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わたしはクララの手を引き、魔法薬学の教室に駆け込んだ。
予想通り、教室に生徒の姿は無かった。
だが、予想に反して、教師の姿があった___

長い銀髪を後ろで束にした、白衣姿の教師…サイファー・オッド先生。

他の教師であれば、構える所だが、彼に対しては違う。
煩く言ったりしないし、融通が利く事を、知っていた。

「昼休憩にまで熱心ですね、復習ですか?」

わたしはクララの手を引き、サイファーの前まで連れて行った。

「先生!彼女、髪を切られたの!何とかしてあげて!」

「何とか、ですか?」

銀縁眼鏡の奥から、青灰色の目が探る様にクララを見た。
クララは怯えた様に、身を竦め、上目に彼を見ていた。

「先生なら、髪を伸ばす薬を持っているでしょう?」

「そういう事なら、手を貸しましょう___」

サイファーは徐に、クララの残っているおさげを手に取ると、それをバッサリと切り落とした。

「!??」

クララは目を見開き、固まった。
悲鳴を上げる事も出来ない程のショックを受けたのだと分かる。
わたしは彼女が倒れてしまわないかと、その細い身体を支えた。

「クララ!しっかりして!先生!酷いわ!何するのよ!!」

サイファーは切り落としたおさげを机に置くと、棚から瓶を取り出して来た。

「何と言われましても、髪を伸ばすのですから、揃えていた方がいいでしょう?」

「た、確かにそうね…」

伸びるのならね…

「先生、その薬で、本当に大丈夫なんですか?」

これ以上、酷い事になれば、クララが再起不能になるのではないか…
わたしは恐々としていたが、サイファーは至って平然としていた。

「ええ、ですが、あなた方では無理ですよ。
私でなければね、少し魔法も使います___」

サイファーは瓶から粉を一摘まみ取ると、クララの頭に振り掛けた。
そして、何やら難しい呪文を唱え、手を振った。
すると、クララの茶色の髪が、徐々に伸び出した。

「凄い!クララ!あなたの髪、伸びてるわよ!」
「本当だわ!」

クララも顔色を戻し、笑顔になった。
だが、一向に伸びるのを止めないので、わたしは慌てて声を上げた。

「先生!いい加減に止めて下さい!床に付いちゃうじゃない!」

サイファーが呪文を止めると、髪の伸びも止まった。
だが、既に、クララの髪は脹脛まで伸びている。

「もう!こんなに長いと不便でしょう!」

「そうですか?私は別に不便ではありませんよ?」

サイファーは自分の長い銀髪を掴んで見せた。

黙れ!長髪マニアめ!!

「どうやって切ろうかしら…」

髪型のセットは出来るが、カットはやった事が無い。
前世では美容院に行っていたし、舞台に上がる時も鬘を被る位だ。

「長さはどの位が良かったんですか?」

「この辺りです…」

クララが髪を掴む。
サイファーがナイフを取り出したのを見て、わたしは咄嗟に叫んでいた。

「待って!先生___」

だが、遅く、サイファーはザクザクとそれを切っていった。

いやああああああ!!!

わたしが内心で悲鳴を上げる中、サイファーは手を止める事無く、
それを切り終えた。

「いかがですか?」

出来栄えに関して言えば…見事に揃っている。
とてもナイフで切ったとは思えないわ…
クララも目を輝かせ、お礼を言っていた。

「十分です!先生、ありがとうございます!」

流石、長髪マニアね…
見直したわ…

わたしが内心で感心していると、
サイファーが銀縁眼鏡の奥で、意味あり気に目を光らせ、薄く笑った。

やだ、顔に出ていたかしら??


切り落とされた髪の処理を手伝うつもりでいたが、サイファーがあっさりと魔法で片付けた。
魔法の腕も相当らしい。
きっと、魔力も高いのだろう。
それが、何故、魔法学園で魔法薬学の教師をしているのか…?
教師らしくもないのに、不思議だわ。
そういえば、前に、刺激を求めて教師になったと言っていたけど…
それも理解し難かく、頭を振った。

クララが再び髪をおさげに結おうとしていたので、わたしは止めた。

「待って!きっと、おさげがいけないのよ!切りたい衝動にさせるんじゃない?
ハーフアップにした方がいいわ、やってあげる!先生、櫛を貸して!」

わたしは強引に言い包め、サイファーから櫛を借り、
クララの髪のサイドを少しずつ取り、ハーフアップにした。
優しい茶色の髪は、豊で艶もある。

「可愛い!似合うわよ!今日の所はこれでいいわ!
明日からは、ゆるふわのカールを入れるのよ、リボンを結んでね!」

「ありがとうございます…」

「ああ、忘れてたけど、髪型が崩れない魔法を掛けるわね!」

わたしはそれをクララの髪に掛けた。

「いい匂い…」

クララが思わず漏らした感想に、わたしは手を叩いた。

「そうでしょう!薔薇の匂いなの!
この魔法はパトリックから教えて貰ったのよ、あなたもやってみるといいわ」

わたしはサイファーからペンを借り、呪文を書いてクララに渡した。
だが、クララの顔は、あまりうれしそうではなかった。
彼女は泣く寸前の様な笑みを浮かべた。

「アラベラ様は…パトリックと、仲が良いのですね…」

ああ!誤解させちゃったのね!

