【完結】濡れ衣の令嬢は、籠の鳥

白雨 音

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本編

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銀色の長い髪は纏めて結い上げて貰い、
目の色に合わせた、紫色の髪飾りを挿す。
耳朶や胸元を飾るのも、銀色と紫色の宝飾品だ。
そして、白い肌に映える濃い紫色のドレスには、
銀色の糸で蝶や花の刺繍が施されていて、華麗で美しく…溜息が出る。

「これで良いかしら…?」

わたしは鏡の中の自分に問い掛けた。
鏡の中の令嬢は答えないが、返事は後ろに居たレディースメイドのミラがしてくれた。

「何かご不満でしょうか?」
「いいえ、十分よ、ただ、少しドレスが派手過ぎかと思ったの…」

今夜はベルナルド公爵の誕生祝いの夜会なので、子息イーサンの婚約者であるわたしも、
相応しい装いをしなくてはいけなかった。
だが…ドレスに負けているわ…!

「そんな事はありません!とても良くお似合いですわ!
これを着こなせる者は、王都広しといえど、ミシェル様位ですよ!」

「そんな…まさか…」と、赤くなりもじもじとするわたしに、ミラは笑った。

「ミシェル様は目立つのがお嫌いですからね!
ですが、来月にはご結婚なさるのですから、少し慣れておかれた方がよろしいですよ!
結婚式で卒倒!なんて事になれば、花婿はさぞ驚かれるでしょう!」

気心知れたミラが、からかう様に言い、わたしは頬を染めた。

「そ、そんな事にはならないわ!」

ええ…多分。

「それにしても、見事なドレスですね!ご婚約者のイーサン様からの贈り物ですか?」
「いいえ、これは弟のクリスからなの、先月の誕生日に贈ってくれたもので…」
「ああ、確か、王立大学に入られているんですよね?凄いエリートですね!」
「ええ、両親自慢の跡取り息子なの」

わたしは「ふふふ」と笑う。

一つ年下の弟クリストフは、幼い頃から勉強が得意で、優秀だった。
侯爵を継ぐ為に必要だと、一年半前、家を出て、王立大学で学んでいる。
大学は王都にあるので、我がデュラン侯爵の館からでも十分通えるのだが、
勉強に集中したいと家を出てしまったのだ。

わたしたち姉弟は幼い頃から仲が良く、何でも話す事が出来、分かり合えた。
だが、クリスが家を出てしまってからは、あまり会う事も出来ず、
時々会っても、クリスはすっかり大人びてしまい…置いていかれた様に思えていた。

だが、誕生日の贈り物は、毎年欠かさずにしてくれる。
今年はこの豪華なドレスが届き、わたしを驚かせた。
学生であるクリスが、どうやって資金を調達したのか…
月々仕送りと小遣いは貰っているにしても、ドレスは高価なものだ。
しかも、これ程見事なものでは、相当値が張っただろう。
それで、心配になり、お礼の手紙でそれとなく聞いてみた所…

【講師の手伝いをしているんだ、他にも少しね】
【姉さんが心配する様な事じゃないから、安心して】
【両親に知られたら、勉強に集中しろとお小言を貰うだろうから、内緒だよ】

勉強をしながら、働いていたなんて…
自分など、家から出た事も無く、働いた事もないというのに…
思っていた以上に、クリスが離れて行ってしまった気がし、その夜は落ち込んだものだ。

「ミシェル様、お時間です」

メイドが入って来た事で、わたしは意識を戻し、「はい」と答え部屋を出た。



パーティや夜会では、婚約者のイーサンがエスコートをしてくれるのが常だったが、
今夜はイーサンの父である、ベルナルド公爵の誕生祝いの夜会の為、準備もあり、
わたしたちは直接公爵の館で会う事にしていた。

馬車が正門を通り、玄関前に着いたが、
当然出迎えてくれると思っていたイーサンの姿は無く、わたしは戸惑った。
きっと、手が離せないのね…
わたしはそう考え、独り大広間へと向かったのだった。

大広間には大勢の招待客が集って来ていた。
わたしは人混みを縫い、イーサンの姿を探した。
程なくし、見つかったのだが、イーサンは一人では無かった。
彼の隣には、美しく華やかな令嬢が居た___

ブロイ伯爵令嬢、エリザベス。

燃える様な赤毛に、大きな緑色の瞳が印象的で、
小柄で華奢だが、明るく華がある。そして、彼女は無邪気だった。

わたしとイーサンが彼女を知ったのは、半年前、パーティでの事だ。

エリザベスは18歳で、初めてのパーティだった。
同伴者の伯母から紹介されたエリザベスは、緑色の目を大きくし、イーサンを見つめ、熱心に話していた。
イーサンはわたしと同様、落ち着いているので、エリザベスの勢いには圧倒されていた。
彼女と漸く別れられた時には、「疲れたよ…」と零した程だ。

だが、それから、頻繁にパーティで会う様になり、話していく内に、
イーサンの彼女への悪い印象は払拭されていった。

「最初は苦手だったけど、なんか、彼女可愛いよね、妹みたいだよ」

イーサンの妹のルイーズは去年結婚していて、イーサンも寂しかったのだろう。
確かに、エリザベスは明るく無邪気で、ルイーズと少し似ている気がした。

親しくなる二人を前に、わたしが不安にならない訳は無かったが、
だからといって、どうしたら良いのかは、皆目見当が付かなかった。


イーサンとの出会いは、彼の22歳の誕生パーティでの事だった。
彼も良い年だという事で、父親である公爵の計らいで、年頃の令嬢たちが集められていた。
17歳のわたしにも招待状が届き、パーティに出席したが、自分など論外だろうと、
壁の花になっていた。
だが、逆に、イーサンはそんなわたしに興味を持った。

「君はいつも、そんなに大人しいのかい?」
「はい、こういう場は苦手で…すみません」
「謝る事は無いよ、僕も得意ではないから、皆騒々しくてさ…」

その時は少し話しただけだったが、後日、父を通し、正式に結婚を申し込まれた。

「君といると、落ち着くし、安心出来るんだ」

わたしは素直に、その言葉がうれしかった。
良い方だと思い、喜んで結婚を承知した。

その二月後、正式に婚約の運びとなった。
それから、約二年が経ち、来月わたしたちは結婚する___

そんな時に現れたエリザベス…
幾ら周囲から「イーサンを狙ってるらしいわよ」と忠告をされても、
男性経験など無いわたしに、一体、何が出来るのか?

気の所為だわ…
イーサンを疑うなんて、いけない事よ…

そう、思い込むしか無い___


「イーサン」

わたしが声を掛けると、漸く彼はわたしに気付いた。
だが、イーサンの顔色は悪かった。
わたしを見ようともせずに、「ああ」と言っただけだった。

「どうなされたのですか?」
「いや、その、悪いけど、後で君に話があるんだ…」

話?
それに、イーサンの様子も変だ。
わたしは嫌な予感がし、不安になった。

「イーサン様、行きましょう」

エリザベスがイーサンの腕を引き、何処かへ連れて行く。
わたしはどういう事なのか分からず、立ち尽くしていた。
すると、周囲の囁きが耳に入って来た。

「まぁ、どうなさったのかしら、喧嘩かしらね?」
「私聞いていましたけど、彼女、エリザベスを虐めていたのですって」
「自分よりも目立つなと、ドレスを引き裂かれたそうよ!」
「ああ!怖い!あんな方が婚約者で、イーサン様もお気の毒…」
「今夜は公爵のお誕生日というのに…」

わたしがエリザベスのドレスを引き裂いた!?
全く身に覚えの無い事に、わたしは愕然となった。
それでは、後で話があるというのは、その事?

「そんな…酷いわ…」

これは、エリザベスの嘘?
でも、何故、嘘なんて…

わたしの頭に二人の姿が浮かぶ。

エリザベスはイーサンをわたしから奪う気なのね!

ああ!どうして、こんな事に…
わたしはどうしたら良いのだろうか…
わたしの話をイーサンは聞いてくれるだろうか?

不安が波になり押し寄せて来る。

ああ、誰かに聞いて貰いたい!
困った時には、いつも、クリスが助けてくれていたのに…

今、独りでいる事が、堪らなく不安だった。

『彼女が?』
『ええ…そうらしいわ…』

耳に届く声に、わたしは「はっ」とした。
皆の注目を受けている…
わたしは居心地悪く、その場から逃げ出した。

公爵へ挨拶をしに行かなくてはいけないが、イーサンはエスコートをする気は無い様だ。
わたしは肩を落とし、挨拶をしたら直ぐに帰ろうと決め、公爵の元へ向かった。

「ベルナルド公爵、お誕生日おめでとうございます」

わたしはベルナルド公爵、オディロンに祝いの言葉を掛けた。
もし、流されたわたしの悪評を知っていたらと思うと、恐怖で震えたが、
オディロンは柔和な笑みを浮かべ、わたしを歓待した。

「ミシェル、今日も美しい!良く来てくれた!私の息子は何処へ行っているんだ?」

わたしは答えようが無く、唇を結んだ。
そんなわたしを慰める様に、オディロンは飲み物を勧めてくれた。

「さぁ、乾杯してくれ、ミシェル、私は君の様な娘が欲しかったのだ、結婚が待ち遠しい」
「ありがとうございます…」

わたしはグラスを受け取り、乾杯をした。
そして、グラスに少し口を付ける。

「それでは、わたしはイーサンを探して来ます」と立ち去ろうとした時だ、
「うう!!」と、オディロンが喉に手を当て、苦しみ出した。

「ベルナルド公爵!?どうされたのですか!?」

わたしはベルナルド公爵を支えようとしたが、誰かに押され、引き離された。

「彼女よ!イーサン様の婚約者が、ベルナルド公爵に毒を盛ったんだわ!」

誰かが高らかに叫ぶと、一斉に皆の目がわたしに集まった。

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