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しおりを挟む◇◇ リアム ◇◇
その日、リアムは父オベールに呼ばれ、書斎に入り、それを知らされた。
「これから直ぐに噂になるだろうが、昨夜、ベルトラン男爵が罪人として捕えられた」
寝耳に水の話に、流石のリアムも一瞬言葉を失った。
そのオリーブ色の目を見開き、オベールを凝視していた。
「それは…!ベルトラン男爵が、一体、何をしたというのです!?」
「先週、宰相の息子で王宮騎士団長のマリユス=イヴァンが亡くなったのだが、
死因が薬中毒でな、王宮が極秘に調べていたのだ。
マリユスに薬を流していたのが、ベルトラン男爵だと判明した。
だが、それだけではない、ベルトラン男爵は宰相と繋がりがあってな、
宰相が後ろ盾となって、手広くやっていたらしい___」
異国から薬を買い、美術品の中に隠し、貴族たちに売る。
女性を薬漬けにし、身を売らせる、異国へ奴隷として売る事もあった。
「卑劣で恥知らずなヤツめ!」
オベールは憎々し気に吐き捨てた。
事の大きさにリアムは眩暈を覚えた。
オベールと気持ちは同じだが、そこにベルトラン男爵…アドリーヌの父が関わっているとは、
とても信じられなかった。
「信じられない…何かの間違いでは?」
「おまえが間違いだと思いたい気持ちは分かる、だが、これは昨日今日の話では無いのだ!
ベルトラン男爵は爵位を継ぐ前から、宰相の駒だった様だ。
宰相の後押しがあり、あの男は爵位を継げたのだ!」
「ベルトラン男爵はどうなりますか?」
「罪は重い、良くても、爵位は剥奪、財産は没収となるだろうが、当然だ!
あの恥知らずめ!!」
リアムとアドリーヌが婚約した事で、両家が顔を合わせる機会も何度かあった。
ベルトラン男爵は愛想が良く、調子の良い人物だった。
これまで、オベールがベルトラン男爵について何かを言った事は無かったが、
今は酷く軽蔑し、嫌悪していると見て取れた。
善人の顔をし、その裏で悪行をする者を良く思う者はいないだろう。
当然ではあるし、異論も無かったが、リアムの心中は複雑だった。
何と言っても、婚約者の父親なのだ…
オベールは、それを見越した様に、リアムに告げた。
「アドリーヌとの婚約は破棄した」
普段は冷静なリアムが、これには声を荒げた。
「父さん!僕に何の相談も無く、勝手に婚約を破棄したというのですか!?」
「相談など必要ない!あの男の娘を伯爵家に迎える事は出来ん!」
「アドリーヌは関係無いでしょう!」
「娘が関係無いなど、どうして思うのだ!
伯爵夫人となる者が、あの男の娘だと知れば、領地の者は皆不安に思うだろう、
それはおまえに対する不信となるのだぞ!」
「そうだとしても、それは一時的な事です!アドリーヌの人柄を知れば、皆、納得するでしょう」
リアムは納得させられると思っていたが、オベールは違った。
オベールは厳しい顔で頭を振った。
「あの娘は駄目だ、認められん、私は最初から反対していたんだ。
おまえは若く、あの娘の上辺の美しさに惑わされ、本質が見えておらんのだ…」
オベールがアドリーヌを良く思っていない事は、リアムも薄々気付いていた。
婚約したものの、結婚の話が一向に進まなかったのは、オベールが許可を出さなかったからだ。
リアムはこれまで、アドリーヌを認めて貰おうと努めてきた。
それが今、ベルトラン男爵の件に乗じ、アドリーヌを排除しようとしている様に見え、
リアムの不満は爆発した。
「父さんこそ、分かっていない!彼女の派手な上辺だけを見て、偏見を持っているんです!
アドリーヌは伯爵夫人に相応しい、素晴らしい女性です!」
「話にならん、いいから、あの娘の事は忘れろ、
今後、おまえがあの娘と付き合う事は、絶対に許さんからな!」
リアムは無言でオベールに背を向け、書斎を出た。
リアムは、勝手に婚約を破棄した父親に酷く憤っていた。
それに、父はアドリーヌを認めようとしない!
最初から偏見の目で見て、彼女の良さを見ようとしない!
伯爵ともあろう方が、それでいいのか___!
