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二度目

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リアムがエリザを遠避けた事で、わたしは希望を持つ事が出来た。

リアムはエリザに惹かれてはいなかった。
それに、エリザの嘘を見破ってくれた。
わたしを信じてくれた___

わたしは、許されたのだろうか?

そうならいい…
だけど、わたしには、もう一つ、懸念があった。

それは、パーティの二日後、わたしが自害した事だ。

この日を無事に乗り越える事が出来れば、本当に許されたと思えるだろう。
だが、逆に、この日は何か起こりそうな、嫌な予感がし、わたしは慎重にならなくてはいけなかった。
無事にその日を終えるまでは、リアムへの想いを秘めている事にした。


そうして迎えたその日、わたしを書斎に呼んだのは、侯爵だった。

わたしは館から追い出されるのだろうか?

生きた心地がせず、さぞ蒼褪めていただろう。
クロエなどは、『してやったり』という笑みを見せていた。

「侯爵、ジスレーヌです」

書斎の前に立ち、意を決し声を掛けると、直ぐに「入りなさい」と返事があった。
メイドが扉を開けてくれ、中に入ると、驚く事に、そこに居たのは、侯爵だけではなかった。

テーブルを囲んで、ソファに座るのは、侯爵、ルイーズ、そして、リアムと、もう一人、
見知らぬ年配の女性だった。
色の薄い白金色の髪をきちんと結い上げ、ふくよかな肢体を上品なドレスを纏っている。
目は灰色で優しげに見える。
彼女に見覚えがある事に気付いた。パーティで何度か見かけた事のある女性だ___
話した事は無かったが、侯爵と縁のある人だったのだろうか?

「ジスレーヌ、良く来てくれたね、掛けなさい」

侯爵はいつものにこやかな様子で勧めてくれたが、わたしの緊張は高まっていた。
それでも、平静を装い、リアムの隣に座った。

お茶と菓子が運ばれ、メイドたちが部屋を出ると、侯爵は女性を紹介してくれた。

「ジスレーヌは初めてだね、こちらは私の姉、ガルニエ公爵夫人、ロクサーヌ」

リアムに伯母が居るのは、一度目の時に聞いて知っていたが、
実際に会うのは、一度目を通し、初めての事だった。

ガルニエ公爵の館は王都にあるので、ここからだと随分と遠い。
何故、重要とも思えない、遠方のパーティに来ていたのか…
わたしは疑問に思いながらも、丁寧に挨拶をした。

「ローレン伯爵の娘、ジスレーヌです、ロクサーヌ様、どうぞお見知りおき下さい」

「初めまして、ロクサーヌと呼んで頂戴ね」

その柔和な笑みは、侯爵と良く似ていた。

「ジスレーヌが侯爵夫人に相応しい女性か、その資質があるかどうか、
『客観的に判断をするべきだ』とリアムが言うのでね、ロクサーヌに頼む事にした。
ロクサーヌは公爵夫人なので、多くの公爵夫人、侯爵夫人を見て来たからね、
きっと、良いアドバイスをくれるだろう___」

侯爵に不安は無いのか、にこやかだった。
隣のルイーズはというと、眉間に皺を寄せ、不機嫌そうにしている。

「私は近郊の別邸に何度か滞在し、素性を隠し、時には友人に手を借りて、
陰ながら、彼女の事を見させて頂きました。
慎ましく、善良で礼儀正しいご令嬢ですね。
気になった事を言えば、社交性、積極性でしょうか。
当たり障りなく接している様で、人の輪の中心にいるというよりも、
輪の外からそれを観察している様でしたね___」

言い当てられ、わたしは内心驚いていた。
ルイーズがニヤリと笑ったのが分かった。

「ですが、あの場ではそれも妥当でしょう。
軽薄な者たちが多く、品の良いパーティとは言えませんでしたからね。
あの様なパーティを好む様女性では、先が不安だわ」

ロクサーヌが冷たく言い、ルイーズが顔を歪め、歯噛みした。
ロクサーヌの言葉を、自分への当て擦りと思った様だが、
わたしはルイーズに誘われ、出席していたので、確かにそれも頷けた。

