【完結】猫かぶり令嬢の結婚の条件☆

白雨 音

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この日、父に呼ばれ、書斎に行くと、父は温和な笑みを浮かべ、それを話した。

「リリアーヌ、ドロン侯爵から返事が来たよ、大変に喜んでいてね、
顔合わせに舞踏会を開こうというのだが、どうかね?」

舞踏会で初めて顔を合わせるなんて!まるでシンデレラね!
尤も、わたしは灰かぶりじゃなくて、箱入りの美しい伯爵令嬢だけど。

「ああ、お父様、なんてロマンチックなの…勿論、YESですわ!」

わたしはうっとりとし、答えていた。
父はニコニコ顔で頷いた。

「舞踏会は一週間後、場所はドロン侯爵の館だよ、
おまえもそのつもりで、用意しておきなさい___」

一週間後、わたしの王子様に会えるのだ!

「ああ!待ちきれませんわ!」

わたしの胸には、歓喜が沸き上がっていた。

「おまえが幸せそうで、私もうれしいよ、もう行っていいよ、リリアーヌ」

父に促され、書斎を出ようとしたが、わたしはふと、足を止めた。

「それはそうと、お父様、エルネストはどうしていますの?」
「エルネストならまだ戻って来ていないよ、念入りに調査してくれているんだね」

父の返事に、わたしはつい、舌打ちしてしまい、手で口を覆った。
幸い、父は気付いていない、わたしは急いで書斎を出た。

父に気付かれたら大変だ。
温和な父だが、人に対しての無礼な態度は許さない人だ。

「そういう所は厳しいのよねー」

貴族の礼儀や作法は、何処か前世の武士道に似ていて、
礼儀や作法に厳しかった前世の祖母、菖蒲師匠を思い出す事が多かった。

『菖蒲師匠、どうか見ていて下さい!』
『転生してもわたしの師匠は菖蒲様です!』
『わたしはあなたの教えを守り、今世でも逞しく生きてみせます!』

…と、苦しい時には幾度となく誓ったものだ。

まぁ、実際は、誓いとは裏腹に、逞しいのは剣の腕と図々しさだけで、
早々に社交界からは逃げ、引き籠り、『深窓の令嬢』をやっているんだけど。

「どうか、臆病者と怒らないで下さい、菖蒲師匠!
家名を守る為には、これしか方法が思い付かなかったのです…」

意地悪な令嬢たちに、幾度切れ掛けた事か…
だが、暴れ回る訳にはいかない。
こちらが悪者にされて、悪くすれば家名に傷を付ける事になる。
やれ賠償金だ、降爵だ…貴族社会は格下の者や異端の者に厳しいのだ。
あな、恐ろしや、貴族社会!

「まぁ、わたしも若かったのよねー、今なら耐えられるわ、きっと…」

ふと、足が止まる。

わたしの王子様…フレデリクは侯爵子息だ。
彼と結婚したら、きっと、パーティの場に出る事も多いだろう。
血眼になり結婚相手を探す令嬢たちは居ないとしても、
底意地悪い小姑の様な貴夫人たちの溜り場かもしれない…

「ううん!弱気になっては駄目よ、リリアーヌ!」

わたしは自分の頬を、パン!と叩いた。

『怯むんじゃないよ!』
『私の弟子だろう、百合!』
『辛い修行にも耐えて来たんだ、おまえに耐えられない事は無いよ!』

わたしの頭に、祖母の声が蘇る。
そうだ、耐えるんだ!わたしと王子様の未来の為に!!

「そうよ、彼の為ならば、何だって耐えてみせるわ!!」

わたしは高らかに、拳を突き上げたのだった。


◇◇


顔見せの舞踏会の日が近づき、
わたしはレディーズメイドのコルザと共に、馬車でドロン侯爵領へと向かった。

ドロン侯爵領までは、二日掛かるので、父がドロン侯爵領に住む親族に頼み、
部屋を借りてくれている。そこで一週間程度、御世話になるつもりだ。
後日、お茶会やら、ピクニックやらに誘って貰う為だ。
温厚な父でさえ、その位の策略を持っているのだから、貴族社会は相当腹黒いに違い無い。

