7 / 14
本編
6
しおりを挟む『ごめんね、姉さん…僕を憎んでくれていいから…』
『姉さんは、壊れないで…』
夜に聞いたクリスの声は、辛そうなものだった。
あれこそ、わたしの知るクリスだ!
それに、クリスはこの行為を、望んでやっているのでは無い様に思えた。
クリスに止めさせなければ___!!
「でも、どうやって?」
わたしに良い案は浮かばなかった。
わたしの精神は恐怖でクリスに支配されているといっても良い。
一つ間違えば、クリスを怒らせ、どんな事をされるか分からない。
それが思考を鈍らせた。
だが、冷静に考えると、クリスがわたしを犯すのは、最初こそ頻繁だったが、
最近では三日に一度位になっている。
それに、クリスはわたしを散々に絶頂へ追い立てるが、
クリスが欲望を吐き出すのは、一度だけだ。
わたしばかり乱れさせ、クリスが乱れる事は無い。
気になったのは、『姉さんは壊れないで』という言葉だった。
壊れた者がいたのか?
それは、クリス?
わたしは恐ろしい想像に、自分の体を抱いた。
「そんなの!あり得ないわ!!それに、子供は?」
わたしがクリスから奪った人は誰?
壊れたのは、その人?
怖い!!
自分の知らない所で、何かが起こり、クリスを傷つけていた事が怖い。
ずっと、一緒に育って来たと思っていたのに…
一体、いつ、道が別れてしまったのだろう?
◇
夜になり、いつもの様にクリスが姿を見せた。
わたしは夜着姿ではあるが、今日はベッドの上では無かった。
意を決し、椅子から立ち上がり、胡乱な目をしているクリスに声を掛けた。
「クリス、少し、話しましょう?」
「いいけど、手短にね」
クリスは面倒そうに嘆息した。
だが、きっと、これは演技だ___
クリスは座る事無く、腕を組み、わたしを見ている。
わたしだけ座るのも変なので、立ったまま、それを話した。
「クリス、あなたが抱えている事を知りたいの。
あなたはこういう事を、望んでやっているのでは無いのでしょう?
それなら、止めるべきだわ、あなたにとっても、わたしにとっても、良い事は無いもの」
クリスが小さく笑う。
「昨夜の事だね、聞かれてたのか…失敗したな」
「クリス、あなたは、その…誰かに、こういう事をされたの?」
「あんな事をされても、僕の心配をしてくれるなんて、姉さんはやっぱり、聖女だね」
クリスが嘲笑う。
だけど、わたしはもう、騙されないわ!
「クリス、お願い!わたしに話して!何も分からなくて怖いの!
それに、わたしは、一体、何をしたの?
知らなければ、本当の意味で、罪は償えないでしょう?」
クリスは「ふっ」と笑った。
「罪を償う事なんて出来ないよ、誰にもね___」
その通りだ。
何も無かった事には出来ない。
だから、復讐を選んだのね…
わたしは胸に手を当てた。
「せめて、心から謝りたいの…」
クリスは小さく嘆息した。
それから、じっと、青灰色の目でわたしを見つめ、言った。
「姉さんは6歳で、僕は5歳だった」
6歳と5歳!?
そんな幼い記憶がクリスにあるというのか…
信じ難い事だが、クリスは記憶力も良かった。
「その頃、僕はよく一緒に遊んでいた子が居たんだ。
小さくてね、とっても可愛い子だった」
わたしは記憶を辿る。
だが、クリスが誰かと遊んでいた姿は思い浮かばない。
「僕はその子が大好きで、一生、大切にすると決めていたんだ」
そんな幼い頃から…
「だけど、ある日、その子は死んでしまった。
本当は、この家の養女になる筈だった。
だけど、姉さんが『要らない』と言ったから、孤児院に入れられて…
可哀想に、直ぐに流行り病で亡くなったよ」
「!?」
わたしは息を飲む。
全く覚えていない。
だが、わたしの所為で小さな女の子が家を失い、亡くなったと思うと、
強い罪悪感に襲われた。
わたしは何も言えず、息をするのがやっとだった。
クリスは何も言わず、部屋を出て行った。
◇
わたしはクリスに聞かされた過去を、思い出そうとした。
だが、全く記憶の糸を掴む事すら、出来なかった。
「6歳の頃…」
わたしは一体、何をしていただろう?
優しい両親と、可愛い弟と、何不自由無く、幸せに暮らしていた。
その一方で、わたしは、可哀想な子を放り出し、殺してしまったのだ___!
