【完結】濡れ衣の令嬢は、籠の鳥

白雨 音

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本編

12☆

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「わたしの家族が、あなたの家庭を壊し、奪ってしまったのね…」

父を殺し、母を犯し、妹を死なせた…
両親の犯した罪を償う事など、到底出来ない。

「クリスは…父がミレーヌにした事を、知っていたの?」

クリスは視線を落とし、頷いた。

「一度、見た事がある…アドルフが獣みたいに母さんを犯していた。
母さんはアドルフの事が分かっていなかった、酷い扱いをされているのに、
自分の夫だと思って、夫の名を呼び、悦んで受け入れていた…
僕は悲しくて、怖くて…逃げたんだ」

後悔の滲む声に、わたしは胸が締め付けられた。

「子供だったのでしょう?仕方ないわ…」

「姉さん、北の塔を覚えている?」

不意に訊かれ、わたしは記憶を探った。

「館の古い塔の事?」

確か、あの塔は、わたしが九歳の頃だったか、取り壊された。

「母さんとサラが閉じ込められていた所だよ」

「!?」

「母さんは、夫を亡くしてから、精神を病んでしまったんだ。
それで、アドルフとグリシーヌは母さんを塔に閉じ込め、世間から隔離した。
世間には、一家心中した事にして…
ここに連れて来られた時、僕は三歳、妹はまだ生まれたばかりでね、
僕は引き取られたけど、妹は母さんに育てられた」

「クリスはいつ、その事を知ったの?」

「僕が5歳の頃、祖父が内緒で北の塔に、母さんと妹に会わせに
連れて行ってくれたんだ。
母さんは僕の事が分からなかったけど…それでも、良かったんだ。
妹は僕を慕ってくれてね…凄く可愛かった。
母さんと妹に会っている時、僕は幸せだった…」

それを突然、奪われた…

「祖父は娘を愛していたから、母さんの事を僕に教えてくれたよ…
駆け落ちしたのは、アドルフが結婚に反対し、妨害して来たからだと言っていた。
母さんの夫を殺したのはアドルフだとも言った…」

「クリス…それは、本当だわ…
さっき、父が言ったの、自分が殺したと…」

「そうか…やっぱりね…」

クリスには今更の事かもしれない。
諦めと遣り切れなさが見えた。

「僕は妹を失った事で、母さんだけでも助けたいと思った。
だけど、どうしたら良いか分からずにいた。
そこで、グリシーヌに密告する事にしたんだ。
グリシーヌは嫉妬深い女だからね、夫の不貞を怒るだろうと…
それは成功したよ。
だけど、その所為で、母さんは命を落とす事になった…

グリシーヌは怒りのままに、母さんを塔から突き落としたんだ」

「そんなっ!?」

「僕はグリシーヌを止める事も出来なかった…
僕はその時、あいつ等にいつか復讐してやると誓ったんだ!
だけど、本当は、僕も…罰して欲しかった…!
僕たちで母さんを殺した!守りたかった、自分の大切な人を…僕が!!」

クリスが両手に顔を伏せ、嗚咽した。
わたしはそっと寄り添い、抱きしめた。




「それで…わたしに嫌われようとしたの?憎まれようと?」

「そんな、綺麗事じゃないよ…」

わたしを犯したのは、父と母への復讐。
わたしへの罰。
そして、わたしに憎まれる事が、クリス自身への罰。

「姉さん、僕と一緒に来てくれる?」

クリスがわたしの手を握る。

「館を出て、知らない土地へ行こう、もう、準備は出来ているんだ」

断れば、クリスは独りで行ってしまうだろう。
わたしはクリスの手に手を重ねた。

「これで復讐は終わるのね?」

わたしが確かめると、クリスは小さく息を飲んだ。

わたしを完全に、あの両親から奪う。
クリスから家族を奪った様に___

クリスが父の前で、父の罪をわたしに聞かせた事もそうだ。
わたしが父を軽蔑する事が、父には痛手だからだ。
母もそう。
両親はわたしに良い顔ばかりを見せていた。

不安に揺れる青灰色の目に、わたしは視線を合わせ、微笑む。

「それなら、わたしをミシェルと呼んで、あなたの妻にしなければいけないわ」

これで、復讐は完結する。

「僕で、いいの?」

「わたしには、あなたしかいないでしょう?」

わたしは愛を込めて言ったが、クリスはこの時になって、怯んでしまった。
彼の優しさが、そうしてしまうのだ。

「違うんだ!黙っていたけど…本当は、君の濡れ衣は、とっくに晴れてるんだよ!
公爵に毒を盛った者を見つけ、主犯も付き止め、三日前、裁きも下ったよ。
主犯はブロイ伯爵令嬢、エリザベス。
彼女は君を陥れ、自分がイーサンと結婚するつもりだったんだ。
だけど、公爵が許さなかった、それで、毒殺した…
君はもう、逃げ隠れする必要は無いんだ、イーサンと寄りを戻す事も出来る…」

