24 / 34
24
しおりを挟む「おまえが置かれている状況も知らず、貴族の娘の戯れと決めつけていた…
おまえにも抱えているものはあったんだな…
この間は、八つ当たりをして、すまなかった…」
食堂へ向かいながら、イレールに謝られた。
わたしが勘当になった事で、幼い頃の自分と重ね合わせたのかもしれない。
愛されない子供。
理解し合える事は確かにうれしい。
だけど、欲しいのは、同情ではない。
それに、わたしは、両親の愛を欲して、それが得られなくて、誰かに愛して貰おうとしているのではない。
寂しいからでも、誰かの代わりでもなく、あなたが好きなの!
胸の奥で叫ぶ。
だけど、イレールが必要としているのは…理解者かもしれない。
イレールの心の傷を癒してあげたい___
わたしは隣を歩くイレールの手を握る。
イレールは握り返してくれた。
傷を舐め合う行為でしかない。
その先に、愛があるとも思えない。
だけど、きっと、これは、わたしにしか出来ない事だ___
イレールは食事が終わるまで付いていてくれ、
別れ際には、「勉強、頑張れ」と、わたしの頭をぽんと叩いて行った。
急に近くなった距離が、うれしくもあり、悲しくもある…
「悲しいなんて、贅沢よ!イレール様の心に近付く第一歩よ!」
前向きに考える事にし、わたしは去って行くイレールの後ろ姿を、うっとりと見送っていたが、
「ビシュ!!」と、足元を掠めたものに気付き、下を見た。
脹脛に違和感を覚え、長いスカートをそっと持ち上げてみると、
そこには、5センチ程の切り傷があった。
「ええ!?」
みるみる、赤い血が滲み出てくる。
メロディが居れば治癒魔法を掛けて貰えたが、気を利かせて、食堂にも付いて来なかった。
その時は有難かったけど、今は居て欲しかったわ!!
「治癒魔法…医務室よ!!」
医務室の養護教諭ならば、治癒魔法も使える筈だ。
わたしはスカートを抱え、走った。
「ヴィオレット様だ、今度は何したんだ?」
「大人しくしていられないのかねー」
そんな周囲の言葉など、無視だ!
わたしは医務室へ駆け込んだ。
「先生!怪我したの!診て下さい!!」
勢いよく入ったものの、またもや人の気配が無い。
「もう!いつ来ても居ないじゃないの!職務怠慢よ!!」
わたしは仕方なく、靴下を脱ぐと、置いてあった布を足に巻き、止血をした。
そして、薬を求め、棚を漁った。
似た様な薬ばかりだ。
「ヴィオレットは薬学を専攻していないのよね…
イレール様が使っていた薬は何だったかしら??
ああ、わたしにも治癒魔法が使えたら便利だったのに~~!!」
わたしは養護教諭が戻って来るのを待つ事にし、布を濡らし、傷口を拭いた。
まだ血が止まらないし、じんじんと痛む。
わたしは手を翳した。
「魔力はあるんだもの、治癒の一つや二つ、出来なくて、大魔術師になれますか!!」
治れ治れ治れー――ぐぬおおおお!!!
わたしは強く念じ、魔力を注ぎ込んだ。
痛みが消えた気がし、手を放すと、驚く事に傷は消えていた。
傷跡処か、血の跡も無い。
まるで、怪我をしていなかったかの様だ…
「ええ…治癒出来た??
やだ、嘘!?すごーい!やったやったー!
わたしって凄いじゃん!流石、未来の大魔術師ね!」
わたしは医務室だという事も忘れ、飛び跳ねていた。
その所為で、気付くのが遅くなってしまった。
「それにしても、誰がやったのかしら…」
最初は廊下での転倒、そして、鞄への悪戯、スカートを切られ、
とうとう体に傷を付けられた___
ここまで来ると、流石に見過ごせないわ!
それに、エスカレートしてきている。
「何がしたいのかしら?わたしに恨みがあって、傷付けたいだけ?
それとも、学園から追い出したいの?
まぁ、聞いた処で、それを叶えてあげる気は無いけど」
わたしは使った物を片付け、医務室を出た。
教室に戻りながら、ふと、《それ》に気付いた。
廊下で転倒したのは、イレールに声を掛けようとしていた時だった。
鞄の時は、イレールを待ち伏せしていた時。
スカートはその帰りだし、今もイレールと会い、見送っていた…
「いつも、《イレール》が絡んでいる?」
偶然だろうか?
だが、このパターンは、ヴィオレットがメロディを虐めていた時と似ている。
アランに会っているメロディに嫉妬し、立場を思い知らせる為に、
嫌味を言ったり、《平民女》と嘲笑ったり、持ち物を破ったり壊したりしていた。
「イレール様に近付くなという警告?」
◇
放課後、わたしは図書室へ行き、魔法集に治癒魔法の本、魔族関係の本…
目に付いた本を端から取り出し、貸出の手続きをした。
残念だが、これだけ問題を抱えていては、イレール様に会っている暇は無い。
暫くは、朝の挨拶と昼食だけで我慢しよう___
本を山と積み上げ、寮へ向かっていたのだが、不意に視界が開けたかと思うと、
愛おしい顔が目に入り、わたしは反射的に息を飲んだ。
「い、イレール様!?」
胸がドキドキし、顔が赤くなる。
ああ、突然のこの顔面偏差値は、心臓に悪いわ!!
「寮までか?手伝おう」
イレールが本を半分持ってくれた。
「勉強熱心だな」
「休んでいたので、追い付こうと…」
本当の事を言う訳にもいかず、わたしは誤魔化した。
だが、良い機会なので、聞いてみる事にした。
「イレール様は、もし、魔族が襲って来た場合は、どの様に対処されますか?」
