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しおりを挟む急いでフレデリクの元へ戻ろうと、わたしは令嬢とは思えぬ早足で大広間に向かった。
誰にも見られていなければセーフよ!
大広間に戻り、わたしはフレデリクを探した。
大勢人が溢れ、その中から一人を見付けるのには苦労する。
でも、彼は運命の人だもの!見付けるなんて簡単よ!
わたしの王子様は何処かしら~?
うきうきと探していた時だ、誰かにぶつかられそうになり、わたしは反射的に避けた。
「キャー!!」
令嬢が一人すっ転んだ。
わたしにぶつかって来ようなど、百年…いや、万年早いわ!という内心はひた隠し、
わたしは彼女に手を差し伸べた。
「まぁ、大丈夫ですか?どうぞ、お立ちになって」
だが、わたしの手は必要では無かったらしい。
彼女たちの友達が集まり、彼女を助け起こした。
そして、わたしを威圧する様に腕を組み、声を上げたのだった。
「私たち、見てましたわ!この方が、彼女を突き飛ばしたのです!」
「まぁ!何て酷い方!」
「そんな事をする者は、令嬢とは呼べませんわ!」
「名高いドロン侯爵の舞踏会で恥知らずではありませんか?」
練習でもしていたのか、見事に揃っている。
まったく、何年経っても、こういう輩は居るものなのね…
周囲は面白がっている面々と、気の毒そうな面々と半々かしら?
それにしても、こんな時、守ってくれそうなエルネストの姿が無い…
何処に行ったのかしら?まさか、何処かでナンパしてるとか??
こんな時に助けに来ないなんて、護衛失格だわ!減給よ!
「何とか言いなさいよ!」
令嬢の一人がわたしを突き飛ばそうとした。
が、当然、その手は空を切り、令嬢は顔から床に突っ込んだ。
「キャー!」
「うわ!大丈夫か?」
「あ、あの方が足を掛けたのよ!」
転んだ令嬢が、数名の助けで、何とか体を起こして貰うと、わたしを指差した。
皆がわたしの動向を、好奇心を持ち見ている。
わたしは扇で顔を半分隠し、近くの男性を呼び、小声で伝えた。
「この方は、あなたの思い違いではないかと、言っておられます…」
男性は状況が分かっていないのか、ぼんやりと告げた。
その瞬間、彼女たちの集中砲火が始まった。
「いいえ!思い違いなんかじゃないわ!」
「何て、図々しいの!」
「彼女が足を掛けたのよ!見たんだから!!」
男性は助けを求める様にわたしを見た。
わたしは継いで男性に告げる。
「ええと…このドレスでは、足を掛ける事は不可能だろうと…」
皆がわたしのドレスを見る。
わたしのドレスはスカートが広がっているタイプだ。
慣れない者では、スカートを踏まない様に歩くのも難しいだろう。
「確かに…」
「足を掛けるのが見えたとしたら、妄想だろ」
「酷い言い掛かりだ」
周囲を納得させる事が出来れば、こっちのものだ。
わたしは扇の下でニヤリと笑った。
「で、でも、突き飛ばしたのは本当なのよ!」
「そうよ!突き飛ばされたから、足を掛けた様に見えたんだわ!」
支離滅裂だが、周囲はわたしの答えを待っている様だ。
わたしは男性にそれを告げた。
「全く身に覚えの無い事で、どなたかと勘違いなさっているのでは無いかと…」
「いいえ!その女に突き飛ばされたのよ!」
「それでは、詳しく状況をお話下さい」
「だから、その女が、両手を突き出して、前に居た彼女をこうよ!」
実戦しようと、令嬢の一人が仲間を突き飛ばした。
だが、当然、彼女は少しよろけただけだった。
「女が突き飛ばした位じゃ、転んだりしないよな?」
「そうだな、何かに躓いたんだろ」
「彼女の所為にするとか、酷いヤツ等だな」
無事冤罪を晴らせたわたしは、「お騒がせして申し訳ありませんでした」と、
恭しく告げ、丁寧に礼をし、その場を去った。
「おい、今のって、上級貴族のご令嬢じゃないのか?」
「気品があって、何処か儚げな所がいいよな…」
「見掛けない顔だな、何処の令嬢だろう?」
どうよ?これぞ、深窓の令嬢でしょう?
