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パーティが終わり、招待客たちが部屋へ引き上げるのを見送った後、
わたしたちはジャスティンの部屋を覗きに行った。
ジャスティンはクマの人形と一緒に、ベッドの中で、深い眠りについていた。

「今日は良くやった、お休み、ジャスティン」

オーウェンがジャスティンの頭を優しく撫で、その頬にキスを落とした。
オーウェンと代わり、わたしもジャスティンにお休みのキスをした。

「お休みなさい、ジャスティン…」


ジャスティンの部屋を出て、わたしの部屋の前まで来た時、
オーウェンが足を止め、わたしを振り返った。

「ロザリーン、今日はありがとう。
君のお陰で、ジャスティンが皆の前に顔を出してくれた。
この二年間で初めての事だ、君が一体どんな魔法を使ったのか、知りたいものだ」

「何があっても、お父様が護って下さる。
わたしも、及ばずながら、助けになると約束しました」

意外だったのか、オーウェンが息を飲んだ。
それから、自分に言い聞かせる様に、小さく頷いていた。

「ああ、そうだ…何があっても、私はジャスティンの味方だ、ジャスティンを護る。
君も今日、ジャスティンを護ってくれた、ありがとう、ロザリーン」

オーウェンに真剣な目で見つめられ、わたしは返事も忘れ、見つめ返していた。
大きな手が、そっと肩に触れ、わたしは反射的にビクリとした。
「すまない」と、その手は離れていき、わたしは内心でそれを嘆いた。
オーウェンはいつも通りで、儀礼的だが、優しさのある言葉と眼差しをくれた。

「疲れただろう、今夜はゆっくり休むといい、朝は遅くなっても構わない。
お休み、ロザリーン」

「お休みなさい、オーウェン…」

わたしが小さな声で呟くと、オーウェンは頷き、さっと背を向け去って行った。
真直ぐな背中を、名残惜しく見つめてしまったが、わたしは何とか目を離し、自室に入った。
ふらふらとソファの方へ行き、座ると同時に、両手に顔を伏せた。

「ああ!あんな態度をとってしまうなんて…オーウェンは、変に思ったかしら?」

オーウェンには、特別な意味などなかったのに、過剰に反応してしまった。
わたしはクッションに顔を埋め、羞恥に悶えた。

もし、オーウェンを意識していると、恋していると気付かれたら___

「お願い、気付かないで…」


◇◇


パーティが無事に終わった事で、わたしは安堵していた。
だが、嵐は翌日、突然にやって来た。


招待客が帰り始めた頃になり、門を潜り、入って来た馬車があった。
降り立ったのは、ブルネットの髪に、琥珀の瞳を持つ、二十代前半頃の美しい女性だった。
彼女はわが物顔で館に入って来た。

「オーウェン!久しぶりね!」

「レイチェル、パーティは昨日だ」

オーウェンは素っ気なく言ったが、
彼女は全く構う事無く、彼に触れる程近く、その目の前に立った。
わたしはギクリとした。

彼女とは、一体どんな関係なのだろう?

不安に強張るわたしとは違い、レイチェルは赤い唇の端を上げ、魅力的な笑みを見せた。

「近くまで来たから、寄っただけよ、許してくれる?」

オーウェンは諦めた様子で、わたしに彼女を紹介した。

「…彼女は、母の弟イザード男爵の末娘、レイチェルだ。
レイチェル、彼女はロザリーン、私の妻だ」

「ロザリーンです、よろしくお願いします」

「レイチェルよ、よろしくね」

短い挨拶を交わすと、彼女は直ぐに、オーウェンの方に視線を向けた。
彼女が長い睫毛を誘う様に瞬かせるのを見て、わたしの不安は大きくなった。
だが、彼女の意図は、別にあった様だ…

「オーウェン、噂で聞いたんだけど、この方、最初は王の花嫁だったのでしょう?」

突然の事に、わたしは息を飲んだ。
わたしが動揺した事は、彼女にも分かった筈だ。
だが、レイチェルはそれに気付かない振りをし、無邪気に続けた。

「花嫁の一行は、賊に襲われたのですってね!皆殺しだなんて、悲惨だわ!
花嫁は唯一助かったそうだけど、胸に醜い傷を負って、
それで、王は花嫁をオーウェンに押し付けたって、本当?」

周囲には、まだ残っている招待客もいるというのに、レイチェルの声は大きい。
無邪気を装っているが、悪意を感じた。
わたしは次の衝撃に備え、両手を握り締め、視線を下げた。
きっと、オーウェンの口からそれを聞けば、わたしは酷く傷付くだろう…

「レイチェル、噂を鵜呑みにするものじゃない、噂というのは、真実とはかけ離れているものだ」

「そうかしら?」と、レイチェルの目が意地悪くわたしを見た。

「私、オーウェンが望まぬ結婚をするなんて嫌だわ!
それに、王のお下がりだなんて!オーウェンを馬鹿にしてるわよ!オーウェンが可哀想!」

その通りだ、親族ならば、オーウェンを気の毒に思い、反対するだろう…
わたしは唇を噛んだ。
オーウェンが嘆息し、わたしはビクリとした。

「それが早とちりだというんだ、レイチェル。
切っ掛けが何であれ、私はロザリーンと結婚出来て、満足している。
彼女は素晴らしい女性だ、彼女以外の妻など、私には考えられない___」

オーウェンの手が、わたしの腰を抱き、撫でた。

!!

