【完結】猫かぶり令嬢の結婚の条件☆

白雨 音

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「嘘だ…俺が、負けるなんて…アロイスなんかに…」

ジェロームは信じられない様で、茫然と地面を見つめ、ぶつぶつと何やら言っていたが、
突如、カッと顔を上げ、叫んだ。

「魔法だ!魔法を使ったんだろう!そうじゃなきゃ、俺が負ける筈なんかねー!!
くそ!汚い野郎だな!そこまでして、俺に勝ちたいか!アロイス!!」

「あなたの同窓って、どうしようも無い人ね、エルネスト」

これで、剣士を名乗るのだから、世も末だ。
わたしは呆れ果て、頭を振った。

「見苦しいわよ、ジェローム!魔法を使ったか使って無いか位、
誰にでも分かる事よ、あなたは負けを認めたく無いだけ。
あなた、キレも無いし、動きも鈍いわ、何度闘っても結果は同じよ。
女遊びをしてる暇があったら、腕を磨いた方が良いんじゃない?
昔はもう少しはマシだったんでしょう?」

「この女―――!!」

ジェロームがわたしに襲い掛かろうとしたが、それは叶わず、
何処から起こったのか、小さな竜巻に吹き飛ばされ、茂みに頭から突っ込んでいた。

「ねぇ、あなたの同窓の彼って、女好きじゃなかったの?」

伯爵令嬢のわたしに対して、随分な態度だわ!
エルネストは肩を竦める。

「女を組み敷くのは好きですが、上に乗られるのは嫌いなんでしょう」
「言うじゃない、それで、あなたの気は済んだの?エルネスト」
「はい、お陰様で」

先程の様子からは打って変わって、驚く程、あっさりしている。
だが、今のエルネストには、怒りは見えなかった。

男同士って、殴り合うと良いって、本当なのね?
前世の少年漫画を思い出すわ。
尤も、このエルネストが、そんな熱いタイプだとは思わなかったけど…

エルネストは「行きましょう」と、わたしが抱えていた食べ物を取った。
わたしは鬘を被り、フードを戻す。

「見苦しい所をお見せしました」
「そんな事は無いわ、驚きはしたけど」

昼メロみたいで。
それに、わたしの知るエルネストからは、想像も付かない過去だった。
人って、分からないものね…

「あなた、冒険者だったのね、エルネスト」

エルネストは頷く。
わたしは彼の持つ食糧の中から、串カツの様な物を取り出し、頬張った。
もぐもぐ、中々美味しいわね。

「お聞きの通り、魔法学園を出て直ぐにギルドに登録し、
冒険者パーティで荒稼ぎをしていました」

荒稼ぎ…
エルネストが言うのだから、随分儲けたわね?

「冒険者免許ってあるんでしょ?」
「はい、三年近くでA級でした」
「それって、多分、凄いんでしょう?」

わたしはポップコーンの様な物を取り、頬張った。
話を聞くには、ポップコーンが一番ね。

「最後のダンジョンでは、ドラゴンを倒しましたが…」
「ドラゴン!?凄いじゃないの!!」

ドラゴンなんて、前世のゲームの中でも、大物中の大物だわ!

「その直後、ギルドには帰らず、パーティとは縁を切りましたので、
私の経験値にはなっていません。ドラゴンを倒した褒賞金は、かなりの額だと
思っていましたが…あの様子では、直ぐに溶かしたのでしょう」

「全く、碌でも無い同窓ね!」

「金にも女にもだらしないですからね、ですが、手切れ金みたいなものです。
仲間が平気な顔をし、自分の恋人と寝ていた。
それだけでも十分だというのに、ジェロームからもリアナからも、
私への罪悪感など、微塵も感じられなかった。
自分が価値の無い者だという気がし、酷くショックでしたよ。
忘れたくて、全てを断ち切って出て行ったんです。
だが、忘れられず、悶々とし、闇市で記憶を消す薬を買い、飲んではみたものの、
効果は三日程度で、直ぐに思い出す…」

「重症ね」

自棄になったエルネストは、危険人物だわ。

「自分を追い込み、自害でもしようかと、飲まず食わず放浪していましたが、
結局、死ぬ事は出来ず、生きる方を選んでしまう…
そんな時、あなたに拾われました。
あなたに振り回されている間は、不思議と忘れられた…
あなたには感謝していますよ、さっきの事も含め」

エルネストが「ふっ」と優しい笑みを見せた。
こんな風に笑うエルネストは珍しい。いつもは本心を隠す人だから。
でも、それは、こういう過去があったからなのね…

「元恋人と寄りを戻すの?」

「今の話から、よくそんな発想が出来ますね?
私はこう見えて、プライドが高い方なので、自分を虚仮にした相手と、
もう一度付き合いたいなど…フン!絶対に有り得ませんね」

