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本編
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しおりを挟む「クリス、あなたが家を出たがっていたなんて、知らなかったわ…
父と母とも上手くいっているとばかり思っていたの…
父も母もクリスを自慢していたし、愛していたわ」
クリスの部屋に戻り、わたしが言うと、クリスは鼻で笑った。
「姉さんは何も知らない、いつだって、夢見る少女だからね」
そう言われても、わたしは否定出来なかった。
クリスは肩を竦める。
「演技だよ、父も母も、僕にこの家を出て行かれたら困るからね」
「跡取りが居なくなるから?」
「いや、跡取りなんて、どうにだってなるよ、僕じゃなくてもいいんだ。
だけど、僕が出て行けば、財産の半分を僕に渡さきゃいけない。
財産を減らしたくないから、侯爵を継がせたいのさ。
あいつ等は、金の亡者だよ」
「クリスが財産の半分を?それは、お祖父様の遺言なの?」
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跡取りという事で、わたしたち家族は祖父と一緒に、この館に住んでいた。
「変だよね?だけど、そうなんだ、僕は爵位を継がなくても、
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話合いの結果、使い込んだ分は侯爵家の財産から貰う事になっている」
それなら、クリスに家を出て行かれるのは困るだろう。
「だけど、使い込みなんて…お父様は何故ご自分の財産を使わなかったのかしら?」
「侯爵家の資金だからね、簡単には使えない。
その点、僕の財産分は手を付けても分からない。
僕が二十歳になるまでに、帳尻を合わせるつもりだったのか、
それとも、爵位を継がせて誤魔化す気だったのか…」
「父の使い込みには何時気付いたの?」
調べさせたという事は、疑っていたという事だろう。
「二人が派手な生活をしていれば、自ずと気付くよ」
「わたし、全く気付かなかったわ…」
父と母が派手な生活をしているとは、思わなかった。
パーティには良く行っていたが、侯爵だから呼ばれているのだと思っていた。
「父は虚栄心が強く、見栄を張りたがるんだ、母の方は、嫉妬の塊」
クリスは心底うんざりしている様だ。
わたしの知らない事を、クリスは知っているのだ。
そして、それを自分一人で抱えていた___
「話してくれたら、良かったのに…」
「はっ!姉さんに話せる筈無いよ!
姉さんは二人を信用しているし、直ぐに同情する…」
「わたしが頼りにならない事は、分かっているわ、でも、一緒に悩んであげる事は出来る」
「嫌だよ、そんな無意味な事、傷の舐め合いなんて、僕はごめんだよ」
クリスは強い。
わたしの慰めなど、必要では無いのだ。
だけど、わたしは寂しい…
わたしはクリスの腰に手を回し、その肩に頭を寄せた。
「役に立たない姉で、ごめんなさいね…クリス」
クリスは何も答えなかったが、わたしの肩を抱いてくれた。
こうしていると、昔を思い出す。
いつの頃からか、触れ合う事も減っていったけど…
とても落ち着くのは、姉弟だからだろうか…
「亡くなった子の名を…訊いてもいい?」
「サラだよ、お姫様の様に可愛い子だったんだ」
サラ…
クリスに愛され、わたしが追い出した子。
「本当に、ごめんなさい…」
謝って許される事では無い。
だが、謝らずには居られなかった。
クリスの手が、優しくわたしの髪を梳く…
コンコン
扉が叩かれ、わたしはビクリとし、体を戻そうとしたが、クリスの手がそれを遮った。
頭は再びクリスの肩へと付けられる。
「このままでいて、《愛し合う恋人たち》を見せ付けよう」
愛し合う恋人たち!?
心臓がバクバクしたが、無情にも扉は開かれてしまった。
「失礼致します、クリス様、お茶をお持ちしました」
メイドがワゴンを押して入って来た。
勿論、知っているメイドで、わたしは気まずく固まった。
ああ!どうか、わたしだとバレませんように!
こんな姿を見られるなど、恥ずかし過ぎる…
「ああ、ご苦労、そこに置いて下がっていいよ」
「失礼致します」
メイドが下がり、クリスはわたしを離した。
そして、さっさとお茶の準備を始めた。
「さぁ、お茶にしようよ、気持ちも落ち着くよ」
切り替えの早さに驚くが、クリスにとっては、演技なのだ。
勿論、わたしにも分かっている事だが…
分かっていても、胸が煩く騒ぐ、顔は発熱したみたいに熱い…
こんなの、変よね?
