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二度目

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その後、バヤールは帰ったのか、姿を見る事は無く、
大事にもならずに済み、安堵した。
兄曰く、「キスを迫って水を掛けられたなんて、恥ずかしくて言えないさ!」との事だ。

このパーティで、わたしは招待客の数人から、声を掛けられた。

「ローレン伯爵のご令嬢かね?噂は聞いていますぞ」
「聖歌隊に入られていたでしょう?祭事の際に聴いた事がありますよ」
「とても素晴らしかったわ」
「まぁ、ローレン伯爵のご令嬢?お会いしたかったわ」
「あの、ご令嬢か___」

わたしは四年近く聖歌隊で歌っていた。
それに加え、教会の手伝い、奉仕活動をしている事も、知られているらしい。
そういえば、リアムもその事を言っていた…

『君の事を聞いたよ。
幼い頃から、教会に出入りし、聖歌隊や奉仕活動に励んでいると』

そんなに、周囲に知られているとは思っていなかった。
だが、それで、リアムの目に留まったと思うと、やはり、うれしさは止められなかった。

「若い頃から、奉仕活動をなさっているなんて、感心だわ…」
「ええ、本当に、だから、侯爵子息に見初められたのね…」
「誰が見ていなくとも、神様は見ていらっしゃるのさ」

この事で、わたしは何人かと親しくなる事が出来た。
会話を楽しんでいた所、視線を感じ、振り返った。
スッと、目を反らした人がいた。

年配の女性らしく、色の薄い白金色の髪を結い上げ、体型はふくよかで、
上品なドレスを纏っている。

誰だろう?

疑問に思うも、話し掛けられた事で、いつしか忘れていた。


◇◇


パーティを楽しんだ翌日、わたしは思い掛けず、ルイーズに呼ばれた。
向かった先は、彼女の部屋ではなく、何故か回廊だった。
そこには、ルイーズが仁王立ちしており、その側にはメイドが一人、小さくなり立っている。
他のメイドたちは離れた所から、恐々と様子を伺っていた。

「ルイーズ様、お呼びと伺いました」

わたしが側へ行き、声を掛けると、ルイーズは顔だけで振り返り、鋭い目をわたしに向けた。

「ジスレーヌ、これをご覧なさい」

ルイーズの視線が床を指した。
大皿を落としたのか、それは半壊し、床に破片が散っていた。
「まぁ…」と、わたしが驚いていると、ルイーズは恐ろしい目でわたしを睨み付けた。

「このメイドに聞きましたよ、あなたが割ったそうね?」

「わたしが?」

驚き、メイドを見ると、彼女はよくわたしの部屋にお茶を運んで来てくれていたメイドだった。
皿を割った事を、わたしの所為にするなんて…
そこまで嫌われていたとは思わず、わたしはショックを受けた。
メイドはわたしとは目を合わせず、俯いたまま小さく震えている。
怯えているみたい…
わたしは、彼女がわたしに罪を擦り付けた理由が、幾つか頭に浮かんだ。

掃除中に割ってしまったのだろうか?
館を追い出されると困るだろうし、ルイーズに叱られるのは、さぞ恐ろしいだろう。
わたしが割ったのであれば、客なのだから、それ程大きな問題にもならない…

「どうなのですか、ジスレーヌ、メイドの言っている事は嘘なの?」

メイドは今や、可哀想な程、ぶるぶると震えていた。

「いいえ、その通りです、大切な美術品を落としてしまい、申し訳ありません」

「落とした事を責めているのではありませんよ、どうして、割った事を隠そうとしたの?
誰にも見られずに片付けてしまえば、無かった事になるとお思い?
そういう考え方をなさっている様では、とても侯爵夫人になんて、なれませんよ!」

「申し訳ございませんでした」

「この事は、侯爵にも話させて頂きます、勿論、リアムにも___」

ルイーズの目が爛々と光、その口角は大きく上がった。
わたしの失態に、心から喜んでいるのが伺えた。
侯爵に伝わるのは良いが、遠方のリアムまで伝える必要があるだろうか?

リアム様は今、大事な時なのに…
それに、リアム様がこれを知れば、一度目の時と同様に、わたしから離れていくかもしれない…

わたしがもっと賢ければ、他の切り抜け方もあったかもしれないが、
今のわたしには、全く浮かばなかった。
これ以上大事にならない様にするしかない。

「大変貴重な美術品を壊してしまい、申し訳ありませんでした。
黙って処分しようとした事も、重ねて、申し訳ありません。
わたしに弁償させて下さい」

「お金の問題ではありませんよ!ジスレーヌ、あなたには教育が足りていない様ね、
私が教えて差し上げようと思っていましたが、あなたは私の話を聞かないし、
理解力に乏しいので、私には手に負えません。
この上は、侯爵の判断を仰ぎましょう___」