「魔族か、俺ならば、魔法、魔剣を使うだろう」
魔族に対抗する武器は、《金の武器》だけだと思っていた。
魔剣というものもあるのね…
「魔剣?イレール様はお持ちなのですか?」
「いや、魔剣は希少で国宝級だ、王族や一部の者しか持っていないだろう」
王族は金の武器だけじゃく、魔剣まで独り占めしてるの!?
王族は国を守る為でしょうけど、裕福層が趣味で保有している場合もありそうね…
世の中金ね!!
「魔剣には劣るが、対魔族の魔法式を組み込んだ剣がある。
普段は普通の剣だが、魔力を込めれば魔族に対抗出来る、
魔力の強い者であれば十分に役に立つ。
良し悪しはあるが、比較的手に入れ易い物だ。
俺は授業を取っていたから、自分の剣に魔法式を入れている___」
授業で作れる物なの!??それは、とってもリーズナブルね!!
今や没落貴族のわたしは目を輝かせた。
「わたし、その、魔族対抗出来る剣に興味があります!
イレール様、どうかわたしに作り方を教えて下さい!」
「教えてやりたいが、学園では授業以外で作る事は禁止されている。
普通でも、魔法式を組むには、免許の取得と許可等、必要だ」
そうですよね…
危険な物や怪しい物が出来上がっても困りますし…
ガクリと肩を落とす。
「三年になって習うといい」
それでは、遅いのよね…
一年以内に魔族が襲って来る可能性は大だもの!
「はい、そう致します…」
「…魔族に関する本が多い、不安なのか?」
「はい、考え出すと気になってしまって…」
魔族の侵攻はあるのかとか、イレール様をどうやって守るかとか…
「最近、良くない事が重なっている所為だろう」
確かに、良くない事が重なっている。
イレールに指摘されて、それに気付いた。
言い訳としては、自然な気がし、わたしはそれに乗る事にした。
「きっと、そうだと思います、不安になっている様です」
「昼間、俺と別れた後も何かあったのでは無いか?噂を耳にした」
もう!!誰よ!!余計な事をイレール様の耳に入れないで欲しいわ!!
スカートを抱えて走っていたとか…
どう想像しても、コントじゃないの!!恥ずかし過ぎるわ!!
「あ、あれは、その…大した事ではございませんので…お忘れ下さい!!」
わたしが真っ赤な顔でワタワタしていると、イレールは嘆息した。
「メロディが言っていた、君は自分の罪を悔いている所為で、
同じ事をされても、当然の報いだと受け入れてしまう処があると。
だが、それでは、根本的な問題は解決しない、相手を付け上がらせる事にもなる。
誰かに何か嫌がらせをされているなら、言って欲しい。その者の話も聞いてみよう」
「イレール様、ありがとうございます、ですが、実は、誰かは分からないのです。
姿処か、気配も感じ無いので、嫌がらせかどうかも分かりませんし…」
「それは、かなりの力の持ち主かもしれない…それで、魔法集を?」
イレールが本に目をやる。
イレールは良く気付く人だわ!
「はい、魔法や攻撃を弾く魔法があれば良いと思って…」
「魔法ならば護符が効くが、純粋に魔法攻撃に対してのものだ。
魔法の火であれば防げるが…例えばこの本を、魔法で動かし投げつけた場合には、
護符で防ぐ事は出来ない」
微妙に役立たず!!
でも、スカートを切られたり、足を切られるのは防げるわね…
「護符は魔石と魔法式の物がある、魔石はやはり高価な物になる。
魔法式の物は発動すれば効果は消えるが、魔力を込めると効果は戻る、
簡単な物だと安価で手に入る。
裕福な家では、代々受け継ぎ持たされる物があると聞くが、覚えは無いか?」
わたしはそれを思い出そうとした。
ヴィオレットは護符には興味が無く、信じないタイプだったし、古臭い物が嫌いだった。
ああ、勿体ない事を!!
わたしは頭を振り、「週末に見に行ってみます」と答えた。
「金はあるのか?」
「少し持っていますし、売る物もありますので、大丈夫です」
「そうか、困った時はいつでも言ってくれ、俺では頼りないなら、アランに頼むといい」
イレールも援助を受け学園に通っている身だ。
それに、イレールの所持金は、彼が働いて稼いだお金だ。
彼はデジー家の養子だが、家族や家に気を遣い、子供の頃から働いていたし、
学園に入ってからも、夏休暇には仕事をしている。
ゲームでは、イレールに会おうとしても、勉強や仕事で会えない場合が多かった。
そんな貴重なお金を、わたしに貸してくれようとするなんて…
ああ、何て優しい人なのだろう…感動で目が潤んでしまった。
「ありがとうございます、イレール様、心強いですわ」
「心配する事は無い、アランもメロディも俺も、君の味方だ、ヴィオレット」
イレールの指がわたしの目元をそっと拭う。
その優しさに、わたしは崩壊してしまった。
わたしは弱い人間では無い筈だった。
両親から冷たくされても、勘当されても構わないし、
意地悪をされれば返り討ちにしてやるつもりだし、
魔族にだって絶対に負けないし、イレール様を守り抜くつもりだったし…
なのに、今、どうして、胸が痛いんだろう…
こんなに簡単に壊れてしまうなんて…
「う…くっ…う、うぇぇ…」
イレールは、わたしが抱えていた本を全て持ってくれ、わたしは思う存分に泣いたのだった。
17
お気に入りに追加
1,901
あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

