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二度目

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リアム様だわ___

兄とミシェルと共にパーティ会場に入り、わたしの目は、直ぐにその姿を捕らえた。
蜂蜜色の髪、長身でスラリとした肢体…
リアムのフォルムは、一度目の時で、すっかり頭に叩き込まれている。
一度目の時のわたしも、彼を見つけ出す事が上手かった。
そして、胸は高鳴り、うっとりとしてしまう…

見惚れていると、ふと、リアムがこちらを振り返った。
わたしは咄嗟に目を反らし、人混みに隠れた。

見ていた事が、リアム様に気付かれてしまう___

「踊って頂けますか?」

丁度、男性から誘われたので、わたしは誘いに乗った。
誰かと一緒であれば、リアムも声を掛けて来ないだろう。
そんな事を考えた後、わたしは自嘲した。

リアム様がわたしに声を掛けるなんて!
どうしてそんな事を思ったのだろう?
一度目の時、わたしはリアムと親しくなろうと、かなり強引にアプローチを重ねた。
それで、漸く、振り向いてくれたのだ。
わたしが近付かなければ、リアムと親しくなる事は無い___

安心しても良い状況だというのに、どうしてだか、安心よりも、寂しさの方が大きかった。

曲が終わり、男性が「もう一曲いかがですか?」と誘ってくれたが、
わたしは気分も沈んでいたので、丁重に断った。
だが、ダンスフロアから出ようとした所…

「僕と踊って頂けますか?」

声を掛けられ、顔を向けると、そこに立っていたのはリアムだった。
わたしは思わず息を飲み、固まった。
リアムはそんなわたしに気付き、苦笑した。

「僕とは踊って頂けませんか?
知らない仲でもありませんし、僕は安全な男ですよ?」

リアム様が、こんな軽口を言うなんて___!
こんなリアムは初めてで、わたしは思わず瞬きをし、彼を凝視してしまった。

「勿論、構いません」

驚き過ぎた為か、わたしの口は勝手に動き、了承してしまった。
仕方なく、わたしは彼の手に自分の手を乗せた。

リアムのリードに合わせ、踊る。
一度目の時にも、わたしたちのダンスは息が合っていたが、
二度目も同じ…いや、それ以上に、自然で、体が軽く感じられた。
つい、ダンスを楽しんでいたが、ふと、わたしは自分の立場を思い出した。

リアム様と親しくなってはいけないのに___!
リアムが《安全な男》だなんて、とんでもない!
わたしにとって、誰よりも彼は《危険な男》だ___

「もう一曲、よろしいですか?」

曲の終わりにリアムに聞かれた時、わたしは慌てて手を引き抜いていた。

「すみません、少し休みます___」

逃げる様にその場を後にする。
飲み物を取りに行き、顔だけで振り返ってみると、リアムはもう別の令嬢と踊っていた。

リアム様は人気だもの…

ダンスの相手に困る事は無い。

だけど、誘ってくれたわ…

いけないと思いながらも、わたしは何処か期待してしまっていた。
わたしは頭を振り、考えを追い払った。

「ジスレーヌ、調子はどうだ?」

兄が話し掛けてきて、わたしは誤魔化す様にグラスに口を付けた。

「踊ったわ」

「いい感じだったじゃないか、リアムと」

何か含みのある言い方で、わたしは「むっ」と口元を引き締めた。

「他の男性とも踊ったわ」

「ああ、知ってるよ、けど、おまえはリアムを意識してるみたいに見える」

兄は鋭く、わたしは背筋がヒヤリとした。

「気の所為よ、それよりお兄様、ミシェルは?一人にしたの?」

「今、踊ってるよ、ちゃんとした相手だから、大丈夫だろう」

兄がそちらに目を向けた。
ミシェルが誰かと踊っているのが見えた。

「ミシェルは楽しんでいるみたいね、良かったわ…」

「俺たちも楽しむぞ!」

兄がわたしの手を掴み、ダンスフロアに向かう。
相手になってくれるのは良いが、やたらとリアムの近くに行こうとするのには、辟易した。
リアムはわたしと目が合うと、「ふっ」と笑った。
わたしは気付かない振りをし、視線を反らした。
曲が終わり、兄がリアムに声を掛けようとしたのを察し、わたしは「また後でね!」と、
その場から抜け出した。

その後も、わたしは何とかリアムの視界に入らない様にと、逃げ回った。
お陰で帰りの馬車の中では、疲れ果てていた。
わたしは目を閉じ、浅い眠りに入っていた。

「ジェイド様、踊って下さって、ありがとうございました」

ミシェルが鈴の音の様な声で、兄に礼を言っている。
兄はわたしの相手をするのと同様に、義理で踊ったのだろうから、
礼など要らないのに…

「ああ、礼なんていらないよ」

予想通り、兄は軽く返した。
だが、それには、予想とは違い、続きがあった。

「気になる娘を誘うのは、当然の事さ」

兄がミシェルに少なからず好意を持っていた事に驚いた。
だが、考えてみたら、十分にあり得る事だ。

ミシェルは、お人形の様に可愛いもの…

「あ、あの、私…」

ああ…困っているわ、彼女は深窓の令嬢だもの…
残念だったわね、お兄様。
わたしは、『帰ったら兄に優しくしてあげよう』と同情したが、
兄はわたしが思うよりも、図々しい人間だったらしい。

