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「私は暫くここに居るから、一番良い部屋を用意させなさい!
いつまでかって?私の気が済むまでよ!
安心してよ、その内、出て行ってあげるから___」

ロザリーンに言われ、わたしは彼女が暫く館に滞在する事を執事に伝え、
部屋を用意して貰った。

「仕立て屋を呼んで、直ぐに服を作らせなさい!」

「無理よ、そんな勝手は出来ないわ…」

「どうしてよ、あなた、女主人でしょう?
そんな権限も無いなんて、あなた、余程信用されてないのね」

「輿入れの時に国から送られて来た衣装があるから、それを使って…」

「偉そうに言わないで!花嫁の衣装なら、それは私の物よ!
全部返して貰いたい位だわ!」

ロザリーンはわたしの部屋のクローゼットを漁り、目ぼしいドレスをごっそり抜き出し、
メイドたちに運ばせた。メイドたちは怪訝な顔をしていたが、黙って従った。

「ああ、私の事は《聖女》と紹介しておいて、もっと敬って貰わなくちゃ!」

「ロザリーン、この国には聖女はいないの、ラッドセラーム王国の時の様にはいかないわ」

「馬鹿ね、いないから貴重なんでしょう?王様が結婚を申し込む位だもの!
それから、ロザリーンなんて呼んだら、直ぐに正体がバレるわよ、
呼ぶときは《クレア》と呼んで」

ロザリーンの様子から、わたしは先行きが不安になった。
そして、それは見事に的中する事になる___





「ロザリーン、ぼくにもお姉さんを紹介して!」

晩餐の席に着いたジャスティンは、目を輝かせ楽しみにしていたが、
遅れて現れたロザリーンは、ジャスティンを見るなり、顔を顰めた。

「その子供は何?」

「紹介するわね、オーウェンの息子のジャスティンよ、八歳なの」

「嫌だ、子持ちだったの?あなた、よく結婚したわね!信じられない!
私なら、絶対に結婚なんてしないわ」

酷い言葉に、ジャスティンは当然、ショックを受けた。
小さな肩を落とし、俯いてしまった。
わたしは励ます様に、明るく言った。

「ジャスティンはオーウェンの自慢の息子なの!
可愛いし、賢くて、素直なのよ、わたしは大好きよ!」

「あなた、子供にまで謙ってるの?最悪な結婚をしたわね!」

「最高の結婚よ」

わたしが言い換えると、ロザリーンは恐ろしい目をし、わたしを睨んだ。
ロザリーンの席は、わたしの隣に用意されていたが、彼女はわたしの後ろを通り、
上座…オーウェンの席に座った。

「ロザ…あなたの席は、わたしの隣よ」

わたしは慌てたが、ロザリーンには全く通じなかった。

「あら、私は《聖女》なのよ?あなたたちと同列にしないで頂戴。
早く用意しなさいよ!席に着いたら直ぐに料理を出すのよ!そんな事も出来ないの?
この国のメイドはなってないわね」

メイドは表情を固くし、さっと踵を返した。
わたしは恥ずかしさと居たたまれなさに、消えたくなった。

「そんな風に言わないで、ここは神殿じゃないし、あなたは主人じゃないのよ」

「私は《聖女》なの、あなたと違ってね、《聖女》は神の使いよ?
神様にも、そんな事が言えて?」

「でも、この国の人にとっては違うのよ…」

「そう、だったら、私がオーウェンの妻になろうかしら?」

ロザリーンのこの発言に、わたしもジャスティンも息を飲んだ。
直後、ロザリーンは大きく笑った。

「いやだ!冗談に決まってるでしょう!
騎士団長なんて、野蛮でむさ苦しい男、私の好みじゃないわ!
彼、怖い人なんですってね?それに、邪魔な子供だっている、
良いのは金持ちって事位じゃない?」

「違うわ、素敵な人よ、それに、子供は邪魔じゃない。
ジャスティンが居てくれて、わたしはうれしいわ、助けられているの…」

「フン!偽善者ぶって!」

ロザリーンは運ばれてきたスープに、早速手を付けた。

「この国の伯爵家では、どんな料理が出て来るのかと期待したけど、
大した事無いわね…」

その後も、ロザリーンは、あれこれと文句ばかりを付け、料理の大半を残したのだった。

「騎士団長じゃ、一流の料理長は雇えないのかしら?
メイドも下の下だし、私が女主人だったら、全員首にしてやる所よ!」

そんな事を言い放ち、食堂を出て行った。
わたしは、ジャスティン、メイド、料理長に謝って周った。
皆、立場もあり、不満を言ったりはしなかったが、怒っている事は確かだった。
数人は、こそこそと悪口を言っていた。

「ぼく、ロザリーンのお姉さんに、嫌われた…」

ジャスティンは酷く気落ちし、食事も手に付かず、とうとう泣き出してしまった。
わたしはジャスティンを抱きしめ、その体を撫でた。

「泣かないで、あなたは何も悪くないわ、彼女は子供が苦手だったみたい、
ごめんなさいね…」

「ロザリーンは悪くないよ!謝らないで」

いいえ、わたしが悪かったのよ…
ロザリーンの話に乗り、彼女をこの館に入れてしまった…

わたしが、オーウェンとジャスティンの家族でいたいばかりに…


◇◇


ロザリーンは起きてから寝るまで、我儘ばかりを言い、使用人を困らせるので、
使用人に代わり、わたしがロザリーンの用事を聞く事にした。

「お茶を持って来て」
「爪を磨いて」
「湯あみがしたいの」
「退屈ね、客は来ないの?」
「庭を散歩するのはどう?気持ちがいいわよ」
「庭の散歩ですって!?あなたって、呆れる程退屈な女ね!
買い物に行って来るわ、お金なら持ってるわよ、どうせあなたは持ってないんでしょう」

