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本編
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しおりを挟むクリスの事ばかりを考えていたわたしは、頬の痛みも、膝の痛みも頭に無かった。
母から聞かされた、クリスの想いに、わたしは舞い上がってしまっていた。
コツ、コツ…
足音が聞こえて来て、わたしはクリスだと思い、立ち上がり、格子に近寄った。
だが、それは父アドルフで驚いた。
どうして、お父様が?
わたしは鉄格子から離れ、様子を伺った。
父は鉄格子の前まで来ると、わたしを舐め回す様に見た。
「フン、クリスめ、中々趣味が良いじゃないか」
わたしはその目つきと口調に、良からぬものを感じ、背を向けた。
だが、それだけでは終わらなかった。
ガチャガチャと音がし、鍵が外されたのが分かった。
驚いて振り返ると、小さな入口から、体を屈め、父が入って来た。
話だけであれば、鉄格子越しに出来るというのに、何故、中に入って来るのか…
驚き、固まっているわたしに、父は近付いて来る。
わたしは咄嗟に後退りしていた。
「私が相手をしてやるというんだ、逃げる事は無いだろう?ミレーヌ」
太い手で手首を掴まれ、わたしは顔を顰めた。
「グリシーヌには酷い事をされた様だな、アレは嫉妬深い!
私は可愛がってやるぞ、優しくな…」
その手で頬を撫でられ、わたしはゾッとした。
「止めて下さい!」
「フン、私は侯爵だぞ、情婦如きが刃向かえる相手じゃない事は、おまえにも分かっているだろう?
それに、私はクリスよりも、おまえを楽しませてやれるぞ?ミレーヌ」
「お止め下さい!…お父様!!」
わたしは力いっぱい、父の体を押した。
父は訝し気な顔をし、わたしを見た。
「お父様だと?」
「お父様、わたしです、ミシェルです!」
正体を明かしてはいけなかったが、父から迫られる恐怖には代えられなかった。
「馬鹿を言うな!ミシェルは死んだ、埋葬したんだ!おまえである筈が無い!」
「本当です!」
だが、クリスが助けてくれた事を話すかは迷った。
もし、知られたら、父はクリスを脅すかもしれないと思ったのだ。
わたしは処刑の決まった罪人で、それを助ける事は罪だからだ。
「この顔を、よくご覧下さい!」
「いいや!おまえはミシェルなんかじゃない!あの子は、そんな化粧はしなかった!
そんな服も持ってはいない!私を騙す気だな!なんという性悪女だ!」
父がわたしの肩を突き飛ばし、わたしは床に倒れた。
「お父様…信じて下さい…」
「フン!大概にしろ!この売女!
娘を偽れば、私が怯むとでも思ったのか?馬鹿らしい!
教えておいてやるが、私は実の妹であっても抱ける男だぞ」
「!?」
わたしは驚愕し息を飲んだ。
「お父様は…彼女を…ミレーヌを抱いたというのですか!?」
とても信じられない!悍ましい、許されない行為だ。
だが、父に悪びれる様子は無かった。
「だから何だ、アレは私のものだ、それを、あんな男と駆け落ちなどしおって!
男を殺して、連れ帰ってやったわ!」
「何て酷い事を!!」
わたしは遂には悲鳴を上げていた。
「何が酷い、私からミレーヌを奪った報いだ、子供も殺しておけば良かったんだ。
父に知られてしまって、殺せなかったがな、憎い男の子供など!何故、私が育てねばならん!
妹の方は放り出せたが、クリスの奴は財産があったからな…」
妹!?
「お父様!妹というのは…」
わたしは嫌な予感がし、震えた。
「赤子の時はミレーヌが育てていたが、育てられん程に
狂ってしまったからな、かと言って、これ以上は面倒みきれん!
ミシェルに要らないと言わせて、孤児院に入れてやったのだ。
ミレーヌの様に美人に育てば引き取ってやろうとも思ったが、早々に死んだらしい」
わたしは悲鳴を上げた。
ああ!サラはクリスの妹だったんだわ!
クリスが子供を欲しがったのは、妹の代わりなんだわ___!!
「ミシェルに要らないと言わせた?どうやってですか?」
「私がクリスと妹を連れて来た時に、
グリシーヌがミシェルに嫌いな菓子を見せ、要るかと聞いただけだ。
あの頃はクリスもまだ子供だ、簡単に騙されたさ!
ミシェルに会わせず、さっさと馬車に放り込んでやった!
クリスの奴、大泣きして馬車を追って行ったよ!」
父が大声で笑うのを、わたしは信じられない思いで見た。
「酷いわ!お父様は、悪魔よ!!」
だが、それで、わたしは覚えていなかったのだ…
わたしにとって、取るに足らない事だったから…
「フン!何が酷い!クリスの奴、生かしてやったというのに、
財産を使い込んだと脅迫して来るとは…全く、あの男にそっくりだ!忌々しい!」
ああ…!あの優しい父はどうしてしまったのか?
わたしの幻想だったのだろうか?
