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本編
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しおりを挟む次にわたしが目を覚ました時、そこは明るく、そして、見知らぬ部屋だった。
少なくとも、あの暗く、悪臭が漂う牢屋で無い事は分かる。
こじんまりとした部屋で、壁紙はベージュ、扉は三つ。
家具はチェスト、鏡台、本棚、机、テーブルと椅子…
どれも見覚え無いものばかりだ。
わたしは一人で寝るには広く、寝心地の良いベッドから、体を起こし、空気を吸う。
「コホっ…コホコホ!!」
咽ってしまったが、良い気分だった。
「ここは、天国?」
ベッドから足を下ろす。
裸足だった。
そして、身に着けているのは、質素な白い夜着だけ。
どうして、こんな格好なのかしら?
心もとない気がし、腕で胸元を隠しつつ、一つだけある窓へと向かった。
外を見たわたしは、「はっ」と息を飲んだ。
窓には格子がされていたが、驚いたのはそこでは無く、目下に広がる景色に…だった。
見覚えのある景色…
「ここは…家だわ…」
デュラン侯爵家の館___
死んだ筈のわたしが、家に戻っている?
そんな事があるだろうか?
それに、この部屋は知らない、わたしの部屋ではない…
幽霊になったのかとも思ったが、わたしの体は何処も透けてはいない。
訳が分からずに混乱していた時、ガチャリ…音がし、扉が開いた。
「!?」
誰かが入って来る!?
わたしは恐怖に強張った。
だが、そこに現れたのは、見覚えのある顔、姿…
「クリス!?」
弟のクリストフだった。
クリスはわたしに目を留めると、いつも通りに…
いや、家を出る前の、あの頃の様に、明るくニコリと笑った。
「やぁ、姉さん、起きてたの?」
まるで何事も無かったかの様な態度に、わたしは胸が詰まり、泣きそうになった。
だが、泣いている場合ではない、聞きたい事が山程あった。
「クリス、これはどういう事なの?
あなたがくれたのは、毒だったのでしょう?
わたしは死んだとばかり思っていたけど…」
「姉さん、少し待ってて、紅茶を淹れて来るから、それからにしよう」
クリスはサラリと交わし、部屋を出て行った。
わたしは茫然と見送っていたが、一瞬後、自分の恰好に気付き、赤面した。
嫌だわ!変な恰好をクリスに見せてしまった…!!
こんな恰好を見せたのは、姉弟と言えど、十歳位までだ。
あの頃は夜になると、内緒で二人ベッドに入り、お喋りをしたり、
本を読んだりして過ごした…
懐かしく、わたしは「ふふっ」と笑っていた。
だが、笑っている場合では無い。
慌ててチェストを開いたが、そこには夜着しか入っていなかった。
こんな格好で、クリスと顔を合わせなければいけないの?
胸の膨らみが気になり、わたしはその薄い生地を引っ張った。
「姉さん、お待たせ」
驚く事に、クリスはワゴンを押して入って来た。
わたしは慌てて、ワゴンの上のティーポットを取り、カップに注いだ。
クリスとわたしの二人分、テーブルに置く。
クリスはケーキスタンドをテーブルの真ん中に置いた。
普通、貴族の子息はこんな事はしないが、クリスは昔から良く手伝っていた。
クリスは気が利くだけでなく、人に優しく、親切だった。
「あの、ごめんなさい、着る物が無くて…何か無いかしら?」
恥を忍んで聞いたのだが、「その事はまた後でね」と遮られてしまった。
「それより、紅茶を飲んでよ。
姉さんは三日間眠っていたんだからね、お腹も空いているでしょ?」
わたしは紅茶に口を付けた。
香り高く、美味しい。
「三日、眠っていた?」
クリスは頷き、「サンドイッチも食べてよ」と勧めた。
「僕が渡したのは、《薬》だよ、仮死状態になる薬。
それを飲んだ姉さんは、自害したと診断されて、家に戻されたんだ。
家族だけの密葬だったからね、僕が隙を見て、遺体を土蔵とすり替えて、
ここに運んで来た。
ここは僕の部屋の隠し部屋だよ」
隠し部屋があったなんて知らなかった…
だが、それよりも…
「わたし、助かったのね?」
処刑を免れ、生きている…!
歓びに声を上げるも、クリスは頭を振った。
「まだ、助かったとはいえないよ?
姉さんは死んだ事になっているから、誰かに見られて密告されれば、
牢に戻され、処刑のやり直しだよ」
指摘され、わたしの喜びは萎んだ。
不安に苛まれ、クリスを上目に見た。
「どうしたら、いいのかしら?」
「それを僕に聞く?」
クリスが笑みを見せる。
明るい笑みなのに、何処か違和感を覚え、わたしは戸惑った。
カップを手で弄る。
「駄目かしら…わたしでは、どうしたら良いのか、分からなくて…
クリス、助けてくれないかしら?」
クリスは優雅に紅茶を飲み、カップを置いた。
そして、半ば瞼を下ろし、わたしを見た。
何処か、値踏みするような目…
こんなクリスは初めてだわ…
わたしの中に少しだけ恐怖が宿る。
ややあって、クリスは信じられない事を言った。
「僕は姉さんを助ける気なんて、元より無いよ」
え?
わたしは何を言われたのか、分からず、目で問い掛けていた。
だが、クリスはそれを無視し、続ける…
「姉さんは気付いていない様だけど、この状況はね、監禁って言うんだよ」
監禁?
「姉さんは、僕の《籠の鳥》になったんだよ」
籠の鳥?
「さぁ、さっさと食べて、僕を楽しませてよね、姉さん」
クリスがニコリと笑う。
わたしは訳が分からず、固まっていた。
クリスはわたしを閉じ込めたと言いたいのだろうか?
わたしをこの部屋から出さないと?
一体、何の為に?わたしが見つからない為?
それなら、何故、助けないと言ったのかしら…
茫然としていると、クリスは立ち上がり、テーブルの上を片付け始めた。
わたしは慌てて立ち上がり、手伝いをする。
すると、クリスは顔だけで振り返り…
「姉さんって、馬鹿だね」
残忍な笑みを見せた。
こんなクリスは初めてだ。
「どうしたの?クリス…あなたじゃないみたいよ?」
「残念だけど、これが本当の僕なんだ、ごめんね、姉さん」
クリスは明るく笑い、ワゴンを押して部屋を出て行った。
わたしは恐る恐る、扉に近付き、それを開けようとした。
だが、それが開く事は無かった。
本当に、閉じ込める気なんだわ…
それに気付き、わたしは愕然となった。
窓には鉄格子。
他の二つの扉は、風呂場とトイレで、外に繋がるものは無い。
もし、クリスが帰って来なかったら?
わたしはこのまま、部屋で誰にも気付かれずに、死ぬの?
「まさか!クリスがそんな事をする筈無いわ!」
クリスはわたしの可愛い弟だ。
クリスは賢いだけじゃない、優しくて、思いやりのある、わたしの自慢の弟だ。
クリスを信じるのよ___
だが、わたしのこの決心は、直ぐに試される事となった。
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