ロザリーンが館の馬車に乗り、出て行くのを眺め、わたしは安堵の息を吐いていた。

だが、明日にはオーウェンが戻って来る。
ロザリーンはきっと、オーウェンを不快にさせるだろう…
それを想像すると、恐ろしかった。

「やっぱり、本当の事を話すべきだわ…」

ロザリーンに、これ以上好き勝手をさせる訳にはいかない…

わたしはロザリーンに話そうと、彼女が帰って来るのを待っていたが、
ロザリーンは晩餐の時間にも戻って来ず、館の馬車だけが戻って来た。

「男に誘われて付いて行きました。
私は帰る様に言われたので…しかし、若い娘だというのに、奔放ですね、
ありゃ、朝まで帰って来ませんよ」

御者が「信じられない」という風に頭を振った。
わたしも同じ気持ちだが、それ以上に、心配もあった。

「大丈夫でしょうか…どんな男性でした?」
「身形は良かったですよ、貴族でしょう」

貴族…
リチャードが迎えに来たのだろうか?
それならば、安心だが…

わたしはロザリーンの無事を祈ったが、御者が言っていた通り、
その夜、彼女は戻って来なかった。

翌昼前になり、漸く馬車で帰って来たが、酒を飲んだのだろう、
「気持ち悪い」と言い、部屋に入り、寝てしまった。

ロザリーンが姿を見せないので、使用人たちは喜び、ジャスティンも機嫌が良かった。

「ロザリーン、今日はぼくと遊んでね!」

「ええ、でも、今日は、お父様が帰って来られるかもしれないわよ?
それに、昼からはお勉強もあるわよ?」

「ロザリーンも一緒に勉強して!」

「んー、先生を怒らせない自信は無いわ。
ジャスティンが勉強をしている間に、わたしはビスケットを焼くというのはどう?」

ジャスティンが目を輝かせた。

「ロザリーンは、ビスケットが焼けるの!?」

「ええ、食べてみたくない?」

「食べたい!」

「それじゃ、あなたは勉強を頑張ってね、わたしはビスケット作りを頑張るわ!」

ジャスティンを部屋へ送り、わたしは調理場を借りて、ビスケットを作り始めた。

ジャスティンの為に…
オーウェンが帰って来たら、彼にも食べて貰いたい…

わたしはロザリーンの事は忘れ、幸せに浸り、ビスケットを作った。


ビスケットはお茶の時間に間に合い、ジャスティンと一緒に、テラスで食べた。

「美味しい!これ、本当に、ロザリーンが焼いたの!?」
「ええ、そうよ、気に入った?」
「うん!また焼いてね!ぼく、毎日でもいいよ!」
「毎日だと飽きちゃうから、時々ね?」
「うん!約束だよ!」

ジャスティンと話していた時だ…

「約束?それは二人だけの秘密かな?」

オーウェンの声にドキリとした。
顔を上げると、オーウェンがテラスの入り口に寄り掛かり、こちらを眺めていた。

「お父様!お帰りなさい!」

ジャスティンがパッと顔を明るくし、飛んで行った。
オーウェンは息子を抱擁し、その頭にキスを落とした。

「ジャスティン、ただいま、長く留守にして悪かった」

「ぼくね、お父様に話したい事が沢山あるよ!日記に書いたんだ!
後で見せてあげるね!」

ジャスティンが明るく言い、オーウェンは目を丸くしていた。

「日記を書いたのか?凄いな、是非読ませて貰おう、
だが、先にお茶を貰ってもいいかな?」

「うん!来て!ロザリーンがビスケットを焼いたんだよ!とっても、美味しいの!」

「それは凄い、私の分もあるかな?」

「あるよ!お父様が帰って来るから、沢山焼いたって!」

ジャスティンにバラされ、わたしは赤くなった。
オーウェンの熱っぽい目が、わたしを捕らえる。

「それは、お礼を言わなければいけないな、ありがとう、ロザリーン」

オーウェンがわたしに覆い被さる様に、キスをした。
ジャスティンの前だというのに!

「あの、ジャスティンが…」
「大丈夫だ、仲が良い位の方がいい」

そうだろうか?
母親の事を思い、嫌悪するのではないかと心配したが、
ジャスティンは楽しそうに笑っていた。

「ただいま、ロザリーン」
「おかえりなさい、オーウェン…」

もう一度、軽いキスをしてから、オーウェンは空いている椅子に座った。
わたしは紅茶を淹れ、彼の前に置いた。

「ありがとう、これがロザリーンの焼いたビスケットだな、頂くよ…」

オーウェンはそれを一つ取り、口に入れた。

「うん、ジャスティンの言う通りだ、美味しい!」

オーウェンが明るく言い、わたしは「ほっ」と胸を撫で下ろした。

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