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◆◆◆


グノー家に頼んだ、賠償金援助の件で、メルシェ家に返事が届いた。

先に、婚約者をフルールからエリアーヌへという打診の返事は届いていた。
そこには『婚約者はフルール以外認めない』との一文だけが書かれており、
先方の怒りが伺えた。

賠償金の援助の方は、『全額支払っても良い』とあり、父を喜ばせたが、
それは条件付きとなっていて、どの方法にするかはメルシェ家に任された。

『エリアーヌを修道院へ入れる』
『エリアーヌを退学させる』
『裁判に掛ける』

修道院や退学という条件が出たのは、学園内でエリアーヌが悲劇のヒロインを演じ、事を大きくしているからで、この分では、マンデオ家は賠償金を吊り上げるか、訴え出るだろう…と書かれていた。
そうなれば、グノー家としても面倒を見切れないという事だ。
その上、メルシェ家が「エリアーヌがジョルジュを悪く言っているのではない」と主張しようとしても無駄だと釘を刺し、
「エリアーヌが学園を去る事で問題は解決する」と書かれていた。

賠償金を支払う気の無い、散財好きな両親は、即座に条件を飲む事に決めた。

「エリアーヌに修道院は可哀想だ、ここは穏便に、退学がいいだろう」
「そうね、魔法学園なんか行くよりも、結婚した方が良いわ」
「エリアーヌの縁談もグノー家に頼めばいい、フルールとエリアーヌの交換を断ったんだ、その責任を取らせてやる!」

両親は結論付け、週末を待ち、エリアーヌに話す事にした。


◆◆◆
◇◇◇


先日、ジョルジュと二人で会っていた処を、生徒の誰かに見られたらしく、
またもや真実とはほど遠い噂が学園に広まった。

「ジョルジュ様とフルール様、お二人で密会をされていたらしいわよ」
「フルール様は、まだジョルジュ様に未練がおありなのね…」
「それにしても、テオフィル様を裏切るなんて!許せませんわ!」
「あら、でも、テオフィル様はエリアーヌ様がお好きなのでしょう?」
「きっと、嫉妬したフルール様が、ジョルジュ様にエリアーヌ様を暴行するように仕向けたのよ!」
「そうよ!あの方、エリアーヌ様に怪我をさせてましたもの!」
「まぁ!なんて酷い姉なのかしら!」
「ああ、テオフィル様をあの悪女から護って差し上げたいわ!」

わたしがエリアーヌに怪我をさせた事が、忘れられようとしていた最中に、
またもや新しい噂の種を蒔いてしまう形となった。


「フルール、おまえ、あの男と二人で会ったのか!?」

芸術史の教室へ向かう途中、ヒューゴからそれを聞かれ、
わたしは肩を落とし、「申し訳ありません」と謝った。
ヒューゴは不機嫌を隠そうともしていなかった。

「まさか、未練があるとか、言わないだろうな!?」
「はい、勿論です、ただ、話したいと言われて…」
「どんな話だ!」
「それは、その…やり直さないかと…」
「なんだって!?」
「ヒューゴ様!落ち着いて下さい!」

ヒューゴが大声を出し、わたしは慌てた。
周囲の生徒たちが振り返って行く。

「くそ!テオがいるっていうのに、厚かましいヤツだな!」

ヒューゴが手に拳を握る。

「それが…わたしがジョルジュ様を愛していると思い込まれていて…
以前、お菓子や刺繍を上げていたので、そう思われた様です…」

「ふん!都合の良いヤツだな!今更遅いんだよ!」

ヒューゴは酷く怒っている。
だが、何をそんなに怒っているのか…わたしには分からなかった。

「それで、フルールは、勿論、ちゃんと言ったんだろうな?」

「はい、わたしには婚約者がいるという事も、
ジョルジュ様に対しては好意以上のものは無かったという事も、お話しました」

わたしが言うと、ヒューゴは急に機嫌を治した。

「ああ、そうなんだ?ふーん、フルールにしては良く言ったんじゃねーの?」

「そうでしょうか、ありがとうございます。
その後、テオ様がしっかりと言って下さいましたので、今後はこの様な事にはならないと思います…」

「え!?テオも居たのかよ!?」

ヒューゴはテオから聞いていなかったのか、驚いていた。
「そりゃ…余計な口出ししたな…」と頭を掻いていたので、
テオに代わって抗議するつもりだったのだろうか?友達思いで微笑ましい。

