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第二章

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わたしは、お茶の時間に向け、プリシラ夫人の為に果実の砂糖煮を作った。
これなら喉を通り易く、プリシラ夫人も食べ易いだろう。

「マックスさん、プリシラ様にお出ししてもよろしいですか?」

「ええ、いいですよ、きっと、大奥様も喜ばれますよ!」

料理長のマックスに味を見て貰い、許しを得たわたしは、
マックスが作ったサンドイッチとカップケーキと一緒に、砂糖煮の皿をワゴンに乗せた。
それから、紅茶のポット、カップ…
いつも通りにそれらを乗せ、ワゴンを運んだ。
扉の前ではケイシーが待っていた。

わたしを入れない為ね!
プリシラ様の体調は良くなったんだから、入れてくれたっていいのに!
まぁ、プリシラ様を疲れさせてはいけないけど…

「ケイシー、お茶を持って来たわ、プリシラ様に果実の砂糖煮を作ったの、
食べて貰ってね」

ケイシーは相変わらず無愛想で、返事もせずにワゴンを運んで行った。
わたしは扉に向かい、思い切り舌を出すと、踵を返した。

調理場に引き返していた時だ、突然、後方で「キャーーー!!」悲鳴が上がった。

ケイシー?

わたしは嫌な予感がし、夫人の部屋へ引き返した。
わたしの後ろからはセバスも走って来た。

「プリシラ様!入りますね!」

わたしは一応声を掛け、その扉を開けた。

「母さん!母さん!!」

ウィルが必死でプリシラ夫人を呼んでいる。
プリシラ夫人は苦しそうに呻き、藻掻いていた。
只事で無い事は直ぐに分かった___

セバスが直ぐに「主治医を呼びます!」と、引き返して行った。
わたしは駆け付けようとしたが、それよりも早く、
ケイシーが「キッ」と顔を上げ、わたしを指差し、叫んだ。

「エレノアよ!エレノアが砂糖煮に毒を入れたんだわ!!」

え?
わたしが毒を入れた?

荒唐無稽な酷い言いがかりに、唖然となった。
ウィルがわたしを振り返る。

わたしを疑っているの?

「わたしは何もしていないわ!」

「エレノアよ!彼女がお茶を運んで来たし、彼女が作ったと言ったもの!
彼女以外居ないじゃない!彼女をプリシラ様に近付けないで!!」

ケイシーが半狂乱になって叫ぶ。

「ケイシー、頼むから静かにして!母さん…」

そうだ、こんな事を言い合っている場合ではない___
わたしは夫人の元に駆けつけた。

ケイシーは砂糖煮の入った皿を持ち、「これは調べて貰うわ」とわたしを睨んだ。
好きにすればいい、どうせ、何も出て来ないわよ!

「プリシラ様!今、先生を呼びに行っています、直ぐに来てくれますわ」

皆も集まって来た。

「兄さん!母さんは、どうしたの!?」
「分からない、普通にしていたのに、急に吐いて、苦しみ出して…」
「エレノアが毒を盛ったのよ!」

ケイシーが言うと、皆の視線がわたしに向けられた。

「そんな卑劣な事、エレノアは絶対にしませんわ!」

姉がビシリと言い、わたしの肩を抱いた。
わたしは一人でも味方が居た事に安堵した。

「プリシラ様はこれを食べて悪くなったのよ!
きっと、毒が入っていたんだわ!これを調べれば分かる事よ!」

「ケイシー!静かに出来ないなら、部屋から出ていてよ!」

ウィルが言い、アンナがケイシーを支え、促した。

「さぁ、ケイシー様、行きましょう、疲れているんですよ、少し休まれて下さい」

「嫌よ!どうして、私が部屋を出されるの!?
出て行くなら、私ではなく、毒を盛ったエレノアでしょう!」

「そうだよ、アンナ、ケイシーではなく、エレノアを連れて行くべきだ」

クレイブが言い、わたしは愕然とした。
ウィルは顔も上げない。
ケイシーは勝ち誇った顔をした。

「エレノア、ここは私たちに任せて、あなたは出ていた方がいいわ」
「エレノア様、どうぞ、こちらに…」

姉とアンナに促され、わたしは茫然としたまま、部屋を出た。
部屋を出る時に、顔だけで振り返ったが、ウィルはわたしの事など眼中にない様だった。
母親が危険な時だ、当然ではあるが、わたしはウィルにも疑われている気がした。

わたしを信じてくれないの?
わたしが、誰かに毒を盛る様な人間だと思っているの?