自画自賛し、フレデリク探しを再開したわたしの耳に、別の言葉が飛び込んで来た。
「フン!儚げですって!男たちは見る目無いんだから」
「あんなの、骨太じゃない!」
「胸は無いし、肩は逞しいし、男じゃないの?」
普段、誰の言葉も気にしないわたしだったが、この会話だけは、しっかり耳にし、
傷付いてしまった。
骨太?肩が逞しい?男___!??
胸が小さい事は、自分でも分かっていたが…
令嬢たちから見た、わたしの評価が、それ!??
今まで、誰もが憧れる伯爵令嬢になろうと、これ程努力してきたというのに…
「わたしって、骨太かしら…?」
今まで気にした事が無かったが…
周囲の令嬢を見回すと、確かに…折れそうな程細い気がする。
でも、今まで、誰一人として、そんな事言わなかったわ!!
まぁ、わたしの周囲には、わたしに激甘な家族しかいないんだけど。
レディーズメイドのコルザや侍女のマーゴは、何故言ってくれなかったのかしら?
使用人だから言えなかったのかしら…
それなら、わたしの事、何と思っていたのかしら…
深窓の令嬢ぶってるわたしを、皆、笑ってたのかしら?
あまりのショックに、わたしはフラフラと大広間を出ていた。
わたしはエルネストを探していた。
何としても、問い質してやらなくてはいけない!
エルネストってば、普段は余計な事ばかり言ってる癖に、
何で、こんな大事な事を言ってくれなかったのよーーー!!
怒りに任せ、歩いていたわたしは、その姿を見付け、声を上げようとした。
だが、エルネストは「しっ」と人差し指を立て、黙る様に促した。
わたしは何とか、口を閉じると、テラスの前の壁に張り付いている彼の元へ向かった。
「何よ?」と小声で聞くが、エルネストの視線はテラスに向いたままだ。
何があるのかと一緒に覗くと、そこに居たのは、フレデリクだった。
「フレデリク様!こんな所に居たのね!」と言いたかったが、「フレ…」の辺りで、
エルネストの手で口を塞がれた。
これが、主人に対しての態度なの!??
「むぐぐぐ!!!」
当然、不満を訴えたが、あっさりと無視された。
「彼は一人ではありません」
エルネストの言葉で、
フレデリクと向かい合って立っている令嬢の存在に気付いた。
あら、いやだ、フレデリクしか見えていなかったわ。
「彼女は誰なの?」
「アネットと呼ばれていました」
「妹かしら?」
「フレデリク様に妹君はいらっしゃいません」
「知ってるわよ、言ってみただけよ」
「現実逃避というんですよ」
いいじゃない、それ位!
エルネストを睨んだ時だ、二人の会話が聞こえてきた。
「アネット、話ただろう?彼女を妻に迎えれば、父は君を愛妾にして良いと言ってくれてるんだ…」
え??
その【彼女】というのは、わたし??
それに、愛妾を持つ前提でいるの!??
「今、ここで騒ぎになれば、それも難しくなるじゃないか、頼むから、我慢しておくれよ…」
騒ぎ??キョトンとするわたしに、
『あなたにワインを掛けようとしたのは彼女です』と、エルネストは教えてくれた。
エルネストがそれに気付いていたのには驚いたが…
それじゃ、彼女は、フレデリクの結婚相手に選ばれたわたしに嫉妬して、
ワインを掛けようとしたって事!?
何て女なの!!
