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しおりを挟む石造りの長い塀が続き、それは大きな門へと続いていた。
馬車は当然の様に、その門を潜って行く…
前庭から、大きな噴水の脇を通り、馬車は歩みを止めた。
オーウェンは馬車を降りると、わたしに手を差し出した。
今まで、こんな事をして貰った事は無い___
わたしは気恥ずかしさと緊張で震える手を、その手に乗せた。
馬車を降り、わたしは目の前に聳え立つ、荘厳な館を見上げた。
三階建てで、頑丈そうな造りをしている。
白塗りの壁に屋根は暗黒色、彼の様に凛とし、威厳と気品が見えた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
執事に迎えられ、オーウェンはわたしの背に手を当てた。
「セバス、こちらは、ロザリーン、私の妻だ」
主人が突然妻を連れて来たのだ、驚いても不思議ではなかったが、
老年の執事は一縷の動揺も見せずに、「奥様、執事のセバスです」と挨拶をした。
「ロザリーンの部屋を用意してくれ、私の部屋の近くがいいだろう、
だが、アラベラの部屋は止めてくれ___」
アラベラ…
きっと、前妻の名だろう。
「荷物は明日にでも届くだろう」
花嫁道具等は、一行とは別に、一足早く届けられていたので、無事だった。
これまでは王宮に置かれていたが、こちらに送ってくれるらしい。
ロザリーン用の荷物ではあるが、わたし自身は何も持ち合わせが無かったので、
正直な所、助かった。
「ロザリーン、部屋が用意出来るまで、お茶にしよう」
オーウェンはパーラーに促したが、わたしは引き止めた。
「ジャスティンはお部屋ですか?挨拶に行ってもよろしいですか?」
挨拶をするなら、早い方がいいだろう。
わたしは家族から何も話して貰えず、傷ついてきた。
そんな気持ちを、誰にも味合わせたくなかった。
「ああ…そうだな、そうすべきだろう…」
オーウェンは表情を固くしたが、さっと、踵を返し、階段に向かった。
「ジャスティンの部屋も、私たちと同じ、三階だ」
階段を上がり、廊下を左に曲がり、その先を曲がり、扉の前に立った。
オーウェンが扉を叩く。
「ジャスティン、私だ」
暫くして、扉がゆっくりと開いた。
痩せた、小さな男の子が、不審そうな顔をし、立っている。
オーウェンとは違い、金髪に濃い碧眼をしているが、
オーウェンの様に口を固く結んでいた。
その目が、チラリとわたしを見た。
「ジャスティン、二週間、休暇が貰えた、暫く一緒にいられる。
何処か行きたい処やしたい事があれば、言ってくれ。
それから、彼女だが…」
オーウェンは言い淀んだ。
突然、結婚し、今日から一緒に暮らすなど、息子が知れば、どう反応するか…
わたしも緊張に息を詰めた。
「彼女は、ロザリーン、今日から一緒に暮らす事になった、私の新しい妻だ」
ジャスティンは目を見開き、オーウェンを見た。
それから、わたしを見て…くるりと踵を返し、部屋の奥へ走って行ってしまった。
オーウェンはショックだったのだろう、声も無く、ただ、沈んだ顔をしていた。
ややあって、オーウェンは「行こう」と、わたしを促した。
「少し、お話をされてはいかがですか?」
「いや、今は止めておこう…」
オーウェンは、まるで幽霊の様に、生気を失くし、歩いて行く。
オーウェンにとっては、王からわたしとの結婚を命じられた事より、
ジャスティンの方が大事なのだ。
当然だわ、愛する息子だもの…
◇◇
部屋は直ぐに用意された。
花嫁道具や荷は明日には届くが、オーウェンが気を回してくれた。
「必要な物があれば何でも言ってくれ、直ぐに揃えさせる」
事も無げに言う。
気前も良い。
きっと、生まれも育ちも良い方なのだろう…
わたしの家も立派だったが、聖職者の家だ。
贅沢が許されるのは、《聖女の光》を持つ母と姉と妹だけだった。
《聖女の光》を維持する為に、幸せな気持ちでいる事が必要だとか…
わたしは贅沢など縁が無く、恐れ多い気がしたが、気持ちはうれしかった。
それに、彼の気を害したくは無かったので、丁寧に礼を言った。
「ありがとうございます、感謝します」
「いや、当然の事だ、それから、晩餐にも出て欲しい」
「今日の所は、この衣装しかありませんので…」
「それで構わない、この館には、私とジャスティンしか居ない、気を遣う必要は無い」
「それでは、伺います…」
オーウェンは頷くと、部屋を立ち去った。
晩餐は、オーウェンが言っていた通り、三人だけだった。
