【完結】濡れ衣の令嬢は、籠の鳥

白雨 音

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本編

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テーブルには、クロワッサンと目玉焼き、サラダ、果実、紅茶が並べられた。

「わたし、朝は…」
「うん、紅茶だけだよね、だけど、昨夜は食べられなかったでしょ?
少しでも食べた方がいいよ」

いつもであれば、クリスが覚えていてくれた事を喜ぶだろう。
だけど、今のわたしに沸き上がるものは何も無かった。
食欲も沸いてはこない。

「あの、着替えを…」
「ああ、その事だけど、姉さんが毎夜、夜着を着て僕を待っていてくれるなら、
昼間はまともな服を用意するよ」

一瞬、答えに詰まったが、今よりはマシだと思い、頷いた。

「いいわ、お願い…」
「ああ、下着は着けないでね、どうせ脱がす事になるから」
「ええ…」

わたしは頷くより他無かった。

わたしが食事を眺めている間に、クリスが服を持って来てくれた。
ワンピースや下着、靴…
わたしの部屋から取って来てくれたのか、それらはわたしの物で安堵した。

「ごめんなさい、食べられそうにないの…」

わたしが告げると、クリスは果実の皿だけ残し、他の皿はワゴンに戻した。
それから、「こっちは、昼食だよ」とクロッシュを被せたトレイと
紅茶をテーブルに置いた。

「昼間は忙しいから」
「家から大学に?」
「大学は休学中だよ、姉さんのお陰で、我がデュラン侯爵家は火の車だからね、
大学に行ってる場合じゃないよ」

わたしはそれを思い出し、項垂れた。

「迷惑を掛けて、ごめんなさい…」
「本当に姉さんは人が良いから…僕みたいな男に付け入られるんだよ」

クリスは苦笑し、部屋を出て行った。



クリスが居なくなると、わたしは安堵し、着替えをした。
だが、何時間か経ち、陽も暮れて来ると、独りで居る事が寂しくなってきた。
あんな事さえしなければ、クリスに居て欲しい…

クリスは、わたしが彼の大切な人を奪ったといっていたが、
わたしには思い当たる事が無かった。

奪った…
二人の仲を引き裂いた?
復讐する位だ、命を落としたのかもしれない…

「そんな!嘘よ!」

そんな事があれば、わたしにも分かる筈だ。

「わたしが、一体、何をしたというの…?」

公爵を毒殺されたと罪を着せられ、今度はクリスの大切な人を奪ったと責められている…

「思い出さなきゃ…」

クリスはわたしがそれと気付かずに…と言ったが、何も無い筈は無い。
鍵はわたしの記憶に眠っている筈…


頭を悩ませ、暗礁に乗り掛かっていた時、ガチャリと扉から音がした。

「!?」

クリスが帰って来たのだ!
わたしは焦って椅子を立った。

考え込んでいた為、わたしは着替えるのを忘れてしまっていた。
どうしよう!と焦るも、一瞬で着替え終わる事など出来ない。
本棚から現れたクリスは、案の定、冷たい表情になった。