「ああ!クリスは何故、わたしを助けたの!?」
『僕は姉さんに死んで欲しくはないから』
「わたしが憎いなら、見捨ててくれた方が良かった!」
わたしは軽く考えていたのだ。
何を聞いても大丈夫だと…
だが、実際は違った。
考えれば考える程に、その罪は大きく圧し掛かって来た。
「こんなの、嫌___!!」
◇
「姉さん、食べなきゃ」
手を付けられていない食事を見て、クリスが嘆息した。
優しく頬を撫でられ、わたしは反射的にその手を振り払っていた。
「…」
わたしは椅子から立ち上がると、無言でベッドに行き、仰向けに寝た。
そうする事に抵抗は無かった。
「随分、従順だね?」
クリスはわたしの上に馬乗りになると、ニヤリと笑い、わたしを見下ろした。
「…」
少しの間、クリスはわたしを見つめていたが、
息を吐くと、わたしの上から降りた。
そして、並んで横になり、わたしの手を優しく握った。
「分かったでしょう?僕の逆恨みだよ。
僕は目的の為に、姉さんの弱味に付け込んで、利用した。
それだけなんだ___」
クリスは淡々と言う。
何故、今になってそんな事を言うのか…
わたしは頭を振る。
「姉さんは子供だったし、理解していなかったんだよ。
それに、姉さんが『要る』と言っても、孤児院に出されていたよ」
「そんなの…分からないわ!」
「分かるよ、両親も反対だったから…」
「わたしが、要ると言ってたら、両親だって置いてくれたわ!」
両親はわたしにもクリスにも優しかった。
二人で頼めば置いてくれた筈だ。
それなのに、わたしは思い出してもあげられない___!
わたしは泣いていた。
「姉さん、泣いてくれて、ありがとう」
クリスがわたしの手を離し、ベッドから起き上がる。
わたしは涙を拭い、体を起こした。
クリスはわたしに背を向けていた。
その背中が寂しそうで、胸が締め付けられた。
クリスは何度も思い出し、苦しんで来たのだろう…
「クリス」
わたしは彼を呼ぶ。
わたしを犯して、憎しみが癒えるなら…
わたしを犯して、わたしの罪が晴れるなら…
「わたしを罰して…」
クリスは顔だけで振り返り、苦笑した。
「出来ないよ」
今まで、散々してきて、何故、今になって?
わたしは罰して欲しいのに!
「悪いけど、差し出されるものには、興奮出来ないんだ」
クリスが目を反らす。
罪を抱え、後悔に苛まれ続けるのは、罰せられるよりも辛い。
クリスにはそれが分かっているのかもしれない。
わたしを苦しめたいなら、それが一番だ。
わたしは項垂れ、静かに涙を零した。
償いも出来ない、罰しても貰えない…
わたしには、もうどうしたら良いのか分からなかった。
「そんなに、罰して欲しいなら…」
不意にクリスが言い、わたしは顔を上げた。
クリスはいつもの様に、明るい笑みを見せ、続けた。
「僕のもう一つの復讐に、協力して貰おうかな?」
「他にも復讐が…?」
クリスはそれには答えず、話を進めた。
「姉さんには僕の情婦になって貰う、勿論、表向きだけで、行為はしない。
だけど、人前に出る事になるから、気付かれる危険がある。
髪の色を変えて、仮面を着ければ、どうにか誤魔化せると思うけどね…」
クリスは戯れの様に言う。
わたしは『人前に出る』という事さえなければ、頷いていただろう。
もし、誰かがわたしに気付いたら…
わたしは牢屋に逆戻りとなり、処刑されるだろう。
クリスはそれを狙っているの…?
一瞬、そんな風に思ったが、直ぐに打ち消した。
何故なら、そんな事になれば、クリスも罪を背負う事になるからだ。
わたしを仮死の薬で助け出した事が露見すれば、クリスも罪に問われる。
そう、これは、クリスにとっても、危険な賭けなのだ___!
クリスは、そこまでして、復讐をしようというの?
クリスは、怖くは無いのだろうか?
問う様に見つめるわたしに、クリスは頷いた。
「危険だし、姉さんには恥ずかしい事だろうね、断ってくれてもいいよ」
クリスはサラリと言う。
本当は、わたしの事など必要では無いという様に…
「誰に、どんな復讐をするのか、教えて欲しいの…」
「きっと、直ぐに分かるよ」
クリスは答える気は無い様だった。
わたしは心を決め、頷いた。
「分かったわ…あなたに協力するわ、クリス」
わたしはそれを受けていた。
これで償いになるとは思えない。
ただ知りたいと思ったのか、それとも、クリスを止められると思ったのか…
自分でも何故かは、分からなかった。
クリスはわたしをじっと見つめていたが、
不意に腰を屈め、わたしの唇に「チュ」と口付けた。
「!?こういう事は、しないと…!?」
「しないのは性交。演技はしなきゃ、本物らしくね?
この程度で動揺してたら、直ぐに嘘だってバレちゃうよ、姉さん」
「ご、ごめんなさい…」
謝るわたしに、クリスは明るく笑った。
「いいよ、許してあげる!
色々と準備もあるし…そうだな、明後日から始めよう。
今日は晩食を食べて、ゆっくり寝る事!
死んだりしちゃ駄目だよ、姉さん、僕からもう、奪わないで」
クリスはわたしの頭を撫で、部屋を出て行った。
クリスはわたしを慕ってくれている。
それは確かだ。
恨まれても文句は言えないのに…
ずっと、わたしに優しくしてくれている…
「ごめんなさい___!」
わたしは自分の犯した罪を嘆いた。
11
お気に入りに追加
422
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。


家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる