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二度目
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翌日、わたしはリアムへの手紙を、館から出す手紙の中に紛れ込ませた。
「どうか、リアム様に届きますように…」
その日は、久しぶりに教会へ行き、神父や修道女に挨拶をし、手伝いをさせて貰った。
侯爵家では手伝いなどさせては貰えない。
そんな事をしようものなら、ルイーズから「侯爵夫人とは」と、耳が痛くなるまで説教されるだろう。
わたしは侯爵家にいては出来ない事をして過ごした。
お陰で、気分も晴れ、清々しい気持ちで、侯爵家に戻る事が出来た。
侯爵家では、わたしを待っていた者はおらず、クロエは「お帰りは今日でしたか?」と、
如何にも面倒くさいという様に言った。
侯爵とルイーズに戻った旨を伝えに行くと、ルイーズは驚いた顔をし、
「あら、居なかったの?気付きませんでしたわ」と嘲笑した。
侯爵だけは、人の好い顔で、ローレン伯爵家の様子を尋ねてくれた。
「ご両親はご健在かね?」
「はい、お陰様で、変わりありませんでした」
「それは安心しただろう、これからも、たまには顔を見せに帰ってあげなさい、
ご両親も心配しているだろう」
侯爵は善良な人だ。
何故、ルイーズなどを後妻にしたのか、不思議な程、二人は正反対に見えた。
わたしは「ありがとうございます」と感謝を述べた。
だが、ルイーズは良く思わなかった様だ。
「両親が恋しいなんて、これでは結婚など、まだまだ先じゃないかしら?」
「だが、幸い、ローレン伯爵家は直ぐに帰れる距離にある、心配は要らないだろう」
「結婚して、実家に引き籠る令嬢も珍しくは無いそうですよ。
ジスレーヌがそうではないと願いたいですけど、彼女は少し大人し過ぎますから、心配だわ」
「結婚すれば、リアムも居るから大丈夫だよ」
ルイーズが色々と言うのを、侯爵はにこやかに宥めていた。
それから、侯爵は思い出した様に、話した。
「月の終わり、この館で夜会を催す事にしている、
ローレン伯爵家に招待状を送っておくから、楽しみにしていなさい」
パーティはいつも憂鬱だったが、両親に会えると思うと、急に楽しみになった。
わたしは笑顔で返していた。
「ありがとうございます、感謝致します、侯爵!」
◇◇
侯爵家での夜会の二日前、母が頼んでくれていたドレスが届いた。
それは、光沢のある高級な布で仕立てられたものだったが、
余計な飾りは無く、シンプルでエレガントだった。
「素敵だわ…」
深い、青緑色のその生地に手を滑らせる。
滑らかな肌触りに、思わず、感嘆の息が漏れた。
夜会の日、わたしは新しいドレスを身に纏い、メイドに髪を結って貰った。
小さな花の飾りの付いた髪飾り、耳飾り、首飾りもいつも通り、控えめなものだ。
わたしの装いを見たルイーズは、やはり顔を顰めた。
そして、その側では、ジェシカがニヤニヤと意地悪く笑っている。
「ジスレーヌ、今夜はご両親も来られるのでしょう、恥を掻かせてはいけませんよ」
わたしの装いを非難したものだったが、わたしは気付かなかった振りをし、
「はい、気を付けます」と返した。
ルイーズはわたしを睨み付けると、「行きますよ!」と、サッと踵を返し、
夜会の会場となる大ホールへ向かった。
一緒に向かいながら、ジェシカが小声で言ってきた。
「ジスレーヌ、あたしは、あなたの事好きだから、教えてあげるけど、
このまま、お母様に逆らっていたら、お母様はあなたを嫌いになるわよ?
そうなったら、どうなると思う?あなた、絶対に、リアムと結婚出来なくなるから!
あたしは、リアムの奥さんは、ジスレーヌがいいな~」
教えてあげるというが、これは、《忠告》だろう。
ジェシカはわたしに可愛い顔を向けるが、内心は違っているだろう。
ジェシカはいつもわたしの前では、リアムを『お兄様』と呼んでいるが、
陰では、『リアム』と呼び捨てている。
今、『リアム』と呼び捨てた事が全ての様な気がした。
だが、『結婚出来なくなる』というのが気になる。
ルイーズが何かをするというのだろうか?
わたしだけなら良いが、リアムが評判を落とす事は避けなければいけない…
「ありがとうございます、ルイーズ様の期待にお応え出来る様、努めます」
わたしが静かに返すと、ジェシカは「つまらない人ね!」と吐き捨てた。
ルイーズに連れて行かれるパーティでは、いつも壁の花だが、
今夜は両親と兄、ミシェルも来ているし、違った顔ぶれもあり、わたしは普通に歓迎された。
「素晴らしい夜会だね」
「流石、侯爵家ね…」
両親は感心している様だった。
「今夜はまた豪華だな、まさか毎晩、開いてる訳じゃないよな?」
兄は何度か侯爵家のパーティに呼ばれているが、
今夜はいつも以上に華やかで豪華という事もあり、驚いていた。
侯爵はパーティ等には口を出さないので、ルイーズが張り切ったのだろう。
「いいえ、この館でパーティが開かれたのは、わたしが来てから初めてよ」
兄は周囲を見回し、「それも意外だなー」と零した。
わたしはそんな兄は他所に、側に立つミシェルに笑顔を向けた。
「ミシェル、久しぶりね!来て下さってうれしいわ!」
「ジスレーヌ様、お会い出来てうれしいです!」
ミシェルは頬を赤らめている。
「緊張している?」
「はい、豪華なパーティで、圧倒されます…
ジスレーヌ様は堂々とされていて、凄いです…」
「凄くなんて無いわ、きっと慣れね…」
豪華絢爛なパーティは、一度目の時に経験済だ。
「ミシェル、今夜は兄と楽しんで行ってね」
ミシェルはうれしそうに、「はい」と笑った。
彼女はいつ見ても、お人形の様に可愛らしい。
したたかな令嬢が多い中、彼女を手に入れた兄は、見る目があるし、
チャッカリしていると思う。
「息子の代わりに」と、侯爵がわたしをダンスに誘ってくれた。
その効果もあり、わたしはその後、ダンスの相手に困る事は無かった。
そんな訳で、バヤールが魅力たっぷりの笑みを向けて来た時、
「すみません、少し休みたいので」と断る事が出来た。
いつもであれば、バヤールは何も言わず離れて行くのだが、今夜は違っていた。
「僕も付き合いますよ、飲み物は何を?」
わたしは内心で嘆息していたが、表面上では薄い笑みを見せ、「果実水を」と答えた。
「君程、僕に冷たい女性はいないよ、僕が嫌いなのかな?ジスレーヌ」
言葉とは裏腹に、バヤールの表情は自信たっぷりだった。
自分の魅力が通じない筈は無い___と思っているらしい。
「失礼な態度と思われたのでしたら、謝ります。
ですが、わたしはリアム様の婚約者候補ですので、相応の態度を取っているつもりです。
あなたはとても人気がありますし、わたしの相手などなさらずとも構わないでしょう?」
「ええ、だけど、僕は悲しい表情をした女性を放っておけなくてね…」
悲しい?
わたしがついと顔を向けると、バヤールが笑みを深くした。
大きな手がわたしの肩を掴んだので、ギクリとした。
近付いて来るその顔に、わたしはパニックになり、反射的に悲鳴を上げ、
手に持っていたグラスを放っていた。
バシャ!!
「うわっ!」
果実水は、見事にバヤールの顔に直撃した。
「す、すみません、でも、あなたがいけないのよ!
わたしには相手がいると言ったのに、あんな事をしようとするなんて…」
わたしは動揺のまま、口走っていた。
バヤールの顔からは、いつもの魅力的な表情は消えていた。
そこにあったのは、恐ろしい形相だった___
「くそ!何しやがる!この位、パーティの余興だろう?
全く、これだから、小娘相手は嫌なんだ!」
罵られ、わたしは驚きに頭が真っ白になった。
棒立ちになり、罵声を浴びせられていると、兄が駆け付けてくれた。
「ジスレーヌ!どうした!何があったんだ!」
兄を見たバヤールは、ギョッとし、気まずそうな顔になった。
「い、いや、見ての通り、水を掛けられましてね…」
バヤールは取り繕う様に言っているが、兄はチラリと見ただけで、わたしの方を向いた。
「お兄様…こちらの、バヤール=マフタン男爵子息が、わたしに迫って来られたので、
つい、果実水を掛けてしまいました…」
「何だって!?」と、兄がギロリとバヤールを睨む。
バヤールは「ひっ」と声を上げ、背筋を正した。
どうやら、喧嘩慣れはしていない様だ。
一方、兄はというと、幼い頃からやんちゃで、剣術や武術も習っていたので、
相手を威圧する事が得意だった。
「妹には相手がいます、それをご存じないのでしたら、妹の非礼を詫びます。
ですが、知っていてこの様な真似をなさったのなら、ワイン漬けにしても足りない。
池にでも突き落としますが…」
「じょ、冗談ですよ!寂しそうだったので、相手になってあげようと…
それに、たかが、キス位…」
バヤールは地雷を踏んだ。
兄の目に、怒りの炎が上がった。
「たかが、キスだと!?妹は、あなたが普段相手をされている様な女性たちとは違い、
淑女です。我が、ローレン伯爵家では、結婚もしていない、
約束もしていない相手とは、挨拶以外のキスは許していません!
