【完結】成りすましの花嫁に、祝福の鐘は鳴る?

白雨 音

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オーウェンがわたしを求める筈はない___

その通りで、あれ以降、オーウェンがわたしに触れて来る事は無かった。
それを残念に思う気持ちを抑え、わたしはいつも通りに振る舞った。

「お父様にも絵をあげたらどうかしら?きっと、元気が出るわよ」

わたしはジャスティンに促したが、ジャスティンは頭を振るだけだった。
アラベラに起こった事も気になるが、ジャスティンとオーウェンの間の確執も気になった。
オーウェンに聞いてみようとも思ったが、
彼がわたしから距離を置くのではないかと怖くなり、聞けずにいた。


◇◇


その日の午後、カーライト伯爵家を訪問してきた者がいた。
ロバート・ウエストン男爵、オーウェンの従弟だ。

オーウェンは王宮へ行っていると執事が告げると、ロバートはわたしを呼ぶ様に言ってきた。

「奥様、ロバート様がお会いしたいとお見えです」

ロバートに対しては、良い印象など無かったが、遠方から来た者を無碍に断る事は出来ない。
わたしは内心で嘆息し、執事に「お会いします」と告げた。

パーラーへ入ると、ロバートは長ソファの真中で踏ん反り返っていた。

「ようこそ、ロバート」

わたしは声を掛け、向かいの椅子に座った。
メイドたちが、お茶とスコーンとサンドイッチを運んで来た。

「おっ、美味そうだな、遠慮なく頂くぜ」

ロバートは早速、スコーンを割り、口に頬張った。

「今日は、どの様なご用件でしょうか?
生憎、主人は留守にしています、申し訳ありませんが、改めて来て頂けますか?」

「随分、堅苦しいじゃないか、ロザリーン。
あんたの事は、レイチェルから聞いてるんだぜ?
王の花嫁だったらしいじゃねーか、傷物になったから、捨てられたんだろう?
それを、『高貴な方からの推薦』だとか、オーウェンの奴、負け惜しみかよ!ははは!」

オーウェンを嘲る様に笑う。
わたしは膝の上で、拳を強く握っていた。

「オーウェンもつくづく、女運の無い奴だな、アラベラの事は聞いたのか?」

「あなたに答えるつもりはありません」

わたしは素っ気なく答えたが、ロバートは鼻で笑った。

「フン、聞いてないらしいな、まぁ、無理矢理結婚させられた相手じゃ、
話す必要も無いか。あんた、甘く見られてんだよ。
けど、また捨てられない様に、都合のいい妻でいなきゃいけねーよな?
ベッドでもオーウェンの言い成りなのか?オーウェンは自分さえ満足出来ればいい奴だからな、
あんたは満足していないんだろう?」

わたしはあまりの物言いに、言葉が出て来なかった。

「ああ、当たってた?やっぱりなー、アラベラもオーウェンには満足してなかったし…
アラベラは欲求不満な女でさ、館に来た男には、誰彼構わずに色目を使うんだ。
オーウェンは気付いていないらしいけど、息子は別の種って事もあるぜ?」

「そんな話、止めて下さい!」

わたしはつい、大声を出していた。
自分を抑え、言葉を継いだ。

「ジャスティンはオーウェンの子です、わたしは二人の傍にいるんです、
わたしには分かります」

オーウェンとジャスティンがどれ程、深く愛し合い、繋がっているか…

「ご用件が無いのでしたら、どうぞ、お引き取り下さい!」

わたしが厳しく言い放つと、ロバートは顔色を変えた。

「おまえ如きが、俺に指図するんじゃねーよ!」

ロバートは立ち上がると、テーブルの上のケーキスタンドをなぎ倒した。

ガシャン!ガシャン!!

その惨状に、わたしは悲鳴を上げていた。
だが、ロバートはそれだけでは気が収まらないのか、マントルピースの上に飾られた壺を掴んだ。

「止めて下さい!」

わたしは止めようと壺に手を伸ばした。

「こいつ!離せ!!」

ロバートは大柄で、わたしが力で敵う筈も無く、壺と一緒に強い力で突き飛ばされた。

「!!」

バタン!!ゴン!!

鈍い音と共に、わたしは床に体を打ち付けた。
あまりの痛さに、わたしは声も出ず、蹲るしかなかった。
だが、その直後___

「__________!!!」

甲高い、常軌を逸した悲鳴が上がり、我に返った。

「うわ!何だ、こいつ!煩ぇ!!」
「奥様、何かございましたか?入ります___」
「ジャスティン様!?」
「奥様!これは一体…」

パーラーに入って来た、執事とメイドが騒ぎ出し、ロバートは顔色を変え、
「俺は何も知らねーからな!」と、そそくさと出て行った。

「ジャスティン様!しっかりなさって下さい!」
「直ぐに先生をお呼びします!」

この悲鳴は、ジャスティン?