失恋に傷付いていたんじゃなく、プライドを傷付けられ落ち込んでいたって事?
どちらにしても、面倒な人ね。

「最初から、そういう態度でいたら良かったじゃない。
それなら、不貞がバレた時、あなたの前でヘラヘラは出来ないわよ?」

怒らせたら怖そうだもの。
だが、エルネストは嘆息した。

「私も若かったんですよ…
学園で人気者だった彼から、一緒に冒険者パーティを組もうと誘われ、
あなた以上の男なんて居ないと、女性から熱烈に迫られ…つい、猫をかぶったんです。
気付くと、相手の都合の良い人間にされ、自分を出せ無くなっていた…
だから、あなたも、猫はほどほどにしなさい」

胸を突く言葉だ。

わたしたちは、似た者同士だったのね…

だから、エルネストは、わたしが猫を被らずに居られるよう、接してくれていたのね。
わたしが求めているものを探り出し、剣の相手をし…
いつも、彼の前では、本音を言えるようにしてくれた。

正体不明で口の堅いエルネストは、わたしにとって良い捌け口だった。
それに、わたしがみつけ、拾った人だ___
わたしには、彼が自分のものであるという感覚があった。
わたしは、エルネストがいつも自分の味方だと、分かっていたのだ。


パン!パパパパパン!!

音がし、空に光が舞った。
花火だ。

パン!パン!パン!!


「綺麗ですね」

エルネストがわたしの隣でそれを見上げている。
わたしは「そうね」と、彼の横顔を見ていた。


◇◇


決勝トーナメントの日、わたしはいつも通り、具合が悪い事にし、
男装をすると馬で闘技場へと駆けた。

そこには、いつもの如く、エルネストが先回りし待っていた。

「調子は如何ですか?」
「絶好調よ!あなたも、負けたりして、師匠のわたしをガッカリさせないでね!」
「心得ておきましょう」

馬を繋ぎ、わたしたちは一緒に闘技場へ入った。
闘技場は、決勝の行方を見届けようと、人々が詰め掛け、満員御礼だ。
決勝トーナメントに残った5人が、闘技場に姿を見せると、大きな歓声が巻き起こった。

これ程、晴れやかな舞台は、他に類を見ないだろう___
わたしは、気分が高潮するのが分かった。


『皆さま!お集まり下さり有難うございます!』

司会が挨拶を始めた。

『本日の試合で、この剣術大会の優勝者が決まります!』
『ご存じの通り、優勝者には、大変な名誉と共に、
ブーランジェ伯爵令嬢である、リリアーヌ様の夫となる権利を得る事が出来…』

「待て待てーーーーーーーーーー!!」

闘技場に一人の男が駆け込んで来て、司会の進行を遮った。
周囲が「何だ?何だ?」とざわつく中、彼…ジェロームは司会の隣に陣取り、大声を上げた。

「俺は、この大会に異議を唱えるぞ!!」
「あなた、何ですか?邪魔しないで貰えますか?」
「うるせー!」

ジェロームが司会を突き飛ばす。
司会は兄の友人で、格闘とは縁遠い者だ、その場で尻餅を付いた。
それを見た、観衆は一斉に、ジェロームにブーイングを浴びせた。

「何てヤツだ!」
「誰か早くあの男を追い出せ!!」
「出て行け!!」

『出て行けコール』が起こる中、今日の出場者たちが司会を助け起こし、
ジェロームを威圧した。

「おい!おまえ、何だよ!大会を妨害する気か!?」

ジェロームは意に介さず、踏ん反り返り、わたしを指差した。

「この大会は、インチキなんだよ!全部、こいつが仕組んだんだ!
こいつはな!男じゃねーぞ!女だ!女!
皆、こいつに踊らされてる、ただの道化なんだよ!!」

ジェロームはわたしの正体を知っている。
でも、まさか、こんな真似をするとは思わなかった。
昨夜の事が余程悔しかったのだろう。

小さい男ね。
そういえば、女に優位に立たれるのが嫌いなんだったかしら?

「警備兵!早くそいつを連れ出せ!」

闘技場の警備に当たっていた者たちが、漸く集まって来たが、
ジェロームは承知の上らしく、余裕の様子で剣を抜いた。
玩具の剣ではなく真剣だ。
闘技場は騒然となった。

「どうだ、お姫さん!あんたが脱がなきゃ、収集つかねーぞ!」

ジェロームが脅す。
わたしは控えの者から剣を受け取ると、構えるまでもなく、
素早く彼の手から剣を弾き飛ばした。
ジェロームは固まり、観衆は一瞬後、大きな歓声を上げた。

「すげー!やったぜ!」
「流石だな!フードの小男!」
「あんたが一番だ!俺は、あんたに賭けてんだ!」
「頑張れよー!」

わたしは剣を控えの者に返すと、フードを取り、鬘を脱いだ。
流れ落ちる金色の髪に、周囲は声を失くした。


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