悪役令嬢は所詮悪役令嬢
白雪の雫
ファンタジー
「アネット=アンダーソン!貴女の私に対する仕打ちは到底許されるものではありません!殿下、どうかあの平民の女に頭を下げるように言って下さいませ!」
魔力に秀でているという理由で聖女に選ばれてしまったアネットは、平民であるにも関わらず公爵令嬢にして王太子殿下の婚約者である自分を階段から突き落とそうとしただの、冬の池に突き落として凍死させようとしただの、魔物を操って殺そうとしただの──・・・。
リリスが言っている事は全て彼女達による自作自演だ。というより、ゲームの中でリリスがヒロインであるアネットに対して行っていた所業である。
愛しいリリスに縋られたものだから男としての株を上げたい王太子は、アネットが無実だと分かった上で彼女を断罪しようとするのだが、そこに父親である国王と教皇、そして聖女の夫がやって来る──・・・。
悪役令嬢がいい子ちゃん、ヒロインが脳内お花畑のビッチヒドインで『ざまぁ』されるのが多いので、逆にしたらどうなるのか?という思い付きで浮かんだ話です。

やり直し令嬢の備忘録
西藤島 みや
ファンタジー
レイノルズの悪魔、アイリス・マリアンナ・レイノルズは、皇太子クロードの婚約者レミを拐かし、暴漢に襲わせた罪で塔に幽閉され、呪詛を吐いて死んだ……しかし、その呪詛が余りに強かったのか、10年前へと再び蘇ってしまう。
これを好機に、今度こそレミを追い落とそうと誓うアイリスだが、前とはずいぶん違ってしまい……
王道悪役令嬢もの、どこかで見たようなテンプレ展開です。ちょこちょこ過去アイリスの残酷描写があります。
また、外伝は、ざまあされたレミ嬢視点となりますので、お好みにならないかたは、ご注意のほど、お願いします。

悪役令息の婚約者になりまして
どくりんご
恋愛
婚約者に出逢って一秒。
前世の記憶を思い出した。それと同時にこの世界が小説の中だということに気づいた。
その中で、目の前のこの人は悪役、つまり悪役令息だということも同時にわかった。
彼がヒロインに恋をしてしまうことを知っていても思いは止められない。
この思い、どうすれば良いの?
悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。
二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。
けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。
ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。
だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。
グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。
そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

私を売女と呼んだあなたの元に戻るはずありませんよね?
ミィタソ
恋愛
アインナーズ伯爵家のレイナは、幼い頃からリリアナ・バイスター伯爵令嬢に陰湿ないじめを受けていた。
レイナには、親同士が決めた婚約者――アインス・ガルタード侯爵家がいる。
アインスは、その艶やかな黒髪と怪しい色気を放つ紫色の瞳から、令嬢の間では惑わしのアインス様と呼ばれるほど人気があった。
ある日、パーティに参加したレイナが一人になると、子爵家や男爵家の令嬢を引き連れたリリアナが現れ、レイナを貶めるような酷い言葉をいくつも投げかける。
そして、事故に見せかけるようにドレスの裾を踏みつけられたレイナは、転んでしまう。
上まで避けたスカートからは、美しい肌が見える。
「売女め、婚約は破棄させてもらう!」

処刑から始まる私の新しい人生~乙女ゲームのアフターストーリー~
キョウキョウ
恋愛
前世の記憶を保持したまま新たな世界に生まれ変わった私は、とあるゲームのシナリオについて思い出していた。
そのゲームの内容と、今の自分が置かれている状況が驚くほどに一致している。そして私は思った。そのままゲームのシナリオと同じような人生を送れば、16年ほどで生涯を終えることになるかもしれない。
そう思った私は、シナリオ通りに進む人生を回避することを目的に必死で生きた。けれど、運命からは逃れられずに身に覚えのない罪を被せられて拘束されてしまう。下された判決は、死刑。
最後の手段として用意していた方法を使って、処刑される日に死を偽装した。それから、私は生まれ育った国に別れを告げて逃げた。新しい人生を送るために。
※カクヨムにも投稿しています。

初めから離婚ありきの結婚ですよ
ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。
嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。
ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ!
ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる