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しおりを挟むいつもの朝、ハンナに綺麗に髪を巻いて貰ったわたしは、
逸る気持ちで、パトリックから教えて貰った呪文を使った。
紫色の光に包まれる___
光が消えると、ふんわりと、甘い香りが鼻をくすぐった。
パトリックに掛けた時と同じ、薔薇の香りだ。
「どうして匂いが付くのかしら?」
パトリックが使った時には、無臭だったのに…
「アラベラ様、魔法ですか?」
ハンナに聞かれ、わたしは姿見から彼女の方を振り返った。
これまでハンナは、自分からは極力口を開かなかったが、
わたしの態度が変わった事で、最近では、自然に話し掛けてくれるまでになっていた。
「ええ、そうよ、優秀なクラスメイトが教えてくれたの。
この魔法を使うと、幾ら動いても、髪型が崩れないのよ!凄いでしょう!」
わたしは縦ロールを一本取り、崩して見せた。
それは直ぐにくるくると元の形に戻る。
「まぁ!素晴らしい魔法ですね!それに、いい匂い…」
「ふふ、そうでしょう、ありがとう!」
良さが分かって貰え、わたしは上機嫌だった。
「魔法が使えるなんて、羨ましいです…私は魔力を持っていないので」
ハンナが寂しそうに言う。
魔力を持っていれば、侍女なんてせずに、魔法学園に通っていただろう。
「ハンナは侍女の他に、やりたい事は無いの?結婚は?」
ハンナは十九歳なので、そろそろ結婚の話も出て来る筈だ。
ハンナは恥ずかしそうに身を縮めた。
「はい、縁談が来るまでは、侍女をするつもりです。
私は他に何も出来ないので…」
「あら、掃除も出来るし、気遣いも出来るし、優しいし…
ハンナなら、きっと良い奥さんになれるわよ!」
「ありがとうございます…
私は魔力を持っていないんですが、妹には魔力があって…
アラベラ様と同じ、二年生です。
Cクラスなので、ご存じないとは思いますが…」
ええ、ご存じなかったわ。
アラベラは自分にしか興味が無いので、クラスメイトでさえ、碌に覚えていない。
他のクラスの生徒など、論外だ。
前世を思い出してからは、改めているが、流石に他のクラスの生徒までは覚えていない。
選択教科が一緒ならまだ分かるけど…
「言ってくれたら良かったのに!妹には会えているの?」
「いえ…妹は下級貴族用の寮ですし、私は仕事がありますし…」
「そんな!折角近くに居るんだから、会うべきよ!
これから週末は、半日休みにするから、二人で過ごしなさい。
出掛けてもいいわ___」
学園寮付きの侍女は、休みも決まっているが、ハンナの様に部屋付になると、
給金は良いが、仕事も休みも、部屋の主次第になる。
思えば、これまで休みなど、一日たりとも与えていなかった…
「ですが…アラベラ様がお困りになるのではありませんか?」
「急がある時はお願いするけど、こう見えて、お茶位は淹れられるのよ?
他は纏めてやってくれたらいいわ。少し大変かもしれないけど、構わない?」
「はい!私、頑張ります!アラベラ様、ありがとうございます…」
これまで、ハンナの事を、印象が薄く地味だと思っていたが、
穏やかで優しい彼女の笑みは、聖母を思わせた。
わたしも自然と、微笑み返していた。
◇
パトリックは、わたしが掛けた魔法は「直ぐに解けた」と言っていたが、
わたしが自分に掛けた、髪型維持の魔法は、放課後になっても取れていなかった。
「相手がパトリックだったから、無意識に加減したのかしら?」
人に掛けるのと自分に掛けるのとでは、気合も違う。
パトリックがあんなに嫌がるとは、思ってもみなかったけど…
「結果、オーライよね!」
わたしは縦ロールの髪を見せびらかす様に、殊更大きく振って歩いた。
擦れ違う生徒たちからの、羨望の眼差しも、気持ちイイ!
前世では味わう事が出来なかっただけに、わたしの満足感も大きかった。
無駄にモデルウォークをしていた所、廊下の端に、二人の女子生徒を見つけた。
あれは、ドロシアとジャネット?
わたしは嫌な予感がし、モデルウォークを止め、足を速めた。
「どうしてくれるのよ!あなたの所為でスカートが汚れてしまったわ!」
「あなたの所為だもの、当然、弁償してくれるわよね?」
「だけど、安くはないわよ?あなたのスカートが十枚は買えるわ、エリー」
エリー!
その名を聞き、わたしはカッと血が上っていた。
「ドロシア!ジャネット!何をしているの!」
わたしが声を張り呼ぶと、二人はビクリとして振り返った。
二人越しに、エリーの姿が見える。
エリーは怯え、鞄を胸に抱いていた。
「アラベラ様、この女が私にぶつかって来たんです!」
「そうです!わざとなんです!酷い女だわ!」
ドロシアとジャネットは、頻りに自分たちの正当性を訴える。
だけど、その裏にあるものが、わたしには分かる___
「歩いていればぶつかる事位あるでしょう?許して差し上げたらよろしいわ」
「ですが、アラベラ様!この女は生意気なんです!」
「そうよ!平民女の癖に!!」
「お黙りなさい!エリー、早く行きなさい」
わたしがエリーに言うと、彼女は怯えた表情で逃げて行った。
わたしは息を吐き、二人に向き直った。
「ドロシア、ジャネット、もう、こんな事はしないで。
わたくしから始めた事だけど、今では愚かな事をしたと反省しているわ。
魔法学園では、爵位や家柄は関係無い、その理念に、わたくしたちも従いましょう。
皆と仲良くするのよ、より良い学園生活の為にね…」
わたしは二人に笑みを見せた。
当然、二人も賛同してくれると思った。
だが、二人は不貞腐れた顔で、渋々「はい、承知しました」と零した。
「スカートが汚れたのだったわね?わたくしが代わって弁償しましょう」
「そんな!アラベラ様は関係ありません!」
「エリーを助けたいの、後で請求して下さる?」
「は、はい…」
アラベラが居ない時にも、エリーを虐めていたなんて…腹立たしい!
見た所、スカートに汚れは無かった。
わざとぶつかって、言いがかりを付ける…アラベラが良く使っていた手だ。
「自分が嫌になるわ…」
前世を思い出すまで、意地悪だったし、酷い人間だった。
前世を思い出さなければ、そのままでいただろう。
自分もそうなのだから、あの二人に何を言っても、無駄かもしれない…
「あの二人、このまま、手を引いてくれたらいいけど…」
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