【完結】濡れ衣の令嬢は、籠の鳥

白雨 音

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本編

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カチャ…

メイド二人により、寝室の扉は閉められた。
母はわたしを見つけ、顎をクイと上げ、冷たい目に侮蔑を浮かべた。

「クリスを誑かすなんて、上手くやったものね、この泥棒猫!!」

その手を振り上げ、わたしの頬を叩いた。

バシィ!!

「!!!」

その勢いで、わたしは床に倒されていた。
叩かれた頬の痛みに、わたしは無意識に手を当てる。
だが、頭の中は、驚きと恐怖で混乱していた。

母がわたしに手を上げるなんて…初めての事だ。
ミシェルでないにしても、母は侯爵夫人だ、手を上げるなど考えられなかった。
あの優しいお母様が…

「仮面なんか着けて、何様のつもりよ!!あなたたち、仮面を剥いでやりなさい!!
どんな醜女か見てやるわ!!」

メイド二人がわたしに向かって来て、わたしは顔を見られてはいけないと、抵抗した。

「いやっ!!」
「この!大人しくしなさいよ!」
「奥様が、おまえの顔を見たいと言ってるでしょう!!」

伸ばされる手を払っていたが、相手は二人だ、遂にはそれを掴み取ってしまった。

「やりましたわ!奥様!さぁ、ご覧下さい!!」

わたしは顔を隠そうと、俯き、長いブルネットの髪を掴む。
だが、メイドの一人がわたしの後ろ髪を引っ張り、もう一人がわたしの顎を掴んで上げさせた。
母はわたしに歩み寄ると、上から見下ろした。

顔を見られたら、わたしがミシェルだと分かってしまう!!

わたしは恐怖に息を飲む。

「フン!火傷痕なんて、やっぱり嘘じゃないの!!顔だって大した事は…」

見下す様な態度でいた母の顔が、ふと、訝し気に変わった。
気付かれたのだと身を固くしたが、母はわたしを死んだものと決めつけていて、
それを覆すには材料が足りなかった様だ。

「あなた…ミシェルに似てるわね…。
そう、だから、クリスはあなたの顔を隠したって訳ね?
あの子は昔から、ミシェルが好きだったものね!」

母は一人納得していた。
それから、わたしに向かい、また、見下す態度になった。

「いい事、あなたはミシェルの代わりにされているのよ!
あの子が好きなのはミシェルであって、あなたじゃないの!
可哀想なミシェルは自害してしまったから、あなたで我慢しているの。
クリスはそういう子なの、あの子はね、ミシェルの婚約が決まったから、この館を出たのよ」

「!?」

まさか!
クリスは以前から大学に行きたがっていた。
だけど、館から十分通える距離にも関わらず、館を出たのは…
わたしが婚約したから?
でも、どうして?
姉が婚約したからと、弟が家を出る必要は無いというのに…

「あら、信じられない様ね?
だけど、こんな事になるなら、ミシェルとクリスを結婚させてやれば良かったわ!
公爵家との繋がりの方が大事だと跳ね付けてやったけど、
まさか、公爵が殺されて、ミシェルが自害する事になるとは思ってもみなかったものね…」

「結婚…二人は、姉弟でしょう?」

わたしは母の正気を疑った。
なるべく低い声で聞くと、母は笑い、教えてくれた。

「あなた、姉弟だって聞かされていたの?クリスに騙されたわね!
表向きはそう、姉弟だけど、クリスは私たちの子じゃないの。
クリスの母親はアドルフの妹よ、父親は何処かの絵描きでね、
結婚を反対されて駆け落ちしたのよ、だけど、父親が死んで、子供を連れて戻って来たって訳!
勝手でしょう?それに、頭が少しおかしかったから、
お祖父様の命で、クリスを私たちの子として育てる事になったのよ」

わたしとクリスは、姉弟では無い?
わたしはその事実に驚愕しつつも、何処か安堵もしていた。

それならば、体を重ねた事に、少なくとも罪悪感は抱かなくても良い。
地獄に落ちるのではと、恐れなくてもいい。
可哀想な子が出来るのではと、不安にならなくてもいい…
わたしは自分の体をギュっと抱きしめた。

財産の半分がクリスに渡った事にも納得がいった。
祖父は娘…クリスの母親にも、財産を残したかったのだろう。

「彼の、母親は、今何処に?」

「とっくに死んだわよ!侯爵家の墓地でのうのうと眠っているわ。
男好きで淫らで狂った女よ!あなたの様にね、ミレーヌ。
その上、名も同じだなんて、面白い偶然ね?」

ミレーヌ!?
クリスが『最愛の人』と言ったのは、母親の事だったのね!
復讐は、母の死に纏わる事?

