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しおりを挟む「それで?調査結果はどうだったの、エルネスト」
わたしは然程気にしていなかったが、エルネストは長い間粗探し…
身辺調査をしていたのだ、聞いてあげなければ気の毒だろう。
「ドロン侯爵家にも子息フレデリク様にも負債はありませんでした。
悪い商売をしているとか、悪事に加担しているという事も無い様です」
ほらね!
わたしは肩を竦める。
「ただ、フレデリク様は、大変女性に人気のある方の様で…」
「何よ、そんな事位、コルザだって知ってたわよ?」
時間を掛けて仕入れたのが、そんな情報なら、さっさと帰って来たら良かったのよ!
わたしは稽古の相手がいなくて、素振りの毎日だったというのに!
流石に少し腹立たしくなり、ついキツイ口調になってしまった。
だが、エルネストは気にしていない様で、不思議そうに聞いてきた。
「問題ではないと?」
「ええ、夫となる方が魅力的だという事でしょう?良い事じゃないの」
前世の初恋の君も彼女に、『モテる彼氏を自慢しろ』と言っていた。
だが、エルネストはこれ見よがしに、嘆息してくれた。
「あなたは余程の自信家か、世間知らずか…ですね」
何か一つ、何か省いたでしょう!
まぁ、話をすり替えられそうだから、そこを突っ込むのは止めておくわ。
「エルネスト、あなたは、夫が魅力的ではいけないと言うの?」
わたしは挑発的に聞いた。
尤も、それに乗る様な男では無いが。
「いけなくはありませんが、それに伴う危険というのも、視野に入れておくべきでしょう」
エルネストが言うと、途端に難しい話になるのよね…
「魅力があるという事は、女性からの誘惑も多いという事です。
フレデリク様は優しいと評判の様ですが、それは各方面に良い顔をされているという事です。
あなたは、夫が自分以外の女性に親切にし、甘い言葉を囁いても良いのですか?
愛妾を持っても良いと?」
それは…嫌かもしれないわ。
この世界では、愛妾を持つ事は珍しくは無いが、
わたしの父も兄も、愛妾はいないから、必ずしもという訳では無い。
出来るなら、愛妾など持たず、わたしだけを一途に愛して欲しい…
そんなの、夢かしら?
でも、確かに、モテる夫を持つと、そういう心配は絶えないわよね…
だが、エルネストの手前、わたしは虚勢を張った。
「わたしに、たった独りの男さえ繋ぎ留める魅力が無いとでも?
わたしは、ブーランジェ伯爵令嬢、リリアーヌよ!」
どや!!と、伯爵令嬢にオーラを見せつけたが、エルネストはあっさり無視した。
「はい、ですが、あちらは、侯爵子息です。
伯爵令嬢如き、踏み付けられますよ」
うぐぐ…
貴族社会だもの、格上には敵わないわね!
「それに、あなたの様な経験も乏しい小娘に、男を繋ぎ留める魅力など…」
エルネスト!肩が震えているわよ!!
笑うなんて、失礼だわ!
「仕方ないじゃない!貴族の令嬢なんだもの!結婚するまでは処女じゃなきゃ
いけないなんて!全く、誰が決めたのかしら、古臭い___」
「貴族の令嬢は、そういう事は軽々しく口にしないものです、お嬢様」
嫌味ったらしく言われ、わたしは「ぐぬぬ」と唸った。
「あなたは悲観的過ぎるのよ、まだ顔合わせすらしていないのよ?」
「備えが早くて悪い事はありません」
「その内、胃に穴が開くわよ!」
「何故ですか?私を槍で突く気ですか?」
「そんな訳無いでしょう!心配し過ぎると体を壊すって事よ、禿げるかもね!」
「毛を生やす薬がありますので、ご心配なく、お嬢様」
心配性なのは性分って事かしら?
わたしは呆れ果て、肩を竦めた。
館に入り、カルヴェ伯爵夫人に連れられ、わたしはドロン侯爵に挨拶に向かった。
エルネストは護衛らしく、少し離れて付いて来ている。
「ドロン侯爵、こちらが、ブーランジェ伯爵令嬢、リリアーヌです」
紹介され、わたしは優雅にカーテシーをして見せた。
ドロン侯爵は優しい笑みを持ち迎えてくれた。
「これは、噂に違わぬ美しい令嬢だ、息子のフレデリクを紹介しよう」
ドロン侯爵に呼ばれ、フレデリクがわたしの前に立つ。
金色の髪、青い目、白い肌…
思っていたよりも線は細いが、肖像画と同様、美男子だ。
「フレデリクです、あなたに会えるのを楽しみにしていました、リリアーヌ」
甘く微笑まれ、わたしは一瞬で恋に落ちた。
ああ!わたしに会いたいと思って下さっていたなんて!
彼こそ、今世でのわたしの王子様だわ!
「わたしも、お会い出来る日を、指折り楽しみにして参りました…フレデリク様」
恋の所為で、普段よりも声が高く、震えてしまっていた。
そんなわたしに、彼は甘く微笑んだ。
はぁぁぁ…なんて甘い笑みなのかしら!
「リリアーヌ、踊って頂けますか?」
彼に誘われ、わたしは夢見心地で「はい」と、その手を取った。
初めて触れる手に、ドキリとする。
それは、貴族らしく、艶やかで綺麗な手だった。
ああ、なんて美しい手…きっと、剣など握った事も無いわね。
不意にそんな事を考えてしまい、わたしは自分を戒めた。
当然でしょう!彼は貴族、しかも侯爵子息なのだから、剣など握る筈がない!
