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「あいつ馬鹿じゃね?」
「自分で足滑らせてんの!笑うよなー」
「あいつ、マジでムカつくんだよ…」
「明日もさー…」

放課後、《アラベラの庭》に向かっていた所、数人の男子生徒と擦れ違った。
男子生徒たちはわたしに気付くと、さっと顔を伏せ、走って行った。
わたしを恐れているのかと思ったが、どうやらそうでは無かったらしい…

次に、一人の女子生徒が、のろのろと歩いて来た。
彼女は頭から水を被ったのか、全身がびしょ濡れで、震えていた。
一瞬、エリーかと思ったが、違っていた。
濡れて、棒にも見えるその二本のおさげの髪は、茶色だ。

「あなた、どうしたの?大丈夫?」

わたしが声を掛けると、彼女はビクリとし顔を上げた。
その顔は酷く蒼褪めている。
大丈夫そうではないわね!

「大変!兎に角、拭いて、体を暖めなきゃ!」

わたしは取り敢えず、覚えたての防寒魔法を彼女に掛けた。

「どう?少しはマシになった?」

「は、はい…ありがとうございます…」

「いいわよ、それより、早く医務室に行きましょう!着替えなきゃ!
そういえば、服を乾かす魔法ってないの?わたしは知らないんだけど…」

「私の魔力では、難しくて…」

「そう、だったら、急ぎましょう!風邪をひいちゃうわ!」

わたしが彼女を急かし、校舎に戻っていた時だ。
校舎から、小柄な男子生徒…パトリックが走り出て来た。

「ドレイパー!君、クララに何をしたんだ!」

パトリックが恐ろしい顔をして、わたしを責め始めたので、思わずポカンとしてしまった。

「ここの所、大人しくしていると思っていたけど…僕たちを欺く為だったんだね!
エリーが言っていた通りだ!君を信じた僕が馬鹿だったよ!」

成程、エリーはわたしを疑っているのね…
この間は助けてあげたのに、それも《企み》だと思われていた様だ。
ガッカリするが、ヒロインには、嫌われておく必要がある…

わたしがぼんやりと考えていたからか、パトリックはそれを肯定と受け取った。
顔を引きつらせ、強引にクララの手を掴むと、わたしから引き離した。

あら!男らしい所もあるのね!

感心するも、男らしいパトリックはそこまでだった。

「パトリック、違うの!アラベラ様は、私を助けてくれたの!
アラベラ様に酷い事、言わないで!」

クララに言われたパトリックは、ポカンとし、「え?え?」と、わたしとクララを交互に見た。
わたしも、クララとパトリックを交互に見てしまった。
二人は知り合いなの??

「だけど、その恰好は…?」

パトリックに聞かれたクララは、急に勢いを消し、目を落とした。

「私が、自分で足を滑らせて…池に落ちたの」

パトリックは再び怪しむ顔になった。

「今は冬だよ?池に行くにしては、早いんじゃないの?」

わたしはその時、彼女の前に擦れ違った、男子生徒たちの事を思い出した。

「あなた、虐められているんじゃない?」

わたしが聞くと、クララは体を固くした。
パトリックはというと、息を飲み、クララに詰め寄った。

「虐められてるなんて、僕は聞いていないよ!?
何故、僕に話さなかったんだよ!クララ!」

クララは俯き、身を固くしている。
パトリックには話したくないのだろう…

「パトリック、彼女を責めるのは止めて、早く着替えさせなきゃ!まずは、医務室よ!」

「あ、ああ…ごめん」

パトリックは我に返り、クララを離した。
だが、わたしもパトリックもクララも、冷静では無かったのだろう。
『パトリックの魔法で乾かせば良い』と、誰も思い付かなかったのだから。


「パトリックは、そこで待っていてね」

パトリックには、廊下で待っていてもらう事にして、二人で医務室に入った。
医務室には先生がいて、クララの格好を見て驚いていた。

「まぁ!どうしたの?早く着替えましょう…」

濡れた服を脱がせ、タオルで体を拭く…
幸い、怪我はしていなかった。
借り物の制服に身を包むと、クララも幾らか安堵した様だった。
医務室の先生が魔法で髪を乾かしてくれ、彼女は再びおさげに結っていた。
結わない方が可愛いのに…