「わたしがイーサンと結婚しても、あなたは構わないと言うの?
わたしを愛してくれているのだと思っていたのに…」

わたしは恨めしく、残念そうに零した。

「愛しているよ…
僕こそ、君しかいない。
僕が悲しい時、いつも傍で微笑んでくれた、愛してくれた、君だけだった。
姉だなんて一度も思った事は無いよ。
『姉さん』と呼んで、自分に言い聞かせていただけでね…
愛していたから、こんな愚かな復讐を思いついた。
だけど、直ぐに後悔したよ…
覚悟は出来ていた筈なのに、君を抱けば抱く程、分からなくなって…
本当は、もっと、愛してあげたいのに…
僕を許さなくていい、だけど、ごめんね、ミシェル」

クリスが行為を喜んでしていない事は分かっていた。
だけど、それは、わたしに興味が無いからだと思っていた。
姉弟で悍ましいとクリス自身も思っているのだろうと…

そして、わたしは…

クリスに抱かれる事を、心の底では…拒否していなかった。
いけない事だと思いながらも、流された。
クリスには力で敵わないからと言い訳して…

父に迫られた時に分かった。
もし、クリスではなく父だったなら、他の者だったなら…
わたしはとても正気ではいられなかっただろう___

わたしは小さく笑う。

「愛を告げた後に謝らないで、わたしは喜んでいるのよ。
イーサンの事は、忘れていたわ。
わたしは一度死んだ身よ、あの牢屋に全て置いて来たわ。
わたしはあなたを選んだのよ、クリス」

クリスを選び、毒を飲んだ。
そして、目が覚めて、クリスにもう一度会えて、わたしがどれだけうれしかったか…

「あなただけが、わたしを信じてくれた、その愛で」

わたしを救い出してくれたのは、あなた。

「あなたを愛さずにはいられないわ、クリス。
もし、あなたがわたしに償いたいというのなら、今度はちゃんと愛して欲しい…
あなたと、ちゃんと愛し合いたいの…」

頬が熱くなる。
わたしにこんな事を言わせるなんて、やっぱり、クリスは意地悪だわ。

クリスがわたしの頬を優しく撫でる。
わたしを見つめる青灰色の目に、光が見えた。

「愛してる、ミシェル…」

クリスがわたしに熱く口付ける。
わたしも熱を持って、それを受け入れた。

「ん…んん…」
「はぁ…んっ」

わたしたちは夢中でキスをしていた。
キスをしたまま、縺れ合う様に長ソファに倒れ込む。
クリスに胸元を露わにされ、わたしは「はっ」と息を飲んだ。

「凄く、綺麗だ」

胸に口付けられる。
わたしは『もっと!』と強請る様に、クリスの頭を抱いた。
胸を揉まれ、乳首に舌を絡められる。
何度もされた事なのに、今日は全然違う…!激しい!

「んん!あぁ…!」

口に含まれ、甘噛みされると、わたしの体は引き攣った。

「はあぁんっ!んん…っ」

「凄い、感じてるね」

クリスに言われ、わたしは赤くなる。
クリスに触れられていないというのに、熱く、濡れている…
クリスが知ったら、淫らな女だと思うだろうか?

「感じちゃって、ごめんなさい…
わたし、あなたが思うより、きっと、ずっと、はしたない女だわ」

わたしはクリスに嫌われるのではと怖くて震えたが、クリスは小さく吹き出した。

「感じて貰えてうれしいよ、僕は君を乱れさせたいんだからね。
それに、君は、僕が思うよりずっと、可愛い…」

その目は優しく、愛が見えた。
わたしは安堵し、自分を解き放った。
クリスのシャツを掴み、ボタンを外していく…
クリスの匂いを嗅ぎ、「ちゅっ」と口付けると、クリスがぶるりと震えた。

「ああ、もう、ごめん!」

クリスが性急にわたしのドロワーズを掴み、下ろした。

「ミシェルが可愛過ぎる所為だからね!責任取って!」

怒った様な、拗ねた様なクリスの表情が可愛くて、わたしは笑いながら、
彼の背に腕を回した___


「あっあん!」

激しく突かれ、喘ぎが止まらない。
感じ過ぎてしまう…

「ん…ん…!クリス…もう、駄目ぇ…」
「ん…僕も…ミシェル…」

クリスがわたしに口付ける。
舌を絡め、吸う…
クリスが深く奥を突き、熱いものが流れ込む。
わたしはそれを、喜びと愛おしさを持って受け入れた。


クリス、わたし、あなたを愛しているわ…


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