でも、貴族でも剣を嗜む者はいるわよね?
貴族で魔法学園に行く者もいるし…
魔力を持つ者は、魔法学園に通う。
上位貴族には魔力の高い者も多いと聞く。
残念ながら、我がブーランジェの家系には、魔力の強い者はいない。
魔法は、憧れよねー。
異世界に転生したのだから、魔法を使ってみたかったわ!!
「リリアーヌはダンスが上手だね」
不意にフレデリクに言われ、わたしは意識を戻した。
8歳の時から、踊りの訓練を受けているから、無意識に体が動くのだ。
踊りは一種の形の様で、難無く習得出来た。
「ありがとうございます、フレデリク様のリードのお陰ですわ」
わたしは淑女らしく、形通りの返答をする。
フレデリクは上機嫌の笑みを見せた。
「君はパーティに出席しないそうだけど、どうして?何か理由があるの?」
二人だからか、彼は気さくだった。
こういう処も、前世の初恋の君を思い出すのよね…ああ、好き!
だけど、理由ね…困ったわ。
社交が嫌いなんて言うと、侯爵子息の妻には相応しくないと思われそうだし…
気弱とか、病弱というのも、以下同文よね…
ここは、深窓の令嬢らしく…
「わたしにはパーティはまだ早々だと、父から言われておりました」
「そんな事は無いよ、君の年頃の女性には当然の事だ!」
「父はわたしを思うあまり、大事にし過ぎてしまいますの。
ですから、男の方とこの様に言葉を交わす事も初めてで、緊張しますわ…」
恥じらいを見せると、彼はまんざらでも無い表情をした。
「随分大事にされているんだね、でも、伯爵の気持ちも分かるかな、
君は可憐で可愛いからね、リリアーヌ」
「!?」
可憐で可愛い!?
それは、わたしの今までの努力が報われた瞬間だった!
前世を通し、今世でも、血の滲む思いをし、自分を磨いてきた結果が、
ここで漸く花開いたのだ!!
わたしは胸がいっぱいになり、この場で勝利の雄叫びを上げたくなった
___のだが、その時だ。
良からぬ気配を察し、わたしは無意識に体を横にスライドさせていた。
直ぐ後で、「キャー!!」と悲鳴が上がり、わたしたちは足を止めた。
振り返ると、一人の令嬢が、茫然と立ち尽くしていた。
誰かにワインでも掛けられたのだろう、彼女のドレスは、胸元からスカートに掛け、
大きな滲みを作っていた。
一瞬後、彼女は「いやーーーーーーーー!!」と、この世の終わりを思わせる
悲鳴を上げたのだった。
それは悲鳴も上げたくなるだろう、ドレスは高価な物だし、こうなってしまえば、
この場には居られない。
皆一様に、同情と怒りを見せた。
「まぁ!酷いわ!」
「誰がこの様な事を?」
周囲が顔を見回す。
わたしの目には、人混みに紛れ、逃げて行く令嬢の姿が微かに見えたが、
誰も気付かなかった様だ。
態とかしら?
舞踏会のダンスフロアにワイングラスを持ち込む様な礼儀知らずはいない。
居たとしても目立つ。隠し持っていたのかしら?
思考を巡らせている直ぐ側で、叫び終えた被害者の令嬢が泣き崩れた。
「ああ、酷いわぁ!ドレスが…パーティが台無しよぉ!」
「着替えを用意させるから、泣かないで、控えの間を使うといいよ」
フレデリクは、半狂乱で泣く令嬢を励ましていた。
優しい方だわ…胸キュンね!
だが、胸キュンしたのは、わたしだけでは無かった___
「ありがとうございます、フレデリク様!でも、私、不安ですわ…」
令嬢は連れの男に縋らず、フレデリクを真っ直ぐに見つめ、訴えた。
すっかり冷静さを取り戻した様だ。
わたしは彼女の側に行き、さり気に腕を組んだ。
「こういう事は、女性の方がよろしいですね、わたしがお手伝い致します」
「ええ!?いえ、そんな、私はフレデリク様に…」
不満そうな令嬢に、わたしは偽善者ぶり、心配そうな表情を作った。
「早く参りましょう、折角のドレスが駄目になってしまいますわ」
「ええ…でも、私はフレデリク様に…」
「フレデリク様、控えの間はどちらですか?」
取り敢えず、控えの間までフレデリクに付いて来て貰い、帰って貰った。
これで彼女も気が済んだだろう___と思ったが、大間違いだった。
「ああ!もう!何で邪魔するのよ!フレデリク様と話すチャンスだったのにーー!」
二人きりになると、彼女は大声で喚き出した。
使用人たちは構わずに、彼女からドレスを脱がせていく。
付き添うと申し出てしまった手前、わたしは出て行く訳にもいかず、
仕方なく黙って控えていた。
「着替えたら、絶対に踊って貰うんだから!
あなたも馬鹿ね、折角フレデリク様と踊って貰っていたのに、今頃は他の女に取られてるわよ!」
わたしはすっかり婚約した気でいたが、思えば、婚約を済ませた訳では無かった。
確かに、言い寄るのは自由だ。
そして、彼がそれを受け入れるのも自由なのだ___!
「その通りですわ、気付かせて下さってありがとうございます、
大丈夫そうなので、わたしは戻らせて頂きます」
わたしは丁寧に礼をし、素早く部屋を出た。
「ああ!待ちなさいよ!抜け駆けすんじゃないわよーーー!!」
そんな彼女の喚きは、扉を閉めてしまえば簡単に消えた。
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