相手はクリスなのに…
「わたしたち、恋人に見えたかしら?」
「姉さんは淫らな情婦に見えた筈だよ」
クリスが笑って紅茶のカップを渡してくれた。
「クリス、《ミレーヌ》というのは、誰なの?」
ふと、わたしはそれを思い出し、聞いた。
「父も母もクリスも知っている方なのでしょう?」
だが、わたしは知らない。
一緒に育ったというのに、どうして、こうなってしまったのだろう?
わたしは見落としてばかりいたのだろうか?
クリスは紅茶を飲み、それから、静かに言った。
「僕の最愛の人だよ」
クリスの最愛の人___!?
わたしは驚き過ぎて、茫然としていた。
それから、急にわたしの内に嵐が吹き荒れ、無性に泣きたくなった。
「し、知らなかったわ…クリスにそんな人が居たなんて…」
わたしはカップを持つ手が震え、それを皿に戻した。
クリスは幸い、わたしを見ていなかった。
カップの中を覗く様に見つめていた。
「うん、姉さんは知らない、会った事が無いからね…」
「ミレーヌとは、どうなったの?もしかして、父と母に反対されたの?」
別れさせられたのだろうか?
だが、何処か喜んでいる自分が居て、嫌になった。
そんなわたしの気持ちが伝わってしまったのだろうか…
クリスは「この話は止めよう」と、口を閉じてしまった。
「わたしの所為で、クリスが意に添わぬ結婚をさせられようとしていたなんて…
迷惑ばかり掛けて、ごめんなさい。
クリスが結婚せずに済む様に、わたしも力になるわ」
「人前でイチャイチャする事になるけど、いいの?」
クリスに挑戦的に見られ、わたしはカッと赤面した。
「恥ずかしがり屋の姉さんには無理かなー」
「で、でも!頑張るわ!」
自分でも驚く程、力を込めて言ってしまい、クリスも驚いた目をした。
わたしはもじもじとし、「わたしの所為だもの…」と付け加えた。
「そう、じゃぁ、期待してみるよ、僕の情婦さん」
◇
クリスは両親とは晩餐も別にしていて、独り部屋で食べているという。
わたしが居た時には、家族は一緒に食事を取っていた。
あれも、演技だったのだろうか?
そう考えると、何が本当か、何が嘘なのか、分からなくなる。
だが、今日見た、両親とクリスの姿は、真実なのだろう。
わたしは目隠しされ、生きて来たのだろうか…
食事を終え、クリスは部屋で何か忙しく書き物をしていた。
わたしは特に何もする事が無かったので、先に休む事にした。
「クリス、先に、休ませて貰っていいかしら?」
「うん、いいよ、僕の寝室を使ってね、情婦がソファで寝てたら変でしょ?」
「はい…」
「新しい夜着はベッドの上に置いてあるから、着てね。嫌なら、何も着ない事」
わたしが嫌がるものなのかしら…
わたしは一抹の不安を抱きつつも頷き、寝室へ向かった。
ベッドの上には、言っていた通り、一着の夜着が広げられていた。
赤色の薄く半透明の生地…
胸元や裾にはフリルが着いているが、胸元は広く、そして驚く程丈が短い。
「こんなの!着られないわ!」
何も着ていないのと同じ様なものだ!
わたしは身支度をしてから、再び寝室に戻って来た。
夜着は触れられる事が無いままに、わたしを待っていた。
「仕方が無いわね…」
裸で寝るよりはマシだと自分に言い聞かせ、わたしはそれを被った。
そして、一刻も早く視界から消そうと、ベッドに入った。
ベッドは一つで、クリスと一緒に使うのだろう。
二人で使っても十分な広さがある。
クリスは、「性交はしない」と言っていたので、心配する必要は無い。
自分に言い聞かせつつも、わたしはそろそろとベッドの隅に寄った。
「クリスを信じなきゃ…」
クリスは確かに、わたしに酷い事をしたが、約束した事を破った事は無い。
クリスが「しない」と言えば、しないのだ。
それに、興奮しないとも言った…
安心しても良いのに、何故か、寂しく感じてしまう。
「わたし、どうしてしまったのかしら…」
自分が分からなかった。
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