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一度目
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しおりを挟む「ジスレーヌ、おまえ、どうかしているぞ!
いい加減にしないと、リアムに愛想を尽かされるぞ___」
三歳年上の兄ジェイドが、先程から何やら煩く言っている様だが、
わたしの耳には全く入って来ていなかった。
それというのも、新しいドレスの事で、心を奪われていたからだ。
最新のデザインのドレスを仕立てさせたのだが、仕上がりが遅れている。
それも、もう、二日も!
尤も、その名が出た時だけは、耳が働いた。
リアム=デュラン侯爵子息。
彼はこの世で一番、立派で素敵な人だ。
そして、わたしが愛して止まない、婚約者___
「お兄様、やっぱり遅いわ!パーティは三日後だというのに、これでは間に合わないわ!」
兄は目と口を大きく開けたが、額を押さえ、「はー」と重い息を吐いた。
「お兄様も酷いとお思いでしょう?約束を守らないなんて、仕立て屋失格よ!
この上は、わたしが侯爵夫人に申し上げ、叱って頂く事にしましょう…」
碌に仕事をしないのであれば、そんな仕立て屋は潰れてしまった方がいい___
そう考えるわたしに、兄が声を荒げた。
「いい加減にしろ、ジスレーヌ!」
今日の兄は、特別機嫌が悪い様だ。
普段の兄は、能天気で明るい。
たまに説教臭くなる事もあるが、こんな風に、目を吊り上げ声を荒げる事は稀だ。
「ドレスが出来上がらないのは、おまえが手直しをさせたからだろう!
それも、宝石が足りないだの、仕上げが雑だの、粗ばかり探して…」
「あら、仕事を丁寧にするのは当然の事でしょう?
わたしは、もっと出来の良いドレスを作って頂きたくて、教えて差し上げただけよ。
侯爵夫人もそうしなさいとおっしゃったわ」
わたしが得意気に侯爵夫人の名を出すと、兄の顔が更に渋くなった。
兄は跡取りだが、我がローレン家は《伯爵》だ。
相手が《侯爵夫人》では、幾ら兄でも、太刀打ちは出来ない___と、高を括っていたが、
今日の兄は厳として退けた。
「あの侯爵夫人は、《悪い見本》だ!」
「まぁ!お兄様、酷いわ!侯爵夫人は、リアム様のお母様よ!」
「フン、継母だろう。侯爵やリアムは立派だが、あの女の出自は男爵家というじゃないか、
男爵令嬢に侯爵夫人は務まらないと、証明した様なものだ」
確かに、侯爵夫人ルイーズは後妻で、前妻のアンヌが病で亡くなった二年後、
侯爵に見初められ、結婚し、デュラン侯爵家に入った。
元は男爵令嬢という事もあり、侯爵夫人になるには、一から学ぶ必要があった。
だが、ルイーズは困難をものともせず、努力し、今や誰もが尊敬して止まない侯爵夫人となったのだ。
わたしはそんなルイーズを尊敬し、習っていたので、兄の暴言は見過ごせなかった。
「《あの女》だなんて!それに、侯爵夫人に対しての数々の暴言、許せませんわ!
侯爵が知れば、首を刎ねられてよ、お兄様!」
「フン、おまえが言わなきゃ平気だよ」
全く、困ったお兄様だわ!
わたしは頭を振った。
「ルイーズ様は素晴らしい侯爵夫人よ!威厳があって、美しくて…
皆に慕われているし、とても賢くて、何でも知っているのよ?
どんな問題でも解決しちゃうんだから!
それを知ろうともせずに、出自を持ち出すなんて、
お兄様は妬いていらっしゃるのよ!侯爵夫人に謝って下さい!」
だが、今度は兄が頭を振った。
「おまえは、侯爵夫人に騙されているんだ!
その証拠に、婚約してから、おまえは変わった…
金遣いが荒くなり、人を見下し、使用人たちにも厳しく当たって…
素直で優しいおまえは、何処に行ってしまったんだ?
いいか、早く目を覚ますんだ、ジスレーヌ!このままだと、今に大変な事になるぞ」
兄は忠告するかの様に言い、「ドレスが間に合わなければ、ある物から選べよ」と、
部屋を出て行った。
「もう!お兄様は男だから…」
わたしは呆れ返った。
わたしはリアムと結婚し、侯爵家に入る。
行く行くは、息子のリアムが侯爵を継ぎ、わたしは侯爵夫人となる。
ルイーズは時に備え、侯爵夫人がどうあるべきか、事細かにわたしに教えてくれていた。
次期侯爵夫人ともなれば、威厳を持ち、皆から崇められなくてはいけない。
見下しているとか、厳しく当たるとか、わたしにそんな考えはなく、立場を区別しているだけだ。
そして、威厳や立場を示すのに必要なのが、最新のドレスだ___
男である兄には、その辺の事情が理解出来ないのだ。
それに、ルイーズは、わたしを本当の娘の様に受け入れてくれ、親切にしてくれている。
侯爵とルイーズの間には娘が一人いて、名はジェシカ、十三歳だ。
彼女もわたしを慕ってくれている。
結婚すれば、きっと、わたしたちは良い家族になるだろう。
「それなのに、お兄様ったら!」
わたしの目下の心配事は、他でもない、兄の事だ。
兄は二年前に王都にある名門の学校を卒業し、今は父の仕事を手伝っている。
有能でしっかり者だが、時に頑固になる。
それも、到底、理解出来ない事でだ。
兄はどういう訳か、ルイーズに敵対心を抱いている。
生理的に苦手なのかもしれないが、兄は次期伯爵だ。
良い顔をしておかなければ、ローレン伯爵家にとっても、良い事にはならないだろう。
「ルイーズ様に相談する訳にもいかないし、困ったお兄様ね…」
わたしはメイドを呼び、仕立て屋に催促して来る様に言った。
それから、渋々クローゼットを開けた。
並んだドレスに、一通り目を通すも、心惹かれるものは無く、嘆息して扉を閉めた。
「どれも一度着ているし、古い型だもの、相応しくないわ…」
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