【完結】濡れ衣の令嬢は、籠の鳥

白雨 音

文字の大きさ
上 下
12 / 14
本編

11

しおりを挟む

クリスの事ばかりを考えていたわたしは、頬の痛みも、膝の痛みも頭に無かった。
母から聞かされた、クリスの想いに、わたしは舞い上がってしまっていた。

コツ、コツ…

足音が聞こえて来て、わたしはクリスだと思い、立ち上がり、格子に近寄った。
だが、それは父アドルフで驚いた。
どうして、お父様が?

わたしは鉄格子から離れ、様子を伺った。
父は鉄格子の前まで来ると、わたしを舐め回す様に見た。

「フン、クリスめ、中々趣味が良いじゃないか」

わたしはその目つきと口調に、良からぬものを感じ、背を向けた。
だが、それだけでは終わらなかった。

ガチャガチャと音がし、鍵が外されたのが分かった。
驚いて振り返ると、小さな入口から、体を屈め、父が入って来た。

話だけであれば、鉄格子越しに出来るというのに、何故、中に入って来るのか…
驚き、固まっているわたしに、父は近付いて来る。
わたしは咄嗟に後退りしていた。

「私が相手をしてやるというんだ、逃げる事は無いだろう?ミレーヌ」

太い手で手首を掴まれ、わたしは顔を顰めた。

「グリシーヌには酷い事をされた様だな、アレは嫉妬深い!
私は可愛がってやるぞ、優しくな…」

その手で頬を撫でられ、わたしはゾッとした。

「止めて下さい!」

「フン、私は侯爵だぞ、情婦如きが刃向かえる相手じゃない事は、おまえにも分かっているだろう?
それに、私はクリスよりも、おまえを楽しませてやれるぞ?ミレーヌ」

「お止め下さい!…お父様!!」

わたしは力いっぱい、父の体を押した。
父は訝し気な顔をし、わたしを見た。

「お父様だと?」

「お父様、わたしです、ミシェルです!」

正体を明かしてはいけなかったが、父から迫られる恐怖には代えられなかった。

「馬鹿を言うな!ミシェルは死んだ、埋葬したんだ!おまえである筈が無い!」
「本当です!」

だが、クリスが助けてくれた事を話すかは迷った。
もし、知られたら、父はクリスを脅すかもしれないと思ったのだ。
わたしは処刑の決まった罪人で、それを助ける事は罪だからだ。

「この顔を、よくご覧下さい!」

「いいや!おまえはミシェルなんかじゃない!あの子は、そんな化粧はしなかった!
そんな服も持ってはいない!私を騙す気だな!なんという性悪女だ!」

父がわたしの肩を突き飛ばし、わたしは床に倒れた。

「お父様…信じて下さい…」

「フン!大概にしろ!この売女!
娘を偽れば、私が怯むとでも思ったのか?馬鹿らしい!
教えておいてやるが、私は実の妹であっても抱ける男だぞ」

「!?」

わたしは驚愕し息を飲んだ。

「お父様は…彼女を…ミレーヌを抱いたというのですか!?」

とても信じられない!悍ましい、許されない行為だ。
だが、父に悪びれる様子は無かった。

「だから何だ、アレは私のものだ、それを、あんな男と駆け落ちなどしおって!
男を殺して、連れ帰ってやったわ!」

「何て酷い事を!!」

わたしは遂には悲鳴を上げていた。

「何が酷い、私からミレーヌを奪った報いだ、子供も殺しておけば良かったんだ。
父に知られてしまって、殺せなかったがな、憎い男の子供など!何故、私が育てねばならん!
妹の方は放り出せたが、クリスの奴は財産があったからな…」

妹!?

「お父様!妹というのは…」

わたしは嫌な予感がし、震えた。

「赤子の時はミレーヌが育てていたが、育てられん程に
狂ってしまったからな、かと言って、これ以上は面倒みきれん!
ミシェルに要らないと言わせて、孤児院に入れてやったのだ。
ミレーヌの様に美人に育てば引き取ってやろうとも思ったが、早々に死んだらしい」

わたしは悲鳴を上げた。

ああ!サラはクリスの妹だったんだわ!
クリスが子供を欲しがったのは、妹の代わりなんだわ___!!

「ミシェルに要らないと言わせた?どうやってですか?」

「私がクリスと妹を連れて来た時に、
グリシーヌがミシェルに嫌いな菓子を見せ、要るかと聞いただけだ。
あの頃はクリスもまだ子供だ、簡単に騙されたさ!
ミシェルに会わせず、さっさと馬車に放り込んでやった!
クリスの奴、大泣きして馬車を追って行ったよ!」

父が大声で笑うのを、わたしは信じられない思いで見た。

「酷いわ!お父様は、悪魔よ!!」

だが、それで、わたしは覚えていなかったのだ…
わたしにとって、取るに足らない事だったから…

「フン!何が酷い!クリスの奴、生かしてやったというのに、
財産を使い込んだと脅迫して来るとは…全く、あの男にそっくりだ!忌々しい!」

ああ…!あの優しい父はどうしてしまったのか?
わたしの幻想だったのだろうか?

