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第一章

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ノークス伯爵家は代々、容姿端麗の者が多い。
それは、ずらりと並ぶ肖像画から見ても分かる事で、
皆、豊で見事な金髪と宝石と見紛う程の美しい碧眼を持ち、
整った貴族らしい繊細な顔立ちをしている。

ノークス伯爵家の子の生誕は、皆に喜ばれ、皆を幸せにする。
美しいものを見れば、幸せな気分になるし、
恵まれた容姿を持つという事は、幸せな将来が約束されたも同然だからだ。

「神から愛される子!」
「神の祝福を受けた子!」

わたしの兄ジェイソンが生誕した時も、姉ルシンダが生誕した時も、
皆が一目見ようと集まり、祝福で沸き返ったらしい。

だけど、わたし…エレノアの時は、違っていた。

小さなエレノアを見た者たちは、おざなりの祝福を述べて帰って行ったらしい。

生まれたばかりの赤子を見て、「この子は容姿端麗には育たない」と分かるものなのだろうか?
全くもって腑に落ちないのだが…結果は、皆の予知通りだった。

兄も姉も皆の期待を裏切らず、金髪に碧眼、容姿端麗で、頭も良く優秀に育った。
わたしは赤味掛かった金髪に緑色の目で、容姿は平凡、勉強が苦手な上に、
ピアノや刺繍という、令嬢が得意とする事が悉く苦手だった。

幼い頃より、容姿端麗で優秀な兄や姉と比べられ、
「ノークス伯爵家の子に相応しくない」「おまえはノークス家の恥だ」
「落ちこぼれ」「出来損ない」「残念な娘」と散々に言われてきた。

わたしはすっかり自信を失い、
両親や周囲の顔色を伺う様になり、独りでいる事を好む様になった。

そんなわたしの心を慰めてくれたのは、庭の植物たちだった。
手入れをする事も好きだが、ただ、植物に囲まれているだけでも、心は癒された。

これは、母方の血が深く関係している。
母はグリーン伯爵家の娘で、その一族は代々、植物を育てる能力に長けていた。
痩せた土地でも、植物を育てる事が出来、大きな実りを得る事が出来る。
その能力のお陰で繁栄してきた一族だった。
残念ながら、昨今、この能力は失われつつあり、唯一力を強く受け継いでいた
曾祖母エレノアも、わたしが十歳の時に亡くなってしまった。

曾祖母エレノア。
そう、わたしと同じ名だ。

きっと、容姿に期待が出来ないと将来を悲観され、
せめて何かしらの幸運が齎される様にと、名付けられたのだろう。
その所為か、わたしはどうやら、ノークス伯爵家の血よりも、グリーン伯爵家の血の方を
濃く受け継いだ様だ。

「何の役にも立たないけど…」

植物が好きで、育てるのが上手い。
それがこの貴族社会で、何の役に立つというのだろう?
まだ、ピアノが弾けた方が良いし、上手に刺繍が出来た方が良い。
庭弄りが役に立った事は、未だ嘗て一度も無かった。

「いえ、一つだけあるわ…」

それは、曾祖母のエレノアに気に入られた事だ。

『おいで、小さなエレノア』
『可愛い子』
『おまえは一族の誇りだよ』

曾祖母は一族でも特別な存在だった。
力を強く受け継いでいたからだ。
だが、曾祖母の《本当の力》を知る者は、僅かだ。
わたしの母ですら、それを知らない。

曾祖母は、それをわたしに見せてくれた。

『よく見ていなさい』

曾祖母は、瞬く間に草原を花畑に変えて見せた。
尤も、今では、「夢だったのかも」と思えてきているけど。

「とても、現実とは思えないもの…」

だが…

『うわぁ!すごい!』
『大きくなったら、きっと、おまえにも出来るよ、可愛いエレノア』

曾祖母の優しい笑みを、今でも覚えている。


曾祖母は植物たちに優しく語りかけていた。
わたしもそれに習う様になっていた。
曾祖母に憧れていたのだ。
それに、曾祖母だけが、わたしの理解者であり、わたしに愛をくれた。
曾祖母が亡くなったと聞かされた時には、わたしは絶望し、一日中泣き続けたものだ。

曾祖母がわたしを気に入っていたのは周知の事実で、
周囲からは相当な遺産を相続するだろうと思われていた。
だが、曾祖母がわたしに残した遺産は、一本のペンダントだけだった。
両親はそれにガッカリした。
両親や兄姉から、「気に入られていたのに、そんなペンダントだけ?」と嘲笑されたが、
わたしは気にならなかった。
このペンダントの事を、わたしは良く知っていたからだ。

曾祖母がいつも身に着けていたもので、いつか見せてくれた。
金色のチェーンに、ペンダントトップには、ある花を模した小さな金細工があった。

『かわいい!これは、なんていうお花なの?』
『さぁ、ねぇ、それは、誰も知らないんだよ』
『だれにもわからないの!?』
『そうさ、秘密が隠されたペンダントだからね』
『ひみつってすごいの?』
『ああ、凄い秘密だよ…小さなエレノア、いつか、おまえにあげるからね…』

