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第一章
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しおりを挟む朝食後、ウィルは漸く寝る気になり、部屋へ行った。
わたしはオースグリーン館の掃除だ。
コルボーン卿の館から掃除道具を貸して貰い、掃除を始めた。
何も物は無いと思っていたが、机の引き出しを開けると、
何枚もの用紙を紐で綴じた、自作だろう…本が入っていた。
そこには、植物の絵と共に、説明等が記されていた。
「まるで、図鑑だわ!前の持ち主が書いたのかしら?」
だが、三百年以上も前だ。
用紙は少し変色しているものの、書かれている文字はちゃんと読めるし、分かる。
「とても、三百年前の物だとは思えないけど…
ここで育てた植物の記録かしら?面白いわ!」
つい、夢中で読み耽りそうになり、わたしは慌ててそれを引き出しに戻した。
「駄目駄目!まずは、掃除を終わらせなきゃ!!」
わたしは一日でも早い自立を目指し、精力的に掃除をした。
度々掃除をしていてくれた事と物が無いという事もあり、掃除は昼前に終わった。
その後は買い出しだ。
《必要な物リスト》を作り、町へ買いに行く事にしたが、
それを昼食の時に話すと、寝起きのウィルが付いて来ると言い出した。
「店までは遠いですよ、橋を渡った向こうですからね!
それに、あなたの様な、可愛らしい娘さんが一人で行くのは危険ですよ!
僕が一緒に行きましょう!」
可愛らしい娘さん…
そんな事を言われたのは初めてで、くすぐったい。
だが、何か危険があった時、細身の男性が役に立つかと考えると、
頭を傾げなくてはいけない。
まぁ、危険なんて無いでしょうけど!
「お仕事はよろしいのですか?」
「辺境伯の仕事は、クレイブが大半受け持ってくれていますから、大丈夫ですよ!」
「辺境伯の仕事は?他にも仕事があるのですか?」
「はい、この通り、領地は貧しいので、他で収益を賄う必要があり、
僕は作曲をしています」
「作曲??」
馴染みの無い言葉が聞こえ、聞き間違えかと思い、聞き返してしまった。
だが、合っていた様だ…
「ええと、貴族から依頼を受け、曲を作っています。
舞踏会や夜会で演奏される様な曲です。
これが中々、良い収入になりまして…」
ウィルは「ははは」と、跳ねた髪を掻いた。
そうよね…
演奏をする人がいて、曲があるなら、曲を作る人もいるわよね…
だが、これまで、それを考えた事は無かった。
わたしは碌にピアノも弾けないもの!
この人が、作曲家…
「もしかして…ウィルは、ピアノを弾けるの?」
「はい、幼い頃から音楽が好きで、ピアノ、ヴァイオリン、フルート…
どれも好きですよ」
「凄いわ!天才ね!」
「いえいえ、そんな!演奏はそこまで上手ではありませんよ!
僕は曲を書く方が楽しくて…エレノアはピアノがお好きですか?」
わたしは反射的に顔を顰めていた。
「うう…訊かないで…ピアノは苦手なの。
勿論、ヴァイオリンやフルートなんて、問題外よ」
恥を晒す様で、小声になったが、ウィルは嘲笑ったりはしなかった。
まるで問題無いという様に、明るく言った。
「それなら、僕が代わりに弾いてあげましょう!好きな曲を何でも言って下さい!」
ああ、この人こそ、神様かもしれないわ…
「ありがとうございます…それで、作曲のお仕事は終わられたのですか?」
「はい!あなたのお陰で、良いものが仕上がりましたよ!」
「わたしのお陰??」
「あなたに会ってから、こう、降ってきたんです!凄いメロディが!
それまで、少し難航していたんですが、昨夜、一気に書き上げました!
あなたは、僕の女神ですよ!」
「普通の人間の娘です」
「ええ、それはそうなんですけどね!僕にとっては、という事ですよ、エレノア」
ウィルが白い歯を見せて笑う。
全く、無邪気で憎めない人だ。
わたしは嘆息し、苦笑を返した。
◇
ボブが御者をしてくれ、ウィルに馬車を出して貰い、橋を渡り、店の多い通りへ向かった。
ウィルに案内が出来るのか、わたしは半信半疑だったが、
意外にも彼は店を良く知っていた。
「生まれ育った町ですし、店はあまり変わっていませんからね!
