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二度目

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「ジスレーヌ、急で申し訳ないんだが、
明日パーティがあってね、同伴して貰えるかな?」

リアムが館に戻って来て、一月近くが経つ。
リアムがパーティに行くのは、戻ってから初めての事だった。
勿論、わたしもその間、パーティに行く事は無かった。
誰からも誘われなかったからだ。
最近のルイーズは、すっかり、わたしを無視する様になっていた。

わたしは、このリアムの誘いに、快い返事をした。


パーティの日、会場に向かう馬車の中、リアムがわたしにそれを差し出した。
深い青色の、小さな花が並んだ髪飾りだ。
花の中心には、小さな透明な宝石が付いていて、美しい輝きを見せた。

「綺麗…」

だが、不思議と既視感があった。
そして、直ぐにそれを思い出した。

リアムがジェシカに贈った髪飾りと、色違いだと___

「ジェシカに贈られた物と、同じですね?」

「そう、ジェシカが受け取ったのか…
僕は君に贈ったつもりだったんだけどね、手紙が届かないと思っていなかったから…
全く、僕らしくない失敗だった」

リアムが苦笑した。

「それでは、あれは、わたしに?」

「髪飾りを見つけた時、君の顔が浮かんでね、君に贈りたいと思ったんだ。
返事が無いから、気に入らなかったのだと思っていたけど…」

「違います!」

「うん、それに気付いて、もう一つ買ったんだ。
悔しいが、あれはジェシカにあげよう、ジェシカが気に入るとは思わないけどね。
君は気に入ってくれるかな?」

「はい、とても素敵です…」

リアムは「良かった」と笑い、わたしの髪にそれを付けてくれた。
リアムの贈ってくれたドレスと色も合い、あつらえたみたいに見えるだろう。

「良く似合うよ」

リアムが優しく微笑む。
わたしの胸はときめき、いつまでもドキドキとしていた。


わたしは夢見心地でいたが、会場に入り、リアムと一曲踊った後、悪夢に突き落とされた。

「初めまして!モロー男爵令嬢、エリザです!次はあたしと踊って頂けますかぁ?」

明るくハキハキとした声、燃える様な赤色の髪に、いつも見開いている、琥珀色の瞳…
それは、紛れも無く、《エリザ》だった。

わたしは無意識に息を飲み、硬直していた。
リアムがわたしに、「いいかな?」と聞いてきて、わたしは何とか、「ええ、勿論」と答えていた。
エリザがリアムの手を引き、ダンスフロアへ向かう。

「大丈夫ですか?人を呼びましょうか?」

誰かに声を掛けられ、わたしは自分が震えている事に気付いた。

「大丈夫です、ありがとうございます」

わたしは笑みを作り、礼を言うと、壁際に向かった。
頭はフラフラとしているし、足元もおぼつかない。
椅子までの距離が酷く遠く感じられた。
椅子に座り、改めてフロアを見た。

リアムは背が高いので、彼を見つける事は容易かった。
そして、直ぐ側、燃える様な赤毛を目にし、わたしは拳を握り締めていた。

ああ!どうして、嫉妬してしまうの!?

エリザは若く、大胆で、怖いもの知らずだ。
その無邪気さと可愛らしさが、わたしを不安にさせる。
一度目の時、エリザを見るリアムの目は、語っていた。
彼女への好意を___

嫌!!

エリザだけは止めて!!

身を引くと決めても、リアムの相手がエリザだと思うと、堪らなかった。
だから、深くは考えない様にしてきたのだ。
今日、彼女をこの目で見て、より一層、嫌悪感と嫉妬が色を増した。

自分を抑えられなくなる___!!


「ジスレーヌ!」

リアムの声に、わたしは「はっ」と顔を上げた。
わたしは自分を抱きしめていた。

「具合が悪いのか?」

リアムがわたしの肩を抱き、心配そうな顔で覗き込んできた。

「いえ、少し、休みたかっただけです…」

わたしは何とか笑みを作ったが、リアムは信じなかった。

「帰った方が良さそうだね、挨拶をしてくるから、君はここで待っていて」

「でも!今日は、大事なパーティでしょう?」

リアムは「ふっ」と笑った。

「顔を出すだけのつもりでいたから、君が心配する事は何も無いよ。
それに、君は僕の大切な、婚約者候補だ、何かあってはいけないからね」

リアムは優しくわたしの肩を叩き、挨拶に向かった。

大切な婚約者候補と言ってくれた…

それに、リアムの目も、その手も、優しかった。
わたしは安堵したが、「リアム様~」と、リアムに纏わり付き、
はしゃいだ声を上げるエリザに気付き、一瞬で気持ちは地に落ちた。