「それでは、私の結論を申しましょう」

わたしはゴクリと唾を飲んだ。
リアムが手をギュっと握ってくれた。
ロクサーヌは厳かな口調で言った。

「ジスレーヌには、侯爵夫人の資質が十分にあるでしょう。
このまま、彼女が周囲に流されず、自分を見失わず、努力するのであれば、
きっと、皆に慕われる侯爵夫人となるでしょう。
リアム、良い人を見つけましたね、決して彼女を離してはいけませんよ、
婚約など言っておらず、さっさと結婚なさい」

とても信じられず、わたしは茫然となっていた。
リアムはわたしの手を握ったまま、「ジスレーヌの許しがあれば」と答えた。
侯爵は「それは良かった!」と、満面の笑みを見せている。
だが、この空気を一蹴する者がいた。

「お待ち下さい!」

声を荒げたのは、ルイーズだった。

「私は認めていませんよ!デュラン侯爵夫人は私です!
私の許可なく、次期侯爵夫人を決めるなど、私を蔑ろにする行為ですよ!
そうでしょう、ヴィクトル!」

ルイーズが夫、侯爵に迫ると、侯爵は困った顔になった。

「誰もおまえを蔑ろにはしていないよ…」

「いいえ!だったら、何故、ロクサーヌ様に頼んだのです!
侯爵夫人に相応しいか、資質があるか見極めるのは、私であるべきよ!
どうして、そんな事も分かりませんの?」

ルイーズに恐ろしい目で睨まれ、侯爵は辟易していた。

「それでは、おまえの意見を聞こうか…」

ルイーズは座り直し、背を正すと、顔をツンと上げた。

「私は誰よりも近くで、誰よりも長く、ジスレーヌを見てきました。
その私が断言します、ジスレーヌは、侯爵夫人には相応しくありません!」

これは予想していた通りで、驚きは無かった。

「理由をお聞かせ頂けますか?」

リアムが感情を込めずに聞く。
ルイーズは「フン!」と鼻を鳴らし、胸を張った。

「それでは、申しましょう、ジスレーヌはパーティで、いつも同じドレスばかり着ているので、
皆から貧乏貴族と笑われています。彼女が侯爵夫人になれば、どうなります?
きっと、物笑いの種、侯爵の威厳は地に落ちるでしょう。
ジスレーヌは、気の利いた会話が出来ません、これは致命的ですわ。
彼女が侯爵夫人になれば、誰もこの館には寄り付かなくなるでしょう。
取引しようと思う者はいませんわ___」

ルイーズは得意気に言い連ねる。
ロクサーヌは「成程ねぇ…」と零した。
だが、次の瞬間、鋭い目をルイーズに向けた。

「ルイーズ、あなたはパーティの度にドレスを新調なさっているわね?
それも、いつも誰よりも派手で豪華なドレスね?」

「自分の為ではありません、全て、侯爵夫人としての威厳を示す為ですわ」

「教えて差し上げますけど、王都ではそういった者こそ、嘲笑されるのよ。
だって、まるで、場違いでしょう?」

「ば、場違いですって!?」

「ええ、いつもいつも、派手に着飾れば良いというものではないのよ。
あなたはどういったパーティか考えてドレスを選んでいる?
あなたの格好は、そう…言うならば、仮装パーティね、それこそ、見世物ですよ」

ロクサーヌが鼻で笑い、ルイーズが「キィーーー!!」と声を上げた。

「ジスレーヌは侯爵子息の婚約者候補ですからね、
少し地味な位で丁度良いの。親しみを持って貰えるでしょう?
親しみがあれば、皆、何かしら口が軽くなるものよ。
気の利いた会話が出来ないなんて、些細な事ですよ、
皆、自分の事を聞いて貰いたいんですからね。彼女は皆から好かれるでしょう。
それに、彼女の装いは、地味に見えても、上品で品が良いわ。
貧乏貴族と笑う者がいれば、その者の目が曇っているのよ」

