【完結】猫かぶり令嬢の結婚の条件☆

白雨 音

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わたしはドロン侯爵に、フレデリクとアネットの密会を見てしまった事を話した。
深窓の令嬢らしく、憂いを浮かべ、か弱そうに…だ。

「…とても信じられず、ショックのあまり、フレデリク様に申してしまいました…
婚約の話は白紙にして欲しいと…ですが、それは、本心からではありません。
少し、心を落ち着ける時間が欲しかったのです…
ですが、あの方をこれ程怒らせる事になるなど、思いもしませんでした…
まさか、刺客に襲わせるなんて!ああ、わたくし恐ろしいですわ!」

わたしはカルヴェ伯爵夫人の胸に飛び込み、咽び泣いた。
カルヴェ伯爵夫人も、わたしを抱きしめ、「本当ですよ!死ぬかと思いましたわ!」と訴えた。
ドロン侯爵の顔は蒼白だ。

「フレデリクと、その、アネットとかいう令嬢をここへ呼べ!」

ドロン侯爵の指示で、使用人たちが飛んで行った。
そして、幾らかし、フレデリクとアネットが駆け付けて来た。

「ど、どうされたのですか?父上?これは…一体?」

わたしと男たちを見たフレデリクは、明らかに動揺していた。
目はキョロキョロとし、視点が定まらず、体は横揺れを見せている。

「フレデリク、おまえは、その娘と付き合っているのか!?」

ドロン侯爵の言葉に、アネットは歓喜の表情をし、フレデリクは愕然とした。

「まさか!とんでもない!アネットは友達ですよ!」
「いいえ、友達なんかじゃありません!私たち、恋人同士です!お父様」
「父上の前で余計な事を言うなと言っただろう!」
「だって、お父様が認めて下さったのだし…」
「煩いな!おまえなんか、抱いてくれというから、抱いてやっただけだ!」
「そんな!愛してるって、言ってくれたじゃない!」

アネットはフレデリクに縋ったが、フレデリクは意図も簡単にそれを振り払った。

「僕がおまえなんかを愛す訳が無いだろ!
男爵の娘なんか、遊びに決まってるじゃないか!」

「酷い…!愛してるって言ってくれたから…」

「止めてくれよ!愛してるなんて、そんなのはただの睦言だろ、
互いに楽しんだって事さ、それを言葉通りに真に受けるなんて、どうかしてるよ!
これだから、世間知らずな娘は困るんだ。
それ共、僕を陥れる気だったのか?恐ろしい娘だな!
君にはもう二度と声は掛け無いよ、さよなら、アネット」

アネットが泣き崩れる。
フレデリクはそれを無視し、父親に向かい、魅力的な笑みを見せた。

「父上、見ての通り、彼女とはただの友達ですよ、愛妾にするつもりもありません」

空気が凍った。
そう思ったのは、わたしだけだっただろうか?

彼と結婚などしなくて良かったわ…

こんな時だけど、わたしはそんな事を思っていた。

「この…馬鹿者が!!」

幸いだったのは、ドロン侯爵に常識と人の心があった事だ。
彼は我に返ると、恐ろしい顔で息子を怒鳴り付けた。

「おまえというヤツは!何て事をしてくれたんだ!ドロン家に泥を塗る気か!?
娘を誑かし、傷物にしておいて、何だ、その態度は!恥を知れ!!
カルヴェ伯爵夫人やリリアーヌを襲わせたのもおまえだな!
彼女たちがどれ程怖い思いをしたと思っておるのだ!!」

「だって、あの女、僕を振ったんだよ?今まで、僕を振った娘なんていなかったのに!
僕を振るなんて、罰を与えてやらなきゃ!」

「黙れ!この馬鹿者が!!」

バシ!!

ドロン侯爵の手の平がフレデリクの頬を叩いた。
フレデリクは頬を押さえ茫然となった。

「父上!?何をされるのですか!?気でも狂ったんじゃないですか!?
僕の顔を叩くなんて…ああ!血だ!血が出てる!うわああ!!」

わたしは静かに進み出て、ハンカチを取り出し、フレデリクの切れた唇にそっと当てた。
フレデリクはわたしを見て、二コリと笑った。

「ああ、やっぱり、あれは僕の気を引く為だったんだ!君は僕を好きなんだろう?」

わたしは二コリと笑みを見せ…

「はい、ですが、結婚は出来ません…
わたし、あなたを殴らずにはいられないみたいなの」

「へ?」

「父親の手で良かったな、これ以上、その綺麗な顔崩されたくなかったら、
二度と襲ったりすんじゃねーぞ___」

恐ろしい脅し文句を囁き、わたしは彼から離れた。

「フレデリク様、ハンカチは記念に差し上げますわ、ご自慢のお顔をお大事に。
約束を守って頂けなかった時には…また、お会いするかもしれませんね?」

わたしは、平謝りするドロン侯爵に丁寧に別れを告げ、馬車に乗った。


完全に破談になった訳だが、流石にカルヴェ伯爵夫人も今回ばかりは
文句を言わなかった。その代わりに、口煩く、フレデリクを詰っていた。

「まぁ!なんて恐ろしい人なんでしょう!私は寿命が縮みましたよ!
ドロン侯爵は立派な方なのに、子息があれでは気の毒だわ!
リリアーヌ、あなた、破談になって良かったわよ!怒られない様に、
ブーランジェ伯爵には、私が責任を持って手紙を書いてあげますからね、安心なさい!」