「ええ、クラスメイトだし、隣の席なの、だけど、特別な感情は無いわよ?
わたしには婚約者がいるし、安心して!」

これまで忘れていた婚約者の存在を思い出し、使わせて貰った。
婚約していて良かったわ!
クララも思い出したらしく、顔を赤くした。

「すみません!私ったら、アラベラ様に失礼な事を…!
こんなに良くして下さったのに…恩知らずだわ…恥ずかしい!」

そこまで落ち込まなくても…

「いいのよ、好きな相手が異性と仲良くしていたら、不安になるものよ」

「好きな相手!?な、何故、分かったのですか!?…いやだ!」

クララはとうとう、両手で顔を隠した。
『見ていれば分かるわ』、何て言えば、更に慌てさせるだろう…

「わたしは特別、勘が良いのよ!それに名探偵並みに推理力があるわ!
大丈夫よ、パトリックは鈍いもの!」

わたしは明るく笑って見せた。
クララは幾分、平常心を取り戻した様だが、暗い表情で小さく笑った。

「は、はい、そうですね、パトリックは鈍いんです…
私の気持ちになんて、気付きません…
想いを込めて贈り物をしても、彼にとっては、他のものと一緒なんです…」

奥ゆかしい令嬢らしい、上品なアプローチだが…
まぁ、気付かないでしょうね…
面と向かって言わない限り、パトリックが気付くとは思えなかった。

「ほら、元気出して!パトリックは難易度も高いもの、そんな事でへこたれてちゃ、
攻略出来ないわよ!」

「攻略…?」

「言葉の綾よ、さぁ、後は、顔ね…」

わたしは誤魔化しつつ、クララの顔を覗き込んだ。
泣いた跡が見える。
髪を切った者たちに、泣いたなんて思わせたくないわ!!

「顔を洗って、お化粧しましょう!やってあげるわ!
ああ、先生、ありがとう!助かったわ!」

教室を出る寸前に思い出したので、礼を言うのがついでの様になってしまったが、
サイファーは気にする様子もなく、ゆったりと微笑み、頷いた。


水飲み場で顔を洗い、Aクラスに向かった。

「さぁ、座って!」

わたしはさり気なく、クララをパトリックの席へ促した。
クララはそこがパトリックの席だと知っていた様で、顔を赤くし、もじもじとしながら、座った。
過剰に意識し、緊張しながらも、うれしさを隠しきれない、片想い女子!
うう~ん!可愛い!
わたしはニマニマとしてしまいそうで、口元を震わせた。

「わたしに任せて、目を閉じていてね!」

鞄から取り出しますは、令嬢必須アイテムの化粧道具だ!

良い機会なので、クララをイメージチェンジする事にした。
クララは化粧が薄い。自然だし、真面目な学園生らしいが、
一方で、『野暮ったい』、『暗い』といった印象を与える。

クララの可愛らしさを引き立たせる化粧をしなきゃ!

目立たない様に頬紅を入れ、目尻にも淡いピンク色を乗せる。
細くアイラインを引き、薄くマスカラを乗せる…
唇は艶やかなコーラルピンクにした。

「さぁ、いいわよ!目を開けて!」

クララが目を開ける。
手鏡に映る自分の顔を見て、息を飲んだ。

「まぁ!自分じゃないみたいです…」

「大袈裟ね!あなたの魅力を引き出しただけよ」

「私の魅力…?」

クララはまだ信じられないという様に、鏡を覗き込んでいた。
これで少しは自信を持てるといいけど。

「さぁ!急いで食堂へ行きましょう!食いっぱぐれちゃうわよ!」

「食い…?」

思わず下賤な言葉が出てしまい、クララに目を丸くされたが、
空腹の今、気にしてはいられないわ!

「さぁ!急ぐわよ!!」

わたしは急いで化粧道具を片付けると、クララの手を引き、廊下を突進した。
擦れ違う生徒たちが、さっと道を開けてくれ、難なく食堂に辿り着く事が出来た。
昼休憩も終わる頃なので、食堂は閑散としていた。
わたしたちは我が物顔でトレイを取り、残っていた料理を乗せていった。

「まだ料理が残っていて良かったわね!いただきまーす!」

わたしがバクバクと食べ進める中、クララがポカンとし、わたしを見ているのに気付いた。

「どうしたの?食べないの?元気出ないわよ?」

「いえ、その…アラベラ様は、私たちとは違って、雲の上の人だと思っていたので…」

「イメージを壊しちゃった?」

「いえ、その…気を悪くされなければ良いのですが…
親しみ易くて、安心しました」

クララが頬を赤くし、はにかんだ。

「気を悪くなんてしないわよ、だけど、そうね…
いつもは、《雲の上の公爵令嬢》でいなきゃいけないの」

ドレイパー家はそれを望むだろう。
それに、わたしは悪役令嬢だもの、威厳を失くしてしまってはいけない。
圧倒的な存在感があってこそ、舞台も引き立つというものだ。
それに、そうでなければ、きっと、わたしの存在なんて、直ぐに忘れられる…

「あなたの前では、息抜きをさせてね、クララ」

わたしが微笑むと、クララはオリーブグリーンの瞳を輝かせた。

「はい!勿論です!
何でもおっしゃって下さい、私、アラベラ様の為なら、何でも致します!」

うれしいけど、それは困るわ…

「ありがとう、クララ。でも、何もしなくていいの。
あなたがあなたで居てくれたら、それがわたしの癒しだわ」

アラベラには友達がいない。
ドロシアとジャネットとは、利害関係に過ぎない。
一歩踏み込もうとしても、価値観が合わないのだ。

パトリックとブランドンは、友達と言えるかもしれないが、
彼等はまだ完全には、わたしを信じていない。
エリーと何かあれば、簡単に手の平を返すだろう。

クララとは、友達になれる気がした。
こうして一緒に居るだけで、楽しいし、安心出来る、孤独を感じないで済む…
それが、どれ程、わたしの助けになるか、きっとクララには想像も付かないだろう。

クララにとっては、良く無い事かもしれないけど…

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