【完結】バッドエンドの落ちこぼれ令嬢、巻き戻りの人生は好きにさせて貰います!

白雨 音

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第一章

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二日後、昼近くになり、ウィルが昼食用のサンドイッチを持ち、訪ねて来た。

「エレノア!少し休憩して、一緒にお昼を食べましょう!」

ウィルの明るい笑顔に安堵する。
夫人を心配するあまり、逆に彼の方が気を病まないか、心配になっていた所だ。
それが、突然現れ、勝手な事を言う…全く、呆れてしまうわ!

「少し待っていて下さい!手を洗って来るわ!」

わたしは持っていたスコップを放り出し、井戸に急いだ。

わたしったら、どうして彼に従ってるの?
それに、ウキウキしてる?

井戸の水で手を洗い、ささっと身形を整えてから、ウィルの元に向かった。

「どうぞ、入って!」

わたしは扉を開け、ウィルを中に促した。
ウィルはいつもの様に、テーブルにサンドイッチの籠を置くと、自分用の椅子に座った。
わたしはポットを火に掛け、紅茶の準備をする。
カップを二つ用意するのは、久しぶりだ。
それが、何故かうれしく思えるなんて、変かしら?
わたしって、寂しい女なの?

「そんな事無いわ!わたしは自由を掴んだのよ!」

わたしは自分に言い聞かせ、毅然と胸を張った。
だが、「エレノア?何か言いましたか?」と、ウィルに聞かれた時には、ギクリとした。

「いいえ!独り言よ!」

聞こえていなかったわよね??

紅茶を淹れている間に、ウィルはサンドイッチを籠から出してくれていた。

「このサンドイッチには、あなたから頂いた野菜を使っています!
あなたが作る野菜は、とても美味しいですね!それに、大きくて食べ応えもある!
マックスも、これ程見事な野菜は見た事が無いと驚いていましたよ!」

それはそうだろう。
コルボーン卿の館で出される料理の野菜は、どれも品祖だった。
わたしの作った野菜は、色鮮やかで張りもあり、実も詰まっている。
比べるまでもない事だが、わたしはその賛美に満足し、「ええ、まぁね」と頷き、
サンドイッチに手を伸ばした。
卵のフィリングがたっぷり入っていて、野菜は瑞々しい、そして、料理長特製のソース…

「ううん!美味しいわ!」
「そうでしょう!沢山食べて下さいね!」

最早、わたしの食欲を抑えてくれるものは無いらしい。
わたしは諦め、サンドイッチを頬張った。
向かいで、ウィルはにこにことし、そして、大きく口を開け、サンドイッチを頬張った。
辺境伯らしからぬ、所作だが、それを咎める者もここにはいない。

「エレノア、先日は、折角来て下さったのに、寝ていてすみません。
僕もあなたの顔を見たかったのに、起こしてくれないなんて、残念です」

「あなたは、毎日の様にわたしの顔を見ているでしょう?
わたしはプリシラ様のお見舞いがしたかっただけです」

少し冷たい事を言ってしまったかと思ったが、ウィルはにこやかだった。

「母も落ち着きましたし、今日からまたお手伝いをしますからね!」

「無理しなくてもいいのに、畑はもう十分に整ったから、後は一人で何とでもなりますわ」

正直、畑が出来上がるまで、ウィルやボブの手伝いがあった事は助かった。
何と言っても、男の力は百人力だ。
わたし一人では、これ程早く、畑は出来なかっただろう。

「僕がそうしたいんです、これまで僕は、外に出る事がこれ程気持ちの良い事だとは知りませんでした。
それに、あなたと居ると楽しい」

ウィルがわたしを見つめ、微笑む。
何故か、ドキリとしてしまった。

「そう、それなら、手伝って頂こうかしら…」

つい、そんな返事もしてしまっていた。
だが、ウィルが「はい!」と白い歯を見せて笑ったので、考えるのを止めた。

「そうだわ、一度、領地の農園や牧場を見たいと思っていたの、案内して貰える?」

ウィルが快く「いいですよ」と言ってくれたので、昼食を終え、早速出掛ける事にした。


ウィルに馬を借り、道を駆けて行くと、小麦畑が見えて来た。
緑色の穂が広々と広がっている。
だが、間近で一つ一つを見ると、やはり色が悪く、元気が無かった。

わたしはまだ未成熟な穂に触れ、話し掛けた。

「元気が無いわね、何だか、悲しそうよ」

穂が頷く様に揺れる。

「どうですか?エレノア」

「栄養不足ね、土地が痩せているのよ、それに、水が良く無いんじゃない?
この一帯は、川の水を引いて使っているの?」

「はい、大きな川ですからね、水は十分にあると思っていましたが…」

「水を調べてみましょう」

ウィルが農場主に話し、水を貰ってくれた。
それは、飲み水でもあるので、ここの人たち皆が飲んでいるものだ。
臭いを嗅ぐと、僅かに変な臭いがした。
一口飲むと、舌が痺れる感覚がした。それに、変な味もする。

わたしは無言でウィルに頭を振って見せた。
ウィルはキョトンとし、「駄目ですか?」と平然とそれを飲んでいる。
きっと、生まれた頃からで、慣れてしまっているのだろう。