「クリスからおまえを奪ってやれば、どんな顔をするか…想像するだけでも愉快だ!」

「いや!!」

わたしはなりふり構わずに、床を這って逃げようとしたが、スカートを掴まれてしまった。
父はわたしに乗り掛かると、無遠慮に足をまさぐって来た。
悍ましさに足をばたつかせ、悲鳴を上げた。

「いやー-!!」

「やはり、若い女はいい…
グリシーヌの監視が厳しくてな、今日は久しぶりに楽しめる…」

「嫌!!離して!!助けて!!クリス___!!」

わたしは恐怖で錯乱し泣き喚いていた。
いつの間にか、自分を圧し潰そうとしていたものが消えた事にも気付かずに…

「姉さん、もう大丈夫だから…」

クリスの声で漸くわたしは正気を取り戻した。
父は床にうつ伏せで倒れ、わたしはクリスの腕の中にいた。
わたしはその胸に顔を押し付け、縋った。

「クリス___!!」

「独りにしてごめんね、姉さん」

父が呻き声を上げて体を起こし、わたしは恐怖に震えた。
クリスはわたしを押して牢から出ると、入口を閉め、鍵を掛けた。

「姉さん、だと…?まさか、本当に、ミシェルじゃないだろうな?」

「自分の娘も分からないのですか?女好きだというのに、顔も判別出来ないとはね!」

「ミシェルが何故生きているんだ!」

「僕が助けたからですよ」

クリスはあっさりとそれを口にした。

「ミシェルに仮死の薬を与えたんです、そして、彼女を隠した。
そこで僕が彼女に何をしたか、あなたにも想像が付くでしょう?
あなたが僕の母にした事と同じ事をしたんです。
あなたは正気では無い母を犯し、僕は意識の無い彼女を犯した。
貞淑な彼女は処女でしたが、意識が無かったので、痛みも無かったでしょう。
その後は、喜んで僕に足を開き、今はこの通りです…」

それは嘘だわ…
最初の時、わたしは初めてだったもの…
父を挑発したいのだと分かった。

クリスはわたしの腰を抱き、膨らんだ胸元に噛みついた。

「はぁ!!」

思わず声を上げてしまうと、父が鉄格子を握り、吠えた。

「許さん!許さんぞ、クリス!!おまえを縛り首にしてやる!!」

わたしはクリスの《復讐》だと知った。
クリスは最初から、わたしの正体を両親にバラすつもりだったのだ。
そして、両親の目の前で、わたしを奪いたかったのだ___

「そこで大人しく見てるんだな、デュラン侯爵」

クリスがわたしを抱き、後方の壁に押し付けた。
父からはわたしが見えない様にし、ドレスのスカートの中に手を入れる…

「ミシェル!そいつを殺せ!ミシェル!!」

だが、わたしはクリスの動きに合わせ、行為に耽っているかの様に、艶のある声を上げた。

「あっ…あん!ああ…あんっ!」
「姉さん、いつもより感じてるんじゃない?父親に見られてるからかな?」
「あん…クリス、もっとして!んん…気持ちイイのぉ…!!」
「姉さん、ここ、好きだよね…ふふ」
「ん…イイ!クリス!!」

父の怒号は聞こえなかった。
クリスはわたしにキスをし、生々しい音を聞かせた。
そして、これからという所で、「やっぱり、明るい所へ行こう、ここはかび臭い」と、
わたしを抱え上げ、地下牢を出て行った。


クリスは地下牢を出てからも、わたしを抱き上げたままで、運んで行く。

「クリス!?わたし、歩けるわ!」
「酷い目に遭ったんだよ、無理しないで、姉さん」
「ありがとう、クリス…あなたが来てくれなかったら、わたしは…」

それを考えると、身の毛がよだち、わたしは震えた。

「うん、間に合って良かった…」

クリスの安堵の声に、わたしも息を吐いた。
クリスの腕の中は安心出来た。
クリスはいつも、わたしを守ってくれる…

「僕の演技に合わせてくれてありがとう…」

「クリスの為だけじゃないわ、わたしも許せなかったの」

両親を、
そして何も知らずにいた自分も___


クリスはわたしを連れ、部屋に戻ると怪我の手当をしてくれた。

「酷い!これは、誰にされたの?グリシーヌ?」

叩かれた頬は熱を持ち、腫れ、膝は床に打ち付けた事で、擦り切れ、血が滲んでいた。
わたしは手当を受けながら、寝室に母が入って来た事を話した。
それから、母と父から聞かされた事も…

「わたし、聞いたの…ミレーヌはクリスのお母さんだったのね…
それに、サラはあなたの妹だった…」

クリスは驚いていなかった。
わたしが知るだろう事を予測していた様だ。

だが、クリスの知らない事もある…

母がわたしに『要らない』と言わせ、
クリスを騙し、サラを孤児院に入れたカラクリ___

それは話せなかった。
話せば、クリスの、わたしの両親に対する憎しみは増し、益々復讐に囚われてしまう。
それに、クリスはきっと、わたしにした事を後悔するだろう…
そんな事になれば、クリスはわたしを真直ぐに見てくれなくなる!
離れて行ってしまうかもしれない___!

そんなのは嫌よ!


クリスを失う位なら、このまま、沈黙を守るわ

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

旦那様、愛人を頂いてもいいですか?

ひろか
恋愛
婚約者となった男には愛人がいる。 わたしとの婚約後、男は愛人との関係を清算しだしたのだが……

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

幼なじみの王子には、既に婚約者がいまして

mkrn
恋愛
幼なじみの王子の婚約者の女性は美しく、私はーー。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

処理中です...