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しおりを挟むあれから、エリアーヌは度々、わたしたちの前に現れる様になった。
朝も教室の前で待ち伏せていてた。
「エリアーヌ、こんな所で何をしているの?」と、わたしが声を掛けても、彼女はツンと顎を上げ無視し、テオとヒューゴが来ると、満面に笑みを浮かべ、可愛らしく挨拶をする…
「テオフィル様、ヒューゴ様、おはようございます!」
テオもヒューゴも挨拶を無視する事は出来ず、「おはよう」と素っ気無いが返している。エリアーヌが話し掛けるのは無視して教室に入っているが、エリアーヌは気にせず…
「それでは、また後で!義兄様!」
周囲に聞こえる様に言い、笑顔で去って行く。
それを見て、周囲が何と思うか…
いや、それこそがエリアーヌの狙いなのだろう…
「全く、おまえの妹は…いや、すまん」
ヴィクは苛立って眺めていたが、わたしに遠慮し我慢してくれた。
わたしも同じ思いでいたが、やはり、言葉にするのは憚られた。
「いいえ、わたしの事で、怒って下さり、ありがとうございます、ヴィク」
「いや、しかし、何が目的なのだ?底知れぬ怖さがある…」
「仲良しアピールだろ、知らないのかねー、
テオとフルールが、学園一有名な、超ーーーラブラブカップルだって事」
ヒューゴの言葉に、俯いていたわたしは思わず「え?」と顔を上げた。
「あれー?自覚無かったのか~?」と、ヒューゴがニヤニヤと笑う。
自覚???
「おまえら、ずっと一緒に居るしー、
放課後は図書室で、いちゃいちゃして、見せつけてるらしいじゃん?」
選択教科が一緒の時は一緒に移動し、席も隣だ。
教室に居ても、休憩に入るとテオが話し掛けに来てくれる。
だから、『ずっと一緒にいる』と言われても仕方はない。
だが…
「図書室で!その様な…はしたない真似はしておりません!」
わたしは恥ずかしさのあまり、泣きそうになっていた。
テオがわたしの肩を抱き、励ましてくれる。
「そうだよ、変に勘繰らないでくれないか、フルールは恥ずかしがり屋なんだからね」
恥ずかしがり屋というのは、今関係無いと思いますが…
わたしはテオを上目に見て、不満を訴えた。
テオは気にする事無く、それ処か、わたしの額にキスを落とした。
わたしは「きゃ!」と、慌てて額を手で押さえた。
「図書室では、こんな事はしていないよ?」
「おまえなー、わざとらし過ぎだわ…」
「僕たちは真面目に将来の事を語っているんだからね」
テオが二コリと笑う。
「おまえら、将来を語り合ってんの!?そりゃ、ヤバイわー」
「テオ様!!それは、その通りですが…語弊があります!!」
わざと誤解させる様に言っているとしか思えません!!
テオは時々悪戯っ子になる。
「勿論、結界は張ってるから、周囲には聞こえていない筈だよ」
「だから、変に勘繰られるんだろ」
「仲良しに見えていて、うれしいね、フルール」
テオがわたしを抱き寄せる。
テオには芝居の一環なのかもしれないが、わたしにとっては、甘美でも地獄でもある。
テオの体温に触れるといつもドキドキとしてしまい、顔が熱くなる。
「まー仲良いのは良い事だよ、入り込めない空気があるからな、誰も近付けんわ。それに、テオの方が惚れ込んでるって思われてっから、大半の女子は諦めムードだよ。
エリアーヌを除き、な…」
ズシリと胸が重くなった。
◇◇
週末、授業が終わり、わたしはテオと一緒に馬車に乗り、グノー家に向かった。
翌日はヒューゴの誕生日で、グノー家からは2時間程度と近い事、ドレスを借りる事も出来るので、グノー家に泊まる方が便利だった。
翌朝、わたしはリゼットにドレスを選んで貰った。
「フルールの髪の色にも合うし、絶対にこれがいいわ!」
それは、薄いエメラルドグリーンのドレスで、上部はレースが多く、後にリボンがあるだけでシンプルなデザインだが、スカートは柔らかな生地で出来ていて上品で可憐な印象があった。
わたしはそのドレスに決めた。
着替えを終え、鏡台に着くと、メイドが銀色のネックレスを取り出した。
「テオフィル様が、これを着けられるようにと…」
テオが用意してくれたのだと知り、驚くと共に胸がときめいた。
銀色のネックレスは細くシンプルで、ペンダントトップの石も大きくは無く、繊細で上品…わたしの好のみだった。
ペンダントトップのピンク色の宝石を見て、わたしはヴィクの曾祖父の家で、テオから貰った石の事を思い出した。
彼は、『フルールの色だよ』と言った。
彼は、覚えているだろうか…?
