【完結】猫かぶり令嬢の結婚の条件☆

白雨 音

文字の大きさ
上 下
4 / 15

しおりを挟む


「それで?調査結果はどうだったの、エルネスト」

わたしは然程気にしていなかったが、エルネストは長い間粗探し…
身辺調査をしていたのだ、聞いてあげなければ気の毒だろう。

「ドロン侯爵家にも子息フレデリク様にも負債はありませんでした。
悪い商売をしているとか、悪事に加担しているという事も無い様です」

ほらね!
わたしは肩を竦める。

「ただ、フレデリク様は、大変女性に人気のある方の様で…」
「何よ、そんな事位、コルザだって知ってたわよ?」

時間を掛けて仕入れたのが、そんな情報なら、さっさと帰って来たら良かったのよ!
わたしは稽古の相手がいなくて、素振りの毎日だったというのに!
流石に少し腹立たしくなり、ついキツイ口調になってしまった。
だが、エルネストは気にしていない様で、不思議そうに聞いてきた。

「問題ではないと?」
「ええ、夫となる方が魅力的だという事でしょう?良い事じゃないの」

前世の初恋の君も彼女に、『モテる彼氏を自慢しろ』と言っていた。
だが、エルネストはこれ見よがしに、嘆息してくれた。

「あなたは余程の自信家か、世間知らずか…ですね」

何か一つ、何か省いたでしょう!
まぁ、話をすり替えられそうだから、そこを突っ込むのは止めておくわ。

「エルネスト、あなたは、夫が魅力的ではいけないと言うの?」

わたしは挑発的に聞いた。
尤も、それに乗る様な男では無いが。

「いけなくはありませんが、それに伴う危険というのも、視野に入れておくべきでしょう」

エルネストが言うと、途端に難しい話になるのよね…

「魅力があるという事は、女性からの誘惑も多いという事です。
フレデリク様は優しいと評判の様ですが、それは各方面に良い顔をされているという事です。
あなたは、夫が自分以外の女性に親切にし、甘い言葉を囁いても良いのですか?
愛妾を持っても良いと?」

それは…嫌かもしれないわ。
この世界では、愛妾を持つ事は珍しくは無いが、
わたしの父も兄も、愛妾はいないから、必ずしもという訳では無い。
出来るなら、愛妾など持たず、わたしだけを一途に愛して欲しい…
そんなの、夢かしら?
でも、確かに、モテる夫を持つと、そういう心配は絶えないわよね…

だが、エルネストの手前、わたしは虚勢を張った。

「わたしに、たった独りの男さえ繋ぎ留める魅力が無いとでも?
わたしは、ブーランジェ伯爵令嬢、リリアーヌよ!」

どや!!と、伯爵令嬢にオーラを見せつけたが、エルネストはあっさり無視した。

「はい、ですが、あちらは、侯爵子息です。
伯爵令嬢如き、踏み付けられますよ」

うぐぐ…
貴族社会だもの、格上には敵わないわね!

「それに、あなたの様な経験も乏しい小娘に、男を繋ぎ留める魅力など…」

エルネスト!肩が震えているわよ!!
笑うなんて、失礼だわ!

「仕方ないじゃない!貴族の令嬢なんだもの!結婚するまでは処女じゃなきゃ
いけないなんて!全く、誰が決めたのかしら、古臭い___」

「貴族の令嬢は、そういう事は軽々しく口にしないものです、お嬢様」

嫌味ったらしく言われ、わたしは「ぐぬぬ」と唸った。

「あなたは悲観的過ぎるのよ、まだ顔合わせすらしていないのよ?」
「備えが早くて悪い事はありません」
「その内、胃に穴が開くわよ!」
「何故ですか?私を槍で突く気ですか?」
「そんな訳無いでしょう!心配し過ぎると体を壊すって事よ、禿げるかもね!」
「毛を生やす薬がありますので、ご心配なく、お嬢様」

心配性なのは性分って事かしら?
わたしは呆れ果て、肩を竦めた。


館に入り、カルヴェ伯爵夫人に連れられ、わたしはドロン侯爵に挨拶に向かった。
エルネストは護衛らしく、少し離れて付いて来ている。

「ドロン侯爵、こちらが、ブーランジェ伯爵令嬢、リリアーヌです」

紹介され、わたしは優雅にカーテシーをして見せた。
ドロン侯爵は優しい笑みを持ち迎えてくれた。

「これは、噂に違わぬ美しい令嬢だ、息子のフレデリクを紹介しよう」

ドロン侯爵に呼ばれ、フレデリクがわたしの前に立つ。
金色の髪、青い目、白い肌…
思っていたよりも線は細いが、肖像画と同様、美男子だ。

「フレデリクです、あなたに会えるのを楽しみにしていました、リリアーヌ」

甘く微笑まれ、わたしは一瞬で恋に落ちた。
ああ!わたしに会いたいと思って下さっていたなんて!
彼こそ、今世でのわたしの王子様だわ!

