【完結】成りすましの花嫁に、祝福の鐘は鳴る?

白雨 音

文字の大きさ
上 下
6 / 27

しおりを挟む


わたしたちは追い立てられる様に、王宮にある礼拝堂へ連れて行かれ、
その場で結婚契約書にサインを求められた。

こんな事になるなんて…
彼は相当、怒っているだろう…

不安になり、伺う様に、そっと隣に立つオーウェンを盗み見た。
だが、彼は無表情で、躊躇もせず、ペンを走らせた。

第一騎士団団長、オーウェン・カーライト伯爵。

三十代だろうか?かなり大人に見える。
精悍な顔立ちで、深い緑灰色の目は眼光があり、少し怖そうに見える。
それに、体も逞しく、背も高い…

わたしが知る男性は、父や司教、修道士たちだが、彼等とは全く違っている。

「ロザリーン様、サインを」

司教に促され、わたしは一瞬遅れて我に返り、羽ペンを握った。

《ロザリーン》と呼ばれる事に、慣れなくては…

何処で《成りすまし》が露見するか分からない。
気を抜かない様にと、自分に言い聞かせた。

幸いなのか…日頃から、わたしはロザリーンに仕事を押し付けられていたので、
自分のサインよりも、ロザリーンのサインの方がし慣れていた。
だが、やはり、緊張し、文字は震えてしまった。

それでも、それは認められ、わたしたちは司教から、《祝福》を受けたのだった。

「馬車で話そう」

オーウェンは短く言うと、颯然と風を切り、礼拝堂を出て行った。
わたしは迷いつつも、彼から離されない様に、早足になり、その背を追った。


オーウェンは馬車の脇に立ち、わたしを待っていた。
「乗って」と、ドアを開けてくれ、わたしは気恥ずかしさに、俯いたまま小さく礼を言い、
馬車に乗り込んだ。

立派な馬車で、座り心地が良い。
花嫁用の馬車より装飾は無いものの、かなり高級だと分かる。
十分な広さのある馬車だったが、彼が隣に座ると、一気に空間が埋まった気がした。
だが、二人だけの空間で、他に話を聞かれる心配はない…
馬車が走り出し、わたしは視線を落としたまま、おずおずと謝罪を口にした。

「…カーライト伯爵、この度は、この様な事になってしまい…申し訳ありませんでした」

隣で小さく溜息が聴こえ、わたしはビクリとした。

ああ、やっぱり、怒っているんだわ…

当然と言えば、当然だ。
突然、知らない女と結婚させられたのだ、気分を害するのが普通だろう。
あの場で怒り出さなかっただけで十分だ。

「君が謝る必要は無い、我が王の言い出した事だ。
この様な事は、君にとっても、想定外だっただろう…
だが、あの場は受けるしかなかった、断れば、もっと酷い事になっていた…」

それは、わたしにも容易に想像が付いた。
王はわたしを追放するか、処刑するか、しただろう。

「助けて下さって、ありがとうございます」

「助けになったかどうかは分からない、お互いに望まぬ結婚だ」

ズキリと胸が痛む。

やはり、わたしは何処に行っても、望まれないのだ…

今更だというのに、酷く惨めで悲しい気持ちに襲われた。
顔を背け、歯を食いしばるも、涙は止められなかった。

「すまない、だが安心してくれ、君が恐れる様な事は何もしないと約束する。
王が私たちの事を忘れるまで、暫くの間だけだ。
必ず、君を無事に、ラッドセラーム王国に送り届けよう___」

思い遣りのある、真摯な言葉なのに、わたしの感情は更に高ぶり、涙が溢れ出た。
震えて嗚咽を漏らすわたしに、彼はそっと、ハンカチを握らせてくれた。
そして、そっと、わたしの背を擦る。
こんな事をされたのは、初めてだった。
それは心地良く、わたしの心の闇を祓ってくれた。

「すみませんでした…もう、大丈夫です」

「無理はしなくていい、住み慣れた場所を遠く離れ、
父親程年の離れた男と結婚させられたんだ、不安は大きいだろう」

冷静で穏やかな声だと、改めて思った。
だけど、父親程老けているとは思えない…

わたしは視線をそっと、彼の膝の上で握られている、大きな拳に向けた。

「カーライト伯爵は、お幾つなのですか?」

「オーウェンでいい、すまないが、夫婦の振りはしておこう、
相手が我が王では、面倒な事に成り兼ねない。
私は三十六歳だ、君は十八歳だと聞いている」

十八歳はロザリーンだ。
わたしは二十歳よ…

かなり年上である事は確かだが、やはり老けては見えなかった。
騎士団長という位だから、鍛えているのだろう。
聖職者である父とは、体型も動きもまるで違っている。

「わたしの父は、五十二歳です、オーウェン様の方が、ずっとお若いです…」

それに、ヴィムソード王は、オーウェンよりもずっと年上だ。

「オーウェンでいい、それなら、年の離れた兄とでも思ってくれ、ロザリーン」

ロザリーン…
夫に呼ばれるのが、自分の名ではなく、あの妹の名だなんて…
惨めさに胸が痛んだが、直ぐに打ち消した。

最悪を考えれば、小さな事だわ…

最悪は、あの場で処刑されるか、あの王の妃にさせられる事だ。
考えてみれば、わたしは自分の保身から、彼を巻き込んでしまったのだ。

彼は、わたしを助けようとしてくれたのに…

彼は不本意な結婚を強いられても、優しく、そして、打ち解け様としてくれている。
これ程、誰かに気に掛けて貰えたのは、初めてだ。

わたしはそれで十分だわ…
後は、少しでも、彼に恩返し出来たらいい…

わたしは強張りを解こうと、そっと息を吐いた。
それから、顔を上げ、彼の方に笑みを向けた。

「ありがとうございます、オーウェン…」

オーウェンは、その深い緑灰色の目で、じっとわたしを見つめ返し、頷いた。
眼光の鋭い目で怖いと思っていたが、こうして見ると、それは優しい色に見えた。

「私たちは運命共同体だ、協力し合い、最善を目指そう」

流石、騎士団長だ。
わたしは彼の部下になった気がした。

だけど、安心出来るわ…

彼に従っていれば、大丈夫___
そんな 気がした。





「館は王都郊外だ、王宮から一時間と掛からない」

オーウェンはそう言うと、口を引き結んだ。
空を見つめ、何か思案している様だった。
どうしたのかしら…
不安に思いながらも、それを待っていると、漸く彼は口を開いた。

「君に伝えておかなくてはならない事がある…」

「はい」

「館には、8歳の息子も一緒に住んでいる」

息子!?
思ってもみない事で驚いたが、考えてみると、
彼には妻がいたのだから、子供がいても不思議では無かった。

「息子、ジャスティンは、問題を抱えている子でね…」

「問題というのは?」

わたしが訊くと、オーウェンは重く息を吐いた。

「二年前に、妻が刺され、殺されたんだが…その場にあの子も居たらしい…
それから、喋らなくなり、自分の殻に閉じこもっている…
医師はショックからだろうと言っていた…」

わたしは息を飲んだ。
母親が刺される所を目撃するなど、さぞショックだっただろう…

「だが、もう二年だ…一向に良くなる気配がない。
二年では足りないのだろうか?君は、似た事例を見た事は無いか?」

《聖女》としての意見を求められている…
わたしはそれを察し、胸が痛んだ。

《聖女》であれば、心の闇を祓う事が出来る。
《聖女》であれば、ジャスティンを救う事が出来るのだ___

「聖女であれば、心の闇を祓う事が出来ます、ですが、わたしは…」

わたしにその力は無い…

それが残念で、わたしは肩を落とした。

「君の事情は承知している。
だが、ショックで力を失っているのなら、力が戻る事もあるのではないか?」

もしかすると、彼は聖女の力が戻ると思い、わたしとの結婚を受けたのだろうか?
ふと、そんな疑惑が浮かんだ。

ああ…
また期待を裏切ってしまうのね…

「申し訳ありません、力は失えば戻る事はありません…」

「そうか…今の事は忘れてくれ」

オーウェンはサラリと言ったが、彼が気落ちしている事は察せられた。
だが、期待を持たせる様な事は言えない…
だけど…

「力はありませんが、子供は好きです…
わたしがジャスティンの世話をしても、あなたは構いませんか?」

重い気を祓ってあげたくて、わたしは言っていた。
すると、オーウェンは僅かに、安堵の表情を見せた。

「ありがとう、だが、君に世話をさせる気はない、それよりも、友達になってやって欲しい。
あの子には、友もいなくてね…」

友がいない…
わたしと同じだわ…

「はい、ジャスティンに会うのが楽しみです」

「期待はしないでくれ、今のあの子は…気難しい」

それでも、きっと、ヴィムソード王やロザリーンよりは良いだろう。
わたしは心の中で呟き、オーウェンには頷いて見せた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

ケダモノ王子との婚約を強制された令嬢の身代わりにされましたが、彼に溺愛されて私は幸せです。

ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
「ミーア=キャッツレイ。そなたを我が息子、シルヴィニアス王子の婚約者とする!」 王城で開かれたパーティに参加していたミーアは、国王によって婚約を一方的に決められてしまう。 その婚約者は神獣の血を引く者、シルヴィニアス。 彼は第二王子にもかかわらず、次期国王となる運命にあった。 一夜にして王妃候補となったミーアは、他の令嬢たちから羨望の眼差しを向けられる。 しかし当のミーアは、王太子との婚約を拒んでしまう。なぜならば、彼女にはすでに別の婚約者がいたのだ。 それでも国王はミーアの恋を許さず、婚約を破棄してしまう。 娘を嫁に出したくない侯爵。 幼馴染に想いを寄せる令嬢。 親に捨てられ、救われた少女。 家族の愛に飢えた、呪われた王子。 そして玉座を狙う者たち……。 それぞれの思いや企みが交錯する中で、神獣の力を持つ王子と身代わりの少女は真実の愛を見つけることができるのか――!? 表紙イラスト/イトノコ(@misokooekaki)様より

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」 *** ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。 しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。 ――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。  今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。  それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。  これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。  そんな復讐と解放と恋の物語。 ◇ ◆ ◇ ※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。  さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。  カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。 ※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。  選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。 ※表紙絵はフリー素材を拝借しました。

グランディア様、読まないでくださいっ!〜仮死状態となった令嬢、婚約者の王子にすぐ隣で声に出して日記を読まれる〜

恋愛
第三王子、グランディアの婚約者であるティナ。 婚約式が終わってから、殿下との溝は深まるばかり。 そんな時、突然聖女が宮殿に住み始める。 不安になったティナは王妃様に相談するも、「私に任せなさい」とだけ言われなぜかお茶をすすめられる。 お茶を飲んだその日の夜、意識が戻ると仮死状態!? 死んだと思われたティナの日記を、横で読み始めたグランディア。 しかもわざわざ声に出して。 恥ずかしさのあまり、本当に死にそうなティナ。 けれど、グランディアの気持ちが少しずつ分かり……? ※この小説は他サイトでも公開しております。

戦いに行ったはずの騎士様は、女騎士を連れて帰ってきました。

新野乃花(大舟)
恋愛
健気にカサルの帰りを待ち続けていた、彼の婚約者のルミア。しかし帰還の日にカサルの隣にいたのは、同じ騎士であるミーナだった。親し気な様子をアピールしてくるミーナに加え、カサルもまた満更でもないような様子を見せ、ついにカサルはルミアに婚約破棄を告げてしまう。これで騎士としての真実の愛を手にすることができたと豪語するカサルであったものの、彼はその後すぐにあるきっかけから今夜破棄を大きく後悔することとなり…。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...