「困らせたかな?けど、君は可愛いし、感じもいいし、純粋で安心出来る。
ダンスも楽しかった。君が嫌でなければ、また誘いたい。
勿論、嫌ならそう言ってくれて構わないよ、
無理矢理付き合わせたと知れば、妹が怒るだろうから___」

兄が明るく笑う。
兄の心臓の強さに、わたしは半ば感心していた。

そういえば…と、わたしは改めて兄の事を考えた。
兄はモテる方なのだが、恋人選びは慎重にしていた。
兄は我がローレン伯爵家の跡取りなので、浮ついた事が出来ないのだ。
それで、二十一歳という適齢期に、婚約者所か、女性の影も無かった。
一度目の時にも、兄に婚約者は居なかった。
それが、ミシェルに好意を示したという事は…

兄は本気だという事___?

それに気付き、わたしは緊張した。
何か重い空気が漂う中、ややあって、ミシェルが口を開いた。

「あ、あの…嫌じゃありません…また、ジェイド様と踊りたいです」

ミシェルの震える声に、わたしは小さく息を飲んだ。
ドキドキとし、耳を澄ませ、兄の返事を待つ。

「良かった、それじゃ、予約な!」

返事は軽かったが、ミシェルはうれしそうに、「くすくす」と笑っていた。

兄とミシェルが…?

この時まで、そんな事は考えもしなかったが、よくよく考えてみれば、
二人はお似合いかもしれない。
それに、ミシェルを運んで行ったのはリアムだったので、
彼女がリアムに恋をしていないか、実の所、心配だった。
その心配も払拭され、わたしは安堵し、眠りに落ちた。
馬車がローレン伯爵家に着き、兄から「いい加減に起きろ!」と怒鳴られるまで___


◇◇


あの夜、わたしが眠っている間に、二人は仲を深めたのか…
その後の兄の行動は、驚く程早かった。
翌日の昼前、ミシェルと結婚したい旨を、両親に話した。
両親は驚きつつも、「良い娘だし、家柄も文句はない、いいんじゃないか?」と乗り気だった。

「ジェイド様の相手が、私では、申し訳ないと…
ジスレーヌ様やローレン伯爵、伯爵夫人に、こんなに良くして頂いて…
気持ちを裏切ったのではないでしょうか…」

ミシェルはわたしに、申し訳なさそうに話した。

「あなたが申し訳なく思う事はないわ、ミシェル。
あんな事があって、そこに付け込んだのはお兄様の方よ。
もし、あなたが兄を愛せないなら、断るのに手を貸します。
わたしは、あなたにも兄にも、幸せになって貰いたいから___」

ミシェルは小さく頭を振った。

「私…ジェイド様の事が、好きです…
愛は、まだよく分かりませんが…
それでも、ジェイド様と一緒に居たいんです…駄目でしょうか?」

ミシェルからその言葉を聞き、わたしは二人に協力しようと誓った。

「駄目じゃないわ、兄の事を好きになってくれてうれしいわ、ありがとう」

兄も勿論、ミシェルが一時の気の迷いではないか、流されていないか心配した様で、
一年は婚約し、お互いの気持ちを深めたいと言っていた。
婚約という形を取る事で、兄はミシェルに責任を持ち、両親にも誠意を見せたい様だ。

兄はミシェルと共に、ラフィット伯爵家に行き、彼女の両親から許可を得て帰って来た。
兄の話では、ミシェルの両親は、急な事にも喜び、快諾してくれたとの事だった。
ミシェルを助けた事で、兄は両親から気に入られていたのだ。
それに、兄と結婚すれば、ミシェルは行く行くは伯爵夫人なので、
結婚相手として、何も不足は無かった。

その後、兄は週末になると、ラフィット伯爵家に行き、ミシェルと過ごす様になった。
兄は恋をする男性の如く、ウキウキと足取りも軽く、出掛けている。
あんな兄を見たのは、初めてだ。

そして、一月後、二人は晴れて婚約を結んだ。

一度目の時、兄とミシェルは、出会っていない。
兄は独り身で、相手を見つけられずにいた。
ミシェルは子を身籠り、愛してもいない男性と結婚した。
二人の道は、完全に違っていたのだ。
それが、出会った途端に、恋に落ちるなど…
もしかしたら、運命の相手だったのではないか?
そんな風にも考えられ、わたしは感慨深く、指輪の交換をし、キスをする二人を眺めた。


兄とミシェルの事が落ち着いた頃、わたしに縁談の打診が来た。
父と母に書斎に呼ばれ、それを告げられた。

「ジスレーヌ、おまえに結婚の申し込みが来た!
お相手は、デュラン侯爵子息、リアム様だ___」

父と母の目は期待に輝いていた。
だが、わたしはというと、目の前が真っ暗になった気がした___

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