向けた。
「あなたはどうかしら?その恰好、見た所、あの連中の手下かしら?」
俺は両手を上げ、茂みから出た。
「見当違いですよ、あなたを助けて、謝礼でも貰おうと駆け付けてみましたが、
必要無かった様ですね、驚きました、剣は何処で習ったのですか?」
彼女は小さな肩をヒョイと竦めた。
「それは秘密よ。残念だけど、あなたの望みを叶えてあげる訳にはいかないわ、
家族を心配させたくないの、わたし、こう見えて、伯爵令嬢なのよ!」
「はぁ…」
金色の髪は、おかしな巻き方をしているし、
良さそうな服を着ているので、貴族の娘だとは思ったが…
『そうですか』としか答え様が無く、俺は間抜けな声を洩らしていた。
だが、それと同時に、腹が鳴った。
ぐーーーーーー
少女が青い目を丸くした。
「あなた、お腹が空いてるのね…
いいわ、一緒に来なさい、何か食べさせてあげるわ!」
少女は背を正し、くるくると巻いた髪を振り、颯爽と歩き出す。
それは、少女というよりも、大人の女性に見えた。
伯爵令嬢というのは、大人びているんだな…
それに、この年頃で施しとは、流石貴族様だ。
皮肉に笑ったのを、気付かれたらしい、彼女は言葉を継いだ。
「施しじゃないわよ、困っている人が居たら手を貸しなさいって、師匠の教えなの」
「困っている人が悪人だったら?」
「勿論、叩きのめすわ!」
成程…。
だが、単純明快で気持ちが良い。
子供はいいよな…
俺も、叩きのめせば良かったのか?
結局、俺は、取り乱したり、怒ったり、縋ったりする自分が恰好悪い気がし、
出来なかったんだ。
最後まで、恰好を付けたかった…別に、誰も気にもしていないだろうが。
ああ、駄目だ、また沈んでしまう…
そっと嘆息し、肩を落とした時だ、不意に、前を歩いていた少女が振り返った。
「あなた、剣は出来るの?」
「いえ」
「男なら習うものじゃないの?」
「基礎の基礎なら習いましたが…」
魔法学園では、剣術の授業は取らなかった。
魔術師なのだから、無理に剣を使う必要が無いのだ。
「基礎の基礎ですって!?面白そうね!見てみたいわ!」
「は?」
「あなた、名前は?」
「それは秘密です」
「さっきのお返し?」
「いえ、単純に、知られたくないだけです」
「はっきり言うわね、それなら何か考えなさい、それまでは『宿無し』と呼ぶわ」
「それもいいですね」
「あなた、コミュ障って言われない?」
「コミュ…なんですか?」
「いいから、名前を訊かれたら、聞き返してくれなくちゃ!」
「あなたの名は?」
少女は足を止め、俺を振り仰ぐ。
そして、満面に笑みを浮かべ、堂々と名乗った。
「ブーランジェ伯爵令嬢、リリアーヌよ!」
パッと、花が開いたように見えた。
この少女は、さぞ美しく成長するだろう…
何故か、そんな事を思っていた。
何処を気に入られたのか、俺はそのまま済し崩し的に、
ブーランジェ伯爵に雇われる事となった。
この不思議な少女、リリアーヌの教育係として…
《完》
2
お気に入りに追加
767
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説

姫の騎士
藤雪花(ふじゆきはな)
恋愛
『俺は命をかける価値のある、運命の女を探している』
赤毛のセルジオは、エール国の騎士になりたい。
募集があったのは、王子の婚約者になったという、がさつで夜這いで田舎ものという噂の、姫の護衛騎士だけ。
姫騎士とは、格好いいのか、ただのお飾りなのか。
姫騎士選抜試験には、女のようなキレイな顔をしたアデール国出身だというアンという若者もいて、セルジオは気になるのだが。
□「男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子」の番外編です。
□「姫の騎士」だけでも楽しめます。
表紙はPicrewの「愛しいあの子の横顔」でつくったよ! https://picrew.me/share?=2mqeTig1gO #Picrew #愛しいあの子の横顔
EuphälleButterfly さま。いつもありがとうございます!!!

【完結】婚約者候補の落ちこぼれ令嬢は、病弱王子がお気に入り!
白雨 音
恋愛
王太子の婚約者選びの催しに、公爵令嬢のリゼットも招待されたが、
恋愛に対し憧れの強い彼女は、王太子には興味無し!
だが、それが王太子の不興を買う事となり、落ちこぼれてしまう!?
数々の嫌がらせにも、めげず負けないリゼットの運命は!??
強く前向きなリゼットと、自己肯定感は低いが一途に恋する純真王子ユベールのお話☆
(※リゼット、ユベール視点有り、表示のないものはリゼット視点です)
【婚約破棄された悪役令嬢は、癒されるより、癒したい?】の、テオの妹リゼットのお話ですが、
これだけで読めます☆ 《完結しました》
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢
alunam
恋愛
婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。
既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……
愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……
そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……
これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。
※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定
それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!
呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる