【完結】成りすましの花嫁に、祝福の鐘は鳴る?

白雨 音

文字の大きさ
上 下
2 / 27

しおりを挟む


ロザリーンに縁談が持ち上がったと聞いた時、
わたしの胸に、嫉妬に似た気持ちが沸き上がった。

いつも神に愛されるのは、わたしではなく、ロザリーンだ。

だが、それは瞬く間に絶望と諦めに変わった。

「わたしは修道女だもの…縁談なんて来ない、分かっていた事じゃない…」

女としての喜びも望めないなんて…
それだけでも惨めだが、ふと、嫌な考えが浮かんだ。

このまま、わたしはロザリーン付きの侍女として、結婚先に付いて行く事になるのだろうか?
ロザリーンの側にいて、彼女と夫が愛し合う姿を見せ付けられる___

「そんなの嫌よ…!」

これまでも、家族や周囲から愛されるロザリーンの姿を、嫌という程見せつけられてきた。
それが、どれ程羨ましく、辛かったか…

「ああ、神様!どうか、わたしを、ロザリーンから解放して下さい…」

わたしは強く願った。

だが、わたしが思う程、この縁談は喜ばしいものではないと、直ぐに知る事となった。





ロザリーンの縁談の相手は、隣国ヴィムソード王国の王、ビクター・ヴィムソード。

ビクターは前妃を亡くし、後妻に《聖女》を望んだ。
ヴィムソード王国は大国で、強大な武力を誇っていて、《聖女》よりも《武力》、
「力こそ全て!」という風潮があった。

それが、何故、突然考えを変えたのか…?
不穏に思う者も少なくなかったが、我がラッドセラーム王国の王フィリップは、
これ幸いと、ビクターと取引をした。

《聖女》を差し出す代わりに、国を守って貰う。
そして、両国間での交易の優遇___

勝手に決められた事だが、《聖女》であるロザリーンに拒否権は無かった。
《聖女》は神の娘と崇められる存在だが、それは、神と国に尽くす者という事になる。
つまり、「国の安泰の為に結婚をしろ」と命じられれば、従わなくてはならないのだ。

わたしはこの時、初めて、ロザリーンに同情心を持った。

ロザリーンは十八歳で、若く、まだ幼さもある、これから美しさを増していく処だ。
それに、ロザリーンには、若い男友達が何人か居た。

一方、ビクターは五十歳だ。
それに、荒々しい気質で、野蛮で、皆から恐れられているという噂もある。

ロザリーンは話を聞くや否や、激しく怒りを撒き散らした。

「ヴィムソード王国へ嫁ぐなんて御免だわ!」
「それに、相手は王でも、五十歳ですって!?」
「お爺さんじゃない!」
「私は十八歳なのよ!」
「私は《聖女》よ!《聖女》が嫌だと言っているのよ!さっさと断ってきて!!」

当然の言い分だった。
だが、ロザリーンは、我が国が誇る、指折りの《聖女》だ。
それは、大国を相手に有利に交渉が出来る程の《価値》があったのだ。
普通であれば、彼女の意見は尊重されたが、今回は事が大きく、
彼女の意志は故意に無視された___

《聖女》も《人間》だというのに!

わたしはそれを知り、ぞっとした。
そして、初めて、自分が《聖女の光》を持たなかった事に、安堵していた。


「王命ですので、従って頂きます、聖女様」

司教は渋い顔で冷酷に告げた。

これまでロザリーンは、全てを意のままにしてきた。
ロザリーンが《聖女》の務めを果たしている限り、《聖女の光》を保つ為にも、
その我儘は全て受け入れられた。
だが、ここで、思い通りにならない事態にぶつかってしまった。

恐らく、初めてだろう、ロザリーンは酷い癇癪を起し、暴れ、断食をし、周囲を困らせた。
だが、それに司教や修道女長が屈服する事は無く、
逆に、ロザリーンは外出を禁じられた上に、男友達と会う事も禁止され、
部屋に閉じ込められた。
ロザリーンに会えるのは、侍女であるわたしと、数人の修道女だけだ。
わたしたちは、ロザリーンを説得する様、命じられていた。

「ロザリーン様、結婚には、本人の意思は考慮されないものです」
「家柄の高い者程、親が決めるそうです」
「ヴィムソード王国は大国ですし、きっと良い所ですよ」
「ロザリーン様は王妃様になるのですよ、王宮に住む事になるでしょう___」

わたしたちは、何とかロザリーンを慰め様としたが、それは彼女の怒りを大きくしただけだった。

「そんなに良い話なら、あなたたちの誰かが結婚すればいいじゃない!
私はお断りよ!!私は誇り高き、この国の聖女なのよ!
ヴィムソード王国とかいう、野蛮な国の聖女にはならないわ!
聖女なら他にも居るでしょう!」

ラッドセラーム王国では、母の代の聖女たちが引退し、
現在は筆頭聖女が姉のアンジェラとなる。
だが、アンジェラは既に、我が国の第二王子、ニコラス司教と結婚している。
そして、次席がロザリーンだ。
他にも従姉妹たち三人が聖女として認められているが、力は劣る。

「ロザリーン様でなければ務まりません」

「揃いも揃って、何て役立たずなの!」

ロザリーンは恐ろしい目でわたしを睨み付けた。
わたしが《聖女の光》を持って生まれなかったから___
そう責められている様で、わたしは何も言えなくなった。


◇◇


一週間が経った頃、ロザリーンは諦めたのか、怒りを収め、縁談にも前向きになった。

それから一週間後、ロザリーンはヴィムソード国王に、輿入れする事が正式に決まった。
その日、わたしはロザリーンと二人だけで会った。
ロザリーンがそれを望んだのだ___

「お姉様、ヴィムソード王国まで、一緒に来てくれるでしょう?
私一人では不安だもの…」

初めて「お姉様」と呼んでくれた!
それに、初めて見るロザリーンの弱い姿に、わたしは胸を打たれ、
「勿論よ!あなたを独りにはしないわ!」と強く返していた。

「あなたは神様に愛されているもの、王様はきっと良い方だわ」

「ええ、そうね、ありがとう、お姉様」

それから、ロザリーンは驚く程、わたしに優しくなった。
二人きりの時には、わたしを「お姉様」と呼び、用事を言い付ける事もなくなった。

「お姉様はその辺の侍女とは違うわ、《聖女》の姉だもの!
用事なら他の者にさせればいいのよ!」

そんな事を言われたが、わたしには当然、分不相応なので、曖昧に流した。

だが、幼い頃に生じた溝は、成長する程に大きくなり、深くなっていったが、
それが綺麗に閉じられた___
そんな気がし、わたしは喜びを噛みしめていた。


◇◇


出発の日、ロザリーンは聖女の衣を脱ぎ、美しく豪華なドレスを身に纏った。

国の権威を見せ付ける為にも、ロザリーンには豪華な衣装が山の様に用意されていた。
他にも、花嫁道具として、数々の高級家具が贈られる事になっていて、
それらは先に出発していた。

ロザリーン、両親、親族たち、国の重鎮たちが王宮に招かれ、
王や司教から祝福を受けた。

わたしは両親から「ロザリーンを頼んだぞ!」と言われた。
ヴィムソード王国に行けば、滅多な事では、帰っては来られないだろう。
それなのに、両親はわたしとの別れなど、全く気にしていない…

「これまでも、そうだったでしょう…」

わたしは自分に言い聞かせた。
それに、今は自分よりも、ロザリーンの事を考えてあげなければ…
『お姉様』と慕ってくれるロザリーンに、姉として応えたかった。
わたしは、ロザリーンがヴィムソード王国に早く馴染める様、支えようと心に決めていた。

わたしは花嫁の馬車に、ロザリーンと一緒に乗り込んだ。
後ろには、ロザリーン付きの修道女三名の乗った馬車、
その後ろには物資を積んだ荷馬車が続く。
騎士団員が三十名程、馬で前後を護ってくれているので、かなりの行列となった。

王都中の民から盛大に見送られ、馬車は王都を後にした。


ラッドセラーム王国の王都から、ヴィムソード王国の国境までは、馬車で一週間掛かる。
国境付近は山脈も多く、王都までは、更に十日必要だった。

旅は順調に進んでいた。
だが、後数時間で王都に着くという時、それは起こった___

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

氷の公爵の婚姻試験

恋愛
ある日、若き氷の公爵レオンハルトからある宣言がなされた――「私のことを最もよく知る女性を、妻となるべき者として迎える。その出自、身分その他一切を問わない。」。公爵家の一員となる一世一代のチャンスに王国中が沸き、そして「公爵レオンハルトを最もよく知る女性」の選抜試験が行われた。

処理中です...