「わたしも、お会い出来る日を、指折り楽しみにして参りました…フレデリク様」

恋の所為で、普段よりも声が高く、震えてしまっていた。
そんなわたしに、彼は甘く微笑んだ。
はぁぁぁ…なんて甘い笑みなのかしら!

「リリアーヌ、踊って頂けますか?」

彼に誘われ、わたしは夢見心地で「はい」と、その手を取った。
初めて触れる手に、ドキリとする。
それは、貴族らしく、艶やかで綺麗な手だった。
ああ、なんて美しい手…きっと、剣など握った事も無いわね。
不意にそんな事を考えてしまい、わたしは自分を戒めた。
当然でしょう!彼は貴族、しかも侯爵子息なのだから、剣など握る筈がない!

でも、貴族でも剣を嗜む者はいるわよね?
貴族で魔法学園に行く者もいるし…

魔力を持つ者は、魔法学園に通う。
上位貴族には魔力の高い者も多いと聞く。
残念ながら、我がブーランジェの家系には、魔力の強い者はいない。

魔法は、憧れよねー。
異世界に転生したのだから、魔法を使ってみたかったわ!!

「リリアーヌはダンスが上手だね」

不意にフレデリクに言われ、わたしは意識を戻した。
8歳の時から、踊りの訓練を受けているから、無意識に体が動くのだ。
踊りは一種の形の様で、難無く習得出来た。

「ありがとうございます、フレデリク様のリードのお陰ですわ」

わたしは淑女らしく、形通りの返答をする。
フレデリクは上機嫌の笑みを見せた。

「君はパーティに出席しないそうだけど、どうして?何か理由があるの?」

二人だからか、彼は気さくだった。
こういう処も、前世の初恋の君を思い出すのよね…ああ、好き!
だけど、理由ね…困ったわ。
社交が嫌いなんて言うと、侯爵子息の妻には相応しくないと思われそうだし…
気弱とか、病弱というのも、以下同文よね…
ここは、深窓の令嬢らしく…

「わたしにはパーティはまだ早々だと、父から言われておりました」
「そんな事は無いよ、君の年頃の女性には当然の事だ!」
「父はわたしを思うあまり、大事にし過ぎてしまいますの。
ですから、男の方とこの様に言葉を交わす事も初めてで、緊張しますわ…」

恥じらいを見せると、彼はまんざらでも無い表情をした。

「随分大事にされているんだね、でも、伯爵の気持ちも分かるかな、
君は可憐で可愛いからね、リリアーヌ」

「!?」

可憐で可愛い!?

それは、わたしの今までの努力が報われた瞬間だった!
前世を通し、今世でも、血の滲む思いをし、自分を磨いてきた結果が、
ここで漸く花開いたのだ!!

わたしは胸がいっぱいになり、この場で勝利の雄叫びを上げたくなった
___のだが、その時だ。
良からぬ気配を察し、わたしは無意識に体を横にスライドさせていた。

直ぐ後で、「キャー!!」と悲鳴が上がり、わたしたちは足を止めた。
振り返ると、一人の令嬢が、茫然と立ち尽くしていた。
誰かにワインでも掛けられたのだろう、彼女のドレスは、胸元からスカートに掛け、
大きな滲みを作っていた。
一瞬後、彼女は「いやーーーーーーーー!!」と、この世の終わりを思わせる
悲鳴を上げたのだった。

それは悲鳴も上げたくなるだろう、ドレスは高価な物だし、こうなってしまえば、
この場には居られない。
皆一様に、同情と怒りを見せた。

「まぁ!酷いわ!」
「誰がこの様な事を?」

周囲が顔を見回す。
わたしの目には、人混みに紛れ、逃げて行く令嬢の姿が微かに見えたが、
誰も気付かなかった様だ。

態とかしら?
舞踏会のダンスフロアにワイングラスを持ち込む様な礼儀知らずはいない。
居たとしても目立つ。隠し持っていたのかしら?
思考を巡らせている直ぐ側で、叫び終えた被害者の令嬢が泣き崩れた。