「そんな事言って!あなた、私を捨てる気なんでしょう!?」
「そんな事しないよ、君との将来を考えてるよ」
「だったら、私と結婚して!愛してるのは、私でしょう!?」
「勿論だよ、アネット、あんな、親の言いなりの人形なんかに興味は無いよ」
親の言いなりの人形…
箱入り娘を演じたのが裏目に出たかしら…
「妻は飾りだよ、妻には夫の言いなりになる者を、
真実愛している者は妾にというのが、ドロン侯爵家の伝統さ、
父も兄たちも親戚もそうしてきて、皆幸せになってるよ…」
愛妾を持つ風習までは、仕方ないと思ってきたけど…
まさか、本命が妾の方だとは…学習不足だったわ…
わたしは踵を返すとその場を離れた。
「どうされますか?お嬢様」
残ると思っていたエルネストが追って来た。
独りにしてくれるデリカシーなど、持ち合わせていないのか___
わたしは足を止め、エルネストに食って掛かった。
「今の今、知った衝撃の事実に、即座に対処出来る訳無いでしょう!?
繊細な乙女心を何だと思ってるのよ!?
わたしはね、彼を前世からの運命の王子様だと思って来たのよ!?
彼と結婚して、幸せな家庭を築くつもりだった!
なのに、何なのよ!わたしの家族もあなたも使用人たちも、
わたしが骨太だなんて教えてくれなかったし!
彼は彼で、妻を愛するつもりなんかなくて、本命は愛妾で、それが伝統ですって!?
それで皆幸せだなんて…幸せなのは、主人と愛妾だけじゃないの!
馬鹿にすんじゃないわ!!」
叫んだら少しはすっきりしたわ。
わたしはフン!と鼻を鳴らした。
エルネストは怒った様子も、同情も見せず、ただ、呆れた様に嘆息した。
「自分の仕える家のお嬢様に向かって、『骨太』など申す使用人が居れば、
世が世ならば、鞭打ちでしょう」
今、問題はそこではなくてよ!エルネスト!!
「それに、骨太の何処が悪いんです?
転んだ位で足を折るよりは、健康的で良いじゃないですか。
あなたはこれまで、ほとんど病に掛かった事はありませんし、
あれだけ暴れ回っているというのに、怪我の一つもしない。
医師も薬も必要無いなど、家財に優しい令嬢で重宝されますよ」
まぁ、健康なのは良い事よね…
医者に掛かるのも、薬も嫌いだし…
「でも、令嬢らしくないわ…男みたいだって言われたわ…」
「ほう?誰にでしょう?」
エルネストの目が光り、わたしは慌てて誤魔化した。
「知らないわ、その辺に居た令嬢たちが噂してたの。
わたしは、何処に出ても恥ずかしくない令嬢になろうと、これまで努力したわ!
それが漸く花開いたと思った!だけど、体格の事なんて…考えていなかったわ…」
「それでは、あなたは、木登りをせずに居られますか?体を鍛える事などせず、
毎日、刺繍をし、本を読み、お茶を飲んで過ごしましたか?
剣を止めましたか?」
わたしは頭を振る。
剣を止めるなんて!絶対に無理よ___!
「館の者は皆、あなたの明るさや、元気な姿が好きなんですよ。
あなたには、周囲まで元気にする、不思議な魅力がある、それを皆愛している。
骨太だとか、どうでも良い事なんですよ。
それに、あなたが本物の深窓の令嬢だったなら、私は仕えておりません」
「どうせ、わたしは偽物よ!!」
でも、少しは気が晴れた。
少なくとも、コルザもマーゴも、意地悪で黙っていたんじゃない…と思えた。
尤も、わたしが気にしているのは、使用人からの目では無く、
貴族令嬢から見ての評価だ、そして、男性から見て魅力的かどうかだが…
そんな事、エルネストに聞く訳にはいかず、飲み込む事にした。
「…この際、それはどうでも良いのよ、それより…」
問題は、フレデリクの事だ___
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