ルイーズは踵を返し、足早に去って行った。
侯爵に話に行くのだろう。
わたしは、リアムの婚約者候補から外され、この館を追い出されるかもしれない…

「ジスレーヌ様…申し訳ありません」

メイドがガタガタと震えながら、わたしに謝る。
彼女は気の毒な程、怯えていた。

「いいのよ、美術品は高価だもの、それが壊れれば、誰でも動転するわ。
今度からは気を付けてね」

「はい…」

「もう、忘れましょう、片付けを手伝って貰えるかしら?」

わたしは腰を屈め、散った破片に手を伸ばした。

「ジスレーヌ様!片付けはあたしがしますので…」

メイドに止められたが、わたしは「わたしが割ったのだから、いいのよ」と続けた。
他のメイドたちも手伝ってくれ、それは直ぐに片付いた。
尤も、割れた皿が元に戻る事は無いが…

「同じ物を探して、侯爵にお返ししますので、こちらは預からせて貰います」

「それなら、修復が得意な使用人がいます!」

メイドが紹介してくれ、わたしはその使用人に集めた欠片を渡し、修復をお願した。
その後、侯爵から呼ばれるのを、緊張して待っていたが、
結局の所、侯爵からの呼び出しは無く、晩餐を迎えた。

侯爵はいつも通り、穏やかな表情をしていたが、ルイーズは冷たい顔をしていた。
挨拶をしても、素っ気ない。
ジェシカはと言えば、ニヤニヤと面白そうに、わたしたちを伺っている。

「侯爵、今日は、大変貴重な皿を割ってしまい、申し訳ございませんでした」

わたしは侯爵に謝罪をした。
侯爵はそれでもにこやかだった。

「ルイーズから聞いたが、そう気にする事は無い、誰にでも失敗や間違いはある。
私も子供の頃は良く割ったものだ」

「ジスレーヌは子供ではありませんよ」

「ははは、失礼だったかな、さぁ、食事を楽しもう___」

侯爵が全く気にしていない様子だったので、わたしは幾分安堵した。
食事を楽しむまではいかなかったが、喉を通す事は出来た。


◇◇


使用人に頼んでいた皿の修復が終わった。
わたしはクロエに美術商を呼んで貰い、
欠片を繋ぎ合わせ、糊付けされた皿を見て貰う事にした。

部屋に現れたのは、妙に愛想の良い、小太りの男だった。
わたしはその顔を見て、不思議な既視感を持った。

何処かで、見掛けた様な…

「美術商の、イヴォン=フゥベーです」

フゥベー!!

男が愛想良く名乗った時、わたしはそれを思い出した。
男とは、一度目の時に、顔を合わせた事があった。
ルイーズが懇意にしていた美術商で、
わたしはルイーズの仲介で、彼の店から宝飾品を買っていた。
パーティで会った際には、挨拶をした事もあった。
愛想が良く、口も上手い。
だが、売り付けられる宝飾品は、宝石の半分は偽物で、価値も然程なかった。
ルイーズに悪い気がし、言えずにいたのだが…

まさか、クロエが彼を呼ぶとは思ってもみなかった。
だが、クロエはルイーズに通じているのだから、美術商と聞き、彼が浮かんでも仕方は無い。

だけど、彼を信用するのは難しいわ…

「ローレン伯爵の娘、ジスレーヌです。
見て頂きたいのは、この皿です…」

わたしは内心で困りつつも挨拶をし、フゥベーに皿を見せた。
フゥベーは、皿をじっくりと見てから、息を吐いた。

「これは、大変に価値のある大皿ですよ!」

「そうですか…」

「同じ物をお探しなら、丁度、私の店にありますが…」

フゥベーが話を進めるのを、わたしはやんわりと断った。

「わざわざ来て下さって、申し訳ないのですが、少し考えさせて下さい」

「考える?何を考えるのです?いいですか、大変価値のある皿ですから、
直ぐに買い手が付くでしょう!この期を逃せば、もう、あなたの手には入りませんよ!」

買っておかなくてはいけない気分になってくる。
だが、これこそ、フゥベーの話術だった。
一度目の時は、何度も話に乗せられ、買ってしまったものだ。

わたしは何度も断り、来て貰った礼にと、手持ちの金を渡し、帰って貰った。

フゥベーが出て行くと、わたしはどっと疲れが出て、ソファに座り込んだ。

「帰してよろしかったのですか?皿はどうされるのです?
もう、手に入らないかもしれないのに…」

クロエが責める様に言って来る。
普段はまともに口も聞いてくれないというのに、饒舌だ。
わたしは内心で嘆息し、ソファを立った。

「実家で相談して来ます、わたしは手持ちもありませんので。
帰りは明日になりますので、侯爵にお伝えして下さい」

『金が無いので断った』と思ったのか、クロエはすんなりと引き下がった。
わたしは安堵し、糊付けされた皿を持って、急ぎ、ローレン伯爵家に戻った。

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