ですが、幸い、最悪は避けられた様ですし、一度目なので、今回だけは見逃しましょう___」
兄が恐ろしい声で告げると、バヤールは「は、はい!」と一目散に逃げて行った。
兄は顔を顰め、吐き捨てた。
「侯爵家のパーティだってのに、あんな奴まで呼ばれているのか!
ジスレーヌ、良くやった!今後も気を付けろよ、あんな奴とキスしたら、
リアムの前に俺があいつをボコボコにしてやる___」
恐らく周囲には、バヤールよりも兄の方が素行悪く見えるだろう。
「お兄様、追い払って下さってありがとうございました、助かりました。
ですが、皆様から怖がられますので、もっと穏便になさって下さい…」
「馬鹿か!穏便にしているから、あんな奴が出て来るんだ!」
久しぶりに兄の小言を聞いた気がし、わたしは笑ってしまった。
「笑い事じゃないぞ!」
「ごめんなさい」
「あの、恰好良かったです、ジェイド様…」
どさくさに紛れ、聞こえて来た声に振り返ると、ミシェルがうっとりとした目で、
兄を見つめていた。
兄は途端に顔を赤くし、頭を掻き出した。
「え、え、聞いてた?ごめんな、口汚かったよな?普段はあんな事言わないんだけど…」
「いいえ、素敵でした…ジスレーヌ様が羨ましいです…」
「いや、相手が君なら、とっくに川に沈めているさ」
不穏な言葉を吐きつつも、二人はお互いしか見えておらず…
わたしは羨ましく眺めたのだった。
わたしも、あんな風になりたかった…
一度目の時も、二度目の今も…
ただ、一人、リアム様と…
「どうか、リアム様に届きますように…」
その日は、久しぶりに教会へ行き、神父や修道女に挨拶をし、手伝いをさせて貰った。
侯爵家では手伝いなどさせては貰えない。
そんな事をしようものなら、ルイーズから「侯爵夫人とは」と、耳が痛くなるまで説教されるだろう。
わたしは侯爵家にいては出来ない事をして過ごした。
お陰で、気分も晴れ、清々しい気持ちで、侯爵家に戻る事が出来た。
侯爵家では、わたしを待っていた者はおらず、クロエは「お帰りは今日でしたか?」と、
如何にも面倒くさいという様に言った。
侯爵とルイーズに戻った旨を伝えに行くと、ルイーズは驚いた顔をし、
「あら、居なかったの?気付きませんでしたわ」と嘲笑した。
侯爵だけは、人の好い顔で、ローレン伯爵家の様子を尋ねてくれた。
「ご両親はご健在かね?」
「はい、お陰様で、変わりありませんでした」
「それは安心しただろう、これからも、たまには顔を見せに帰ってあげなさい、
ご両親も心配しているだろう」
侯爵は善良な人だ。
何故、ルイーズなどを後妻にしたのか、不思議な程、二人は正反対に見えた。
わたしは「ありがとうございます」と感謝を述べた。
だが、ルイーズは良く思わなかった様だ。
「両親が恋しいなんて、これでは結婚など、まだまだ先じゃないかしら?」
「だが、幸い、ローレン伯爵家は直ぐに帰れる距離にある、心配は要らないだろう」
「結婚して、実家に引き籠る令嬢も珍しくは無いそうですよ。
ジスレーヌがそうではないと願いたいですけど、彼女は少し大人し過ぎますから、心配だわ」
「結婚すれば、リアムも居るから大丈夫だよ」
ルイーズが色々と言うのを、侯爵はにこやかに宥めていた。
それから、侯爵は思い出した様に、話した。
「月の終わり、この館で夜会を催す事にしている、
ローレン伯爵家に招待状を送っておくから、楽しみにしていなさい」
パーティはいつも憂鬱だったが、両親に会えると思うと、急に楽しみになった。
わたしは笑顔で返していた。
「ありがとうございます、感謝致します、侯爵!」
◇◇
侯爵家での夜会の二日前、母が頼んでくれていたドレスが届いた。
それは、光沢のある高級な布で仕立てられたものだったが、
余計な飾りは無く、シンプルでエレガントだった。
「素敵だわ…」
深い、青緑色のその生地に手を滑らせる。
滑らかな肌触りに、思わず、感嘆の息が漏れた。
夜会の日、わたしは新しいドレスを身に纏い、メイドに髪を結って貰った。
小さな花の飾りの付いた髪飾り、耳飾り、首飾りもいつも通り、控えめなものだ。
わたしの装いを見たルイーズは、やはり顔を顰めた。
そして、その側では、ジェシカがニヤニヤと意地悪く笑っている。
「ジスレーヌ、今夜はご両親も来られるのでしょう、恥を掻かせてはいけませんよ」
わたしの装いを非難したものだったが、わたしは気付かなかった振りをし、
「はい、気を付けます」と返した。
ルイーズはわたしを睨み付けると、「行きますよ!」と、サッと踵を返し、
夜会の会場となる大ホールへ向かった。
一緒に向かいながら、ジェシカが小声で言ってきた。
「ジスレーヌ、あたしは、あなたの事好きだから、教えてあげるけど、
このまま、お母様に逆らっていたら、お母様はあなたを嫌いになるわよ?
そうなったら、どうなると思う?あなた、絶対に、リアムと結婚出来なくなるから!
あたしは、リアムの奥さんは、ジスレーヌがいいな~」
教えてあげるというが、これは、《忠告》だろう。
ジェシカはわたしに可愛い顔を向けるが、内心は違っているだろう。
ジェシカはいつもわたしの前では、リアムを『お兄様』と呼んでいるが、
陰では、『リアム』と呼び捨てている。
今、『リアム』と呼び捨てた事が全ての様な気がした。
だが、『結婚出来なくなる』というのが気になる。
ルイーズが何かをするというのだろうか?
わたしだけなら良いが、リアムが評判を落とす事は避けなければいけない…
「ありがとうございます、ルイーズ様の期待にお応え出来る様、努めます」
わたしが静かに返すと、ジェシカは「つまらない人ね!」と吐き捨てた。
ルイーズに連れて行かれるパーティでは、いつも壁の花だが、
今夜は両親と兄、ミシェルも来ているし、違った顔ぶれもあり、わたしは普通に歓迎された。
「素晴らしい夜会だね」
「流石、侯爵家ね…」
両親は感心している様だった。
「今夜はまた豪華だな、まさか毎晩、開いてる訳じゃないよな?」
兄は何度か侯爵家のパーティに呼ばれているが、
今夜はいつも以上に華やかで豪華という事もあり、驚いていた。
侯爵はパーティ等には口を出さないので、ルイーズが張り切ったのだろう。
「いいえ、この館でパーティが開かれたのは、わたしが来てから初めてよ」
兄は周囲を見回し、「それも意外だなー」と零した。
わたしはそんな兄は他所に、側に立つミシェルに笑顔を向けた。
「ミシェル、久しぶりね!来て下さってうれしいわ!」
「ジスレーヌ様、お会い出来てうれしいです!」
ミシェルは頬を赤らめている。
「緊張している?」
「はい、豪華なパーティで、圧倒されます…
ジスレーヌ様は堂々とされていて、凄いです…」
「凄くなんて無いわ、きっと慣れね…」
豪華絢爛なパーティは、一度目の時に経験済だ。
「ミシェル、今夜は兄と楽しんで行ってね」
ミシェルはうれしそうに、「はい」と笑った。
彼女はいつ見ても、お人形の様に可愛らしい。
したたかな令嬢が多い中、彼女を手に入れた兄は、見る目があるし、
チャッカリしていると思う。
「息子の代わりに」と、侯爵がわたしをダンスに誘ってくれた。
その効果もあり、わたしはその後、ダンスの相手に困る事は無かった。
そんな訳で、バヤールが魅力たっぷりの笑みを向けて来た時、
「すみません、少し休みたいので」と断る事が出来た。
いつもであれば、バヤールは何も言わず離れて行くのだが、今夜は違っていた。
「僕も付き合いますよ、飲み物は何を?」
わたしは内心で嘆息していたが、表面上では薄い笑みを見せ、「果実水を」と答えた。
「君程、僕に冷たい女性はいないよ、僕が嫌いなのかな?ジスレーヌ」
言葉とは裏腹に、バヤールの表情は自信たっぷりだった。
自分の魅力が通じない筈は無い___と思っているらしい。
「失礼な態度と思われたのでしたら、謝ります。
ですが、わたしはリアム様の婚約者候補ですので、相応の態度を取っているつもりです。
あなたはとても人気がありますし、わたしの相手などなさらずとも構わないでしょう?」
「ええ、だけど、僕は悲しい表情をした女性を放っておけなくてね…」
悲しい?
