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エリー、パトリック、ブランドンは、いつも一緒に席を立ち、教室に戻る。
流石に、そこまで割り込んでは、怪しまれるだろうから、わたしは少し遅れて席を立つ事にしていた。
ドロシアとジャネットが付いて来るのを、「ごめんなさい、一人で散歩がしたいの」と断り、
一人で景色を楽しみながら、ぶらぶらと帰っている。

「あれから、見掛けないわね…」

あの日以降、黒猫を見掛けない。
いつ出会っても良い様に、果実やらお菓子やらを持ち歩いているのだが、
出会う事はなかった。

「ペットを飼おうかしら…
だけど、ペットを残して死ぬのは、可哀想よね…」

誰かに引き取って貰ったとしても、可哀想な気がする。

「でも、猫なら、三日で忘れるって言うわよね…」

忘れられたくないけど…

わたしが「むむむ」と唸っていると、「ドレイパー!」とパトリックが走って来た。

「あら、どうしたの?忘れ物?」

「いや、この間、約束したよね、髪型が崩れない魔法を探すって…」

「見つかったの!?」

わたしはそれを思い出し、目を見開いた。
パトリックは本当に探してくれていたのだ!

「うん、呪文を使う魔法でね、君の髪で試してもいいかな?」

「ええ!勿論よ!やってみて!」

パトリックは何か呪文を唱え、わたしの髪に向け、手を翳した。
青い光に包まれ、それが消える…

「どう?成功?」
「どうかな?変わった様には見えないんだけど…」
「だったら、崩してみましょう!見ていてね!」
「ええ!?ドレイパー?」

わたしはわしゃわしゃと自分の髪を掻き混ぜた。
髪は見事に崩れ、ぐしゃぐしゃになる。
だが、それは一瞬後、元の形に戻り始めた。

「凄いわ!戻ってる!見た?パトリック」

喜ぶわたしとは違い、パトリックの顔色は悪い。

「うん、見たよ、戻って良かったよ…
どういう効果が出るか分からないのに、無茶しないでよ、ドレイパー」

心配症ね!
きっと、真面目で責任感が強いのね。
それに優しい…
その優しさは、わたしの胸を温かくしてくれた。

「そうね、午後からの授業を、鳥の巣頭で受ける事になってたかも!」

わたしの軽口に、パトリックは相貌を崩し笑った。

「これが呪文だよ、効果がどの位かは分からないけど…」
「ありがとう、分かったら教えるわね」

わたしはパトリックから、呪文の書かれた紙を受け取った。
古い呪文の様で、古代文字が並んでいた。
わたしに読める筈もなく、パトリックから読み方を習った。

「ねぇ、あなたの頭で試してもいい?」

わたしが言うと、パトリックは顔を強張らせたが、渋々頷いた。

「ドレイパー、慎重にね、間違えないでよ?」
「大丈夫よ、間違えても、魔法が発動しないだけでしょ?」
「ま、まぁ…そうだと思うけど…」

パトリックが青い顔で、小刻みに震えている。
心配症じゃなくて、小心者なのかしら??
きっと、繊細なのね…

「それじゃ、覚悟はいい?」
「い、いいよ!」

パトリックが、ぎゅっと目を閉じた。
失礼ね!わたしの実力を見せてあげるわ!
わたしはパトリックの白金色の頭に手を向け、呪文を唱えた。

『____!!』

紫色の光に包まれた。
魔法は無事に発動した様だ。

「どう?パトリック、頭を振ってみて!」

パトリックが頭を振る。
その柔らかな白金色の髪は、サラサラと揺れ、元に戻った。

「成功ね!やったーーー!!」

飛び上がるわたしに、パトリックも小さく笑みを浮かべたが、直ぐに顔を顰めた。

「ドレイパー、何か、変な臭いがしない?」

わたしはパトリックの髪に顔を近付け、臭いを嗅いだ。

「変な臭いっていうか、薔薇っぽいわよ?」

「薔薇!?」

パトリックの顔が、《この世の終わり》の様に悲愴の色を浮かべた。

「薔薇はいい匂いよ?」

「薔薇なんて嫌だよ!僕は男なんだよ!?戻してよ、ドレイパー!!」

いつもは冷静なのに、動転すると普通の少年になるのね…
なんて、呑気に観察している場合じゃないわよね?

「パトリック、戻す呪文はあるの?」

「ええ…?」

考えていなかったのね…
パトリックは今や泣きそうだ。

「分かったわ!それじゃ、集中して、もう一度唱えるわね!」

「止めてよ!!」

パトリックが悲鳴を上げた時、その頭に黒い物が落ちて来た。

「うわああ!!」

パトリックは大声で喚くと、突然、走り出した。

「パトリック!落ち着いて!それは、ただの猫よ!」

わたしは大声で言い、パトリックを追い掛けたが、彼は黒猫を振り落とし、
全力疾走して行った。

「もう、大袈裟ね!あなたも、パトリックを虐めちゃ駄目よ?
彼は小心者…いえ、繊細なの!」

わたしは黒猫に言い聞かせ、ポケットから果実を取り出した。

「あなたに会ったら、あげようと思ってたの!食べる?」

わたしが聞くと、黒猫は大きく口を開け、「ニャー」と鳴いた。

「可愛い~~~!!」

わたしは悶えつつ、果実を黒猫の前に置いた。

「あなた、わたしに飼われなさいよ、毎日美味しい物を食べさせてあげるわよ?
ただ、半年後には、お別れだけどね…そんなの、嫌かしら?」

でも、半年間、側に居て欲しいわ…

黒猫は果実を食べると、何事も無かったかの様に、歩いて行った。

「ツレナイ…でも、そういう所が好き!!」


教室に戻ると、パトリックが席に座っていた。
あんな騒ぎなど忘れさせる程に、いつも通りの涼しそうな顔をしている。

「パトリック、大丈夫だった?」

わたしが声を掛けると、彼は口元を引き締め、僅かに頬を赤くした。

「うん、その、急な事で…すっかり動転してしまって…」

わたしは言わんとする事を察し、頷いた。

「分かってるわ、忘れましょう、それより、問題は臭いを落とす方法よね…」

「それなら、解決したよ。
君の掛けた魔法の効き目は、5分と持たなかったみたいだよ」

パトリックが頭を振る。
彼の髪はいつもサラサラとしているので、効果の程は分からなかったが、
パトリック的には、いつもの状態の様だ。

「変な臭いも消えたよ」

パトリックが満足そうな笑顔を見せる。
わたしは眉を顰めた。

「変な臭いだなんて!あなた、薔薇に呪われるわよ!襲われるかも!」
「何とでも言ってくれていいよ、ドレイパー、だけど、もう二度と、僕には掛けないでね!」
「分かったわよ、ブランドンにしておくわ」

わたしが言うと、パトリックは吹き出した。
良かった、機嫌も直ったみたいだ。

ふと、わたしは視線に気づき、顔を上げた。
驚く事に、視線の相手はエリーだった。
彼女は目が合うと、さっと顔を背けた。

わたしたちが親しくしていれば、気になるわよね…

ゲームでは攻略対象者で、
この世界では、エリーの味方、恋人になりうる友達だ。

でも、あなたには、アンドリューがいるから、いいでしょう?


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