大勢でない方が、わたしには良かったが、オーウェンは違ったかもしれない。
オーウェンは無口らしく、ジャスティンに至っては喋る事が出来ない。
わたしが入って行くと、食堂には重い空気が漂っていた。
「お待たせして、すみません」
「いや、時間通りだ」
わたしは席に着くと、身に付いた習慣から、指を合わせ、祈りに入っていた。
オーウェンが気付き、手にしたスプーンを置くと、わたしに習った。
普段は食前の祈りをしていないのかもしれない。
それを指摘しては、更に気まずくなると思い、わたしは気付かない振りをし、祈りを続けた。
「ジャスティン」とオーウェンが促したので、ジャスティンもそれに習った。
「失礼しました、神殿での生活が身に付いていて…」
「いや、良い事だ。我が国では、残念ながら、あまり神は尊重されていない。
だが、私たちも習った方がいいだろう」
寛容な方だわ…
わたしは安堵し、スプーンを取った。
「あの…とても美味しいです」
重い空気を消したくて、わたしは感想を言ってみた。
オーウェンが手を止め、顔をこちらに向けた。
何処か安堵している様に見えた。
「口に合って良かった、君の国とは、料理も違うのでは?」
「然程違いはないと思います…
わたしは神殿で暮らしていましたので、普通とは少し違うので…」
「神殿では、どの様な食事を?」
「スープとパン…簡単な物です、肉や魚はほとんど食べませんので…」
わたしは出された肉の塊に圧倒されていた。
「慣れないなら、残してくれ、だが、君はもっと食べた方がいい。
それとも、肉や魚を食べないのには、理由があるのか?」
「聖職ですので…」
修道女の食事は質素なものだ。
尤も、ロザリーンは好きな物を、好きなだけ食べていたが…
「神殿にはいつから?」
「十七…いえ、十五歳からです」
危うく、自分の年齢を言いそうになり、慌てて言い換えた。
いけないわ!気を付けないと…
「十五歳か、小さい頃から苦労しているんだな…」
神殿での、ロザリーンの仕事は、神への祈りの他は、書物の研鑽、
書類に目を通し、サインをする事…
瘴気祓いや治癒は、要請により出向く。
催事に呼ばれ祈祷を行ったり、国賓や重鎮たちとの食事会に呼ばれる事もある。
日常の疎ましい事は、全てわたしや修道女が行う。
それでも、窮屈に感じる事は多い筈だ___
わたしは小さく頷いた。
「オーウェン、あなたが騎士になろうと思ったのは、いつ頃からですか?」
オーウェンは小さく笑った。
「覚えていない、代々、騎士の家系でね、
私が騎士になるのは、生まれた時から決まっていた、想像出来ないだろう?」
わたしは頭を振った。
「いいえ、わたしの家も代々、聖職の家系ですから、良く分かります…」
「生まれた時から、《聖女》になると決まっていたのか、共通点があって良かった」
オーウェンの声には明るさがあったが、わたしは無理に笑みを作った。
彼とわたしとでは、全く違うわ…
騎士になると決められていて、その期待に応え、騎士団長になったオーウェン。
だけど、わたしは…
《聖女》になれないと決まっていた…
ガチャン!
音がし、そちらを見ると、ジャスティンが椅子から降りる所だった。
「ジャスティン、まだ残っているだろう」
オーウェンは咎める様に言ったが、ジャスティンは怒った様に睨み付けると、
走って出て行ってしまった。
「すまない、ロザリーン…」
「いえ、何か、気に障ったのでしょうか…」
オーウェンは重い息を吐いた。
「あの子は、騎士になりたくないのだろう…」
そうだろうか?
こんなに、立派な父親がいて、その背中を追わない息子がいるだろうか?
立派過ぎて、委縮するという事もあるだろうか?
それに、今のジャスティンは問題を抱えている…
不安になったのかもしれない…
「まだ、八歳ですもの、決めるには早いかもしれません。
あなたは、ジャスティンを騎士にしたいのですか?」
「ああ、だが、今は私にも分からない…」
「まだ、時間はありますわ」
「そうだな…ありがとう、君は、食後のコーヒーまで付き合ってくれるかな?」
こんな風に誘われるのは初めてで、わたしの胸に喜びが広がった。
思わず口元が緩んでしまう。
「はい、よろしければ」
「君は、そうして笑っている方がいい」
わたしは「はっ」と息を飲んだ。
だが、特別な意味は無かったのか、彼は料理を食べ進めていた。
わたしの胸は不自然に高鳴り、頬は真っ赤だというのに…
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