「ミレーヌの様になりたくなければ、さっさとこの館を出て行くのね!」

「彼の母親に、何をしたのですか?」

バシィ!!

わたしはまた頬を叩かれた。
頬を押さえ、目を上げると、そこには恐ろしい怒りの表情があり、わたしはゾッとした。

「知りたいなら、教えてあげるわ…あなたたち!この女を連れて来なさい!」

母は踵を返し、寝室を出て行く。
二人のメイドはわたしの腕を両脇から掴み、引き摺って行った。


着いたのは、滅多に使われない、館の地下牢だった。
公爵殺しで捕まった時の事を思い出し、わたしは恐怖でなりふり構わずに暴れた。

「いやー-!離して!ここは嫌ぁ!!」
「こいつ!大人しくしなさいよ!!」
「早く入りなさい!!」

メイド二人はわたしを鉄格子の中へと突き飛ばした。

「あぁ!!」

冷たい石造りの床に膝をぶつけ、蹲る。

「クリスがどう出るか分からない内は、生かしておいてあげるわ。
さぁ、行くわよ!!」

母はメイドを連れて地下牢を出て行った。
わたしは絶望に震えた。

「クリスが助けに来てくれる…」

わたしは自身に言い聞かせる様に呟く。

あの時も、クリスはただ一人、わたしを助けに来てくれた。
わたしはクリスから死を求められたのだと思い、絶望し、渡された薬を飲んだが、
それはわたしを救い出す為の策だった。

クリスはわたしを閉じ込め、復讐を始めたけど…
もし、こんな風にならなければ、復讐などしなかったのでは無いかと思えた。
クリスはわたしの結婚を、どう考えていたかは分からないが、表立っては反対していなかった。
ただ、あまり顔を見せなくなってしまったけど…
それでも、もし、あのままイーサンと結婚をしていたら、違っていた気がする。
わたしが罪を着せられた事で、きっと、クリスに復讐の機会を与えてしまったのだ___

母は、クリスはわたしを好きだと言った。
そう、クリスは両親に、わたしと結婚したいと言ってくれたのだ___!

「!!」

カッと、顔が熱くなる。

「そんな事、知らなかったから…わたしは何も知らなかったから…」

クリスがそんな風に思っていてくれた事。
わたしが、イーサンとの婚約が決まったと話した時、
どんな気持ちで「おめでとう、姉さん」と言ったのだろう?

クリスが家を出ると言った時、わたしは反対した。

「館からでも通えるのでしょう?クリスがいなければ、寂しいわ…」
「大袈裟だな、姉さんは!近くだし、度々館に帰って来るよ」

明るく笑って、クリスは館を出て行った。
度々帰って来ると言ったが、ほとんど館に顔を見せる事は無かった。
それでも、毎年の誕生日の贈り物はしてくれた。
わたしも、クリスの誕生日には贈り物を用意した。
クリスに帰って来て貰おうと、「ケーキを焼くわ」と手紙で書いたが、
「忙しいから、帰れそうにないんだ」と返って来た。
仕方なく、クリスが欲しいと言った、セーターを編んで小包で送った。
お礼の手紙が来ないかと、数日、落ち着かなかった。

わたしから見たクリスは、愛すべき、可愛い弟だった。

だが、その顔の裏に隠されていた想いを想像すると、胸が締め付けられた。
意識せずにいた事が、急に顔を出し、わたしを揺さぶる。
そして、わたしは、それを喜んでしまっている___!

わたしは、クリスを好きなの…?

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