「ドロン侯爵領って、遠いのね…」

地図で見た時は然程思わなかったが、交通手段が馬車とくれば、否応なく長旅になる。
エルネストが未だに帰って来ないのにも納得出来た。

「エルネストってば、ドロン侯爵領で、観光でもしてるんじゃないかしら?」
「エルネスト様も良いお年ですもの」

コルザが意味あり気に笑う。

「遊びたい年頃って事?エルネストが?」
「嫌ですわ!お嬢様ってば!私に言わせないで下さい!」

コルザは赤い顔をし、恥じらっている…
全く、理解不能だわ。

「そういえば、レディーズメイドの友人から聞きましたけど、
フレデリク様は社交界で有名らしいですよ」

「有名?」

「令嬢たちに大層人気があるそうです、顔も頭も良く、その上、侯爵子息ですもの!
誰もが結婚したい相手ですわ!」

流石、わたしの王子様!今世でもモテモテなのね…

「そんな方に、お嬢様が見染められるなんて…私も鼻が高いですわ!」

コルザは自分の事の様に喜んでくれ、わたしもうれしかった。
そうよね、これが正しい反応よ!
それを、エルネストってば、偏屈にも相手を疑うんだから!
ぶつぶつとエルネストの悪口を連ねていたが…

「お嬢様、結婚されても、私をお嬢様のレディーズメイドとして雇って頂けますか?」

コルザ!それが狙いだったのね!
腹黒いのは貴族だけではないらしい。
だが、上級貴族に憧れ、目をキラキラさせるコルザには勝てなかった。

「今回のパーティで、彼がわたしを気に入ってくれたらね、腕の見せ所よ、コルザ」

わたしがウインクすると、コルザは「お任せ下さい!」と気合を入れていた。





舞踏会当日、わたしはコルザに美しく着飾って貰い、
親族のカルヴェ伯爵夫人と共に、馬車でドロン侯爵の館へ向かった。
親族の館から侯爵の館までは、一時間程度だった。

馬車を降りた所で、黒い礼服の男が走って来た。

「お嬢様!」
「エルネスト!?あなた、ここで何をしているの!?」

二週間ぶりに見る、エルネストだが、
まさか、こんな所で会うとは思わず、わたしは驚いた。

「お嬢様の護衛役です」

エルネストはそう言うと、眼鏡を外し、代わりに目元を覆う、黒色の仮面を着けた。

「舞踏会では護衛は仮面を被るの?」
「その様な仕来たりは、聞いた事はありません」

ええ、ええ、わたしもよ!
聞きたい事は分かっている癖に、全く、偏屈なんだから!
仕方なく、わたしは丁寧に聞いてあげた。

「だったら、何故、仮面を着けるのよ?」

「仮面を着けるのは、顔に傷がある場合が多いでしょう、
つまり、『触れるな』『近付くな』という意志表示です」

全く、呆れてしまう。
わたしは頭を振った。

「そこまでする?あなたって、人嫌いなの?エルネスト」
「人嫌いというか、貴族嫌いですね」

それには賛成だけど…

「あなたが仕えるお嬢様は貴族で、あなたを雇っている父も貴族で、
あなたが住んでいる所は伯爵の館よ」

「貴族嫌いですが、貴族らしくない貴族ならば別です。
それに、生きていく為には、仕方の無い事もあります」

全く、賛成だ。
だけど、わたしは貴族らしく、ツンと顎を上げた。

「わたしに拾われたのが運の尽きと諦めなさい」

エルネストが鼻で笑った。

エルネストと出会ったのは、7年前だ。
わたしは十二歳の可愛らしい令嬢で、エルネストは無職宿無しの放浪者だった。

お腹を空かせていたので、野良犬を拾う様に、わたしは彼を館に連れて帰り、
食事を与えた。訳ありな上、無職宿無しなど気の毒だし、
館で働いてお金を貯めればいいわと、父に雇って貰ったのだが…

思いの他、エルネストは優秀で器用で働き者だった。
どんな仕事にも直ぐに慣れ、完璧にこなす。使用人たちとも直ぐに打ち解け、
皆から気に入られ…何と言っても、わたしのストレス発散の相手になってくれる、
貴重な人材で、手放すなど考えられなくなり、今に至る___

まぁ、皮肉屋で毒舌だけどね。

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