そんな風に思われていたなんて、思わなかった。
わたしの事を分かってくれていると思っていた。
どんな時も、わたしの味方だと思っていたのに___!

「エレノア様!?」

わたしはアンナを振り切り、自室に駆け込み、鍵を掛けた。
その場に崩れ落ち、声を殺して泣いた。


「___!」

バタン!ガタン!!

主治医が来たのか、騒々しくなった。
雪は深く、来るのも大変だっただろう。


わたしは泣きたいだけ泣くと、幾分落ち着いてきた。
急に寒さを感じ、自分を抱きしめた。

震えながら暖炉を点け、その炎を見つめる…

「わたしじゃない…」

夫人に毒を盛って、わたしに何の利があるというのか?

「だけど、毒が入っていたなら、誰かが入れたって事よね?」

少し、冷静さを取り戻せた様で、頭が働き出した。

「この館の誰かが、夫人に毒を盛った?」

わたしは頭を振った。

「そんなの!ケイシー以外居ないわ!」

わたしでないなら、彼女しかいない!
砂糖煮を作ったのはわたしで、運んだのはわたし、それを引き継いだのはケイシーで、
部屋には夫人とウィルしか居なかった___

「だけど、ケイシーがどうして?」

ケイシーは献身的に夫人の世話をしていた。
その夫人に毒を盛るなんて、とても思えないし、
わたし同様、彼女には理由が無い。

ケイシーのあの剣幕…
彼女は、わたしが毒を盛ったと詰ったわ…

「…もしかして、わたしを追い出そうとして?」

わたしはケイシーから嫌われている。
だけど、それだけの為に、夫人を危険な目に遭わせたというの?

「まさか!」

でも、もし、そうだったら…

「まさか、プリシラ様を殺したりはしないわよね?」

自分の考えにぞっとした。

「ああ!ケイシーこそ、プリシラ様から遠ざけるべきだったのに!
クレイブの奴!わたしを追い出すなんて!」

夫人が命を落とせば、わたしは毒殺犯だ。
クレイブは姉に恋をしているが、自分の母親を毒殺した者の姉となれば、
結婚などしない…いや、出来ないだろう…

いいえ、夫人が命を落とさなくても、毒を盛った時点で破談になるわ!

「ああ!どうしたら、わたしの身の潔白を証明出来るの!?」

わたしは自分の部屋を、ぐるぐると練り歩いた。
どの位経ったか…コンコン!と扉が叩かれた。

「エレノア!私よ!ここを開けて!」

姉の声に、わたしは扉に走り、急いで鍵を開けた。
すると、目の前に立っていたのはウィルで、
息を飲んだわたしを、彼は覆い被さる様に抱きしめた___

「ウィル!??」

「エレノア!母さんが持ち直したよ!助かったんだ!良かった___!」

ウィルがわたしをギュウギュウと抱きしめる。
細い腕なのに、凄い力だ。
だが、わたしも彼の背に腕を回していた。

「本当!?ああ!良かったわ!」

プリシラ夫人が助かった!これで一つの心配事が消えた。
だけど、わたしの身の潔白は出来ていない___

わたしはウィルの胸を手で押し、顔を上げた。

「ウィル!わたしはプリシラ様に毒なんて盛っていないわ!」

ウィルはわたしに腕を回したまま、「ふっ」と微笑んだ。

「誰もあなたが毒を盛ったとは思っていませんよ、エレノア」

「嘘よ!あなただって、わたしを庇ってくれなかったじゃない!
わたしを疑っていたんでしょう!?」

「あなたを庇う事が出来なかったのは、確かに、僕が至らない所為です、すみません…
母の事で頭がいっぱいで…それに、あなたが毒を盛る様な人間でない事は、
誰にでも分かる事ですからね!」

ウィルは明るく言い切った。
それで、わたしは許してあげる気になった。

甘過ぎるかしら?でも、仕方ないわ!許したくなっちゃうんだもの!

思わず笑みが零れてしまったが、そんな場合ではない!と、引き締めた。

「でも、わたしは身の潔白を証明しないといけないわ!」

それに、ケイシーを野放しには出来ない___!

わたしは焦り、追い詰められていたが、
ウィルは相変わらず、呑気な笑顔を見せ、明るく言った。

「それなら、クレイブがしてくれましたので、安心して下さい」

え?何と言ったの?
わたしは一瞬、ポカンとした後、叫んだ。

「クレイブが!?わたしを追い出しておいて??」

わたしが顔を顰めると、ウィルは声を上げて笑った。

「もう!笑ってないで、早く教えてよ!」

わたしが袖を掴んで催促すると、ウィルはそれを話してくれた___

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