「クリスからおまえを奪ってやれば、どんな顔をするか…想像するだけでも愉快だ!」
「いや!!」
わたしはなりふり構わずに、床を這って逃げようとしたが、スカートを掴まれてしまった。
父はわたしに乗り掛かると、無遠慮に足をまさぐって来た。
悍ましさに足をばたつかせ、悲鳴を上げた。
「いやー-!!」
「やはり、若い女はいい…
グリシーヌの監視が厳しくてな、今日は久しぶりに楽しめる…」
「嫌!!離して!!助けて!!クリス___!!」
わたしは恐怖で錯乱し泣き喚いていた。
いつの間にか、自分を圧し潰そうとしていたものが消えた事にも気付かずに…
「姉さん、もう大丈夫だから…」
クリスの声で漸くわたしは正気を取り戻した。
父は床にうつ伏せで倒れ、わたしはクリスの腕の中にいた。
わたしはその胸に顔を押し付け、縋った。
「クリス___!!」
「独りにしてごめんね、姉さん」
父が呻き声を上げて体を起こし、わたしは恐怖に震えた。
クリスはわたしを押して牢から出ると、入口を閉め、鍵を掛けた。
「姉さん、だと…?まさか、本当に、ミシェルじゃないだろうな?」
「自分の娘も分からないのですか?女好きだというのに、顔も判別出来ないとはね!」
「ミシェルが何故生きているんだ!」
「僕が助けたからですよ」
クリスはあっさりとそれを口にした。
「ミシェルに仮死の薬を与えたんです、そして、彼女を隠した。
そこで僕が彼女に何をしたか、あなたにも想像が付くでしょう?
あなたが僕の母にした事と同じ事をしたんです。
あなたは正気では無い母を犯し、僕は意識の無い彼女を犯した。
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その後は、喜んで僕に足を開き、今はこの通りです…」
それは嘘だわ…
最初の時、わたしは初めてだったもの…
父を挑発したいのだと分かった。
クリスはわたしの腰を抱き、膨らんだ胸元に噛みついた。
「はぁ!!」
思わず声を上げてしまうと、父が鉄格子を握り、吠えた。
「許さん!許さんぞ、クリス!!おまえを縛り首にしてやる!!」
わたしはクリスの《復讐》だと知った。
クリスは最初から、わたしの正体を両親にバラすつもりだったのだ。
そして、両親の目の前で、わたしを奪いたかったのだ___
「そこで大人しく見てるんだな、デュラン侯爵」
クリスがわたしを抱き、後方の壁に押し付けた。
父からはわたしが見えない様にし、ドレスのスカートの中に手を入れる…
「ミシェル!そいつを殺せ!ミシェル!!」
だが、わたしはクリスの動きに合わせ、行為に耽っているかの様に、艶のある声を上げた。
「あっ…あん!ああ…あんっ!」
「姉さん、いつもより感じてるんじゃない?父親に見られてるからかな?」
「あん…クリス、もっとして!んん…気持ちイイのぉ…!!」
「姉さん、ここ、好きだよね…ふふ」
「ん…イイ!クリス!!」
父の怒号は聞こえなかった。
クリスはわたしにキスをし、生々しい音を聞かせた。
そして、これからという所で、「やっぱり、明るい所へ行こう、ここはかび臭い」と、
わたしを抱え上げ、地下牢を出て行った。
クリスは地下牢を出てからも、わたしを抱き上げたままで、運んで行く。
「クリス!?わたし、歩けるわ!」
「酷い目に遭ったんだよ、無理しないで、姉さん」
「ありがとう、クリス…あなたが来てくれなかったら、わたしは…」
それを考えると、身の毛がよだち、わたしは震えた。
「うん、間に合って良かった…」
クリスの安堵の声に、わたしも息を吐いた。
クリスの腕の中は安心出来た。
クリスはいつも、わたしを守ってくれる…
「僕の演技に合わせてくれてありがとう…」
「クリスの為だけじゃないわ、わたしも許せなかったの」
両親を、
そして何も知らずにいた自分も___
クリスはわたしを連れ、部屋に戻ると怪我の手当をしてくれた。
「酷い!これは、誰にされたの?グリシーヌ?」
叩かれた頬は熱を持ち、腫れ、膝は床に打ち付けた事で、擦り切れ、血が滲んでいた。
わたしは手当を受けながら、寝室に母が入って来た事を話した。
それから、母と父から聞かされた事も…
「わたし、聞いたの…ミレーヌはクリスのお母さんだったのね…
それに、サラはあなたの妹だった…」
クリスは驚いていなかった。
わたしが知るだろう事を予測していた様だ。
だが、クリスの知らない事もある…
母がわたしに『要らない』と言わせ、
クリスを騙し、サラを孤児院に入れたカラクリ___
それは話せなかった。
話せば、クリスの、わたしの両親に対する憎しみは増し、益々復讐に囚われてしまう。
それに、クリスはきっと、わたしにした事を後悔するだろう…
そんな事になれば、クリスはわたしを真直ぐに見てくれなくなる!
離れて行ってしまうかもしれない___!
そんなのは嫌よ!
クリスを失う位なら、このまま、沈黙を守るわ
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