「自分で足を滑らせて、池に落ちたんです…」

クララは先生にも同じ事を言っていた。
先生も怪しんでいたが、「何かあれば、いつでも来ていいのよ」と温かい紅茶を出してくれた。

「あなた、パトリックと知り合いだったのね、どういう関係?」

わたしが聞くと、クララは視線を紅茶のカップに落とした。

「親同士が、仲が良くて…パトリックとは、幼馴染です…」

パトリックの幼馴染…
ゲームにそんな子居たかしら?
記憶を辿ったわたしは、それを思い出した。

居たわ!
パトリックの幼馴染の女の子!
クララ・ケード男爵令嬢!

パトリックに片思いをしていて、パトリックルートでは、ヒロインの恋敵になる!
内気で大人しく、パトリックも何かと気に掛けている。
大体の所、パトリックに片思いをしたまま、ゲームは終わってしまうが、
唯一、トゥルーエンドでは、両想いになれていた気がする。

「虐めに遭っている事、パトリックに知られたくないのね?」

わたしが小さく聞くと、クララは顔を赤くした。
成程ね…
この世界でも、クララはパトリックに片思い中らしい。

「パトリックが知れば、守ってくれるわよ?」

クララは頭を振った。

「私、小さい頃から、パトリックに迷惑を掛けてばかりいるから…
私一人でも、ちゃんと出来るって、見せたいんです…」

擁護対象ではなく、対等な女性として、パトリックに見て欲しいのだろう。

「その考えは偉いと思うわ。
だけど、男子から虐められるなんて…放っておけないわ!
そういえば…何故、虐められているの?」

「私が…こんな風だから…見ていて苛々するみたいで…」

クララがもじもじとカップを弄る。

「内気でオドオドしているから?
そんなの、人の勝手じゃない!
放っておけばいいのに、虐めるなんて、許せないわね!」

さて、どうしてやろうかしら?

「クララ、今からわたしとあなたは友達よ!
虐められそうになったら、わたしの名を出すといいわ。
『アラベラ様に言い付けるわよ!』ってね!
わたしは皆から恐れられているから、効果あると思うわよ?」

「でも…アラベラ様にご迷惑が…
それに、私なんかと友達では、アラベラ様が恥ずかしい思いをします…」

「恥ずかしくなんてないわよ!クララ、もっと自分に自信を持って!」

「自信なんて…」

クララがふるふると頭を振る。

「まぁ、いいわ、これからよろしくね、クララ!」

わたしが手を差し出すと、クララは縋る様にわたしを見た。

「あの、本当に?私なんかを…アラベラ様のお友達に、して下さるのですか?」

「《私なんか》って言うのを止めたらね!」

わたしは強引に、彼女の手を取り、握手をした。

「ありがとうございます…
あの、アラベラ様、私が虐められている事、姉には言わないで頂けますか?」

「お姉さん??」

「はい、私の姉は、アラベラ様の侍女をしています…」

ああ!と、それを思い出した。

「あなたが、ハンナの妹だったの!?」

二年Cクラスに居ると聞いていた…

クララは顔を赤くし、頷いた。

「はい…姉から、アラベラ様の事を聞いています…
とてもお優しい方だって…薔薇を下さったり、お休みも下さって…
この間は、姉と一緒にお茶をしたんです…
あんな風に姉と過ごせるるなんて、夢みたいで…アラベラ様のお陰です…」

感謝されているけど…
お休みをあげるのは当然だし、これまでは酷い扱いをしてきた筈だ…
わたしは過去の自分を思い出し、冷や汗が落ちた。

「そ、そう、良かったわね、姉妹仲が良いのね、羨ましいわ!
ハンナは優しいし、良く気が付くの、素敵なお姉さんね。
さぁ、パトリックが心配しているわよ、行きましょう!」

わたしは強引に話を切り上げ、クララの背を押した。

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