わたしは何とか床から体を起こし、そちらを見た。
ジャスティンが悲鳴を上げ続けている。

「ジャスティン…」

わたしは痛む体を引き摺り、ジャスティンの方へ行くと、その体を抱きしめた。

「ジャスティン、もう、大丈夫よ…」

「怖がらせてしまって、ごめんなさい…」

「もう、大丈夫…」

わたしはジャスティンの背中を、優しく、何度も擦った。
気付くと、悲鳴は消えていた。
涙に変わったのだ。

ジャスティンが、わたしの胸で震え、「ぐすぐす」と涙を零す。
わたしはその小さな頭を撫でた。

「もう、大丈夫…」

わたしが声を掛けると、ジャスティンは頷いた様だった。
ジャスティンが落ち着いたので、使用人に部屋まで運んで貰い、ベッドに寝かせた。
ジャスティンは直ぐに眠りに落ちた。

暫くして、主治医が現れ、ジャスティンを診てくれたが、「大丈夫でしょう」と、
精神を落ち着かせる薬を置いて帰って行った。

「驚いたわ!とうとう、狂ったのかと思ったわ!」
「きっと、アラベラ様の時の事を思い出したのよ」
「男好きの奥様を持つと大変ね…」
「おまえたち!噂は止めなさい!」

メイドたちが小声で話すのを咎めたのは、老年の執事だった。

「この館で、旦那様、奥様、ご子息を侮辱する事は許されない、
館を出されるのが嫌なら、奥様とジャスティン様に謝罪し、態度を改めなさい」

執事に厳しく言われ、メイドたちはばつの悪い顔をし、
「申し訳ございませんでした」と頭を下げ、部屋から出て行った。
わたしは驚いて眺めていたが、我に返り、執事に礼を言った。

「セバス、ありがとうございます」

「いいえ、当然の事です、私からも使用人の非礼をお詫びします」

執事は深く頭を下げると、部屋を出て行った。

わたしは、ジャスティンの隣にクマの人形を入れてやり、
ベッド脇のスツールに座った。

ジャスティンは、いつからあの場に居たのだろう?
わたしが倒れたのを見て、母親の事を思い出したのだろうか…
小さな体で、あんな悲鳴を上げるなんて…

悲しみや恐怖を、拭ってあげられたらいいのに…

わたしはその小さな頭をそっと撫でた。


陽が落ちる頃、ジャスティンがゆっくりと瞼を開けた。

「ジャスティン、気分はどう?」

ジャスティンはもぞもぞとベッドから起き上がり、目を擦ると、わたしに抱き着いてきた。
わたしはその体を抱き止め、撫でた。

「ジャスティンは甘えん坊さんね」

わたしは「くすくす」と笑った。
ジャスティンに思い出させない様に、明るく振る舞ったのだ。
だが、ジャスティンは泣いていた。

「ごめんなさい…助けられなくて、ごめんなさい!」

初めて聞く、ジャスティンの声に、わたしは喜びに震えた。

「いいのよ、助けるなんて無理だわ、あなたはまだ小さいんだもの…」

「ぼく、見てたの…でも、動けなくて…ぼくのこと、怒ってる…」

「誰も怒ってなんていないわ」

「ぼくは、お父様の子じゃないって、お父様の子だったら、お母様の事も守れたって!
お父様の子じゃないから、弱虫なんだって…」

何て酷い事を!!
わたしは頭を振った。

「そんな事、誰が言ったの?あなたはお父様の息子よ、ジャスティン。
お父様だって、6歳の頃は騎士団長なんかじゃなかったわ。
わたしだって、母は聖女だけど、わたしは違ったわ、だけど、父と母の娘よ」

わたしは両親から、『すり替えられた』と思われているけど…
オーウェンは違う。
ジャスティンを本当の息子だと思い、愛している。

「あなたが、そんな事を思っていると知ったら、お父様はきっと悲しむわ。
お父様はあなたの事が大好きで、愛しているもの。
あなたを責めてなんていないわ」

「でも、お父様は、あれから、ぼくを見ない…」

オーウェンが?

「きっと、妻を亡くされて、悲しんでいたのよ、あなたもそうでしょう?ジャスティン」

「うん…」

「オーウェンと話すといいわ、話してみなければ、本当の気持ちは分からないもの。
わたしも、あなたの気持ちを初めて知ったわ、ずっと、独りで悩んでいたのね…
辛かったわね…」

ジャスティンは唇を震わせ、頷いた。
わたしは小さな頭を撫で、体を離した。

「今日の晩餐は、ここで食べない?
わたしもあなたも慌てて着替える必要が無くなるし、今日は特別にね?」

ジャスティンが笑顔を返してくれ、わたしたちは食事を運んで貰った。

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