レイチェルの綺麗な顔が憎しみに歪んだ。

「そう思いたいだけでしょう!本当はうんざりしてて、怒っているって、
正直に言ったらどうなの、オーウェン!」

わたしがビクリと身を竦めると、オーウェンはわたしの肩を抱き寄せた。

「正直に言うと、自分の気持ちを勝手に捏造され、代弁されるのは不愉快だ。
私がどれ程ロザリーンを求め、愛しているか、一から十まで話せと言うのか?」

わたしを求め、愛している!?

わたしは驚きと喜びに息を飲んだ。
だが、レイチェルが強い口調で、それを打ち消した。

「この女を愛しているなんて、嘘よ!そんな事、誰も信じないわよ?
だって、彼女、指輪もしていないじゃない!
あなたがこの結婚に乗り気じゃない事位、直ぐに分かるわよ」

指輪!
わたしは自分の左手を隠す様に、右手を重ねた。

そうよね…
レイチェルの手前、わたしに恥を掻かせない為に、言ってくれたのだろう…
真実は、レイチェルの言った通りだわ…

「指輪か、私とした事が、失念していた。
ロザリーン、君に恥を掻かせてすまない、皆を見送った後、一緒に買いに行こう」

オーウェンがわたしに顔を近付け、耳元で囁くと、わたしの唇を奪った。

!?

わたしは突然の事に驚いたが、その、優しく、誘う様な甘いキスに、
いつしかうっとりとし、すっかり身を任せていた。
熱い吐息と共に、唇が離れた時も、わたしはまだ夢心地で、ぼんやりとしていた。

「レイチェル、教えてくれてありがとう。
まだ居るのであれば部屋を用意させるが、私たちに君の相手は出来ない、そのつもりでいてくれ」

オーウェンが淡々と言い、わたしは我に返った。
オーウェンは涼しい顔をしている。
彼にとっては、キスなど普通の事なのだと思い知る。

レイチェル、それに、まだ残っている親族たちに、愛のある夫婦だと見せたいだけ…
皆に、詮索をさせない様に…

熱が冷めていく。

「顔を見に寄っただけよ、これで帰るわ、私も忙しいもの!」

レイチェルは不機嫌な顔をし、さっと踵を返した。
怒った様子ではあったが、レイチェルが帰ってくれて、わたしは安堵した。
他の親族たちも、気まずそうな顔をし、そそくさと館を出て行った。

「ロザリーン、私たちも出掛けよう___」

オーウェンに促され、わたしは慌てた。

「どちらに?」

「指輪を買いに行こう、気が付かず申し訳なかった。
言い訳になってしまうが、私はこういう事には疎い。
それで、アラベラにも良く呆れられた」

それでも、彼女との時には、結婚指輪を用意した筈…
気付かなかったのは、この結婚が本意では無かったからだ。
突然、「結婚しろ」と言われ、礼拝堂に連れて行かれ、証明書にサインをさせられたのだ。
本意である筈がない。
それなのに、彼の愛を期待するなんて…

わたしは自分を嘲笑った。

「気になさらないで下さい、わたしも必要だとは思っていませんでしたから」

「そういえば、君はあまり宝飾品を身に付けないな?嫌いなのか?
それとも、聖女は着飾らないものなのか?」

オーウェンに真剣な顔で聞かれ、わたしは苦笑した。
この国に聖女が居ないのであれば、知らなくて当然だが…
聖女は、普段は然程派手ではないものの、行事の際には、豪華に、煌びやかに着飾る。
《神の代理》としての威厳が必要だからだ。
ロザリーンは元来、着飾る事が好きなので、普段からも派手だった。

「場合によっては派手に着飾りますが、普段はそれ程ではありません。
ただ、わたし自身は、そういった事が、あまり好きではありませんので…」

「そうか、私もだ、関心が無く、理解し難い。
だが、そういう所がいけなかった…」

オーウェンは小さく零した。
独り言だったのだろう。
彼の内には、アラベラがいるのだ…

「だが、結婚指輪は必要だ。
レイチェルの様な者がいては困るからな、着けておいて欲しい」

オーウェンが口元を引き結んだ。
わたしは「はい」と頷いた。

オーウェンからの指輪であれば、言われなくても、外したりはしない。
彼にとって、結婚指輪は《盾》でしかないというのに…

「それと、ロザリーン、先程は失礼な真似をして、すまなかった」

オーウェンに謝罪され、わたしは一瞬、何の事かと頭を傾げたが、
彼のキスを思い出し、顔が熱くなった。

「いえ…あれも、必要だったのでしょう?仕方ありませんわ…」

「ああ、レイチェルや親族たちを黙らせるには、
私たちが円満な夫婦だと思わせるのが一番だと…君には迷惑だろうが…」

迷惑だなんて!絶対にないわ!

心の叫びとは別に、わたしの口から出た言葉はといえば…

「正しいご判断だと思います、流石、騎士団長ですわ」

堅苦しく言ったのが良く無かったのか、オーウェンは目を丸くすると、吹き出した。

「ははは、いや、すまない…君が一瞬、部下に見えた」

軽口なのかもしれないが…
部下だなんて、女性に言う事ではないわ。

だが、オーウェンはそれから暫くの間、肩を揺らし笑っていた。

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