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その日の夜、わたしはオーウェンの帰りを待っていた。
どうしても、今日、伝えたかったのだ。

だが、階段を上がって来たオーウェンは、わたしを見つけ、僅かに顔を強張らせた。
わたしは気付かなかった振りをし、オーウェンに声を掛けた。

「お帰りなさいませ、オーウェン」

「ただいま、何かあったのか?」

「はい、少し長くなるのですが…お話しさせて頂いても、よろしいですか?」

「ああ…私の部屋でいいか?」

「はい」

オーウェンの後に続き、彼の部屋に入った。
オーウェンは「座って」と、わたしに椅子に促し、長ソファに腰を下ろした。

「遅いので、手短に頼む」

「はい、今日の午後、ロバート・ウエストンが訪ねて来られました」

わたしがその名を出した途端、オーウェンは顔を顰めた。

「ロバートが?何の用だ」

「用件は言っておられませんでした。一緒にお茶をしたのですが…」

「一緒にお茶を?」

オーウェンの目には剣呑なものが見える。
お茶を勧めてはいけなかったのだろうか?
自分がお茶を頼んだ訳ではないが、何も考えていなかった。

「申し訳ありません、あなたが留守だったので、わたしが代わりに用件を伺おうと…」

オーウェンが鋭く何かを吐き捨てた。
こんな彼は珍しい…
今日は何か良く無い事があったのだろうか?

「余計な事はしなくていい、それとも、ロバートと会いたかったのか?」

ロバートと会いたい?わたしが?
わたしは驚き、否定しようとしたが、オーウェンが遮り、先を促した。

「いいから、続きを話してくれ、一緒にお茶をした後は?」

「それが、途中で、ロバートが怒り出してしまい、ケーキスタンドやカップを壊されました…」

それを伝えると、オーウェンは目を見開き、息を飲んだ。

「何だって!?」

「すみません、お止めしようとしたのですが…あっという間の事で…
何とか、壺は無事でしたが…」

「壺などどうでもいい!君は大丈夫だったのか!?怪我は!?」

体を乗り出し、真剣な目で見て来られ、わたしは慌てた。

「わたしは大丈夫です、突き飛ばされて、少し体を打っただけですから。
ですが、そこを、ジャスティンに見られてしまい…
母親の事を思い出させてしまいました…」

オーウェンは息を飲み、体をソファに戻した。

「ジャスティンは?」

「酷く動揺していましたが、少しして落ち着きました。
主治医にも診て頂きましたが、異状は無いと言われました。
ですが、問題があります…」

「問題?何だ?」

わたしは小さく息を吐き、目を上げた。

「ジャスティンは、誰からか、あなたの息子ではないと言われ、それを信じている様です」

「何て事だ!」

「ジャスティンは母親を助けられなかった事で、自分を責めています。
それに、ジャスティンはあなたから責められていると感じています」

「まさか!そんな事は絶対に無い!」

わたしは頷いた。

「ですが、ジャスティンは、あの日から、あなたが自分を見なくなったと言っていました」

「それは…逆だ、私こそ、ジャスティンに責められている気がして、顔が見られなかった…」

「話を聞かせて貰えますか?」

わたしがそっと促すと、オーウェンは視線を下げ、独り言の様に、それを話し出した。

「二年前…あの年は、大規模の反乱が起こり、その鎮圧の為に、二度程、遠征に行った。
最初は二月、次はもっと長く…館の事やジャスティンの事は、全て、アラベラに任せていた。
アラベラにはそれが負担だった様だ。
以前から、騎士団を退団する様に迫られていたが、私は素気無く退けてきた。
騎士団長の妻ならば、我慢しろと…私は傲慢だった」

「私が遠征に出ている間に、彼女は館の護衛の者と懇意になり、関係を持った。
私が帰還すると知り、アラベラは関係を控えようとした。
だが相手は、アラベラが私を捨て、自分と一緒に逃げると思い込んでいた。
アラベラから拒絶され、逆上した男は、アラベラを刺し殺し、自害した。
ジャスティンはそれを見てしまった…」

「それは、本当なのですか?」

「アラベラが護衛と良い仲だった事か?
確かだ、アラベラの日記に書いてあった、私への恨み言と一緒にな…
私に当て付けるつもりで、関係を持ったらしいが、直ぐに男に心を移した。
何頁にも渡り、男の事を褒め称えていたよ。
だが、相手は護衛だ、結局は体裁とジャスティンの為に、
私との夫婦関係を続ける気だった___」

わたしは掛ける言葉も見つからなかった。

「仕方が無い、私は酷い夫だった…
全ては、私の所為だ…だが、死んだのは、私ではなく、アラベラとあの男で、
ジャスティンも心に深い傷を負った…私はあの子から母親を奪った…
何故、アラベラを護れなかったのかと、私を責めていると思っていた…」