これで、父が怒るなどとは思えないが、カルヴェ伯爵夫人の好意だ、
わたしは丁重にお礼を言っておいた。

カルヴェ伯爵夫人は同情からか、わたしを過度に気遣い、甘やかし、
館から送り出したのだった。


帰りの馬車は、エルネストも一緒だった。
だが、レディーズメイドのコルザも一緒なので、滅多な事は言えない。
破談になった事位は伝えておいた。

「残念でしたね…」

コルザは同情的だった。
わたしが乗り気だった縁談だ、それも仕方ないだろう。

「会ってみると、そうでも無かったって事よ。
それに、やっぱり、肖像画は信用出来ないわね…」

実物の内面までは描かれていなかった。
わたしが画家なら、彼の持つ狂気を表に出しただろう。

「人の事は言えませんよ、お嬢様。
あなたの肖像画も酷いものですからね…」

エルネストが肩を竦める。
事情を知っている彼は、空気を軽くしてくれる。
わたしは心で感謝しつつ、いつも通りに返した。

「いいじゃない!深窓の令嬢っぽいでしょう?」
「深窓の令嬢など、あなたの中に、一欠片も存在しないでしょう」
「一欠片位あるわよ!」
「今後は、画家に無理な注文はなさらないで下さい、気の毒ですから」
「失礼ね!画家も乗り気だったわよ!」
「はいはい、あなたは黙って、ショコラでも食べていなさい」

エルネストがショコラの箱を開けた。
カルヴェ伯爵夫人から頂いた物だ。

「コルザ、あなたもどうぞ、カルヴェ伯爵夫人が山程持たせてくれましたから」
「うわぁ!いいんですかぁ!?来て良かった~!」

コルザは無邪気に喜び、ショコラの箱を受け取った。
わたしはエルネストをチラリと見て、目で感謝を告げた。
勿論、エルネストは気付かない振りをしていた。


二日掛け、ブーランジェの館に着いた時には、家族はもう、
フレデリクとの話が破談に終わった事を知っていた。
カルヴェ伯爵夫人の手紙もだが、エルネストが早馬で知らせていたのだ。

家族はわたしを気遣い、同情を持って労わってくれた。
わたしは簡単に話すと、「休ませて頂きます」と自室に籠らせて貰った。

が、勿論、これは表向きだ。

しっかりと人払いをした後、わたしはこっそり部屋を抜け出した。
部屋を抜け出すのには慣れている。
誰にも見つからずに、わたしが向かったのは、いつもの裏庭だ。

木刀を持ち、素振りをする。

「やぁ!!」
「やぁ!!」
「やぁ!!」

一時間経った頃だろうか、エルネストが木刀を持ち、やって来た。
わたしは気配で気付き、素振りを止め、振り返った。

「遅いわよ!エルネスト!」
「申し訳ありません、私はあなたと違い、抜け出す暇が無いんですよ」
「わたしの相手以上に大事な仕事なんて無いでしょう?」
「私はあなたの遊び相手ではありませんよ」
「いいから、相手をなさい!あなたは全然帰って来ないし、長旅で
一週間近く、素振りすら出来なかったのよ、こんなんじゃ、体が鈍っちゃうわ!」

わたしが木刀を構えると、エルネストも『やれやれ』といった調子でそれを構えた。

「これ以上、逞しくなられても、私の所為にしないで下さいね、お嬢様」
「今後は、か弱く見える服を作って貰う事にするわ、行くわよ!!」

カン!カン!と木刀が鳴る。

これよ、これ!
ああ、やっぱり、相手がいると全然違うわ!
打ち合いをする手応えが堪らない。

「それにしても、ドロン侯爵の衛兵たちは、弱かったわね!」

カン!カン!カン!

「あなたが、お強いのですよ、お嬢様の年で、これ程の腕前の者はそうはおりません。
一体、誰から教わったのです?」

カン!カン!カン!

「わたしの師匠は、この世にはいない人よ!
でも、師匠を超える人は、これまで見た事無いわ!」

カン!カン!!

「亡くなられたのですか?残念ですね、一度お会いしてみたかった…」

カン!!カン!!

きっと、エルネストなら気に入られただろう。
祖母、菖蒲師匠は礼儀を重んじる人だったから。


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