泣きたくなる気持ちを抑え、わたしは二人を見ない様にした。

「ジスレーヌ、待たせて悪かったね、帰ろう___」

幾らかして、リアムが戻って来た。
リアムに半ば支えられる様にして、わたしは会場から出ていた。
その後ろで…

「あの人、病持ち?大人しく家で寝ていればいいのに!
どうしてパーティなんか来たのかしら?
あんな憂鬱な人、リアム様の相手には相応しくないわ!」

無邪気な声が聞こえ、わたしの胸を深く抉った。


「ジスレーヌ、僕に寄り掛かって…」

馬車に乗り込み、リアムはわたしをその肩に寄り掛からせた。
それは、固く、がっしりとしていて、安心感をくれる。
伝わってくる体温も、心地良く、わたしは小さく息を吐いていた。

「無理をさせて悪かったね…
具合が悪い時は、断ってくれていいんだよ?」

リアムが水を含ませたハンカチを、わたしの額に当ててくれた。

「心配をお掛けしてしまい、すみませんでした…少し良くなりました」

「眠った方がいい…」

リアムの声に誘われるまま、わたしは目を閉じた。
幾らもしない内に、わたしは眠りに落ちていた。


◇◇


わたしはエリザに会ってから、気持ちが沈む事が多くなった。
忘れようと、ピアノや刺繍、散歩をしてみても、気分は晴れず、
何をしていても、ふとした瞬間、思い出してしまい、不安に取り憑かれてた。

リアムは、わたしが体調を崩した事を理由に、
わたしに内緒でパーティに行っているのではないか…
エリザとの関係を深めているのではないか…

悪い方に考え、疑い、嫉妬に身を焦がす…
そんな自分が嫌になった。

嫉妬なんてしたくない!!

わたしのバイブルである、大聖女マリアンヌの本にも、嫉妬の事は載っていなかった。
わたしは自分の感情を持て余し、ただ、悶々とするしかなかった。


そんな時、わたしは兄とミシェルの結婚が近い事に気付いた。
それは、侯爵家を離れる、またとない口実に思えた。

「兄の結婚の準備を手伝いたいので、
式の日まで、実家に帰ってもよろしいでしょうか?」

わたしが願い出ると、侯爵はいつもの調子で、
「それはいい、君がいれば助かるだろう」とにこやかに許してくれた。
わたしは安堵し、早速、必要な物を鞄に詰めた。
だが、慌ただしく館を出ようとしていた時、一番会いたくなかった人に呼び止められた。

「ジスレーヌ!父から聞いたよ、ジェイドの結婚の準備を手伝いたいと…」

今、リアムの顔を見るのは辛く、わたしは視線を落とした。

「はい、結婚式が終わるまで、実家で過ごさせて頂く事になりました…」

「それは構わないけど、父に話すより、先に僕に相談して欲しかった。
僕は君の婚約者候補だからね」

「すみません…」

「最近、君が何か思いつめているのには気付いていたよ…」

リアム様に気付かれていた!
わたしは息を飲み、強張った。

「僕は、君の事なら、どんな事でも受け止めたいと思っているよ。
何かあるなら、僕に話して欲しい…」

わたしは頭を振った。
こんな風に言ってくれているが、彼はきっと、わたしを受け止められないだろう。
一度目の時、リアムがどうしたか、わたしは知っているのだ___!

「話す事は何も…ただ、わたし、今は、いつものわたしではないんです…
でも、大丈夫です、いつもの自分に戻って、帰って来ますから…」

侯爵家を離れ、リアムから離れれば、きっと、いつもの自分に戻れる___

わたしは何とか笑みを見せた。
リアムはまだ何か言いたげに、じっとわたしを見つめていたが、諦めたのか、頷いた。
リアムがわたしの頬に口付ける。

「僕がいる事を忘れないで、ジスレーヌ」

その微笑みは、いつもとは違い、何処か陰が見えた。

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