「テオ様は最初から見て居られた様です…早く来て下されば良いものを…」

時々、テオは意地悪だ。
唇を尖らせるわたしに、ヒューゴは苦笑した。

「そう言ってやるなよ、あいつの立場からすると、微妙な問題だからなー」

「どういう事ですか?」

「婚約破棄されて、死のうとまでした相手だぞ?
フルールが『まだ好きだ、寄りを戻したい』と言えば、テオは手放すしかねーよなぁ…」

「そんな風に思われていたのですか?」

わたしは茫然とした。
「ああ、まぁ…違うのか?」と、ヒューゴは気まずく頭を掻く。

「少し違います…ジョルジュ様を好きとか、そういう事では無く…
婚約破棄された事で、張り詰めていたものが切れてしまったのです…
エリアーヌとの戦いに敗れ、疲れてしまって…
力の及ばない自分に絶望し、自棄になったのです…」

「エリアーヌか!確かに、厄介な相手だよなー、
あんなのと毎日闘ってたら、そりゃ、疲れるわー」

顔を顰め、肩を竦めるヒューゴに、わたしは苦笑した。

「まー、それならさー、テオの事、真剣に考えてやってくれよ」

ヒューゴに言われ、わたしは頷いた。

「はい、わたしばかり助けて頂いていますので…
テオ様の為に、わたしも何か出来れば良いのですが…」

わたしも、テオ様の心を癒せたらいいのに…

「いや、そーいう事じゃなくてね…」

ヒューゴは何やらぶつぶつ言っていたが、途中で飽きたのか、
「まーいいか」と空を仰いだ。





「ジョルジュ様との事で、噂になってしまい、申し訳ありません…」

ヒューゴが心配していた事もあり、
わたしはテオと二人になった時、改めてテオに謝った。

「謝る必要はないよ、でも、もう、彼と二人で会ってはいけないよ」

オリーブグレーの瞳が心配そうな色を見せ、わたしは胸がギュっと締めつけられた。

「はい、お約束します」
「うん、それなら許してあげるよ」

テオは二コリと笑い、わたしの手を握った。
テオは手を繋いだままで、廊下を歩いて行く…

「あの、テオ様…皆に見られますわ…」

「噂を覆す方法は、新しい噂を流す事だよ、
それに、僕たちが仲良くしていれば、ジョルジュも手が出せ無いだろしね」

テオはウインクして見せる。
わたしは笑い、その手をギュっと握った。

「この噂にも、エリアーヌが関与している気がするよ…」

テオが呟くように言った。
わたしも、『そうかもしれない』と頭の中で呟いた。
だが、テオは、わたしの考えの、ずっと先をいっていた。

「今まで黙っていたんだけど…
エリアーヌは虚言を吐く時に、魔力を使っているんだ」

「どういう事ですか?」わたしはテオを見上げた。
テオは真剣な顔で思案する様に、言葉を継ぐ。

「無意識だと思うけど、まやかし、魅了…僕はその手の魔力を感じた。
尤も、魔力自体は拙いんだが、一見馬鹿馬鹿しく見える、あの大仰な芝居が相乗効果になっていてね…
エリアーヌの発言を聞き、皆が信じてしまう。少し考えれば変だと思う事でも、
その場では信じてしまう、惑わされる者が多いのは、そういう事なんだ」

わたしは驚いていた。
皆がエリアーヌの言葉を信じる、その事に対し、
エリアーヌは信じさせるのが上手い、口が上手いのだと思っていた。
魔力が関わっていたなんて!