わたしがついと顔を向けると、バヤールが笑みを深くした。
大きな手がわたしの肩を掴んだので、ギクリとした。
近付いて来るその顔に、わたしはパニックになり、反射的に悲鳴を上げ、
手に持っていたグラスを放っていた。
バシャ!!
「うわっ!」
果実水は、見事にバヤールの顔に直撃した。
「す、すみません、でも、あなたがいけないのよ!
わたしには相手がいると言ったのに、あんな事をしようとするなんて…」
わたしは動揺のまま、口走っていた。
バヤールの顔からは、いつもの魅力的な表情は消えていた。
そこにあったのは、恐ろしい形相だった___
「くそ!何しやがる!この位、パーティの余興だろう?
全く、これだから、小娘相手は嫌なんだ!」
罵られ、わたしは驚きに頭が真っ白になった。
棒立ちになり、罵声を浴びせられていると、兄が駆け付けてくれた。
「ジスレーヌ!どうした!何があったんだ!」
兄を見たバヤールは、ギョッとし、気まずそうな顔になった。
「い、いや、見ての通り、水を掛けられましてね…」
バヤールは取り繕う様に言っているが、兄はチラリと見ただけで、わたしの方を向いた。
「お兄様…こちらの、バヤール=マフタン男爵子息が、わたしに迫って来られたので、
つい、果実水を掛けてしまいました…」
「何だって!?」と、兄がギロリとバヤールを睨む。
バヤールは「ひっ」と声を上げ、背筋を正した。
どうやら、喧嘩慣れはしていない様だ。
一方、兄はというと、幼い頃からやんちゃで、剣術や武術も習っていたので、
相手を威圧する事が得意だった。
「妹には相手がいます、それをご存じないのでしたら、妹の非礼を詫びます。
ですが、知っていてこの様な真似をなさったのなら、ワイン漬けにしても足りない。
池にでも突き落としますが…」
「じょ、冗談ですよ!寂しそうだったので、相手になってあげようと…
それに、たかが、キス位…」
バヤールは地雷を踏んだ。
兄の目に、怒りの炎が上がった。
「たかが、キスだと!?妹は、あなたが普段相手をされている様な女性たちとは違い、
淑女です。我が、ローレン伯爵家では、結婚もしていない、
約束もしていない相手とは、挨拶以外のキスは許していません!
ですが、幸い、最悪は避けられた様ですし、一度目なので、今回だけは見逃しましょう___」
兄が恐ろしい声で告げると、バヤールは「は、はい!」と一目散に逃げて行った。
兄は顔を顰め、吐き捨てた。
「侯爵家のパーティだってのに、あんな奴まで呼ばれているのか!
ジスレーヌ、良くやった!今後も気を付けろよ、あんな奴とキスしたら、
リアムの前に俺があいつをボコボコにしてやる___」
恐らく周囲には、バヤールよりも兄の方が素行悪く見えるだろう。
「お兄様、追い払って下さってありがとうございました、助かりました。
ですが、皆様から怖がられますので、もっと穏便になさって下さい…」
「馬鹿か!穏便にしているから、あんな奴が出て来るんだ!」
久しぶりに兄の小言を聞いた気がし、わたしは笑ってしまった。
「笑い事じゃないぞ!」
「ごめんなさい」
「あの、恰好良かったです、ジェイド様…」
どさくさに紛れ、聞こえて来た声に振り返ると、ミシェルがうっとりとした目で、
兄を見つめていた。
兄は途端に顔を赤くし、頭を掻き出した。
「え、え、聞いてた?ごめんな、口汚かったよな?普段はあんな事言わないんだけど…」
「いいえ、素敵でした…ジスレーヌ様が羨ましいです…」
「いや、相手が君なら、とっくに川に沈めているさ」
不穏な言葉を吐きつつも、二人はお互いしか見えておらず…
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