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《花沢奏、二十歳、女性》
《就職面接の会場へ向かう途中、不慮の事故にて死亡》

経歴を淡々と読み上げられる中、わたしは感慨に耽った。

思えば儚い人生だった。
中・高校時代、コーラス部だったわたしは、声楽の道に進みたかったのだが、
保守的な両親は良い顔をしなかった。
なんとか両親を説得し、音楽大学を受験したものの、結果は不合格。
それでも夢は諦め切れず、東京の大学に通いつつ、バイトをし、
ボイストレーニングを受ける日々だったが、それが報われる事は無かった。
オーディションを受けるも悉く落ち、一度も世に出る事が無いまま、
こうして、【死の狭間】に来ていた。

ここは背景が漆黒である。
目にも眩しい白い世界であるなら、希望も持てたが、どこを見ても黒色なんて!
嫌な予感しかしない。

ああ、神様!わたしが何か悪い事をしたでしょうか??

自分の罪を見つめる時間に違い無いが、全く持って、軽犯罪しか浮かんで来ない。
そこまで酷い事をしていたとは思いたくないけど…
生き返らせてくれたら、せめて、借りパクしている物は返すわ!

期待を込めて、目の前で白く発光している女神をガン見していると、彼女はフイと違う方を向いた。
冷たい!大体、この若さで不慮の事故で死んだのよ!?もっと労わってくれても良いわよねぇ??
神様が冷たいなら、わたしが善人である必要は無いわよねぇ??
生き返らせてええええ!!そして、わたしを歌手デビューさせてええええ!!

《無理》

は??
今の、わたしへの返事じゃないわよねぇ??
気の所為だと思いたいから、気の所為にしておこうっと☆

《ヴィオレット=ド・ブロイ、16歳、女性》

外国人!??
女神の言葉に、わたしは思わずそちらを振り返った。
そこには、見るも鮮やかな金髪美少女の姿があり、思わず「おお!」と仰け反ってしまった。

金色の長い髪は見事な縦ロールで、服装もまるで中世の令嬢だ。
普通であれば引く処だが、彼女は【美女】だ。
彫りが深く、紫色の瞳、女神と大差無く、極めて冷たい表情ではあるが…
まごう事か、【美女】だ!

どんな格好をしていても、美人は似合うわー。
美人は得よねーと、傍観していたのだが、女神はそれを告げた。

《自殺》

へ???

こんな美女が自殺をするなんて、とても信じられないわ!
何か、余程の事があったのね…お気の毒に…世の損失に違いないわ!

《その通りですよ、ヴィオレット=ド・ブロイの死は予定ではありません》

ん??んん??
もしかして、やっぱり、わたしの心の声、聞こえちゃってる??
女神だもんね、超能力があっても不思議じゃないわ!
でも、出来れば、勝手に心を読まないで欲しいわ!
女神様が冷たいなんて嘘よ、女神様って美人!

一応取り繕っておいたけど、女神の関心はそこには無かった様だ。
女神は金髪美女、ヴィオレットに向かい、滔々と言った。

《勝手に死ぬ事は許しません、お戻りなさい》

それに対し、ヴィオレットは強気で生意気だった。

『嫌よ、お断り!良い事?強制的に戻されても、私はまた自害するわ!』
『完全にこの魂が消えるまでね!』

まぁ、16歳なんて、生意気盛りよね…
『勿体ない…』と漏らしてしまったのは、わたしだ。
ヴィオレットには恐ろしい目で睨まれてしまったけど。

『何も知らない癖に!お黙りなさい!』

わたしの方が年上なんですけど??
まぁ、言ってる事は確かね、知らないのに口を挟むべきでは無かったわ。
ただ、思っちゃったのよね…わたしも美女に生まれたかったわってね。
人生変わりそうだもの…

《ヴィオレット=ド・ブロイは、メロディ=デジーに激しい嫉妬心があり》
《彼女に対して、様々な罪を犯してきました》
《婚約者のアラン=ヴァンガーランドはメロディ=デジーに心を移し》
《メロディ=デジーの心棒者たちと共に、ヴィオレット=ド・ブロイを裁こうとしています》

何か、聞いた事のある話だわ…
聞き覚えのある名前だし…

《明日の学園パーティにて、裁きが行われると知り、自害を図った》

学園パーティで裁き…
あのゲームと似ているわ…
大学の友人が勧めてくれた乙女ゲーム…

【花咲く聖女のカルテット】

タイトルを思い出した時だ、女神が薄い笑みを見せ、わたしはぞっとした。

《裁きを受けたとしても、学園を追放される程度で、命を奪われる事はありません》

『はっ!!あんた、馬鹿なの?そんな事になれば、私は学園中の笑い者じゃないの!』
『生きながらに死んでいるものよ!』
『そんな恥晒しな事になるなら、死んだ方がマシなのよ!!』

ヴィオレットの罵倒が続き、それが一旦収まるまで待った。
それから、女神はわたしの方に顔を向けた。

《花沢奏、【悪役令嬢の断罪は必須】、そうですね?》

ええ…
まぁ…

《これが無くては興醒め、盛り上がらない》

ええ…
まぁ…

ゲームをやっていた時、確かに、わたしはそんな風に思っていた。
けど、流石に本人を目の前にして…
「ゲームを盛り上げる為に断罪されるべきよ!」とは言い難いわー。

《彼女がどうしても嫌だというのであれば、あなたに代わって頂いてもいいでしょう》

あなたって、わたしですかぁ??