その約束を果たしてくれたのだ。
遺言で、『肌身離さずに着けておくように』とあり、
わたしはそれに従い、どんな時も外す事は無かった。

そう、今も___

「力を貸してね、今日だけは、わたしも美しく見えますように!」

わたしは鏡の中の、白いドレスに身を包んだ自分を見つめ、
そっと、小さな金色の花を撫でた。





わたし、エレノア・ノークスは、今日、結婚する。

相手はボーフォート侯爵の長子、ネイサンだ。

結婚の打診は、ボーフォート侯爵から出されたもので、喜びはあったものの、
何故、《ノークス伯爵家の出来損ない》の《わたし》が選ばれたのか…
怪訝に思わない者はいなかった。

勿論、ボーフォート侯爵の当初の狙いは、姉のルシンダだった。
だが、ルシンダは早々に公爵家に嫁いでしまい、叶わなかった。
そこで、わたしで妥協しようと考えた訳だ。
ボーフォート侯爵の考えでは、わたしの容姿がどうあれ、
ノークス伯爵家の遺伝を持っているのだから、孫には期待出来るという訳だ。

そんな楽観的な考えに、他の者が同意したかどうかは謎だが…
ボーフォート侯爵に逆らえる者など、誰も居なかった事は確かだ。

ネイサンは次期侯爵という事もあり、わたしの両親は狂喜乱舞した。

「おまえには贅沢過ぎる良縁だ!」
「本当ですよ、良かったわね!エレノア!」
「おまえなんかを貰って下さるんだ、感謝して尽くすんだぞ!」
「そうよ、弱音を吐いて帰って来てはいけませんよ!」

わたしは両親が喜ぶ姿を見て、うれしかった。
わたしがこれ程に両親を喜ばせた事など、今まで一度も無かったからだ。
この時だけは、ノークス伯爵家の娘だと、胸を張れた気がした。


顔合わせでネイサンを一目見た時、『この結婚は上手くいく』と直感した。

「ネイサンです、今日は良く来てくれました」

ネイサンはダークブロンドの髪に、濃いショコラ色の目をしていて、
優しく、甘い笑みを浮かべていた。
彼はわたしが美人で無くても、顔を顰めたりはしなかったのだ!

「エレノアです、どうぞよろしく」

ネイサンは話題が豊富で、飽きさせない話術を持っていた。
家から出ず、庭弄りばかりをしていたわたしは、大して話せる事がなく、助けられた。

ネイサンは流石侯爵子息で、所作が美しく、言葉遣いも上品だ。
兄と似ていて、自信に満ちているが、他人を軽視したりはしない。
わたし相手にも笑い掛け、気を遣ってくれ、優しくエスコートしてくれる…
完璧な男性だ!

わたしは乗り気だったし、ネイサンの方もわたしを気に入ってくれ、
一月後には婚約の運びとなった。
そこまでは問題無く進んだのだが、その後がいけなかった。

「将来は侯爵夫人になるのですからね、ボーフォート家の恥にならない様、
教育を受けて頂きます___」

侯爵夫人…ネイサンの母親ドロシアから言われ、わたしは侯爵家の離れに住み、
必要と言われる教育を受ける事になった。
それは、侯爵家の歴史に始まり、侯爵夫人の在り方、礼儀作法、言葉遣い、身形…
外国語、ピアノ、刺繍、乗馬…様々、多岐に渡っていた。

食事制限や痩せろと言われるのも辛かったが、外国語やピアノ、刺繍など、
苦手なわたしにとっては、悪夢の様な日々だった。

だが、婚約者ネイサンの為、そして、両親を喜ばせる為…と、
わたしは教育係に言われるままに励んだ。

教育係から罵倒される事は日常茶飯事で、わたしが出来ないとノークス伯爵家まで悪く言われた。
悔しく、辛い日々だった。
それに耐え抜き、努力したのだが、半年以上が経ち…

「エレノア様には、外国語は無理でしょう、ピアノも酷いものですし、刺繍も出来ません。
礼儀作法と言葉遣いは何とかなりましたが、とても私の手には負えません」

目の前で、教育係から侯爵と侯爵夫人に報告され、わたしは血の気が引いた。
婚約破棄され、侯爵家を追い出されるのでは…と震えたが、そんな事にはならなかった。

「伯爵家の娘だ、仕方がない、礼儀作法が出ていれば、人前には出せるだろう」

侯爵の許しが出て、結婚式の準備に入った。
わたしは二十歳の誕生日を迎え、そして、一月が経った。
つい、三日前まで、教育係はわたしに彼是と小言を言い、暴言を吐いていたが、漸くそれも終わった。

「少しはマシになりましたけどね、今後は侯爵夫人を見習うんですよ!」

教育係は最後まで厳しい顔をしていた。
去って行く後ろ姿に、わたしがどれ程安堵したか…
その夜、どれ程喜びの涙を流した事か…きっと、気付いた者は居なかっただろう。


「エレノア様、お時間です___」

レディースメイドに促され、わたしは教育係に習った通りに鉄面皮を被り、部屋を出た。

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