【完結】成りすましの花嫁に、祝福の鐘は鳴る?

白雨 音

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わたしたちは町にある大きな宝飾店を訪ねた。

店主が様々な指輪を見せてくれ、説明してくれた。
型通りの指輪を買うだけだと、わたしは簡単に考えていたが、
思いの外、オーウェンは真剣に店主の話を聞いていた。

「こちらのお石はいかがですか?滅多に手に入らない品ですよ」
「宝石か…あまり邪魔にならない物の方がいい」

オーウェンは渋い顔をした。
オーウェンは騎士団長だ、危険で荒々しい仕事だろう。
いつも館に居て、優雅に過ごす貴族とは違うわ。

「シンプルな物をお求めでしたら、こちらはいかがですか?
この細工は、一生添い遂げると言われる鳥がモチーフになっております…」

オーウェンの目が、吸い寄せられる様に、指輪を見た。
心惹かれた様だ___

「これにしよう、いいか?ロザリーン」
「はい、とても素敵です」

わたしは即座に賛成した。

「日にちを頂けるのでしたら、内側に名をお入れ致しましょうか?」

「いえ!」

気を利かせてくれた店員に、わたしは咄嗟に強く返していた。
彼の指輪に《ロザリーン》と刻まれるなんて、嫌だと思ってしまったのだ…
だが、気まずい空気になってしまい、わたしは苦し紛れに、言葉を継いだ。

「その…急いでいますので…」

「明日から仕事でね、館に届けて貰うというのも、味気ない」

オーウェンがフォローしてくれ、わたしは胸を撫で下ろした。
だが、続きがあった…

「それに、妻には、直ぐにでも指輪を嵌めておきたい」

オーウェンが意味深な目でわたしを見つめ、わたしは「カッ」と赤くなった。

「ええ、理解出来ますよ、それでは、直ぐにご用意致します___」

店主が店の奥に消え、オーウェンが「上手くいった」と、悪戯っ子の様な顔をした。
店主に怪しまれない為の演技…
それに気付き、気が抜けた。

オーウェンは、夫婦の象徴である鳥の細工を選んだ。
それも、《円満な夫婦》と見せる為の道具だろうか?
疑うと喜びは消えていく…

だけど、指輪を見た時のオーウェンの目は…
純粋に見えたわ…

彼の一生添い遂げたい相手が、わたしならいいのに…


オーウェンが指輪を嵌めてくれ、わたしも彼の指にそれを嵌めた。
周囲から見れば、普通の夫婦に映っただろう。
わたしたちは店員たちの祝福を受け、店を後にした。

「ジャスティンを独りにしてしまったので、何かお土産を買ってはいかがですか?」
「ああ、そうしよう、何がいいだろうか?」

わたしたちは周辺の店を覗いて周り、用紙とパステルに決めた。
それから、瓶に入った、彩豊なキャンディ。

「きっと喜びますわ!」

わたしたちは、良い買い物が出来た事を喜び合いながら、館まで馬車を飛ばした。


◇◇


ジャスティンは、パステルを気に入った様で、独り部屋で過ごす時間は、
絵を描いている事が多くなった。
ブランコに乗る自分とクマの人形とオーウェン、剣を持ったオーウェンの絵も多く、
ジャスティンが、如何にオーウェンに憧れているかが分かる。

オーウェンに絵を見せる様に勧めたが、ジャスティンは嫌がり、
描いた物は全て、クローゼットの奥に隠してしまった。

「ジャスティンが描く絵には、いつもあなたがいます。
でも、見せるのは恥ずかしいらしくて…無理に見ようとはしないで下さいね?」

オーウェンは不満気に唸った。

「ジャスティンを説得してくれないか?」

「無理ですわ、ジャスティンは父親に似て、頑固ですから」

わたしが言うと、オーウェンは小さく吹いた。

「そうか、ならば、仕方ないな、私が見たがっていたと伝えてくれるか?」

「それでしたら、毎日言っておりますわ」

遂に、オーウェンは大きく笑った。

「ははは、我が息子ながら、頑固な様だ!」

オーウェンは良く笑う様になった。
最初は驚いたが、今では彼の笑顔が見られないと、物足りなくなっていた。

これは、何としても、オーウェンに絵を見せてあげなくては!

彼を喜ばせたい。
今や、オーウェンの幸せが、わたしの幸せとなっていた。





「ジャスティン、わたしの部屋に飾る絵を描いてくれないかしら?」

わたしが頼んでみると、ジャスティンは頷き、用紙に向かい、パステルを走らせた。
わたしは仕上がるまで見ない事にし、隣で編み物をしていた。
オリーブグリーン色の毛糸で、小さなマフラーを編んだ。
クマの人形用だ。

「まだ少し早いけど、クマの人形にどうかしら?」

わたしがそれを差し出すと、ジャスティンは頷き、クマの人形の首に巻いた。
それから、再び、用紙に向かう。
わたしは新しい毛糸を取り出し、マフラーを編み始めた。
青色の毛糸…これは、ジャスティン用のマフラーだ。

幾らかして、ジャスティンがパステルを置き、わたしを振り返った。

「描けたのね?見てもいい?」

ジャスティンが大きく頷いたので、わたしは体を寄せ、覗き込んだ。

「まぁ!」

ブランコに乗るジャスティン、その膝にはクマの人形。
そして、隣にはオーウェンが立ち、その隣には女性の姿があった。

「素敵だわ…」

家族の絵だ。

「これは、あなたね、ジャスティン、クマの人形もいるわ!
マフラーも描いてくれたのね!」

ジャスティンはにこやかに、何処か得意気に頷いた。

「それから、お父様と…」

わたしは最初、その女性を自分だと思ったが、アラベラである可能性もある事に気付いた。
いや、寧ろ、アラベラだろう…

「お母様ね…」

すると、ジャスティンが頭を振り、わたしの袖を引いた。

「わたし…で、いいの?」

ジャスティンは恥ずかしそうな笑みを見せ、頷いた。
ジャスティンがわたしを描いてくれたのは、これが初めてだった。

「ありがとう、ジャスティン!とってもうれしいわ…」

初めて、家族として認められた気がした。
わたしは生まれた時からずっと、あの家で、家族として認められたかった。
叶う事は無いと、諦めていたが、それでも、羨ましかった…

どれ程、温かいだろう?
どれ程、幸せだろう?

想像していた通り、それは、優しく、わたしを幸せで包んでくれた___

思わず泣いてしまうと、ジャスティンがキャンディを分けてくれた。
わたしはそれを握り締め、「ありがとう!」と、また泣いていた。





その夜、わたしはオーウェンの帰りを待っていた。
三階に上がって来た彼に、わたしは声を掛けた。

「オーウェン、お疲れの所すみません、良かったら、お付き合い頂けますか?」

「ああ、何かあったのか?」

オーウェンの顔に緊張が走った。
いつもであれば、オーウェンに会うのは朝なので、不審に思うのも仕方が無い。
だが、一刻も早く、絵を見せてあげたかったのだ___

「悪い事ではありません、ジャスティンから、絵を貰いました」

案の定、オーウェンは態度を一変させた。

「行こう!絵は何処に?」
「わたしの部屋です、部屋に飾りたいと言って、描いて頂きました」
「うん、良い作戦だな、君が男ならば、我が騎士団に入れたい処だ」

オーウェンが真剣な顔で言うので、真面目に言っているのか、軽口なのか、
判断が難しかった。

「こちらです___」

わたしは部屋に入り、壁に飾った絵に、ランプを近付けた。
オーウェンは顔を近付け、それを見た。
パッと、彼の顔が明るくなった。

「ブランコに座っているのは、ジャスティンだ!人形もいる、これは、私か?」

「はい、その通りですわ」

「それから、君も居る…」

「はい、初めて描いてくれたんです、きっと、わたしの部屋に飾ると言ったからでしょう」

「良い絵だ…」

オーウェンが感嘆の息を吐いた。
それから、わたしに視線を移し、ニヤリと笑った。

「ジャスティンから絵を貰えるとは、君が羨ましい、ロザリーン」

「そんな!わたしは、どの絵にも描いて貰える、あなたが羨ましいですわ、オーウェン」

オーウェンは「ははは」と、楽しそうに笑った。
その笑いが消えると、今度は小さく息を吐いた。

「ジャスティンはこれまで、部屋に閉じ籠り、誰にも心を開かなかった。
あの子にあるのは、憤り、そして、失望、諦め…生きる事を望んでいない様に見えた。
私は何もしてやれなかった…私では駄目だった。
君が来てから、ジャスティンは変わった。
君は、あの子に生きる光を与えてくれた…私には、君が聖女に見える___」

オーウェンの優しい眼差しが、わたしを捕らえる。
その大きな手がわたしの頬を、するりと撫でた。

!!

ぞくり、反射的に身を震わせると、それは離れていった。

「すまない、こんな時間に二人になるべきでは無かった…
私は少し疲れている様だ、君も早く休みなさい」

オーウェンは部屋を出て行ったが、わたしはぼんやりと立ち尽くしていた。

今のは、何だったのかしら?

わたしに触れた事を後悔している様だった。
何故、触れたのだろう?
疲れていると言っていた…

わたしの脳裏に、夫婦の営みが浮かび、わたしは赤くなった。

「まさか!そんなの、思い違いだわ!オーウェンはわたしなんて、相手にしないわ…」

【君が恐れる様な事は何もしないと約束する】

彼ははっきりとそう言ったのだ。
キスも、必要に迫られて、一度だけだ。

だが、あのキスを思い出すと、わたしの胸は疼く…

「もし、オーウェンがわたしを求めてくれたら…」

わたしはオーウェンに全てを捧げるだろう___

「そんな事、起こる筈無いわ…」

わたしは冷たいベッドに入り、体を丸めた。

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