「川の上流へ行ってみましょう!」

わたしは直ぐにでも行くつもりだったが、ウィルがやんわりと止めた。

「川の上流へは時間が掛かりますので、明日にしませんか?」

「上流へは行った事があるの?」

「はい、以前、父が連れて行ってくれた事があります、十年程前ですが。
川は樹海の先にある、湖から流れてきています___」

ウィルに任せた方が良さそうだ。

「分かったわ、あなたに従うわ、コルボーン卿!」

「また、僕は《コルボーン卿》ですか?」

「ええ!今のあなたは、正に《辺境伯》だもの!平伏したくなったわ!」

誉め言葉だったが、ウィルに通じているとは思えなかった。
彼はキョトンとし、自分を眺めていた。





翌朝、わたしが館を訪ねて行くと、ウィルが待ち構えていた。
珍しく、夜に眠り、早朝に目を覚ました様だ。
彼は、やろうと思えば出来る人なのだ。

いつもは、作曲を優先しているだけかしら?


わたしたちは上流に向かい、川沿いの道を馬で駆けて行く。
程なくして、ウィルが言っていた通り、樹海に入った。
木々が生い茂り、緑色の苔が蔓延る…
ここを通っていた人がいたのだろう、道は続いていた。


ザザー!
ザザー!

激しい水音がし、遠くに滝が見えた。

「滝だわ!」

「はい、湖はあの先ですよ!」


樹海を通り抜けたその先は、広々と開け、大きな湖が見えた。

「さぁ、着きましたよ!」

「大きいわね!それに、綺麗だわ!」

緑の草原と空を映した湖の美しさに、誰もが目を見張るだろう。
わたしは馬から降り、水辺に走った。
覗き込むと、底まで見える…

「綺麗…」

わたしはそっと、両手を水に漬け、それを掬った。
口に入れてみると、それは驚く程、美味しく感じられた。
臭いもない。

「美味しいわ…」

「確かに!ですが、どうして、下流に行くと変わるのでしょうか?」

「途中に何か問題があるのかしら?」

「調べてみましょう」


わたしたちは引き返し、滝の下に向かった。
馬を繋ぎ、岩場を下り、水を確かめる。

「ここも大丈夫だわ」

更に下って行っていると、傾斜が無くなり、水の流れが緩やかな場所に出た。

「水草?」

驚く事に、その一帯が、緑色の水草で埋め尽くされている。
一つ一つは小さな葉をしているが、集まるとまるで絨毯の様に見えた。

「綺麗だけど…」

この水草をわたしは知っている気がし、足を止めた。
わたしは急いで記憶を辿った。

「最近、見た覚えがあるわ…」

そう、オースグリーン館の机の引き出しに入っていた、あの図鑑に書かれていたものだ!

アッシュゼファー、毒を持つ水草___

「これよ!!」

興奮し、思わず声を上げたわたしに、当然、ウィルはキョトンとした。

「水草ですか?」

「ええ、アッシュゼファー、この水草は強い毒素を持っているの!」

「毒!?」

「アッシュゼファーの繁殖した池には魚も住めない程よ。
ここは川だし、流れがあるから、病になる程では無かったのね…」

「どうしたら良いでしょうか?
僕は毒にも水草にも詳しくはないので、教えて頂けますか?」

「勿論よ!この水草を水から引き上げるの、水が無ければ自然に枯れるわ。
明日にでも、網を持って来ましょう!」

「エレノア、あなたはアッシュゼファーの様に、可愛らしいのに、物知りで賢く、
頼もしい女性ですね!」

ウィルが屈託の無い笑顔で、頭を傾げたくなる賛美を口にした。

二十歳前の娘を、毒持ちの水草に例えるなんて…
悪気は無いのが困るわ…

だが、優秀な兄姉と違い、「賢く頼もしい」など言われた事は初めてで、
悪い気はしなかった。

「まぁ、許してあげるわ!今日は引き上げましょう!」





オースグリーン館に戻ってから、わたしは机の引き出しから本を取り出した。
そして、それを捲り確かめた。

「ああ!あったわ!やっぱり、これよ!アッシュゼファー!」

本には絵も描かれていて、詳しい説明も書かれてあった。
これを読んでいたから気付けたのだ。

「そうよね、三百年経っても、残っているものはあるし、土地の傾向は似ているのかも…」

わたしはそれを少しでも読んでおこうと、読み始めたが、
疲れていた所為か、眠気に襲われ、中断してベッドに入った。


翌朝、改めて捲ってみたのだが、本に書かれていた物は全て消え、
白紙になっていた。

「どうして!?全部、消えてるわ!」

何処を捲っても、真っ白だ。

「こんなの、現実じゃない…」

これまでも、そう思う事は多かった。
だけど、目にすると、認めざるを負えない。
夢ではなく、現実なのだと…

用紙の表紙に綴られている文字は、

《エレノア》

わたしの名だ。

胸がドキドキと強く打つ。
オースグリーン館の主の役目が、分かってきた気がした。

「今度は、わたしが書き残していくのね?」

わたしは、ざらりとした表紙を撫でた。

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