「ああ、酷いわぁ!ドレスが…パーティが台無しよぉ!」
「着替えを用意させるから、泣かないで、控えの間を使うといいよ」

フレデリクは、半狂乱で泣く令嬢を励ましていた。
優しい方だわ…胸キュンね!
だが、胸キュンしたのは、わたしだけでは無かった___

「ありがとうございます、フレデリク様!でも、私、不安ですわ…」

令嬢は連れの男に縋らず、フレデリクを真っ直ぐに見つめ、訴えた。
すっかり冷静さを取り戻した様だ。
わたしは彼女の側に行き、さり気に腕を組んだ。

「こういう事は、女性の方がよろしいですね、わたしがお手伝い致します」
「ええ!?いえ、そんな、私はフレデリク様に…」

不満そうな令嬢に、わたしは偽善者ぶり、心配そうな表情を作った。

「早く参りましょう、折角のドレスが駄目になってしまいますわ」
「ええ…でも、私はフレデリク様に…」
「フレデリク様、控えの間はどちらですか?」

取り敢えず、控えの間までフレデリクに付いて来て貰い、帰って貰った。
これで彼女も気が済んだだろう___と思ったが、大間違いだった。

「ああ!もう!何で邪魔するのよ!フレデリク様と話すチャンスだったのにーー!」

二人きりになると、彼女は大声で喚き出した。
使用人たちは構わずに、彼女からドレスを脱がせていく。
付き添うと申し出てしまった手前、わたしは出て行く訳にもいかず、
仕方なく黙って控えていた。

「着替えたら、絶対に踊って貰うんだから!
あなたも馬鹿ね、折角フレデリク様と踊って貰っていたのに、今頃は他の女に取られてるわよ!」

わたしはすっかり婚約した気でいたが、思えば、婚約を済ませた訳では無かった。
確かに、言い寄るのは自由だ。
そして、彼がそれを受け入れるのも自由なのだ___!

「その通りですわ、気付かせて下さってありがとうございます、
大丈夫そうなので、わたしは戻らせて頂きます」

わたしは丁寧に礼をし、素早く部屋を出た。

「ああ!待ちなさいよ!抜け駆けすんじゃないわよーーー!!」

そんな彼女の喚きは、扉を閉めてしまえば簡単に消えた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

姫の騎士

藤雪花(ふじゆきはな)
恋愛
『俺は命をかける価値のある、運命の女を探している』 赤毛のセルジオは、エール国の騎士になりたい。 募集があったのは、王子の婚約者になったという、がさつで夜這いで田舎ものという噂の、姫の護衛騎士だけ。 姫騎士とは、格好いいのか、ただのお飾りなのか。 姫騎士選抜試験には、女のようなキレイな顔をしたアデール国出身だというアンという若者もいて、セルジオは気になるのだが。 □「男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子」の番外編です。 □「姫の騎士」だけでも楽しめます。 表紙はPicrewの「愛しいあの子の横顔」でつくったよ! https://picrew.me/share?=2mqeTig1gO #Picrew #愛しいあの子の横顔  EuphälleButterfly さま。いつもありがとうございます!!!

【完結】婚約者候補の落ちこぼれ令嬢は、病弱王子がお気に入り!

白雨 音
恋愛
王太子の婚約者選びの催しに、公爵令嬢のリゼットも招待されたが、 恋愛に対し憧れの強い彼女は、王太子には興味無し! だが、それが王太子の不興を買う事となり、落ちこぼれてしまう!? 数々の嫌がらせにも、めげず負けないリゼットの運命は!?? 強く前向きなリゼットと、自己肯定感は低いが一途に恋する純真王子ユベールのお話☆ (※リゼット、ユベール視点有り、表示のないものはリゼット視点です) 【婚約破棄された悪役令嬢は、癒されるより、癒したい?】の、テオの妹リゼットのお話ですが、 これだけで読めます☆ 《完結しました》

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢

alunam
恋愛
 婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。 既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……  愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……  そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……    これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。 ※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定 それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

処理中です...