「姉さん、一日目にして約束を反故するなんて、酷いんじゃない?
それとも、僕との約束なんて、大した意味は無いと思ってる?」

「違うの!ごめんなさい!つい、ぼうっとしいて…時間を忘れてしまったの」

「姉さんらしい言い訳だけど、お仕置きが必要だね」

お仕置き!?
わたしは震え上がった。

「ごめんなさい!ごめんなさい!
お願い、許して!明日からは忘れない様に気を付けるから!」

「良い心構えだね、だけど、僕も疲れてるから、お仕置きさせてね。
姉さん、ここで身に着けている物を全部脱いでよ、見ててあげるから」

「クリス…お願い…」

そんな恥ずかしい事はさせないで…
わたしは懇願したが、クリスは無表情でそれを突っぱねた。

「嫌なら、明日一日、何も身に着けないで過ごす?姉さん、どっちがいい?」

わたしは仕方なく、俯き、ワンピースのボタンに手を掛けた。

ボタンを一つずつ外している間に、クリスが気を変えてくれる事を願ったが、
それは叶わなかった。
クリスは腕組みをし、悠々としてわたしを眺めている…

ワンピースを下ろすと、羞恥心で頬が熱くなった。
涙が浮かんできて、わたしは泣かない様に歯を噛みしめた。

靴、靴下を脱ぐも、遂にそこで手は止まってしまった。
視線を受け、恥ずかしさに震える。

そんな、軽蔑した様な目で見ないで…

「恥ずかしいの?僕は姉さんの全てを見てるし、知ってるんだよ?」

わたしは俯き、涙を隠した。
コルセットを取り、ドロワーズを下ろすと、腕と手で胸や恥部を隠した。

「良く出来ました、それじゃ、ベッドに行って、早く済ませよう」

クリスの言葉に、わたしの奥で何かがプツリと切れた。

「いやぁ!もうしたくない!あれはもう、いや!!」

わたしはその場にしゃがみ込み、子供の様に声を上げ泣いてしまった。
クリスが嘆息する。

「…仕方ないな、それじゃ、今日は許してあげるよ。
だけど、明日は頑張ってね、約束出来ないなら、この場で犯すよ」

クリスの冷たい声にゾッとし、わたしは「約束します」と何度も頷いた。
クリスは部屋を出て行き、幾らかして、晩食を乗せたワゴンを運んで来た。

「ちゃんと食べてね、僕は姉さんに死んで欲しくは無いから」
「はい…」

わたしはクリスが恐ろしく、従順に返事をしていた。
クリスは頷き、「それじゃ、また明日、おやすみ、姉さん」と部屋を出て行った。
わたしは安堵し、また泣いてしまった。

どうして?
どうして、変わってしまったの?
あんなの、クリスでは無い!
クリスはいつも優しく、思いやりがあり、わたしを傷つけた事は一度も無かった。

だが、クリスは今の自分が本当の自分だと言った。

「わたしを恨んでいるのね…!」

そして、それは、わたしがクリスの子を産まない限り、晴れないのだ___


◇◇


誰かに相談したかったが、わたしの事情では、両親に会う事は出来ない。
いや、両親だけではない、誰にも会う事は出来ないのだ___

孤独で不安になる。
唯一の望みがクリスだったというのに、クリスは変わってしまった。

もう、誰にも、頼れない___!

絶望、孤独、恐怖がわたしを苛んだ。


クリスは毎日朝と夜、二回、この部屋を訪れる。
朝は食事を運び、夜は行為の為に…

最初は恐ろしく、羞恥心もあり、抵抗していたが、徐々に感覚も麻痺してきた。

本来ならば、姉であるわたしが止めなければいけないのだろう…
だが、今のクリスにわたしの言葉は通じない。
そして、わたしが幾ら拒否しても、クリスに力で敵う筈も無い。

わたしは意気地が無く、ただ、早く終わらせて欲しい…と、言いなりになったのだ。


夜、ガチャリと扉が音を立て、クリスの訪問を告げる。
わたしは夜着を着て、ベッドに仰向けになり彼を待っている。
そうすると、クリスは満足するのだ。

「いい子だね、姉さん」

優しい口調で言い、ご褒美の様に、わたしの頬を撫でる。
わたしは反応しないし、無言でそれをやり過ごす。
いつの頃からか、こうなってしまっていた。

クリスは無反応なわたしを気にする事は無い。
子供さえ出来れば、問題は無いのだ。
そこに、喜びが無くとも、クリスには満足なのだろう…

だが、わたしはどれだけ無反応でいようとしても、行為を始めれば、乱れてしまう。

胸を開けさせられ、口付けされるだけで、わたしの感覚は呼び起こされる。

「…はぁっ!!」

胸の膨らみを揉みしだかれ、頂きを舌で弄ばれると、堪らず、悶えてしまう。
指で秘部を少し弄られただけで、液が溢れ、くちゅくちゅ、ぐちゅぐちゅといやらしい音を立てる。

「僕の指が気に入ってるみたいだね」
「僕たちは姉弟なのに、感じ過ぎだよ、姉さん…」

クリスの言葉が胸を抉る。
自分が淫らな女だと思い知らされ、絶望に涙が零れる。
それでも体は、与えられる快楽に喜びの声を上げるのだ___

「あっ…あぁ!」
「やぁん…んん!」
「ふあぁ…はああ!!」

言葉はなるべく言わない様にしているが、
理性が飛んでしまった後は、わたしにも分からなかった。

クリスは行為が進めば、何も話さなくなる。
部屋には、わたしのみっともない喘ぎ声だけが聞こえている。
いや、それに紛れて聞こえてくるのは…

「姉さん」
「姉さん」
「姉さん」

わたしを呼ぶ声。

クリスが深く腰を突き上げ、欲望を放つ。
行為の終わりに安堵し、わたしはベッドに沈む。


夜中、ギシリ…とベッドが軋み、目が覚めた。
クリスが起き上がったのだと分かり、わたしは寝たふりをした。
クリスは直ぐに部屋を出て行くと思っていたが、その場に止まっていた。
一体、何をしているのだろう?
気になったが、目を開き確かめるのは怖かった。

ややあって、わたしは頬を撫でられた。

「ごめんね、姉さん…僕を憎んでくれていいから…
姉さんは、壊れないで…」

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