わたしはそれをそっと指で触れた。
メイドが髪を緩く巻いてくれ、沢山の花の飾りを着けてくれた。
覗きに来たリゼットが、青色の目を丸くし「素敵!」と感嘆の声を上げ、
「あたしも同じにして!」と強請った。
パーティにはアンドリュー、イザベル、リゼットも呼ばれていた。
リゼットはわたしとお揃いの型の、水色のドレスを着ていた。
母親譲りの綺麗な金髪を緩く巻き、わたしと同じ様に花の飾りを着けて貰ったリゼットは、「あたしたち、姉妹に見えるわ!」と無邪気に笑った。
階下では礼服を着たテオが待っていて、わたしに手を差し出した。
小さい頃に夢見ていた王子様の様で、ぽうっとしてしまう。
「フルール、とても素敵だよ…」
「テオ様、ネックレスをご用意して頂き、ありがとうございます…」
「僕が選んだのだけど、気に入ってくれたかな?」
テオのオリーブグレーの目がスッと、ペンダントに向かい、わたしはドキリとした。
ペンダントを見ていると分かってはいても、急に胸元が気になった。
「フルール?」
テオに訝しげに見られ、わたしは慌てた。
「ああ、いえ!その、とても素敵なペンダントで、驚きました…」
「そう、君と好のみに合って良かったよ」
テオが笑う。
とても、好きです…
わたしは心の中でそう付け足した。
◇
アンドリュー、イザベル、リゼット、三人の馬車と、
わたしとテオの馬車、二台で、ヒューゴの館に向かった。
パーティは昼間でガーデンパーティとなっており、
アンドリューたちはパーティが終わると帰り、わたしとテオはヒューゴの館に泊まる事になっていた。
綺麗に整えられ造られた庭園は広く、白いテーブルクロスの掛けられたテーブルが幾つも置かれ、多くの招待客で賑わっていた。
だが何故か、ヒューゴの誕生日パーティなのに、招待客は同年代よりも高齢の者が多い。
一角では、数名が楽器を持ち演奏をしていて、心地良い曲が流れていた。
「凄いパーティですね!」
これ程、大々的とは思ってもおらず、わたしは目を見張っていた。
これ程の規模のガーデンパーティは初めてだ。
「ヒューゴの家は音楽家が多くてね、誕生日パーティとはいえ、商談の場でもあるから、いつもこんな感じだよ。
僕たちは気にせず楽しもう、その前に、ヒューゴに挨拶しておこう…」
招待客に囲まれているヒューゴの元に向かおうとした時だった、
「お兄様、フルール!」リゼットがわたしたちを見付け、走って来た。
「あたしも一緒に居てもいい?」
「フルール、いいかな?」
「はい、勿論です」
リゼットは何故か、テオではなくわたしの隣に並び、二コリと笑顔を見せた。
三人で、ヒューゴに挨拶をしに行き、その理由が分かった。
「テオ、フルール、リゼット、よく来てくれたな!お陰で退屈から解放される!」
「主役がそんな事を言っていていいのか?」
「いいんだよ、俺の誕生日なんて、パーティの口実なんだからさー」
ヒューゴが顔を顰める。
ヒューゴは派手好きだとばかり思っていたので、驚いた。
「ヒューゴ様、お誕生日おめでとうございます」
「おお、フルール、ありがとう!楽しんでいってくれよ」
「ヒューゴ、お誕生日おめでとう!」
「リゼットもありがとなー、おお?フルールとお揃いか?」
ヒューゴがわたしとリゼットを見比べ指摘すると、
リゼットは「そうなの!」と得意気な声を上げた。
「ヒューゴ、あたしたち、姉妹に見える!?」
「おお、見える見える!優しい姉ちゃんが出来て良かったな、リゼット」
「うん!!ねぇ、お兄様、フルールをお友達に紹介してきていい?」
リゼットはもう決めてしまっていて、わたしの手をギュっと握った。
テオは呆れた様に嘆息した。
「僕より先に、フルールに聞かなきゃいけないよ、リゼット」
「はい、フルール、あたしのお友達に会ってくれる?」
可愛い少女の頼みに、わたしは「勿論よ」と答えていた。
リゼットはうれしそうに笑った。
「お兄様、フルールをお借りするわね!」
「フルールを困らせないようにね」
「はーい!」
わたしはリゼットに手を引かれて行く。
リゼットは活発で、わたしよりも小さいが、足は早かった。
わたしは転ばない様、懸命に付いて行った。
「フルールよ!お兄様の婚約者なの、あたしのお姉様になるの!」
リゼットは友達だという、同じ年頃の少女三人に紹介してくれた。
『お姉様になる』、信じて疑わないリゼットに、胸がチクリと痛んだが、
わたしはわたしの役を演じるしかない___
「リゼット、お姉さんが出来るのね!良かったわね!」
「それに、二人は、お揃いじゃない?」
「本当だわ!」
「まぁ!お姉様とお揃いなんて、素敵ね~」
「うふふ!ありがとう!」
「リゼットってば!お姉様が大好きなのね!」
無邪気な笑い声に、わたしは少し寂しさを感じていた。
本当の妹であるエリアーヌは、いつも『お揃い』を嫌がった。
全てが違っていないと駄目なのだ。
わたしが周囲の大人たちから、「黄緑色のドレスが似合う」と言われているのを聞いたエリアーヌは、「フルールは、黄緑色の服しか着たくないんですって!」と、両親に言い付けた。
怒った両親は、黄緑色以外の服を全てエリアーヌに渡す様に言った。
それ以来、わたしはほぼ、黄緑色や似た色の服しか着ていない。
幸いだったのは、わたしに服への拘りが無かった事だ。
いや、きっと、その芽は早い内にエリアーヌに潰されてしまったのだろう。
グノー家で揃えて貰った、色彩豊かな衣装を見て、少なからず、わたしの心は躍ったのだから…
「フルール、どうしたの?元気が無いわ」
リゼットに心配され、わたしは慌てて笑みを作った。
「ごめんなさい、素敵なお庭だから、見惚れてしまっていたの」
「本当にそうね!ここでかくれんぼすると最高なの!」
「皆、かくれんぼの仲間なの?」
「ふふ、そうよ!」
「でも、私たち、もう12歳だから、しませんわ!」
リゼットの友達が澄まして言い、皆で笑った。
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