「ご自分を責めないで下さい…
あなたは、ジャスティンの誇りですわ」

「違う!私は駄目な夫であり、駄目な父親だ」

オーウェンは俯き、頭を抱えている。
わたしは椅子を立ち、オーウェンの隣に座った。
その、大きな背中を擦る…

「誰もが完璧ではありません、後悔なさっているなら、
これから、良い父親になって下さい。
ですが、あなたは十分にご立派な方です、その事をジャスティンは良く知っています」

わたしも…

「ジャスティンはあなたを愛しています、あなたが必要です」

オーウェンは頷いた。
だが、そのまま眠ってしまった様で、ガクリと力を失った。

「余程、疲れていたのね…」

わたしはソファに彼の体を寝かせると、寝室から上掛けを取って来て、
彼の体を包んだ。

「窮屈そうだけど…」

この時間では、使用人を呼ぶのは憚られる。
わたしは膝を落とし、その寝顔を覗いた。
精悍な顔立ちだが、寝ているからか、何処かあどけなく見えた。

可愛い…

「やっぱり、ジャスティンに似ているわ…」

わたしは小さく笑うと、その頬に口付けた。
だが、してしまってから、我に返った。

こんな事が、オーウェンに知れたら、大変だ___!

だが、わたしは名残惜しく、いつまでも、その顔を眺め続けた。


「ロザリーン!」

名を呼ばれ、肩を揺すられて、わたしは目を覚ました。
目を擦ると、薄暗く、近くにオーウェンの顔が見えた。

「オーウェン?」

わたしがぼんやりと聞くと、オーウェンは嘆息した。

「こんな所で寝ては風邪をひく」

こんな所…
わたしは周囲を見回し、驚いた。
あのまま、ソファに寄り掛かる様にして、眠ってしまったらしい。
オーウェンの体に掛けてあげた上掛けは、今はわたしの体を包んでいた___

「す、すみません…っ!」

慌てて体を起こしたわたしは、体の痛みに息を詰めた。
変な恰好で寝てしまった所為か、体が強張っている。
それに、床にぶつけた所が、今になって酷く痛んだ。

「どうした?何処か痛めたか?」

「いえ、床にぶつけた所が痛むだけです…」

「主治医に診て貰ったのか?」

「いえ、ぶつけただけですから…」

オーウェンは嘆息すると、徐にわたしを抱き上げた。

「きゃ!?」

「ベッドに運ぶだけだ、執事に言っておく、今日は寝ていなさい」

だが、運ばれたのは、オーウェンの寝室だった。

「あの、自分の部屋に…」

「いいから、寝なさい」

ベッドに下ろされ、そっと頭を撫でられた。
オーウェンは上掛けを取って来てくれ、わたしの体に掛けた。
それから、何処からか、薬の瓶と水差しを持って来た。

「痛み止めの薬だ、後で飲みなさい」

「ありがとうございます…」

わたしは赤くなっているだろう顔を、上掛けで半分隠した。

「私の方こそ、昨夜、君に話して、不思議だが、心が軽くなった。
誰にも話せなかった事を、君には話せた。
君に救われたよ、ロザリーン」

オーウェンが微笑む。
その柔らかい表情に、わたしは安堵した。

「ジャスティンにも、話してあげて下さい、あなたの本当の気持ちを。
ジャスティンは待っています」

「ああ、そうしよう、ありがとう、ロザリーン」

オーウェンはわたしの額にキスを落とした。
わたしは目を瞬かせ、オーウェンを見ていた。

「お休みのキスだ」

オーウェンは小さく笑い、寝室を出て行きかけたが、途中で踵を返し、戻って来た。

「誓いは神聖なものだ、契約も守られなければ意味が無い。
私は君よりも十八歳も年上だ、君の相手として相応しいとはいえないだろう…」

オーウェンが突然話し出し、わたしは困惑しつつ、聞いていた。

「だが、もし、君が私で良いというのなら…
私は君と、本当の夫婦になりたいと思っている」

「!?」

「返事は直ぐでなくてもいい、ゆっくり考えてみて欲しい」

言うだけ言うと、オーウェンは再び踵を返した。
わたしは上掛けを撥ね退け、ベッドから降りていた。
そして、「待って下さい!」と、その固い腰に抱き着いた。

「ロザリーン!?」

「今の言葉は、本当ですか?」

「ああ、本当だ、私は君と本当の夫婦になり、添い遂げたいと思っている」

「わたしもです…わたしもそれを望んでいました」

オーウェンと本当の夫婦になり、ジャスティンと本当の家族になる事を___

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