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無法者の国プリズム

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 アクセルを全開にして山道をかける。
「きょうちゃん! また馬鹿が見えたよ! 諦めてない!」
 サンルーフで周囲を警戒していた静流から嫌な報告が入る。
「これで何回目だ?」
 バックミラーを見なくても、エンジン音で馬鹿が迫っていることが分かる。
「五回目だよ、狂兄」
「いくら何でも異常だ!」
 舞とサテラはいい加減にしてくれと匙を投げる。
「チッ! こんなにラブレターを渡しに来る奴が居るとなると、どうもこの道は何も知らない馬鹿を誘い出す狩場だったようだ」
 地図を思い出すと舌打ちが出る。
 悪党から奪った地図には、プリズムへ行く道が三通り乗っていた。その中で一番楽な道を選んだのが運の尽きだった。その道に入った直後、サイレンが鳴り、騒がしい鬼ごっこが始まった。問答無用でRPGをぶっ放してきやがった!
「俺一人なら楽しい殺し合いなんだが」
 サテラと舞と静流を連れてきたのは失敗だった。どうも三人が気になって集中できない。
 俺一人なら相手がRPGを持っていようが問題なかった。だが三人は別だ。直撃すれば死だ!
「何だか感が鈍っているな。前だったらこんなことにはならなかった」
 三人を連れて悪党の巣に入るのだから、もっと警戒するべきだった。屑どもが予想より強力な火器を持っていることを想定するべきだった! なのにこの無様な姿! 敵に背中を向けて逃げるウサギ!
「ムカつくぜ!」
 思わずハンドルをぶっ叩く。
「狂兄大丈夫?」
 舞が心配そうに手を握ってくる。
「自分が不甲斐ないぜ。前世の俺ならこんなことにはならなかった!」
「大丈夫大丈夫! 私たちはきょうちゃんの女なんだから、こんくらいへっちゃら!」
 静流が強がりを言いながらハンティングライフルを装備する。
「距離は三百メートルってところかしら? 私銃下手くそなのよね……それに、やっぱり木々が邪魔。おまけにあいつら、ここを走り慣れてるから狙いずらい……んー! まだ能力を使いこなせてないから迂闊に使えなーい! もっと訓練しておけばよかった!」
 静流はブツブツ言いながらも狙いを定める。
 ドンと発射音とともに車体が揺れる。
「きょうちゃん! 当たったけど距離が遠いから貫通しない!」
「めんどくせえな!」
 能力を使うしかない状況だが、うねりくねる山道では運転に集中しないといけない。
「最強の能力を手に入れたと思ったのに欠点いくらでもあるじゃねえか!」
 今思うと、ここに来て殺した奴らは弱かった。俺は弱い者いじめをしていただけだ。それが嫌でここに来たが、この姿は何だ!
「つくづく俺が許せねえ! 運転中ほど危険な状況は無いってことを忘れていやがった! おまけにこの地形! これが終わったら殺してやる!」
「狂兄! 自殺は止めて!」
「落ち着け狂!」
「分かってる分かってる! 舞! 運転代われ!」
「わ、分かった!」
 舞に運転を頼むとサンルーフから顔を出す。
「きょ、きょうちゃんあそこ!」
 静流がカーブで隠れた装甲車両を指さす。
「ボルトで固定したみたいに、間合いを保っているな。今までと動きが違う」
「そ、そういえばそうかも」
「……そういえば、あっちの獲物はこっちに当たっていない。今までのは威嚇射撃か」
 地図と情報を照らし合わせる。狙いが読めた。
「舞、静流。次の急カーブで奴らの本隊が待ち伏せしている。一斉射撃で突破するぞ」
「マジ! 私運転中に銃なんて撃ったことないよ!」
「本番に勝る練習はない! いい経験だ!」
「無茶苦茶だよ!」
 舞にマシンガン、静流にアサルトライフルを持たせる。俺は虎の子のRPGだ。
「用意しろ」
 舞は急カーブに差し掛かると四輪ドリフトを繰り出す。
 予想通り、待ち伏せだ! おまけにデカい装甲車で通行止めしていやがる!
「吹っ飛びな!」
 RPGを発射すると、それを合図に銃撃戦が始まる。
「撃て撃て!」
 舞と静流が連射する。奴らも負けずに連射する。
 こちらのほうが一手早い。
 RPGがさく裂し、装甲車が吹き飛ぶ。道が開いた。
「そのまま突っ走れ!」
 舞は華麗なドライビングテクニックで、悪路の中、障害物を避ける。
「奴ら諦めたぞ」
 後方に居た敵は、壊滅した本隊の前で停車した。
 もう殺気は感じない。
「お疲れさまだ」
 三人を労うと、一斉にため息を吐く。
「そういえば、護身術や暗殺術は習ったけど、ゲリラ戦とか走行中の銃撃戦は習ってなかったね」
 舞が安堵した笑みを浮かべる。
「これを機会に勉強して見るか?」
「セックスの練習のほうがいい!」
 減らず口を叩きながら運転を代わる。
「怖がらせて悪かった。少し、慢心していた」
 礼儀として、三人に謝罪する。
「ふふ!」
 突然サテラが笑う。すると静流と舞も笑う。
「何がおかしい?」
「何でも無いよ」
「きょうちゃんが大好きなだけ!」
 二人はニコニコと俺にすり寄る。
「狂は本当に、変わったな」
「何言ってんだか。おら! 離れろ!」
 三人に笑われると背中がかゆくて仕方ない。
「いい機会だ。もう一度特訓しよう」
 心に硬く誓って、車を走らせた。