「それから、こんな事もありましたわ!」と、ルイーズが苦し紛れに言い出した。

「侯爵家の美術品を割った際、彼女はメイドの所為にして、逃げようとしたんです!
私がメイドから聞き出したので、ジスレーヌの犯行と分かりましたけど、
自分の罪を他の者に擦り付けるなど、何て汚らわしい!
逃げられないと思った彼女は、美術商を呼びましたけど、同じ物があると言われても、
取り置きもせずに、帰してしまったんです!
侯爵夫人として正しい判断ではありませんわ!」

ルイーズは真実を捻じ曲げ、わたしを悪く見せようとする。
わたしは悔しかったが、メイドとの約束もあり、黙っているしかなかった。

「ルイーズ、実はね、私も気になっていたの。
ジスレーヌは良い娘ですからね、もしかしたら、何か裏があるんじゃないの?ってね。
それでね、館の中でのジスレーヌを知る為に、私の使用人を潜り込ませていたの___」

ロクサーヌが言い出した時、ルイーズは硬直し、蒼褪めた。

「面白い事が沢山分かりましたよ、ルイーズ。
でも、今は話しませんよ、今はジスレーヌの事だけにしましょう。
私のメイドの話では、美術品を割ったのはルイーズ、あなたでしたよ?
メイドに『ジスレーヌが割ったと言え』と言ったそうね?」

「そ、そんな!嘘よ!私がそんな事する筈ないでしょう!」

「メイドが『ジスレーヌが割った』と言った時、ジスレーヌは一言も弁解せず、
罪を被ったのよね?どうしてなの?」

ロクサーヌに聞かれ、わたしはしどろもどろ答えた。

「それは…酷く怯えていましたし、怒られたら可哀想だと思って…」

「どうして黙っていたの?」

「話さないと約束したからです…」

「そう、まぁ、もう知っているからいいわよね?
それに、メイドが叱られたりはしないから、安心して」

「私は、ジスレーヌに侯爵夫人の資質があるかどうか、見極める為にしたんです!」

自分ではないと否定していたルイーズが、突如意見を変え、開き直った。
わたしに対して暴言を吐いているので、真実味も無いのだが、
そんな事は気にならない様だった。

「問題は、美術商から、同じ物があると言われたというのに、
取り置きもせず、帰した事ですわ!彼女は、判断力に欠けていますわ!」

「だけど、その美術商は、贋作に法外な値を付けようとしたのでしょう?
それを見破ったジスレーヌは、賢い娘ではなくて?
そんな怪しい美術商と取引している者こそ、侯爵家に泥を塗る事になるでしょう。
今後、その者は侯爵家に立ち入らせないように___」

「見破ったんじゃないわ!ただの、貧乏性よ!!」

「いいえ、見破っていたわよ、イヴォン=フゥベーが怪しい取引をしている事を、
知っていたのね、ジスレーヌ。あなたがクロエに話した事を、私のメイドが聞いていたの」

わたしは驚いた。
一体、ロクサーヌのメイドは誰だったのだろう?
一度目の時には居なかったメイドだろうか?
わたしは気になりつつも、考えるのは止めておいた。

「私は感心しましたよ、ジスレーヌ。
あなたは裏表のない、良い令嬢です、あなたなら、リアムと一緒に、侯爵家を護り、
繁栄させていけるでしょう。
ルイーズ、まだ何か言い足りないかしら?」

ロクサーヌに聞かれ、ルイーズは渋々ながら、「いいえ」と答えた。

「ジスレーヌ、リアムとの事を前向きに考えて欲しい」

侯爵がにこやかに言い、わたしは「はい」と頷いた。

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