「それでは、ジョルジュ様も?」

わたしが聞くと、テオは僅かに顔を顰めた。

「影響は、少なからず、あったと思うよ…
だけど、それは、君を裏切る理由にはならない___」

テオは厳しい口調で言い捨てた。

だけど、わたしは分かってしまった。
テオが何故、今までこの事をわたしに話さなかったのか…
ジョルジュが心を移したのは、エリアーヌの魔力の所為だけでは無い、
それは後押しに過ぎなかった。
彼はわたしに対し、何らかの不満を持っており、それで惑わされたのだと。
きっと、それを知れば、わたしがショックを受けると思って言えなかったのだわ…
彼は、わたしがジョルジュに婚約破棄され、死のうとしたと思っていたから…

「それを知って、彼に同情したり、気持ちを戻したりはしていない?」

テオが不安そうに、わたしを見ている。
わたしは苦笑した。
とても賢い方なのに、どうして分からないのだろう?

「同情はしますが、お話した通りです、好意しかありませんでしたので、
戻す気持ちなど、最初から持ち合わせていませんわ。
それに、この間は、ジョルジュ様を怖いと思いました…もう、終わったのです」

わたしが静かに告げると、テオは「よかった…」と呟き、目を伏せた。
手は繋いだまま…その事をうれしいと感じる。


「エリアーヌを不審に思っている者、魔力の強い者には、
彼女の魔力は、あまり効果が無い。
僕やヒューゴ、ヴィクは、魔力も強いし、その上、君を良く知っているしね、
彼女が何を言おうと、まず、惑わされる事は無いよ」

わたしはそれに安堵する。
テオは勿論だが、ヒューゴやヴィクに疑われるのは、辛いだろう。

「大事なのは、エリアーヌが虚言を吐いた時、その場で断つ事なんだ。
その場ではっきりと彼女の言葉を否定する事で、周囲の者も正気に戻る」

だから、テオはいつもはっきりと言っていたのだ…
冷たく、厳しくさえ思えたが、そこには意味があった。

「最も危険なのは、彼女を愛している者…そういう者は特に信じてしまう。
君の両親の様にね。そして、君もだよ、フルール」

わたし?

「君は同情しやすい、どれだけ傷付けられても、面と向かって彼女を責める
事が出来無い、心優しいからね。
エリアーヌはそこに付け入り、君を惑わせ、怖がらせ、罪悪感を抱かせ、
恐怖で縛る…エリアーヌの君への執着は異常だ。
君の為にもエリアーヌの為にも、君たちは早く別れた方がいい___」

エリアーヌと別れる…
それこそ、わたしがずっと望んできた事だった。
だが、どうやって別れたらいいのか…
それが可能なのは、きっと、わたしが自立した時だ___

「学園を出たら…そうします」

わたしはそれを決め、硬い口調で返した。
だが、テオは繋いだ手を大きく振り、明るく笑った。

「このまま、僕と結婚してもいいしね!」

「!?そ、そんな冗談を…!」

「冗談ではないよ、僕は君が好きだし、君も僕を嫌いじゃないよね?
僕たちは趣味も好のみも合う、仲良く暮らせるんじゃないかな?」

テオの提案はうれしいが、そう簡単にはいかないだろう…
わたしはテオを好きだが、テオは…

「きっと、その頃には…あなたは良いお相手をみつけていますわ」

「それはないよ、絶対にね…」

テオの声は、静かに、そして重く響いた。

まだ、サーラの事が好きなのだ…

胸が痛む。

わたしでは忘れさせる事は無理だわ…
いや、テオは忘れるなんて、望んでいないだろう。
きっと彼はずっとサーラを想っていたいのだ。
それこそ、愛した人を簡単に忘れられる筈は無いのだから…

それならば、わたしは友として、彼を支えよう…

例え、辛くても、耐えてみせるわ…

彼を愛しているから___


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