父が良く連れて来てくれました、領主は自分の土地の事を知っておかなくてはいけないと」
「立派なお父様だったのですね」
「はい!自慢の父ですよ!僕は全然ですけどね」
ウィルは「ははは」と笑ったが、彼は町の人から良く声を掛けられていた。
「これは、コルボーン卿!」
「コルボーン卿!お元気でしたか?」
「ウィル様、少ないですが、どうぞお持ち下さい」
何やら食料まで貰っている。
ウィルは「ありがとう」と、笑顔で受け取っていた。
「今年も出来が悪くて…」
「それは困りましたね、何とか出来たら良いんですが、僕の力が至らずすみません」
「コルボーン卿は良くして下さっていますよ!」
「そうですよ!コルボーン卿のお陰で、俺らは何とかやっていけてるんだ」
「こんな良い領主様は他にはいないよ!」
「ありがたい、ありがたい」
拝まれている。
どうやら、神様はウィルの方らしい。
「コルボーン卿、そちらは、その…新しい侍女ですか?」
「見掛けない娘ですが…」
町の人たちは、当然、横にいるわたしに気付き、色々と噂をしていたが…
伯爵令嬢のわたしが…侍女!
まぁ、動きやすいワンピース姿だから、仕方ないかもしれないけど…
不満に唇を尖らせるわたしの横で、ウィルが説明してくれた。
「いえ、この方は、オースグリーン館の主人です」
「オースグリーン館!?」
町の人たちがどよめいた。
先祖の図々しい所業が、町の人たちにまで知られているのかと、恥ずかしくなったが、
町の人たちは詳しくは知らない様だった。
驚きの理由は他にあった…
「オースグリーン館というのは、コルボーン卿の館の裏にある…?」
「はい」
「時々掃除に行っていた所だよ!」
「庭の手入れも行ったさ」
「てっきり、誰も住んでいないと思っていたけど…」
「持ち主が居たんだね…」
「それにしても、こんなに若い娘さんが…」
町の人たちの視線がわたしに向けられた。
気まずい空気だ。
わたしは咄嗟に、澄ました顔で微笑みを浮かべた。
腐っても、伯爵令嬢だもの!
「何だか、感じの悪い娘だね…」
むうう!!
「傲慢で我儘そうな娘だな」
「ウィル様には合わないよ…」
合わなくて結構よ!!
内心で鼻息を荒くしている中、町の人に声を掛けられた。
「あんた、コルボーン卿には迷惑を掛けてはいかんよ」
「コルボーン卿に親切にするんだよ」
「この方は、本当に良い方だからね…」
「失礼があってはいけないよ、罰が当たる!」
不本意な言われ様だったが、ここで返す言葉の選択肢は、あまりないだろう。
「皆さんのご忠告は、心に留め置きます、ごきげんよう」
超然として答えると、町の人たちはまたどよめいた。
「もしかして、あれは貴族の娘かね?」
「貴族の娘だ…」
「あたしたちが口を聞けるものじゃないよ…」
「触らぬ神に祟りなしだ、くわばらくわばら」
全部聞こえてるわよ!
これじゃ、わたしは魔物みたいじゃないの!
貴族の娘だからって、何だっていうの!
買い物をして店を潤してあげるのに、何が不満なのかしら?
不満はありつつも、それを抑え、わたしは買い物を進めた。
「大鍋が一つ、小鍋が一つ、フライパンが一つ…」
「エレノアは料理が出来るんですか?」
「簡単なものだけですけど、何とでもなるわ」
わたしはピアノや刺繍が苦手で、どちらかといえば、家事の方が性に合っていた。
勿論、伯爵令嬢は家事などしないものだから、両親は良い顔をしなかった。
それで、少ししか習わせて貰えなかったのだが…
独りで暮らしていくのだ、何とかやっていくしかない。
「あなたは、逞しい女性ですね!」
逞しいなどと言われてうれしい女性はいないだろう。
だが、今のわたしには、相応しい言葉かもしれない。
そうよ、独りで生きていくのだもの!逞しくなければいけないわ!
「ありがとう、そうありたいわ!」
わたしがツンと澄ませて答えると、ウィルは「ふふふ」と笑った。
何がおかしいのだろう?
町の人はわたしを『感じが悪い』というのに、この人には面白がられるなんて…
全く、変な人だわ!
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