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◇◇ リアム ◇◇

リアムとアドリーヌの婚約が破棄になったという噂が、一体何処まで流れているのか…
リアムの元に、連日の様に令嬢たちから文が届いていた。
内容はどれも同じで、婚約破棄になった事に関してだ。

ある者は同情を寄せ、慰めたいと、大仰な言葉で書き。
ある者は結婚前に正体が分かり幸いだったと、アドリーヌを中傷した。
そして、最後は皆同じで、自分こそがリアムの妻に相応しいと締め括っていた。

リアムは、一応は目を通したが、返事を書く事は無く、どれも直ぐに暖炉へと消えた。

リアムは、アドリーヌが居なくなった事に乗じて、寄って来る様になった女性たちにうんざりとしていた。
アドリーヌが辛く悲しい思いをしているというのに、その隙に打って替わろう等…
元来清廉潔白なリアムには、薄汚く見えた。
そうであるから、リアムは決して、女性を近付け無かった。
舞踏会は勿論、公式の場、友人の館にあっても、極力行かない様になっていた。
その分、仕事に打ち込み、そして、週末にはアドリーヌと密会するのだった。


リアムは、父オベールの行動にもうんざりしていた。
どうやら、オベールは、リアムの相手を自分で見付けようとしている様なのだ。
今まで、オベールはリアムの結婚に口を出した事は無かった。
全てリアムに任せていた。
伯爵を継ぐのならば、人を見る目、女性を見る目も無くてはいけないという訳だ。

そうして、リアムが選び連れて来た女性、アドリーヌを、オベールは気に入らなかった。
それだけならば、まだ良かった。
時間は掛かっても、オベールは認めるだろうと思っていたからだ。
現に、オベールは婚約までは許してくれた。

だが、最悪な結果となった事で、
オベールは『リアムに任せておけない』と、判断を下したのだ。
オベール自身が出向き、女性を探し始めた事がそれを物語っている。

リアムは苛立った。

オベールを失望させた事…
いや、オベールにアドリーヌの素晴らしさを認めさせられなかった事に。

リアムはオベールを尊敬していた。
だからこそ、認めて欲しかった。
そして、認めないオベールに対し、不審が芽生えてしまったのだ。

「父さんがアドリーヌを嫌うのは、彼女が美人だからだ…!」

オベールの好みは分かっていた。
妻であるベアトリスを見れば一目瞭然で、慎ましく上品な女性だ。
必要以上に飾り立てたりはしない、ドレスも特別な事が無い限りは新調する事もない。
我儘を言わない、物を欲しがらない、贅沢を嫌う…
オベールと価値観が似ている、だからか、二人はまるで親友の様に分かり合えていた。

そのオベールが、アドリーヌを気に入る筈は無かった。

アドリーヌの派手で華美な見た目に、最初はリアムも良く思わなかった。
だが、アドリーヌという人を知る程に、それは気にならなくなり、
そして、彼女にとっての美意識で、価値ある事ならば、それは個性の様にも思えた。

「大事なのは人の内面、その《人》だと言っていたのは、父さんだろう?」

オベールが公平では無いと感じた。
自分が尊敬していた父とは思えない…

「父さんに、見付けられる筈がない…」

オベールがどんな女性を選んだとしても、アドリーヌには敵わないだろう。


◇◇


週末、リアムはいつもの様に、別邸からアドリーヌの住む館を尋ねた。

疑われてはいけないので、僅かな時間しか会えなかったが、
その分、彼女を求める気持ちは増した。
慣れない田舎で悲しみを抱き、過ごしているアドリーヌが健気に思え、
愛おしくなるのだ。

「アドリーヌ!」

リアムはアドリーヌに会えた喜びで笑顔になったが、
玄関に現れたアドリーヌの顔は、暗く沈んでいた。

「どうしたんだい?何かあったのか?」
「リアム…こっちへ…」

案内されたのは、館の裏手だった。
窓硝子が割られている。

「酷いな…」
「誰かが石を投げ込んで来たの…私、怖くて!」

抱きついてくるアドリーヌをリアムは抱きしめつつ、窓を見た。
使っていない物置きの様だ。

「何か盗まれたりはしていない?」
「ええ、それは無いのだけど、きっと、私たちがここに居るのを嫌っているんだわ!
出て行かなかなったら、どんな目に遭わされるか分からないわ!」

アドリーヌは怖がり、取り乱している。
リアムは肩を撫で落ち着かせようとした。

「村の誰かに見回って貰う様に、話そう」
「いいえ、村の人は信用出来ないわ…」
「だけど、不安だろう?誰かに付いていて貰った方がいい」
「ねぇ、リアム…」

アドリーヌは体を離し、顔を上げた。
可哀想に、紫色の目は涙で潤んでいた。

「母に言われたわ、暫く、異国に身を隠すべきだって…」

「異国に!?」

突然の事に、リアムは声を上げた。
だが、アドリーヌは落ち着いていた。

「この国では、皆、父の事を知っているでしょう?
父は大悪人として処刑されたわ…
あなたには分からないでしょうけど、私達、気の休まる時が無いのよ…」

リアムは、アドリーヌの立場で考え、「確かに…」と頷いた。

「分かってくれたのね!あなたが伯爵になるまで、私は異国で暮らすわ。
伯爵になったら、呼び戻してくれるでしょう?
もう、誰も、私達の仲を反対する者はいないんですもの、
その時、漸く、私達は結ばれるの…」

アドリーヌはリアムの頬を、愛おし気に撫でた。

「それでね、リアム…異国へ行く為には、纏まった資金が必要なのよ…」

名を偽り、国境を超えるには、それなりに金が必要だった。
異国で生活するにしても、運良く仕事に就けるかは分からない。
リアムにも自由になる金はあったが、それは小遣い程度のものだ。
到底足りないだろう事は分かった。

「父に話してみよう…」
「ああ!ありがとう、リアム!やっぱり、あなたは頼りになる人ね!」

アドリーヌは喜んだが、リアムの心中は複雑だった。
オベールがアドリーヌに援助をすると言うだろうか?
慈善事業には力を入れているが、全てに金を出す訳ではない、
そんな事をしていれば、幾ら金があっても足りないだろう。
オベールの審査は厳しくもあった。

「取り敢えず、今日はこの窓硝子をどうにかしよう…」
「でも、時間が無いでしょう?私が頼んで直して貰うわよ」
「だけど、こんな事をされたんだ、村へ行くのは怖いだろう?」
「え、ええ、そうね、確かにそうだわ!私ってば気が動転してたの!お願いするわ、リアム」

リアムは割れた硝子を外し、片付けると、板を取り付けた。
リアムは小さい頃から、慈善事業の手伝いをしているので、ある程度の事ならば、
自ら修理、補強する事が出来た。
荒れていた、この館の庭も、週末に来る度に、少しずつ手を入れていた。
そうした事で、アドリーヌの役に立っているという満足感もあり、
実の所、リアムは充実していた。

だが、アドリーヌが異国へ行ってしまっては、何も出来無い…

リアムの胸に暗い陰が落ちた。





最近は何かと理由を付け、フォーレの館を避け、郊外の宿に身を置いていたが、
アドリーヌへの援助を頼む為、リアムは久しぶりに館に戻って来た。

館に辿り着いた頃、雲行きが怪しくなってきた。

「お帰りなさいませ、リアム様」
「ただいま、父は居るかな?」
「はい、図書室の方においでです…」

執事に聞き、オベールに会いに図書室へ向かっていた時だ。
大きな音を立て、雨が降り出した。

「とうとう、降り出したか…」

何気無く窓の外を見ると、斜面から白い犬…愛犬のシュシュと一緒に、
誰かが走って来るのが見えた。

「一体、誰が?」

シュシュが一緒ならば、怪しい者では無いだろう。
使用人だろうか?庭師には見えないが、あんな所で何をしていたのか…
いや、それよりも、この雨の中だ、ただでは済まないだろう___
リアムは急ぎ、裏手に向かった。


「バウバウ!!バウ!!」

リアムが裏手の扉に辿り着いた時には、
シュシュの吠える声、それに、ダンダン!と、扉を叩く音がしていた。
急いで閂を開け、扉を開いた。

そこには、足元にシュシュを置き、
頭からずぶ濡れになり、震えている小柄な女性の姿があった。

「すみません、雨に遭ってしまって…」

その声も震えている。
だが、リアムは、その水色の瞳を見て、それに気付いた。

「君は…!?」

彼女を知っている!と直感的に思い、それから、それが何者なのかを思い出した。
確か、フィリップの妹だ。
いつか、転んでいた処を助けた事があった。
名は、確か、シュゼット___

「くしゅんっ!!」

シュゼットがくしゃみをし、リアムは我に返った。
こんなに濡れて震えているというのに、自分は一体何をしているのか!
リアムは慌てて彼女を招き入れた。

「兎に角、中へ…誰か!彼女を着替えさせてやってくれ!」

大きな声で呼ぶと、メイドが二人大きな布を持ち、飛んで来た。
そして、「シュゼット様、早くこちらへ…」と戸惑いもせずに、彼女を布で包み、
何処かへ連れて行った。

どうやら、メイドはシュゼットを知っているらしい。
そこから考えられる事は一つで、それに思い当たったリアムは、激しく憤った。

「父の仕業か!」

リアムは怒りのまま、早足で図書室へ向かった。

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