《あなたも良くご存じの世界です》
《あなたにとって、悪い話では無い筈》

女神は何処までご存じなのだろう?
わたしの頭に、彼の姿が浮かんだ…

艶のある黒髪、憂いを湛えた青灰色の目をした、孤高の美形ピアニスト…

半ば押しつけられて始めた乙女ゲーム、【花咲く聖女のカルテット】。
最初は気にしていなかったが、ゲームを進めて行く内に、彼の事が気になっていた。
ヒロインの義兄であり、攻略対象の彼。
彼は幸せな人では無かったから…
それで、どうしても彼を幸せにしてあげたい!と…気付けば、ゲームにハマっていたのだった。

《イレール=デジー》

ズバリと名を出され、わたしはドキリとした。

《この機会を逃すと、あなたと彼の世界が交わる事は無いでしょう》
《永久に》

イレール=デジー…推しの居る世界に、わたしが行けるっていうの?
悪役令嬢ではあるけど…
これって、アレでしょ?
誰もが夢見る、憧れの、異世界転生___

女神のその氷の目は、最早、わたししか見ていない。

《花沢奏、ヴィオレット=ド・ブロイのこの先の人生を生きますか?》

わたしの答えは、勿論…


◇◇


ズドン!!

鈍い音と共に、体に衝撃を受け、わたしは蹲ったまま呻いていた。

「い、たたたぁ…」

何なの??これ…
あまりの痛みに、固まってしまう。
それが少し引いて来ると、漸く頭が回り始め、状況の確認に至った。

薄暗い。
部屋のあちこちに置かれたランプの淡い灯りだけが、部屋を映し出している…
カーテンは閉められている、静かだし…夜中だろう。

今、わたしは、恐ろしく広い部屋の真ん中で、椅子から転げ落ちたのだ。
豪華なシャンデリアから垂れ下がるのは、引き千切れた布切れ。
そして、わたしの首には、しっかりと巻かれた白い布…

「ヴィオレットは、首を吊ったのね…」

彼女の魂が去り、代わりにわたしの魂が体に入ったという事だ。
この、美しい体に___

今のわたしは、地味で冴えない、就活に疲れ、人生に躓きまくっている、
二十歳の日本人女性では無い!
異世界、【花咲く聖女のカルテット】の世界にいて、
ヴァンガーランド王国の公爵令嬢、ヴィオレット=ド・ブロイなのだ!

「一般庶民から、一気に高位貴族のご令嬢様よ!しかも、美女だし!」

これ程の成り上がりは、普通であれば、絶対に無理!不可能だ!
豊かな金髪は縦ロールだし、紫色の瞳は釣り目で目つきが悪いけども…

「悪役令嬢なんだもん、仕方ないわよね?」

この美貌とスタイルならば、どんな格好をしても似合うだろう!
ああ、女神様!ありがとう!!

「うわああ!部屋広―――い!!家具がおフランスしてる!ベッド大きい!」

わたしは天蓋付のお姫様ベッドへ直行し、ダイブした。
ぼふん!体が沈む。

「気持ちイイー――!!もう!ヴィオレットってば、何で自殺なんてしたの?」

死ぬ訳じゃないんだし、断罪の一つや二つ、我慢すれば良いのよ。
きっと、自分がどれ程恵まれているか、知らないんだわ!
わたしは未だ首に付いている白い布を解いた。

「あーあー、喉が痛い…
歌手にとって喉は命なのに!首を吊るなんて、喉が潰れたらどうするのよ!
まぁ、ヴィオレットは歌なんて歌わなかったけど」

ゲームの中で歌を歌うのは、ヒロインのメロディだけだ。
ヒロインのメロディは、魔法学園入学時の試験で《聖女の光》を持つ事が判明した、
《聖女見習い》だ。その為、魔法学校の授業とは別に、聖女の勉強、訓練を受けている。
《聖女の歌》には、浄化作用、聖女の力を強める効果等々ある為、歌を歌う事が訓練となる。

聖女として力を付け、成長していく一方で、攻略対象との親密度も上げていき…
最終的に、攻略対象と結ばれ、その後のラストバトルで聖女として覚醒し、
ハッピーエンドを迎える。

「ヴィオレットは、歌が上手いメロディに嫉妬してたのよね…」

ヴィオレットだって、声は悪くないのよ?音痴なんて設定は無かったと思うけど…

「音痴だったらどうしよう!?
確かめてから転生してくれば良かったわ!!
でも、魂がわたしなんだから、音痴でも矯正は出来るわよね?」

何といっても、わたしは歌手志望の女子だ!
コーラス部とカラオケとボイストレーニングで鍛えてきたんだもの!!
オーディションには落ちまくってるけど…

「ああ!首を吊ったんだから、痣になってるかも…」

わたしはふかふかのベッドから起き上がり、お洒落な鏡台へ向かい、鏡を覗き込んだ。

「うおお!やっぱり、美人!!」

少々キツイ目だが、その美しさには圧倒される。
紫色の目なんて、憧れだもん!
それよりも…と、わたしは首元を映す。
白い首筋にはしっかりと、赤い痣が着いていた。

「あらら…美人が台無しよ、ヴィオレット!」

まぁ、チョーカーを巻けば大丈夫だろう。

「さぁ、明日は学園パーティよ!もう寝なきゃ!」

一大イベントの日に、隈なんて出来たら大変だ!
わたしはふかふかベッドに飛び込んだ。

「ああ!明日が楽しみだわ!」

明日になれば、愛しの推し、イレール=デジーに会えるのだ___


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