「街が見えたぞ」
「どれどれ!」
 舞が窓から身を乗り出す。静流とサテラもサンルーフから顔を出す。
「あれか?」
 サテラの目線の先には盆地がある。その盆地の中に、場違いに光り輝く建物が見える。高層ビルだ。
「何だか周りから浮いてて趣味悪い」
 静流が顔をしかめる。
「無法者の街だ。少しくらい趣味が悪いほうが似合っている」
 静流の言葉に同意して道なりに進む。
 検問所が見えてきた。

「お前ら、見ない顔だな。旅の者か?」
「そうだ」
 アサルトライフルを装備した軍人たちの前で止まる。
 周囲は鉄条網のバリケードで覆われている。まるで昔の北朝鮮と韓国の境界ラインのようだ。
 軍服を着た黒人の軍人はニヤリと笑う。
「じゃあ、あいつらに襲われただろ」
「あいつら?」
「デルファミリーってゴロツキさ。あいつらは何も知らない旅人を襲うことで飯を食ってる」
「お前ら軍人だろ? その目玉はガラス玉か?」
「知らない奴なら襲っていいと許可している。それに、ここに来る連中は殺しても構わない屑ばかりだ」
「確かにな」
「そう機嫌を悪くするな。慣れればこの街も悪くない」
 軍人はゲートを開ける。
「この街は誰も拒まない。ようこそプリズムへ。歓迎するぜ」
「誰も拒まないなら何で検問所があるんだ?」
「誰も拒まないが、正義は拒む」
「ヘクタールが警戒するわけだ」
 検問所を抜ける。夜になる前で良かった。
「まずは安全な宿を探そう」
 街に着いても油断はできない。置き引き、万引き、スリ、引ったくり。軽犯罪は重犯罪よりも多く発生する。
「早く休みたい」
 サテラがため息を吐く。
「全くだ。明るいうちに宿を探さないとこの臭い車内で一泊することになる」
 代行者が言っていた。ここは地獄より恐ろしいと。
 少しだけ、その意味が分かった気がする。
「全く、何だか、調子が出ないな」
 今までこんなに疲れたことはなかった。そもそもなぜ俺はこいつらを連れてきた?
 理由はまるで分らない。
「きょうちゃんきょうちゃん! 屋台がある! 良い臭いがするよ!」
「狂兄! あれ! ぬいぐるみ! 可愛い服もある!」
「凄いな……アルカトラズよりもずっと文明が進んでいる」
 三人は俺の心配をよそに目をキラキラさせている。
「全く、俺はどうしちまったんだ?」
 ただ、三人が笑っていると、少しだけ、安心した。
「安心? 俺は心配していた?」
 ダメだ! 今日は調子が悪い! すぐに寝よう!
 俺は皆が恐れる連続殺人鬼だ。何かを心配するなどあり得ない。
「綺麗だ……」
 見とれるサテラの横顔を見る。
「確かに綺麗だな」
 アルカトラズに居た時よりも、三人は輝いて見えた。
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