リアムは父を尊敬していたが、アドリーヌの事で、父に対し不信感が芽生えていた。
直ぐに馬を飛ばし、アドリーヌに会いに行くつもりで玄関まで来たリアムだったが、
残念ながら、それは叶わなかった。
玄関の扉は大きく開き、数名の衛兵がぞろぞろと入って来て、リアムの前で足を止めた。
彼らは冷たい目で口元を引き締め、尊大な井出達でいる。
「ベルトラン男爵の件で、お話を伺いに来ました」
有無を言わせぬ衛兵の態度に、リアムは自分の置かれている立ち場に気付いた。
ベルトラン男爵の娘、アドリーヌの婚約者という事で、リアムも疑われていたのだ。
いや、それだけではない、フォーレ伯爵家の者皆が疑われているのだ___
それを知り、リアムは絶望した。
家を巻き込んでしまっては、アドリーヌを妻にする事など、オベールは絶対に許さないだろう。
そして、オベールは、こうなる事を予測していたのだ___
「どうぞ、気の済むまで、御調べ下さい。
我がフォーレ伯爵家の者に、恥ずべき所は一つもございません」
オベールは当主として、威厳を放ち、告げた。
その堂々とした振る舞いに、衛兵たちの方が怯んでいた。
◇◇
アドリーヌはどうしているだろうか…
リアムは心配に思いながらも、連絡を取る事は許されなかった。
取り調べと調査が終わり、疑いが晴れるまでの二週間、館の者は全員軟禁状態にあった。
そんな中、勝手な行動を取れば、更に迷惑を掛ける事になる。
リアムにはとても出来なかった。
館は隅々まで調べられたが、薬は見つからず、疑わしい記録も何一つ見つからなかった。
使用人たちは皆、フォーレ家の方々は皆立派で、悪さなど絶対にしないと証言した。
慈善活動に熱心な事で、町での評判も良く、皆口を揃え「何かの間違いだ」
「巻き込まれて気の毒に」「あの女に騙されたんだよ!」と言い、悪く言う者はいなかった。
最初こそ疑っていた衛兵たちも、次第に態度を軟化させた。
それには、アドリーヌとの婚約を、即刻破棄した事も大きかった。
その為、領地の者たちからの信頼は揺るがなかった。
「自分たちを守って下さった」と。
リアムには悔しくもあったが、オベールの判断は正しかったと言える。
無事、疑いが晴れ、衛兵たちが引き上げる中、リアムは衛兵にアドリーヌの事を尋ねた。
「アドリーヌの疑いも晴れたのでしょう?」
「表向きはな、疑わしいが、それだけでは罪に問う事は出来無い。
だが、もう関わらない方がいい、今回はこれで済んだが、
ああいう連中に関われば、身を滅ぼすぞ」
衛兵の忠告も、リアムには煩わしく思えた。
リアムは馬を飛ばし、アドリーヌに会う為、王都へと向かった。
アドリーヌは、普段、王都の別邸に住んでいたのだ。
王都までは、馬を飛ばしても一日以上は掛かるが、
リアムはアドリーヌに会いたい一心で、疲労も感じなかった。
だが、そこは封鎖され、誰も住んでいなかった。
次に、辺境にあるベルトラン男爵の館に向かうも、
そこも封鎖され、住む者はおらず閑散としていた。
近所の人に行方を聞いたが、皆顔を顰めた。
「さぁな、何処か知らないが、出て行ってくれて安心したよ!」
「夜に逃げ出したんだよ、馬車が何台か来てた」
「財産は没収された様だけどね!いい気味だ!」
だが、少年が一人、リアムに宛てた手紙を預かっていた。
「あんたがリアム?内緒で渡せって言われたよ、あの人、すげー美人だよな!
大事な手紙だろ?1000デールでいいよ」
少年は悪い笑みを浮かべ、手を出した。
少年は裕福そうではない、リアムは言われるままに払い、手紙を受け取った。
アドリーヌが手紙を…
一方的に婚約破棄されたというのに、自分を信じていてくれたのだ。
リアムは急ぎ手紙を開いた。
手紙の中で、アドリーヌは、父親のしていた事には全く気付いておらず、
自分は潔白だと訴えていた。その事にリアムは安堵した。
アドリーヌは、父親が捕まり、恐らく斬首されるだろうと嘆いていた。
悪人であっても、自分にとっては大切な父親だと…
その情の深さに、リアムは胸を打たれた。
リアムを巻き込んでしまったかもしれず、もしそうであれば申し訳ない…と、
謝罪も書いてあった。
《婚約破棄されたと聞きましたが、それも仕方のない事でしょう…》
《今の私はあなたには相応しくないでしょう…》
《何の罪も犯していない身ですが、信じては貰えないでしょう…》
ここから先の文字は震え、崩れていた。
リアムはアドリーヌの悲しみを自分の事の様に感じ、便箋を持つ手は震えた。
《あなたを失うなんて、身を引き裂かれそうよ、リアム…》
《父を失うだけでなく、最愛のあなたまで失うなんて…》
《私が何か罪を犯したでしょうか?》
《リアム、辛くて悲しいわ…》
《あなたを失った、この先の人生を思うと、涙が止まりません…》
《どうか、私に会いに来て》
《少しでも、愛してくれているなら》
非難する者も多く、身の危険を感じ、母と二人、田舎の親戚の館に身を寄せるとあった。
住所も書かれている。
アドリーヌには兄も居たが、兄とは別らしい。
リアムは手紙を懐に入れた。
直ぐにでも会いに行きたかったが、他の者…特に父オベールに知られてはいけない。
フォーレ家の館に帰ったリアムは、思っていた通り、オベールから呼ばれた。
「アドリーヌに会いに行ったのではないだろうな?」
「アドリーヌは罪を犯していません!悪いのはベルトラン男爵だけだ、
彼女に会うのは自由でしょう?」
反抗的な息子に、オベールは顔を顰めた。
「アドリーヌの事は諦めるんだ、彼女に会う事は許さん!」
「それでは彼女が可哀想です!父親を罪人として捕えられ、一方的に婚約を破棄され…
僕は彼女を愛している、諦める事など出来ません!」
「ならば、名を捨て、この家から出て行け!フォーレの名を名乗る事は許さん!
伯爵家に傷を付ける事は、今後二度と許さんからな!」
全てを捨て、アドリーヌと共に生きる___
理不尽に対する怒りはありつつも、リアムにはどうしても、そう言え無かった。
アドリーヌを愛しているが、全てを捨てるなど、考えた事も無かった。
オベールの言葉は脅しではない、リアムには分かった。
オベールにとって、守るべきものは、伯爵家であり、領地民である。
その為ならば、自分など簡単に捨てるだろう。
冷たくも思えるが、【伯爵】ならば、そうしなければいけないと教えているのだ。
そして、その考えは、リアムには理解出来、正しいと思えるのだ___
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